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「仕事」が場所と時間を超える意味

クラウドとAIは日本に「労働革命」を起こすか

2016/4/29
あらゆる企業のオフィスにITが行き渡り、主要なビジネスツールの多くがクラウドに移行している現在、組織と個人の「働き方」に変革が起こりつつある。バックオフィス業務をクラウド化するサービス「CasterBiz」を運営する中川祥太氏と、働き方の革新を自ら実践している日本マイクロソフトの業務執行役員・越川慎司氏が、来るべき“労働革命”について語った。

人的リソースがオンラインへ移行

──2011年3月11日以降、組織や場所に縛られた固定的な働き方を見直す機運が高まりました。その象徴が「クラウドソーシング」をはじめとするオンラインワーカーですが、うまく広まっているのでしょうか。

中川:現状のクラウドソーシングは供給過多で報酬体系が不整備な点など、課題が多くあります。しかし、人がリモートで働けるようになったことで、これまでオフラインにしか存在しなかった人的リソースがオンラインに移行し始めた。これはとても大きな変化で、私は「労働革命」の前夜だと考えています。

企業が人的リソースを固定で持つことは、手元にサーバーを置くのと同じです。体という物理的な限界により、リソースを活用できる場所と時間に縛られていた。しかし、人的リソースをクラウド化すれば、ひとり分のリソースを複数の企業に分割したり、必要な機能だけ活用したりすることも可能になります。

越川:企業にとって人材は最重要資源ですが、雇用の側面で考えた場合、企業と人材がマッチングしない理由の一番は「場所」なんですよね。キャリアや能力ではなく、所在地が最大のハードルになって適切な人材を獲得できない。

そもそも企業は従業員の労務管理をするために存在するのではなく、利益を出すこと、儲かることを目的に存在しています。同じ地域に住む社員を同じ時間だけオフィスに並べて座らせて、それでイノベーションが起こるなら正解ですが、起こらないから場所や時間にとらわれない働き方へとシフトが始まっている。

中川祥太(なかがわ・しょうた) 株式会社Caster代表。大学時代にライブドア、オークリーなどでアルバイトを経験した後、下北沢にて小売店を起業。その失敗を経て、大手ネット専業広告代理店、オンラインセキュリティ企業でITビジネスに携わる。ソーシャルメディア関連事業や新規事業を担当するなかで、発注者として既存のクラウドソーシングビジネスに問題意識を持ち、その解決のためにCasterを創業する。

中川祥太(なかがわ・しょうた)
株式会社Caster代表。大学時代にライブドア、オークリーなどでアルバイトを経験した後、下北沢にて小売店を起業。その失敗を経て、大手ネット専業広告代理店、オンラインセキュリティ企業でITビジネスに携わる。ソーシャルメディア関連事業や新規事業を担当するなかで、発注者として既存のクラウドソーシングビジネスに問題意識を持ち、その解決のためにCasterを創業する。

社員の7割が地方在住の女性

──中川さんのビジネスは、正社員として雇用した人的リソースを、クラウドを通じて外部企業に供給するという仕組みで急成長している。あらためて概要を教えてください。

中川:CasterBizは、オンラインで企業のバックオフィス業務を担うサービスです。創業から約2年で、スタッフは正社員を中心に約100人を雇用しています。運用はOffice 365をはじめ、各企業で使われているさまざまなクラウドサービスをフル活用しているため、独自のシステム開発はしていません。ローンチまで要したのは3カ月ほどでした。

越川:そのスピード感はすごい。また2年で100人を雇用したのもすごいですが、やはり女性や地方の人が中心ですか?

中川:99%が20〜40代の女性で、そのうち7割が何かしらの理由で都会を離れたか、もともと地方で就業していた地方在住の人。残りの3割が都市部周辺で、都心まで片道1時間半かかるような人です。

バックオフィス業務なので、9時から18時の間はコミットしてもらいますが、働く場所はどこでもよく、しかも正社員としてビジネスの最前線で働ける。給与帯は東京と同じで、時給換算すると地方の時給の2倍を報酬として得ている人もいます。この条件に各地からたくさんの人が集まってきました。

越川慎司(こしかわ・しんじ) 日本マイクロソフト 業務執行役員。国内通信会社、米系通信会社、ITベンチャーを経て、2005年に米・マイクロソフトに入社。2015年7月より現職。年間に地球を5、6周回るほどの海外渡航をこなしながら、国内では講演会にも飛び回り、時間と場所に制約されない働き方を実践する。

越川慎司(こしかわ・しんじ) 日本マイクロソフト 業務執行役員。国内通信会社、米系通信会社、ITベンチャーを経て、2005年に米・マイクロソフトに入社。2015年7月より現職。年間に地球を5、6周回るほどの海外渡航をこなしながら、国内では講演会にも飛び回り、時間と場所に制約されない働き方を実践する。

「正規雇用を東京で」は時代遅れ

──日本企業の多くに時間と場所の制約があり、フルコミットできないと評価されにくいという文化が少なからずある。そのなかで、全員がフルリモートで働く組織というのは、どう実現しているのでしょうか?

中川:まず、人材の選定基準は学歴や今までのキャリアに依存しません。弊社が求める能力を保有しているか、その一点で見極めます。

入社後も、すべての作業を分単位で管理し、評価が数字で可視化される仕組みがあるため、実力は平等に評価されます。だから、場所が離れていることで評価面が曖昧になるという問題も生まれていません。

越川:「正規雇用を東京で」という考えは、もはや古い。アベノミクスの3本目の矢に「人材の活躍強化」が挙げられ、女性活躍や地方創生がうたわれていますが、多くの企業は人事制度を変えることしかできないでしょう。それでは何も変わらない。住む場所やバックグラウンド、性別などを問わなければ、優秀な人材を雇用する可能性はいくらでも広がるんですが。

中川:私は、リモートワーカーとオフラインワーカーのどちらが優秀かというと、リモートワーカーの方が優秀だと定義しています。かつては専門職のフリーランスに多くいましたが、クラウドツールのおかげで職種の幅も急激に広がっています。バックオフィス業務のプロがフルリモートで働けるとなれば、その活躍の幅が広いのは当然だと思っています。

労働市場のシェアリングエコノミー

──CasterBizは当初ベンチャー企業向けのサービスとしてローンチしたものの、実際は大企業からの引き合いが多いと聞きました。

中川:要因としては、大企業に新規事業の部署が増えていることが挙げられます。大企業とはいえ、新規事業の芽が出るまでは予算がつかないケースが多い。担当者は派遣社員を雇うことも、他の部署から社員を異動させることもできません。

彼らが持つ権限は外注費のみ。そこにCasterBizのサービスがマッチして、短期プロジェクトに発注していただく形が増えました。

バックオフィスというと、経理や人事を想像しがちですが、もっと細かい業務や、オペレーション、ウェブサイトの運用などをすべてバックオフィスとして定義して受けています。新規事業の担当者が困るのは、専門性のない部分なので、そこを「顔の見えないチームメンバー」としてサポートしています。

越川:クリエイティビティを求められる仕事に社内リソースを投入し、それ以外をアウトソースするという選択と集中ですね。

10年前は、イノベーションは経営会議の場で起きていましたが、今、イノベーションが起こるのは現場です。それをスピーディーにビジネスにすることで競争優位性につながる。現場に権限を与えられる企業ほど強くなれるのが今です。

新規プロジェクトを立ち上げるたびに人を採用したり異動させたりするのがナンセンスになりつつあり、それこそシェアリングエコノミーで、所有ではなく共有という世界観が労働市場にも流通し始めた兆しかもしれません。

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Officeは「文房具」ではなくなった

──CasterBizが個人の働き方からアプローチして、組織の働き方を変えているとすれば、マイクロソフトは組織からのアプローチで個人の働き方を変える立場になりますね。

越川:マイクロソフトは、地球上にいるすべての人の生産性を上げることをビジョンに掲げています。そのためには、まず自社の社員の生産性を高めないといけない。全員が制限なく在宅勤務できる仕組みの導入や、社内カルチャーの変革など、ここ5年間で大きく体質を変えてきました。

この働き方ができるのは、クラウドがあるからこそ。Office 365があれば働き方を変えられるというわれわれの事例を見てもらうことで、日本の働き方を変えようとしています。

かつてのワードやエクセルは、個人の生産性を上げる「文房具」に過ぎませんでした。一方、クラウド化したOffice 365は「コミュニケーションツール」であり、チームの生産性を上げるために進化しています。クラウドによって、いかに個人のナレッジをチーム力や会社の力に押し上げるか。それがわれわれのチャレンジです。

中川:人と会社の距離が物理的に離れて自由になると、“サボる人が出てくるのではないか”とネガティブに考える経営者もいます。でも実は逆で、クラウドでつながることでコミュニケーションが的確で効率的になりますね。

越川:その通りです。私自身、世界中を移動しながら働いているため、自分で手を動かす時間が取れないことが多い。しかし、チームとクラウドでつながったことで、何が必要なのかを常に共有できるようになりました。

すると、たとえば飛行機での移動中に、メンバーが必要な資料を作っておいてくれるような変化がおきた。帰国後に資料を作る時間を割かずに次の商談へ行けるため、お客様と会う時間は以前と比べて1.8倍に増え、講演会で話す回数も2倍になりました。

AIによって仕事は進化する

越川:もうひとつのメリットとして、AI(人工知能)によるワークスタイルの進化があります。昨年末にOffice Delveというワークスタイル分析ツールをリリースしました。これは、クラウドのAIを活用したインテリジェントツールで、われわれ一人ひとりのビジネスにおける活動をすべてデータとして収集し、人の働き方をサポートしてくれるものです。

たとえば、私が社内で誰といつどれくらいのやり取りをしているか、それはどんな内容かをクラウド側で把握します。そして「この会議は非効率的だったね」「この重要な人と連絡とってないけど大丈夫?」「明日はこの資料が重要だよ」とAIが教えてくれるのです。

教えてもらった資料が必要なら、私はクリックして使えばいい。するとそれもAIが学習していくので、サポート精度がどんどん高まって仕事が効率的になっていく。そうやって人の働き方を進化させることができるのです。

中川:Office Delveを入れることで、世界規模でオペレーションの平準化ができるようになることは間違いありませんね。弊社は100人中約30人が海外在住なので、その平準化ができたら相当に大きいです。

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現場に「自由と責任」を与える

──企業にリモートワークが広まり切らない理由の一つに、適切なルール整備ができないことが挙げられると思います。ワークスタイル改革を推進するうえで、どんなルールが必要でしょうか?

越川:まず前提として、私は1年の大半を日本の品川オフィスの外で仕事をしています。ICTがいくら普及しても、お客様との対面や、世界各地での面会ミーティングはゼロにならないですし、グローバルビジネスではなおさら現地のステークホルダーと膝を突き合わせた交渉が必要になります。

すると、残念ながらチームメンバーと物理的に会う機会は減ってしまいます。そこで弊社では、情報共有やプロジェクトの進捗(しんちょく)確認、個人の悩み事などについて最低2週間に1回は上司と部下で相談し合う機会を作るというルールがあります。この1対1ミーティングはSkype for Businessで行われることもあり、場所にとらわれずメンバーとの良好な関係性を維持できています。

いつも一緒にいなくても、場所も時間も関係なく信頼して仕事を任せていくことで、メンバーとの間に会話が生まれます。そこからビジネスアイデアが生まれ、すぐに実行に移せる、そんなイノベーションが現場で起きているのです。

中川:働き方の自由度を高めると、個人の働きやすい働き方に寄っていきますよね。それが、一番生産性の高い働き方。自由な働き方を企業が認めれば、固定の時間という概念は崩れて、優秀な人が自分に合った時間で働けるようになり、生産性はどんどん高まると思います。

越川:組織のビジョンはリーダーが決め、チームのゴール達成はマネジャーに委ね、その思想に呼応するメンバーが、それぞれで成果を残しやすい働き方をすればいい。

とはいえ、現実にはいろいろな壁があって、実行できない会社が多いと思います。その原因に「日本の三大雇用慣行」が挙げられます。つまり、「終身雇用」「年功序型列賃金」「企業別労働組合」を指しますが、これらは経済成長期に企業内訓練を効率的に行うためのモデルで、日本独自のものです。

外部環境の変化にスピード感を持って対応するには、「自由と責任」を現場に与えることが重要だと思いますが、日本の雇用慣行はそれを妨げる可能性がある。

自由と責任を与えれば、優秀な人材はどこにいても素晴らしい成果を残します。上司の前に座らせて部下を管理するのが良いのか、どこで働いても成果を出せて、メンバーがさらに活躍できるようにするのが良いのか。どちらを選択するか、これからの企業の分岐点になるでしょう。

(聞き手:呉 琢磨、構成:田村朋美、撮影:下屋敷和文)