アメリカスポーツ【第17回】
大学バスケで米国盛況。スポーツをうまく使えば、地方が潤う
2016/4/29
「マーチマッドネス」と呼ばれる3月は、アメリカ中のバスケットボールファンが待ち望む時期だ。
ロサンゼルス州アナハイムにあるホンダセンター(アイスホッケーNHLアナハイム・ダックスの本拠地)を訪れると、バスケファンが熱狂する理由を肌で実感できた。
応援する学校の色のTシャツやレプリカユニフォームを着たファンがスタンドを埋める。ひいきチームの選手がシュートを決めれば両手をつきあげながら立ち上がり、劣勢にあれば「ディフェンス」の掛け声で鼓舞する。
同じバスケットボールでも、華やかなプロのNBAとは随分と空気感が違う。「Win or Go Home」(勝つか負けるか)の一発勝負の状況が、悲壮感すらも誘っている。
NCAAは日本の甲子園
アメリカ大学バスケットボールの全国大会、NCAAトーナメントは大会の大半が3月中に行われ、アメリカ中のバスケットボールファンが熱狂することから「マーチマッドネス」の異名を持つ。
同国の大学スポーツでは、アメフトに次ぐ人気のバスケだが、前者には全米優勝を決めるトーナメント大会が実質ないことから(ランキング等をもとに全米王座決定戦等は存在する)、このNCAAがアマチュアスポーツのトーナメント大会として最大の規模を誇る。
日本で言えば春夏の高校野球、いわゆる甲子園が近いかもしれない。
強豪校がそろうリーグ(カンファレンス)に所属していなければ全米優勝決定戦などの名と注目度の高いプレーオフゲーム(ボウルゲーム)へ進出することもままならないアメフトに比べて、NCAAトーナメントでは強豪リーグに加盟していなくても出場可能だ。
それまで名前も聞いたことがなく、どこの州にあるのかもわからないような学校がベスト4や決勝まで進出するような例も、これまで1度や2度ではない。そうした側面もあって人々を熱狂させるのである。
甲子園とNCAAの違い
ただし、甲子園と違ってNCAAトーナメント(女子にもNCAAトーナメントがあるが、ここでは男子のトーナメントを指す)で費やされるおカネ、得られる経済効果、メディアへの露出、大会の運営などを見ると、もはや「アマチュア」のスケールを飛び出している。
計68校が参加する同大会の中で、筆者が赴いたアナハイムはベスト16と8の試合が行われる4会場の一つで、計3試合が行われた。会場のホンダセンターの収容人数は約1万8000人だが、出場校の関係者やファンを中心に多くの観客が客席を埋めた。
負ければ敗退のトーナメント。それだけに試合の雰囲気はどれも熱く、緊張感が漂う。
洗練されたプロスポーツの雰囲気とは違って、よりローカルで身近なムードも感じられた。
アメリカではコアなスポーツファンこそプロよりカレッジスポーツを好むようなところがあるが、そうした部分もこのNCAAトーナメントの雰囲気を独特なものにしていると思われる。
開催地に上々の経済効果
繰り返しになるが、NCAAトーナメントを日本にあるスポーツイベントでたとえるならば、「甲子園のような感じ」と説明するのが早い。
ただ、甲子園が文字通り甲子園球場のみで行われるのに対して、NCAAトーナメントは全米各地で開催され、年ごとに会場が変わる。
人気のあるイベントであるだけに、開催地には全米からファンが訪れる。当然ホテルの稼働率は上がり、レストランやショッピングモール等への客も増えるため、経済効果に影響を与える。
アナハイムにはディズニーランドがあるため元から観光客が多い一方、これがデモイン(アイオワ州)、プロビデンス(ロードアイランド州)、ローリー(ノースカロライナ州)などといった場所になればどうか。
おそらく日本のほとんどの人が名前も聞いたことがないのではないだろう。
だがこれらの市は、いずれも今年のNCAAトーナメントの開催地だった。デモインは人口が約20万人、プロビデンスで同18万人といった規模の中小都市だが、ともに開催地となったことでおよそ300万ドル(約3.3億円)の経済効果がもたらされたという。市の規模から考えれば上々の売り上げだ。
大都市では経済効果20億円
これがやはり開催地となった人口約155万人のフィラデルフィアだと、さらに経済効果が跳ね上がる。
同都市でもアナハイム同様、今回ベスト16とベスト8の試合会場となったが、この間ホテルの 約1万部屋が埋まり、試合会場には約1万7000人の来場者数があったという。経済効果は約1800万ドルと算出されている。
これが同じ経済効果でも、トーナメントの佳境かつ最大の目玉、ファイナル・フォーのそれとなるとケタが違う。
今年の開催地のヒューストンへの経済効果は約3億ドルだったという(ファイナル・フォーはいまや2万人程度しか入らないNBAのアリーナではなく6~7万人入るアメフトスタジアムで開催されるため、集客面だけでも当然、それまでのラウンドとは規模が違うこともある)。
経済効果に大学教授が疑問
ただ一方で、「NCAAトーナメント招致で必ずしも街が潤うわけではない」という声もある。
マサチューセッツ州にあるホーリークロス大学経済学部のビクター・マシソンとロバート・バードの2教授は、単純にホテルやレストランやショッピングモール等での売り上げが伸びたからといって、それが経済的な成功とは言い切れないという研究結果を発表している。
都市外から多くの人が訪れることで地元住民が混雑を嫌い、本来費やされるはずだったおカネが落とされなくなる。
さらに、開催準備のために費やされるコストがかかるために、実際の都市への利潤は差し引きで考えるとほとんどないからだという(莫大なテレビ放映権料やテレビCM料によって大会運営サイドとそこから分配金がもらえる各リーグと学校の利潤は相当なものだが)。
新ソフトウェアを開発
シアトルタイムズ紙のジェフ・ベイカー記者が、こうした件について興味深い記事を同紙電子版で書いていた。
シアトルは昨年のNCAAトーナメントの2回戦および3回戦の開催地となったが、それに先立って、シアトルスポーツ委員会(同市での大会開催の運営を担った)が上述したような経済効果を算出するソフトウェアを開発した。
それまでは大まかな予想でしかなかった経済効果を、過去のデータ等を入力することでより的確な数字が算出される仕組みにしたという。
たとえば、ホテルの部屋は1晩で1万1678部屋が埋まり約190万ドル、交通機関利用で約130万ドル、ショッピング等からは同じく130万ドルの売り上げがあり、全体で約780万ドルの経済効果と約96万ドルの税収増が見込める、などとより具体的な数字が出てくるというのだ(勝ち上がるチームがどこかなどによって変動はあるが)。
まだこのシステムも十全ではない。NCAAトーナメントが開催されない場合、ホテル宿泊費から得られる190万ドルがゼロになるかといえば、当然そうではない。
しかし、とりわけさほど人口の多くない中小都市などがこういったスポーツイベントを招致するかどうかの判断の一助になる、とは言えるのではないか。
日本でも地方創生の一手に
経済効果という言葉を使うとどことなく堅苦しいが、換言すれば街おこしだ。
近年では日本でも市民参加型のマラソン大会が雨後の竹の子のごとく開催され、多くのランナーたちが時に地方まで足を運んで参加するケースも散見される。
大会運営側の地方行政等にとってはマラソン大会を通して地元の観光スポットや地産物等をプロモートする機会となっている。
上述したように、アメリカでデモインやプロビデンスといった地方都市がNCAAトーナメントを開催することで街の活性化につなげているように、日本でも地方都市等が市民マラソンを開催することで少なからず街の名前を知ってもらうきっかけにしている。
プロ野球の沖縄を中心としたキャンプなどで、スポーツ観光につなげている例もある。
昨秋新設されたスポーツ庁と同庁初代長官の鈴木大地氏は、これまで時に悪しきものとして捉えられていた「スポーツをビジネスにする」という考えを推進していく考えを打ち出しているが、こうした野球のキャンプや市民マラソン以外でも、さらにスポーツを「地方創生」に役立てられないかと思う。
(撮影:永塚和志)