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Intelligence×NewsPicks 求人特集

70億人のフィールドで勝ち抜くグローバル人材とは

2016/4/28
グローバルなキャリアとは何か、グローバル人材とはどういう人を指すのか。スイスに本社を置き、2016年に創業150周年を迎えた世界最大の総合食品飲料企業であるネスレで、数々のイノベーションを起こしながら右肩上がりの業績を誇るネスレ日本。その代表を務める高岡浩三氏は、海外勤務を拒み続けるもグローバルで戦える人材だと認められ、社長に抜てきされた逸材だ。その高岡氏に、グローバルで勝ち抜く人材とは何かを聞いた。

「グローバルなキャリア」というと、海外留学や海外赴任の経験をイメージする人が多いかもしれません。

しかし私自身、スイスに本社のあるグローバル企業の日本法人、ネスレ日本の社長をしていますが、海外留学の経験はなく、海外赴任の経験も1年しかありません。私のキャリアを振り返ると、真にグローバルで必要とされる人材像の一端が見えてくるのではないでしょうか。

私は新卒でネスレに入社して以来、海外でキャリアを積むことを拒み続けてきました。海外拠点の社長の話も、スイス本社の役員の話も全てです。

なぜなら、幼いときに父親を亡くし、女手一つで私と兄弟を育ててくれた母親を置いて海外に行くなんて考えられなかったし、晩年は一緒に住むことを決めていたから。神戸を離れるという選択肢を持っていませんでした。

グローバル企業で転勤を拒むというのは、キャリアにとってマイナスでしかありません。通常ネスレも、現地法人の社長や本社役員になれるのは、インターナショナルスタッフだけ。自分の祖国を捨て、他国でキャリアを積んだ人です。だから私は、いつかネスレのキャリアを捨てざるを得ないと覚悟していました。

ところが2010年、他国でのキャリアを積んでいない私が、生まれ育った日本で社長になりました。約150年というネスレの歴史のなかで、初めてルールを破った「事件」です。それは、私の考え方がローカルではなく、極めてグローバルであると判断されたからでした。

ローカルのルールを当たり前だと思わない

「先進国はわずか4〜5社のスーパーマーケットがチェーン展開しているのに、なぜ日本は大小さまざま400社ものスーパーがあるのか」

あなたはこの質問に答えられるでしょうか。きっと、日本で生まれ育ち、日本企業に勤めていたら、気にも留めない事象です。

答えは、日本は日本海と太平洋、北と南など各地で取れる魚が違い、都道府県ごとに食べる生鮮品が違うから。昔から漁師は地元の小さなスーパーとつながり、地場で取れた新鮮な魚を売っていました。このつながりに大手のスーパーは太刀打ちできない。だから日本にはスーパーがたくさんあるのです。

これは日本にいると疑問にすら思わないことですが、他国から見れば不思議なこと。海外で生鮮品は一律冷凍で事足りるからです。私も、質問をされない限り考えることもなかったでしょう。

また、日本だけが4月に新卒一括採用をしていることも、なぜそんなルールがあるのかを即座かつ明確に答えられる人は少ないと思います。何十年も前には一括採用をすべき理由があったとして、現在もその理由は生きているのかと言われたら、必ずしもそんなことはありません。

だから、私が社長になった翌年から、ネスレ日本は新卒一括採用をやめました。

ネスレ日本株式会社 代表取締役社長兼CEO 高岡浩三 1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本に入社後、各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリーの代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本の代表取締役副社長 飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月、ネスレ日本の代表取締役社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新しいビジネスモデルの構築を通じて高利益率を実現する一方、人事や営業などの管理部門も含め、あらゆる部門に「マーケティング」を採り入れ、グローバルに通用する成熟先進国ビジネスモデルの構築に力を注ぐ。著書に『ゲームのルールを変えろ-ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)、『逆算力』(日経BP社)、『ネスレの稼ぐ仕組み』(KADOKAWA)

ネスレ日本株式会社 代表取締役社長兼CEO 高岡浩三
1983年、神戸大学経営学部卒。同年、ネスレ日本に入社後、各種ブランドマネジャー等を経て、ネスレコンフェクショナリー株式会社マーケティング本部長として「キットカット受験生応援キャンペーン」を成功させる。2005年、ネスレコンフェクショナリーの代表取締役社長に就任。2010年、ネスレ日本の代表取締役副社長 飲料事業本部長として新しい「ネスカフェ」のビジネスモデルを構築。同年11月、ネスレ日本の代表取締役社長兼CEOに就任。「ネスカフェ アンバサダー」などの新しいビジネスモデルの構築を通じて高利益率を実現する一方、人事や営業などの管理部門も含め、あらゆる部門に「マーケティング」を採り入れ、グローバルに通用する成熟先進国ビジネスモデルの構築に力を注ぐ。著書に『ゲームのルールを変えろ-ネスレ日本トップが明かす新・日本的経営』(ダイヤモンド社)、『逆算力』(日経BP社)、『ネスレの稼ぐ仕組み』(KADOKAWA)

30歳のときに史上最年少で部長になってから、56歳になった今まで、私は日本にいながら外国の人たちと仕事をしてきました。そのなかで、日本を知らない外国人から日々ものすごい数のこうした質問を受けてきました。

もちろん最初はほとんど答えられなかったので、来る日も来る日も必死で考えました。そうするうちに、ローカルでは当たり前のことを当たり前だと思わなくなったのです。

「グローバル人材」という言葉を定義するなら、「当たり前のことを当たり前だと思わずに考えられる人」だと思います。多様な人種が交わりながら仕事をすると、最初は理解できない考え方も受け入れ、尊重するようになり、新しい発想が生まれるのです。

海外が真似をするイノベーションアワード

ローカルのルールを疑い、自分の頭で考えられる人がグローバルでも戦える人なわけですが、日本人はあまりにも考える癖がついていません。

そこで、考える癖をつけるためにネスレ日本は「イノベーションアワード」という取り組みを始めました。これは、お客様の問題を解決し、売上と利益に貢献するアイデアを自分一人で考え、実証して提案するというものです。

イノベーションとは、誰も気づいていない潜在的な課題を解決することであり、市場調査などで顕在化する課題を解決する、いわゆるリノベーションとは異なります。

ここから生まれたのが、キットカットをオーブントースターで2分焼くだけの「焼きキットカット」や、「ル パティシエ タカギ」オーナーシェフの高木康政氏が全面監修した高級キットカット「キットカット ショコラトリー」、オフィスなどでコーヒーを1杯約30円で楽しめる「ネスカフェ アンバサダー」です。

初年度は80件程度しかアイデアが出ませんでしたが、翌年は10倍に、昨年は社員数を超える3000以上のアイデアが提出されました。

提出されたアイデアから、私や役員が「ダイヤモンドの原石」を探すのですが、最初は私が選ぶものと、他の役員が選ぶものは全く一致せず、「これのどこがイノベーションなんだ」とみんなが口をそろえて言いました。たとえば、「焼きキットカット」のどこがイノベーションなのかと。

想像するとわかると思いますが、暑い夏に甘くて溶けやすいチョコレートをすすんで食べようとは思いませんよね。実際、菓子業界で夏場にチョコレートの売り上げは下がります。一方、夏場でも売り上げが下がらないのは、シュガーキャンディとビスケットです。

では、キットカットをオーブントースターで焼くとどうなるかというと、少し焦げて食感がビスケットのようになる。ベタベタとチョコレートが溶けることもありません。ということは、暑い夏でも2分焼くだけで、ビスケットのような美味しいキットカットが食べられるというわけです。

この提案により売り上げは約2割上がりました。これは、夏にチョコレートを食べたくないという潜在的な課題を解決したイノベーションといえるでしょう。

「キットカット ショコラトリー」にしても、手軽な価格のキットカットをブランド名はそのままに、プレミアム商品に変えたアイデアです。普通に考えれば、高価なブランドのチョコレートは買っても、キットカットが高価だったら買いません。その問題を打破し、キットカットを高級チョコとして売り出すことに成功。商品を求めて長い行列ができ、8店舗で20億円の売り上げを作ることができました。

他国のネスレが業績を下げるなか、イノベーションアワードなど独自の取り組みが功を奏し、ネスレ日本は圧倒的に業績を伸ばしています。この取り組みは、スイスの本社から注目されるだけでなく、他国のネスレも日本をお手本に始めるようになりました。

キットカット ショコラトリー 新宿髙島屋店

キットカット ショコラトリー 新宿髙島屋店

多様な人と交わり、深く考える癖をつける

本当のグローバル人材とは、海外赴任や海外留学をすることでなれるわけではないと理解していただけたでしょう。

グローバルに多様な人と交わって、物事を深く考える癖がつけば、常識を疑う発想が出てきます。「世界で勝つ」というのはそういうことだと思います。

どこの企業でも「本社(都心)で考えた戦略は地方では通用しない」「日本の本社は現地(海外拠点)のことをわかってくれない」という話はたくさんあると思います。でも、外国のことをわからないように、日本にいても全員が納得する戦略を作るのは難しい。

ですから、わからない前提で何ができるのか、どうすればいいのかを考えて実行すればいいのです。わかってもらえないことを発信するのは、不毛な言い争いにつながります。そうではなく、打開策を考える癖をつけてほしい。

自分と違う意見を知ることは、自分にとっての教養になり、大きな財産となります。考えることで初めて、70億人の地球というフィールドで戦うための出発点に立てますし、スタートを切るための切符がもらえるのです。

私は外資系企業に入社したおかげで、昔からダイバーシティを経験できて、今まで考える必要のなかった問題を大量に考えさせられてきました。

日本にはたくさんのグローバル企業があります。弊社のように外資系企業の日本法人もあれば、日本発のグローバル企業も多い。日本に居ながらにして海外から認められ、グローバルに活躍できるチャンスがあること、それは考え方一つで手に入れられることを、ぜひ知っていただきたいです。

(聞き手・執筆:田村朋美、写真:村田一豊)