Sports Law(前編)
欧州を渡り歩いた日本人弁護士が見た本場のサッカー界
2016/4/29
欧州サッカー連盟(UEFA)、イングランドサッカー協会(FA)、スペインサッカー連盟(RFEF)。
サッカーの本場であるヨーロッパを代表する3つの組織に従事した、唯一の日本人弁護士が栗山陽一郎氏だ。
栗山氏は現在、法務関連でスポーツ組織・団体やスポーツイベントに携わり、日本のスポーツ法務の整備と改善を行っている。
自身は小学校から高校まで都内の強豪校にてサッカーをプレーしてきた、“サッカー人”としての顔も持つ。その知見や経験から、次世代の日本のスポーツビジネス界をリードする一人に違いないだろう。
東京五輪やラグビーワールドカップ等のスポーツイベントを控える日本にとって、スポーツにおける国際法務の整備はまったなしの状況となっている。
世界的ビッグイベントが4年後に迫るなか、日本のスポーツ法務の問題点を栗山氏に聞いた。
欧州サッカー界へのきっかけ
──栗山さんはサッカー界における、ヨーロッパの主要組織で働いた経験がありますが、経緯について聞かせてください。
栗山:私自身が小さい頃からサッカーをやっていたこともあり、スポーツに関わる法律・法務をやりたい気持ちを持っていました。
弁護士になってから、一般企業法務のほか、野球選手の代理人やスポーツマネジメント会社の法務をサポートしていました。
5、6年ほど日本で弁護士をしていたときに、所属事務所から海外留学のお話を頂いたときに、サッカーの本場であるヨーロッパでスポーツビジネスを学びたいという気持ちが非常に強くなりました。
働くきっかけとなったのが、サッカーや弁護士業務を通じて国内外にいるさまざまな方々に出会えたことです。
そこで、自分は弁護士でサッカーをはじめとしたスポーツのビジネスの仕事に興味を持っていることを話していたら、いろいろなご縁を頂くことができましたから、意外と言ってみるものだなと(笑)。そのような方々には大変感謝をしています。
日本におけるスポーツ法務の現状
──いきなりFAで働かれたのでしょうか。
初めは、2013年9月からスポーツ法専門のカリキュラムを持つイギリスのノッティンガム・ロースクールという大学院に通いました。
欧州サッカーやロンドン五輪等の法務を学び、卒業論文も提出して、その後に短期間ですがRFEFやスペインのスポーツ法を扱う法律事務所を経験し、その後にFAに入りました。
──イギリスの大学院に通われていたのですね。ちなみに、日本にはスポーツ法務専門のロースクールはあるのでしょうか。
ノッティンガム・ロースクールのように、1年間スポーツ法しかやらないというコースはないと思います。スポーツ法についての勉強となれば、アメリカかイギリスになりますね。
日本では、まだスポーツ法自体が十分体系化されていないのが現状です。
ある程度体系化されていれば、体系ごとに案件の問題点なども仮説を立てられますが、十分体系化されていないので弁護士としても事案毎に手探りの状態ということです。
──FAで働き始めたときの印象を教えてください。
最初は本当に驚きました。弁護士が全員で15名ほど在籍していて、年齢もみんな若かったですね。20代の弁護士も多く在籍し、法務のトップも40代前半だと思います。
RFEFでも、法務をすべて仕切っていたのは40歳前後の弁護士。年配の方をイメージしていたこともあり、かなり衝撃を受けました。
──FAの常勤15名という体制は、ヨーロッパのなかでも珍しいのでしょうか。
RFEFと比べて、確かに桁違いの人数と言えます。RFEFでは常勤弁護士は3、4名であったと思います。
多岐にわたるFAでの弁護士業務
──各弁護士の業務はどういうものでしたか。
FAでは、試合中のラフプレーを行った選手に対して、出場停止等の制裁を与えるための懲戒手続きがありました。
その際、対象者となる選手やクラブの意見を聞く場があり、FA側の代理人として弁護士が立ち会っていました。
ほかにも、スポンサーとの契約、放映権契約、ライセンス契約等の交渉も最初から必ず弁護士が同席していました。
──業務内容は多岐にわたっているようですね。
そうですね。FAは各分野の弁護士を抱え、放映権契約やスポンサーシップ契約などを扱う弁護士、イングランド代表、FAカップといったライツを保護する弁護士のほか、ナショナルトレーニングセンターであるセント・ジョージズ・パークやウェンブリー・スタジアムといったプロパティの管理・運営に関する法務を専門に扱う弁護士もいました。
プロパティ弁護士は、土地の所有者だけでなく、施設のある各地域の地方公共団体との交渉も行ったりしていました。
また、FAを当事者とする裁判の代理人をする訴訟担当や、協会もひとつの組織ですから企業法務の担当も必要になります。
仲介人制度の誕生に立ち会う
──栗山さんはどのような業務をされていましたか。
各分野の弁護士たちとともに、同時並行で進めていた複数のプロジェクトに関与していました。
放映権やスポンサーシップの契約、ウェンブリー・スタジアムの施設利用、懲戒手続き等についての案件に関与することで、いろいろな勉強をさせてもらいました。
さまざまな種類の契約書に触れたことで、契約締結の際の悩みや問題点も理解でき、懲戒手続きにオブザーバーとして参加もしたことで、貴重な経験を得られました。そのなかで、サッカー選手の代理人制度につき「代理人」制度から「仲介人」制度に変わる場面に立ち会うこともできましたね。
──2015年4月から、国際サッカー連盟(FIFA)の試験に合格する必要のあった代理人の資格認定制度が廃止され、新たに「仲介人」の登録を選手とクラブに義務づける制度に変わりました。
一番大きく変わったのは、仲介人は、サッカー協会に登録すれば誰でもなれるようになったということです。
仲介人になるために試験は要りません。その代わり、仲介人と選手やクラブ間の契約関係を各国サッカー協会が把握して仲介人業務の透明性を確保します。
──イギリス国内の仲介人制度を規定していく作業は、大変だったのではないでしょうか。
2014年6月にFIFAの理事会で決定しましたが、発表されたレギュレーションは最低基準を定めたものであり、各国はそれぞれの国内法を考慮して細部を決めなければなりません。
FAは世界各国サッカー協会の中で最も早く国内規則を制定しましたから、一から規約をつくっていました。これを担当しているFAの弁護士やガバナンスチームのメンバーは大変そうでした。
弁護士も他国籍だったUEFA
──FAのあとは、UEFAにも所属されたと思います。
UEFAの本部はスイスのニヨンにあり、約25人の弁護士が在籍していて多国籍でしたね。
僕が所属していたチームで言えば、トップがフランス人弁護士でアシスタントがドイツ人。
その下にイタリア人弁護士がいて、言葉は英語とドイツ語とフランス語が飛び交うような状態でした。
──すごい環境だったと思います。UEFAではチームはどのように構成されていましたか。
FAと同様に、放映権やスポンサーシップの契約から企業法務まで幅広く法律業務がなされていました。
EU法の問題も出てきます。チャンピオンズリーグやユーロといった大会のレギュレーションをつくるチームや、FAと同様に勝ち点剥奪など懲戒手続きを行うチームもありました。
チャンピオンズリーグでは差別問題も少なくなく、たとえば選手が試合中に差別を受けたときにどのような処分をするかも決めることになります。
日本と欧州における弁護士の違い
──仕事の進め方で日本との違いはありましたか。
一番の違いは、弁護士がビジネスマンだということになります。
日本ではビジネスマンのまとめたことを、最後に弁護士がチェックすることも多く、あくまでも主体はビジネスマンになると思います。
しかし、UEFA やFAでは弁護士がより主体的にビジネスに関与していました。最初の交渉から立ち合い、法的な観点の照らし合わせはもちろん、ビジネスマンとしての意見やアイデアも出しています。
ただ法律を知っている弁護士ということではなく、ビジネスができる弁護士。“ビジネスロイヤー”という存在であり、日本のスポーツ業界ではまだ少数ですが、特に必要だと感じました。
“ビジネスロイヤー”は増えるか
──日本におけるスポーツ法務の今後の課題は何だと思いますか。
日本では、弁護士が選手サイドについていることが多いように感じます。
契約上、弱い立場になる選手を守るということですから、とても大切なことだと思います。もっとも、同じように法律のスキルを持った人材が、もっと組織の側にいることによって、バランスが取れていくのではないでしょうか。
クラブや協会といった組織のなかに、より入っていくことで、弁護士の特性であるバランス感覚や法的な考え方も必ずプラスに働いていくと思います。
声の大きい意見が通るのではなく、説得的である、論理的であるとか全体的にバランスが取れている意見が必要とされていくのではないでしょうか。
また、ヨーロッパの協会で働いているような弁護士は、スポーツビジネスに非常に詳しいです。
単に法的な思考ができたり、バランス感覚がいいだけではありません。弁護士自身が、サッカーの歴史や現在抱えている課題まで、圧倒的な知識を持っていましたね。
──日本でも、今後は“ビジネスロイヤー”が増えていくのでしょうか。
世界的なエージェント会社であるインターナショナル・マネジメント・グループ(IMG)の創業者であるマーク・マコーマックや有名大リーガーの代理人であるスコット・ボラスも、もともとは弁護士です。
僕自身、FAなどでのルール作成やプロジェクトに関与して、弁護士としての業務の可能性に気づくことができましたから、日本でもスポーツの分野で働く弁護士が増えていかなければならないと強く思います。
ただ、いくらスポーツ好きでもスポーツ法務だけではバランスが悪いですから、スポーツとは関係ない日常の法律業務を一生懸命やる必要もあります。
私は、所属事務所で約7年間いろいろな法律業務に関与した後に海外留学に行きましたが、スポーツ案件をやる際にその経験が生きています。
加えて、前例がないことをこなしていくようなマインドを持つことが重要になります。どんな職業でも初めてのことをやるのは難しいですが、ラグビーワールドカップや東京五輪等に関連して法務的な課題がたくさん出てくるはずですから、弁護士がそこに挑戦していくのもいいのではないでしょうか。
*明日掲載の「五輪で話題の“便乗商法”。アンブッシュマーケティングとは」に続きます。
(写真:福田俊介)