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テック業界のパワーバランスを変えるとも評される「チャットボット」だが、完全に自動化されているわけではない。「人間らしく振る舞うロボットのふりをする」人たちが背後に存在するのだ。後編ではシフトを組んで働く彼らの行動や心理を紹介しながら、チャットボットというサービスの可能性を探る。
前編:チャットボットと「中の人」(前編)

手分けしてリクエストに対応

ニューヨーク市に本拠を置くGoButlerは、どのような要望にも応えるSMSベースのコンシェルジュサービスだ。ここでも同じようなパターンが展開されている。

食事を配達してほしいとか、急いで贈り物を買いたいといったリクエストをテキストで送ると、ルーシー・ピカルドのような社員がカスタマーサービス用ダッシュボード「Zendesk」を利用したインターフェイスでそのリクエストを確認する。その後、彼女は後ろを向いて「Postmates」や「Seamless」といったオンラインサービスで注文を行うのだ。

GoButlerのサイトによれば、同サービスは人間が支援するAIを利用してユーザーのリクエストを24時間受け付けている。そしてピカルドによれば、ユーザーは決まって彼女がロボットかどうか尋ねてくるのだという。

だが、彼女や別の元社員アレックス・ジオイエラは、このサービスでメッセージが自動送信されているのを実際に見たのはたまに送られるマーケティング・メッセージだけだったと述べている。

つまり、人間が常に見守っていなければならなかったのだ。

幹部が交代でシフトに入ることも

GoButlerの社員は「ヒーロー」と呼ばれ、午前8時から午後4時まで、または午後4時から午前0時までのシフトで勤務した。さらに、1カ月のうち1週間は午前0時から午前8時のシフトに切り替えられ、ニューヨーク市にある同社オフィスの共用デスクで前のシフトの人と席を交代して働いていた。

彼らは自分の席で昼食を食べなければならなかったほか、2015年12月に開かれたオフィスのホリデーパーティーでも30分シフトが設定され、あまりにも多くの社員が一度に席を離れすぎないようにしていたとピカルドは言う。同社の広報担当者によれば、ホリデーパーティーのときは同社の幹部たちもヒーローのシフトに交代で入っていたという。

「みんな少し働き過ぎだし、正当に評価されていないと感じていた」と「スーパーヒーロー」と呼ばれるシニアオペレーターを務めていたジオイエラは言う。ヒーローは当初、一度に5件のリクエストを処理していたが、その数は急増し、2倍の数をこなさなければならない場合もあった。

ジオイエラによれば、部下の社員が仕事を処理できるようにするため、一部の注文を止めて少し時間を稼ごうとしたこともあったという。だが、ある元ヒーローによれば、アンティークの頭蓋骨を買いたいなどといったリクエストがたまに来て、その奇妙な難問を解決できたときにはみんなで喜んだそうだ。

とはいえ、たいていのリクエストはピザや「チポトレ」(メキシコ料理のチェーン店)の注文だったとこの元ヒーローは述べている。

AIを「わが子」のように感じてくる

人によっては、ボットにメッセージを送っているのに、そのボットが人間であることに気づいて戸惑いを覚えるかもしれない。また、人と機械の境目が曖昧なことがいつもとは違うやり取りをもたらすことがある。

x.ai社の元トレーナーは仕事の詳細について語ることはできないとしながらも、ユーザーがAmyに性的な要求をするメールを送ることが1カ月に7回から10回はあったのではないかと語っている。

また、自分のスケジューリング・ミスをAmyのせいにしようとするユーザーもいたようだ。

だがしばらくするうちに、X.ai社のトレーナーたちはAmyをほとんど本当の人間と感じるようになったという。

Amyは単純なミスをよくしたが、時間をかけて学習し、目に見えて能力を向上させるため、チームはAmyのことを子どものように話すようになったという。そして、Amyを有害なデータから守りたいと考えるようになった。

人の関与が前提のサービス

メールによるスケジューリング・サービスのボットを手がける2社は、それぞれに異なる業務拡大計画を持っている。Clara社は加入待ちの人数を少しずつ減らしているほか、現在では数百の企業にサービスを提供し、ユーザー1人あたり199ドルの月額料金を設定しているという。

Clara社のネルソンCEOは、人間が関与する、より高価なサービスのほうがスケジュール作成業務を安定的にこなせるのであれば、そちらをビジネスとして構築したいと述べている。

一方、x.ai社は2016年後半にも限定的なベータリリースから一般リリースへと移行する予定で、約9ドルの月額料金を徴収したい考えだ。

同社の創設者であるデニス・モーテンセンは「米国の知的労働者は1年のトータルで100億回の会議を行っているが、これだけの数を処理できるのは機械で動作するエージェントだけだ」とメールで述べている。

モーテンセンによれば、今後はコンピューターがメッセージの意味を理解できなかった場合にはその意味を説明してもらうよう、メール送信者に自動的に依頼する計画だという。つまり、社員がメッセージを読んで推測するのではなく「4月7日の月曜日で間違いありませんか?」などとボットが尋ねるようになるというのだ。

「われわれはこうしたサービスを無料か、または9ドルで提供したいと考えているが、こうした価格設定はソフトウェアだからこそできることだ」とモーテンセンは語った。

「人間からの移行」の動きも

GoButlerは「人間からの移行」を突然実施した。同社は2016年2月、25名のヒーローを解雇したのだ。同社はサービスを完全に自動化する計画で、まずは航空券の予約に取りかかるという。

だが、先ほどの元シニアオペレーターは同社の資金が底をつきかけていると言われたことが何度もあるため、単にスタッフを雇い続ける余裕がなくなったのではないかと考えている。

広報担当者のビアンカ・マクラーレンによれば、同社は金銭的な問題を抱えてはいないが「スタッフをそれほど多く抱えていないため、前よりもはるかに余裕がある」という。

AIについての議論の多くは、仕事を失うかもしれないという不安に関する話だ。だが、少なくともこの記事で取り上げた一部の労働者にとってAIをトレーニングすることは長期的に見て決して魅力的な仕事ではなかった。

x.ai社は、現在在籍している64名の従業員のうち4~5名がトレーナーからスタートして昇進したと述べているが、カルビンによれば、そのようなキャリアアップは自分にとって価値のあるものではなかったという。「あの仕事は、やりがいの感じられない、苦労が多いだけのものだった」と彼は語っている。

また、もう1人の元トレーナーはボットに仕事を奪われることを心配することはなかったと述べている。あまりに退屈だったため、二度とこの仕事をしなくて済むようになることを望んでいたとのことだ。

原文はこちら(英語)。

(原文筆者:Ellen Huet、翻訳:佐藤卓/ガリレオ、写真:xubingruo/iStock)

©2016 Bloomberg News

This article was produced in conjuction with IBM.