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Sports Law(後編)

五輪で話題の“便乗商法”。アンブッシュマーケティングとは

2016/4/30

欧州サッカー連盟(UEFA)やイングランドサッカー協会(FA)で経験を積んだ日本人弁護士である栗山陽一郎氏。

4年後に開催が迫るスポーツの祭典を控え、栗山氏が懸念している問題に“アンブッシュマーケティング”がある。

スポーツの国際大会において、スポンサー契約を結んでいない企業が、大会のイメージを無断使用する便乗広告と言える手法だ。

2012年のロンドン五輪でも物議を醸した問題は、ラグビーワールドカップや東京五輪で再び起こり得るのか──。

過去大会での出来事も踏まえて「メガスポーツイベントに生じる法的問題点への理解を深めるべき」という考えを持つ栗山氏に、2019年、2020年に向けた日本の課題と方向性を聞いた。

前編:欧州を渡り歩いた日本人弁護士が見た本場のサッカー界
栗山陽一郎(くりやま・よういちろう) 1976年生まれ。慶應義塾大学卒業あと、2004年に最高裁判所司法研修所に入所。2005年に第二東京弁護士会に登録。同年からTMI総合法律事務所に勤務。2015年に欧州サッカー連盟に所属した後、TMI総合法律事務所に復帰。

栗山陽一郎(くりやま・よういちろう)
1976年生まれ。慶應義塾大学卒業あと、2004年に最高裁判所司法研修所に入所。2005年に第二東京弁護士会に登録。同年からTMI総合法律事務所に勤務。2015年に欧州サッカー連盟に所属した後、TMI総合法律事務所に復帰。

4年に1度のマーケティング戦略

──アンブッシュマーケティングについて詳しく教えていただけますか。

栗山:五輪やサッカーワールドカップのような大きなスポーツイベントでは、アンブッシュマーケティングが必ず問題になります。

国際スポーツ大会ですと、スポンサーシップは基本的に1業種1社というビジネスモデルとなっています。そこからもれた場合、企業がどれほどおカネを払おうとしても、スポンサーにはなれません。

アンブッシュマーケティングは、企業がスポーツイベントと関連あるかのように思わせてイメージを流用するマーケティングのことを指します。

ロンドン五輪の際には、公式スポンサーではないスポーツメーカーが開会式の時期に合わせて配信したコマーシャルでは、世界中にある「LONDON」と付された多くの場所や施設にて人々がスポーツをしている映像が流されました。

視聴者の中には、そのメーカーがあたかもロンドン五輪の公式スポンサーであるかのような錯覚に陥った方がいたかもしれません。

──確かに視聴者からすれば、五輪のスポンサーだと勘違いすることもありそうです。以前の大会から、アンブッシュマーケティングの戦略は取られてきたのでしょうか。

もちろん、大会のエンブレムやロゴなどを無断で使ってはいけませんが、そういったものを使用しない場合であっても、人々が公式スポンサーを誤認してしまう可能性はあります。

スポンサーでない企業によるアンブッシュマーケティングの手法はどんどん複雑化しており、アンブッシュマーケティング対策とはいたちごっこの関係にあります。

企業が繰り出す新たな一手

──ロンドン五輪でも大きな問題になったと聞いています。

ロンドン五輪では、スタジアムの周辺で一定期間勝手に広告を打ってはいけないという規則がつくられました。

つまり、広告を掲出できるエリアや時期が限定されたのですが、企業側も新しい手を打ってきました。

アイルランドの「パディーパワー」というブックメーカーが、スタジアム周辺ではなくロンドンの主要駅に掲載した、「今年ロンドンで開催される最大の陸上イベントの公式スポンサーです」という巨大広告は大きな話題となりました。

──五輪の公式スポンサーではなかったはずです。

実はフランスにロンドンという町があり、そこで実際に開催された競技大会のスポンサーをしていて、広告をよく見ると“フランスのロンドン”とも書いてあったのです。

結果的に、ロンドン五輪の組織委員会も広告を中止させることはできませんでした。

厳しすぎる取り締まりへの批判

──栗山さん自身、FAで働かれていましたが、イギリス国内のアンブッシュマーケティングに対する反応はどうでしたか。

私は2013年に渡英しましたが、前年にあったロンドン五輪に関するいろいろな検証が行われていました。

興味深かったのは、非スポンサーであるスポーツメーカーが製作したアンブッシュマーケティングの動画について、「ずるい」「良くないもの」と非難する声と、「賢い」「これはすごい」と称賛する声の両方があったことです。

国によってマーケティングの捉え方も違い、文化的な側面もあるのだと思います。

私はイギリスのロースクールに在学中に卒業論文のために文献や雑誌を調べて、過去のスポーツイベントで大きな問題となったアンブッシュマーケティングのリストをつくったところ、五輪だけでも20以上の事例がありました。

当然、リオデジャネイロ五輪や東京五輪でもさまざまな問題が起こることが想定されます。

──私自身、ロンドン五輪を取材していて地元の小売業者にも厳しい取り締まりが行われたことを聞きました。

イギリスの花屋が取り締まりを受け、店頭に飾っていたティッシュペーパーでつくった五輪のリングを取り下げることになったと聞いています。

もちろん、誰もがその花屋を公式スポンサーだと思いません。むしろ一国民としてロンドン五輪を盛り上げているだけのように思われたので、あまりに厳しい取り締まりをロンドン市長が批判したようです。

アンブッシュマーケティング特別法を制定するか否かだけでなく、誰がどのように取り締まるのかといった、その運用についても検討する必要があるということです。

2020年に向けた日本の対応策

──アンブッシュマーケティングの対応策はどうすればいいのでしょうか。

ひとつの方法としては特別法の制定があります。

2000年のシドニー五輪以降、開催国ではアンブッシュマーケティング対策の特別法が制定されてきました。

他方、日本では2002年の日韓W杯を開催した際にアンブッシュマーケティング対策の特別法を制定しませんでしたね。

今後は、国としてスポーツイベントをどのように位置付けていくのか、国策として多くのスポーツイベントを招致していくのかどうかは、日本において大事な問題だと思っています。

スポーツイベントのブランド価値やスポーツイベントに不可欠な公式スポンサーの権利を保護する一方、国民の表現の自由や営業の自由、スポーツイベント開催に向けた盛り上がりにも配慮しながら、バランスを図っていくことが大切です。

東京五輪やラグビーW杯などスポーツの国際大会を控え、新たな法律の制定につき、真剣に検討しなければいけないときが来ていると言えます。

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(写真:福田俊介)