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州をあげて家庭での読み聞かせを推奨

絵本の読み聞かせで日米の違いに気づかされる

2016/5/1

娘の通うプリスクール(2〜5歳が対象の幼稚園)では、毎日20分ほど「絵本の時間」があります。

保護者が絵本を選び、14名の子どもたちを前に読み聞かせのボランティアをする時間で、私もこの1年、毎週火曜日を担当し、絵本を自分なりにセレクトして読み聞かせてきました。

米国で人気の「Dr. Seuss」や「おさるのジョージ」シリーズなどを読むとともに、せっかくなので日本の絵本を英訳して紹介。

4−5歳の子どもなので、柔軟に日本のストーリーも素直に受け入れて楽しんでくれるかと思いきや、意外や意外。アメリカの子どもたちは日本の絵本には「目が点」状態で、質問攻めに合うのです。

たとえば「浦島太郎」を読めば、「亀を助けるといういいことをしたのに、なぜ竜宮城から帰ってきたら家族も友達もいなくなって、ひとりぼっち。なんでそんなひどい終わり方をするの?」とショックを受け、「鶴の恩がえし」を読めば「体を張って機織りをした鶴が、なぜその姿を見られたら去らなくてはならないのか?理由が理解できない!」と怒り出す子も。

つまり、4−5歳であってもアメリカで育った子どもたちは、アメリカのマインドセット(思考法)をすでに持ち合わせていることに軽い衝撃を受けました。

逆に言えば、4−5歳くらいの未就学教育がその後の行動や考え方に与える影響の大きさを感じさせられる経験となったのです」。

娘のプリスクールで毎週担当している絵本の読み聞かせ。わからないところがあればすかさず質問し、最後は感想や意見を聞かせてくれる子も。

娘のプリスクールで毎週担当している絵本の読み聞かせ。わからないところがあればすかさず質問し、最後は感想や意見を聞かせてくれる子も。

州を上げて「読み聞かせ」を推奨

このように、将来への影響が大きな幼児教育への関心が高まるなか、絵本の読み聞かせが子どもの学習力の向上や、こころの健康につながると再注目されています。

とくに私が住んでいるカリフォルニア州では、州をあげて家庭での読み聞かせを推奨しています。意識して見回してみると、図書館や書店、モールなどの商業施設でも頻繁に読み聞かせイベントがあることに気づきます。

ラジオでこんな公共CMを耳にすることも:「脳の90%は5歳までに形づくられます。絵本の読み聞かせは、子どもの就学準備に有効です。学校でよいスタートが切れるように、保護者ができる最高のサポートをはじめませんか?」

なぜ今、こんなにも「読み聞かせ」推しなのか? 一般家庭ではどんな本を読み聞かせているのか。LAの幼児教育についてお伝えします。

LAの老舗書店で開催された、地元ミュージシャンによる音楽と読み聞かせイベントの様子

LAの老舗書店で開催された、地元ミュージシャンによる音楽と読み聞かせイベントの様子

LAの就学前教育環境

自治体が読み聞かせを推奨する理由、それは財政難により十分な就学前教育を提供することができないからです。

2008年のリーマン・ショック以降、幼児教育の予算がカットされ、公立プリスクール(幼稚園)の閉鎖が相次ぎました。

現在でもカリフォルニア州の4歳児の71%はプリスクールに通えていないことがわかっています。

つまり、経済的に余力のない家庭ほど就学前教育を受けられない状況が生まれています。

とくに移民の多いロサンゼルスでは、家での会話が英語以外の子どもも多いため、英語ができないままキンダーガーデン(5歳対象の幼稚園年長クラス。米国では義務教育)に上がる子どもが増えています。

ロサンゼルス・タイムズ紙は、家庭で英語を話さない子どもの93%が、キンダーガーデンの学力テストで平均点を下回り、成績優秀者に比べて読み書き力の発達が約14カ月遅れていると報じました

さらに、就学後にその差を埋めることも難しく、9歳までに読み書き力が身につかないと、高校への進学・卒業率が大きく下がることも指摘。

未就学児童への働きかけなしには、状況は改善されないと、対策の必要性を訴えていました。

読み聞かせを “処方”

そんな未就学児童への“処方せん”として、絵本の読み聞かせの有効性を唱えたのは小児科医たちです。

米国小児科学会によると「読み聞かせは脳を刺激し、親子関係を強化する。さらには言語、識字、社会性・感受性という生涯にわたるスキルが構築される」と指摘。

手軽で費用対効果のいい幼児教育法として、乳児から5歳のキンダーガーデンに進学するまでは(日本でいう幼稚園の年長。米国では5歳から義務教育が始まる)、日課にすることを勧めています。

米国小児科学会の提言をまとめた公式サイト「Reach Out & Read」

米国小児科学会の提言をまとめた公式サイト「Reach Out & Read」

人気書店オーナーの「本の選び方」

そんな州の政策(?)を下支えしているのが古くからある「街の絵本屋さん」です。

児童文学専門の書店「Children’s Book World」は、子どもたちに読書の魅力を伝える場として、LAっ子に30年にわたり愛されてきた老舗。

週末には絵本の著者を招いたイベントや、人形や楽器を活用したにぎやかな読み聞かせ会を開催し、本の楽しみ方を提案しています。

オーナーのSharon Hearnさんは地元の学校で国語を教える元教師。

児童文学の発展に寄与した人物として、表彰された経験も持つHearnさんに、LAの親子の読み聞かせ事情について伺いました。

子どもたちに人気の書店「Children’s Book World」のオーナー、Sharon Hearnさんは元国語教師。各地の小学校に出向いて本を売る「出張書店」からこのビジネスを始め、店の開店資金を貯めた。

子どもたちに人気の書店「Children’s Book World」のオーナー、Sharon Hearnさんは元国語教師。各地の小学校に出向いて本を売る「出張書店」からこのビジネスを始め、店の開店資金を貯めた。

──読み聞かせの大切さが再認識されていますが、Hearnさんが考える本の役割ってなんですか?

Hearnさん:子どもの世界を広げてくれることです。

店では8万冊の本を扱っていますが、0〜3歳児が手にする絵本についてはスタッフがすべて読み、とくに注意して厳選しています。子どもの人生観や世界観に与える影響は計り知れません。

──未就学児向けの本で注目されているトレンドはありますか?

昔に比べると、人種や性別の違いにとらわれない作品が増えました。ピンクのカバーのお姫様物語とブルーのヒーロー物語、といった固定的な描き方が好まれなくなってきている印象です。

女の子が宇宙飛行士になって活躍する話や、男の子が家のお手伝いをする話が普通に描かれるようになりましたね。

──子どもに与える本の選び方のコツを教えてください

子どもの好みを尊重し、親の意見を押しつけすぎないこと、でしょうか。

出版社が行った調査では「子どもは自分で選んだ本が一番気にいる」ということもわかっています。

図書館や書店にいっしょに行って、子どもがどんな本を手に取るか観察することから始められるといいでしょう。

どうしても読んでほしい作品があれば、本棚に飾って興味が湧くまで待つのも手です。子どもの関心はどんどん広がりますから。

「Children’s Book World」には書店以外の一面も。本を買うお金のない子どものために、古本の回収や無料配布のプロジェクトや、貧困エリアの学校に絵本著者を誘致するイベントコーディネートのボランティアも行っている。

「Children’s Book World」には書店以外の一面も。本を買うお金のない子どものために、古本の回収や無料配布のプロジェクトや、貧困エリアの学校に絵本著者を誘致するイベントコーディネートのボランティアも行っている。

多国籍父兄の「読み聞かせの秘訣」

娘が通っているプリスクールは海外からの赴任者・移住組がメインです。

子どもたちに英語やアメリカンカルチャーを習得させることに加え、自分たちが生まれ育った国の母国語や文化のよい所も学んで欲しいと皆、試行錯誤しています。

陳腐な言い方になりますが「グローバルな感性」を子どもたちに身につけてほしい。

そんな考え方で育児を頑張っているご父兄に、読み聞かせの秘訣を聞いてみたところ、こんな意見が集まりました。

・母親と父親のそれぞれの母国語を学ばせるため、同じ絵本をハンガリー語、スペイン語、英語と3回読むようにしている。

・ストーリー展開を吟味して絵本を選ぶ。努力のできる子に育てたいので、「何度でも挑戦をつづければきっと報われる」という内容の本を選んでいる。

・想像力を育むため、いわゆるキャラクターものの絵本は与えない。また、読み慣れた絵本を使って、子どもに即興で新しい物語を考えさせている。

5月5日は子どもの日。GWの時間を使って、本屋さんで久しぶりに絵本を手に取ってみてはいかがでしょうか?

*本連載は毎週日曜日に掲載予定です。

小野さんプロフィール.001