20160426-Future-of-Hotel-Experience

「民泊対抗」に危機感、5年後のホテル体験はどう変わる

2016/4/27
需要高に沸く国内のホテル業界。日本にやってくる外国人旅行者は年々増加し、2020年の東京オリンピックも控えているが、一方で課題も少なくない。IT大手のオラクルが4月、米フロリダ州で開催したイベント「Oracle Industry Connect 2016」で垣間見られた世界の課題を中心に、ホテル業界の最新動向を探った。

世界的チェーンに再編の波

「ホテル業界は7年連続で需要が供給を上回っており、ADR(平均客室単価)は11四半期連続で上昇している。だが、これまでのやり方では問題がある」──オラクルでホスピタリティー担当シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネジャーのMike Webster氏は言う。

ADRは2015年に6%以上増加したが、現在のホテル業界はグローバルチェーンの買収劇があいつぐ激動期のまっただ中にある。2015年11月に発表されたMarriottによるStarwood Hotels & Resortsへの買収提案をはじめ、フランスAccorによるFRHI(Fairmont、Raffles、Swissôtelなどを所有)の買収、Hiltonを所有するBlackstoneによるStrategic Hotels & Resortsの買収……すべて、ここ1年に起きたことだ。

業界を再編の波が襲っている一因が、Booking.com、ExpediaなどのOTA(オンライン・トラベル・エージェント)と呼ばれるオンライン旅行サイトが招いた価格競争と情報共有だ。モバイルとソーシャルメディアの普及によって旅行者の行動は激変し、ホテル選びにも大きな変化が生じた。

そしてホテル業界は現在、新しい脅威にも直面している。空き部屋を貸しあう民泊サービスAirbnbに象徴される、シェアリングエコノミーの台頭だ。

現在、Airbnbのシェアは1%に満たないレベルだが、タクシー業界にシェアリングエコノミーを持ち込んだUberはサンフランシスコ最大のタクシー会社Yellow Cabを破産に追い込んだ。同じことがホテル業界でも起こるのではと見る向きは少なくない。

Boston Universityの調査によると、ある都市でAirbnbの供給が10%増えると、その地域のホテルの売り上げが10%下がるという。2015年、消費者がAirbnbで見つけた民泊に払った総額は24億ドルといわれている。創業9年目の同社の評価額はおよそ255億ドル、これはMarriottの時価総額172億ドルを軽く上回る。

今年4月に米国オーランドで開催された「Oracle Industry Connect 2016」は、例年、注目度の高い産業別のソリューションを発表する大型イベント。今年は7つの産業領域について、多くのセッションが実施された。

今年4月に米国オーランドで開催された「Oracle Industry Connect 2016」は、例年、注目度の高い産業別のソリューションを発表する大型イベント。今年は7つの産業領域について、多くのセッションが実施された。

パーソナライズ体験の提供

顧客の行動が変化し、新たな脅威も台頭するなか、ホテル業界は生き残りのためになにをすべきか。2014年にホテル・飲食業向けシステムの最大手MICROS Systemsを約53億ドルで買収して業界に参入したオラクルの答えは、「個人の時代に備えよ」だ。

個人──ゲストは自分にあった体験を得たいと思っており、差別化されたサービス、体験を期待している。オラクルの調査では、ゲストは部屋でモバイル端末からルームサービスを利用したい、自分の音楽や映画にアクセスしたいと思っている。

「パワーはゲストにシフトした。パーソナライズされたサービスを、一貫性のある形でスケールとともに提供する必要がある」とWebster氏はいう。

大きな購買力を持つミレニアル世代(1980年代〜2000年代に生まれた人)は、週に1度外食をし、年間3900ドルを旅行に費やすと予想されているが、この層が最もパーソナライズを求めていると分析されている。

セッションに登壇した、オラクル ホスピタリティー担当シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネジャーのMike Webster氏。

セッションに登壇した、オラクル ホスピタリティー担当シニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネジャーのMike Webster氏。

ホテル体験はどう変わる?

将来のホテル体験はどのように変わっていくのか。世界的なホテルチェーンのトップも、同じくテクノロジーが「顧客の体験をよりパーソナライズさせていく」と予想している。

「ゲストはたくさんの情報を持っており、ウェブサイト、OTAのポータルでの評価や口コミ……さまざまな選択肢を検討して宿泊先を決定する。電話、メール、メッセンジャー、アプリと自分の好きなチャネルでわれわれとつながろうとし、さらに個人として認識されたいと思っている」。 Global Hotel Alliance(GHA)のロイヤルティー担当トップFolker Heim氏は、2020年のゲスト像を描く。

Scandic HotelsのITディレクター兼最高情報責任者(CIO)のMartin Thell氏は、“顧客ジャーニー”の全体で、より価値のある体験を提供すべきだとする。

「たとえば到着前、高層階がいいのか、エレベーターの近くがいいのか遠くがいいのかなど部屋の好みを尋ねたり、アップグレードを提案したりできるだろう。ビーコンにより顧客が到着したことがわかれば、『ようこそ、XX様』と声をかけることもできる。ホテルのフロントデスクが不要になるかもしれない」

未来のホテルでは、顧客はスマートフォンのナビゲーションで施設内を迷わず移動し、タブレットからレストランの予約をする。朝食の混み具合をアプリでチェックし、空いている時間を選んで優雅に食事を楽しむこともできる。チェックアウトはフロントデスクに行くことなく完了し、アプリに請求書が送られてくるといったように、ホテル体験全体がよりスマートに進化すると予想されている。

そして、これらの多くは、現時点でも技術的に実現可能だ。最大の効果を得るためには、ビッグデータを中心にモバイルソリューション、プロフィル管理などのシステムの構築が必要になる。

これらの実現を支えるのが、クラウドベースのITソリューションだ。オラクルが2016年はじめに発表した「OPERA Cloud」は、世界中で最も多く使われているホテル向けITシステム「OPERA」のクラウド版だ。

OPERAの長年のユーザーであり、世界で3400の施設を所有するMarriottは、「成長へ向けた新たな取り組みを推進する上で、クラウドは俊敏性と効率性の両面で利点を享受できる」(ITデリバリー担当バイスプレジデントのDelphina Reimers氏)と早速クラウドへの移行を図っている。

左から、Global Hotel Allianceのロイヤルティー担当トップFolker Heim氏、Scandic HotelsのITディレクター兼CIO、Martin Thell氏、Louvre Hotels GroupのCIO、Thierry Guiraudios氏。5年後のホテル体験についてセッションを行った。

左から、Global Hotel Allianceのロイヤルティー担当トップFolker Heim氏、Scandic HotelsのITディレクター兼CIO、Martin Thell氏、Louvre Hotels GroupのCIO、Thierry Guiraudios氏。5年後のホテル体験についてセッションを行った。

日本の旅館にも変化の波

一方で、国内のホテル業界も変化に直面している。日本政府観光局(JNTO)によると、2015年の訪日観光客は1973万人に及ぶ。前年から47%の増加と、インバウンド需要が急伸している背景には、中国人に対するビザ発給要件の緩和、円安、アジアと日本を結ぶLCCの便数やルートの充実などがある。

外資系ホテルと違って日本のホテルや旅館は、こうした外国人観光客に、まず存在を知ってもらわなければならない。ここでも一役買っているのが、多言語で情報を表示してくれるExpedia、Booking.comなどのOTAだ。

「インバウンドの観光客への期待から、当社と提携していただく施設が増えている」とBooking.comの日本法人で広報・マーケティング担当部長を務める岩崎健氏は述べる。

Expediaでも2015年、インバウンドの予約数が前年比75%増加した。牽引しているのはアジアからの訪日客で同109%と倍以上に増えており、なかでも香港からの予約が多いという。

日本を訪れる外国人観光客は年々増加傾向にあるが、その行動パターンはソーシャルの発展によって大きく変化している。(iStock.com/jaraku)

日本を訪れる外国人観光客は年々増加傾向にあるが、その行動パターンはソーシャルの発展によって大きく変化している。(iStock.com/jaraku)

クラウドで多国籍慣習に対応

こうした変化を受けて、日本のホテル業は多言語への対応をはじめ、より外国人観光客に合わせた取り組みが求められている。たとえば日本の旅館は人数で予約するが、海外では単位が部屋になるといった慣習の違いが問題になる。

「ベッドのある・なし、1泊2食付き、刺し身の舟盛りがいる・いらないなど、日本の旅館は外国人にはわかりにくい。部屋と朝食というように、シンプルなパッケージを用意するよう提案している」(岩崎氏)

また、ソーシャルメディアの影響力の増大を背景に、外国人旅行客も個人旅行を好む傾向が加速している。これまで団体客が主体だった地方の中堅ホテル・旅館は方針転換を迫られつつある。

「ある台湾の旅行客がわれわれのサイトの口コミ欄にいい評価を書いたため、そのホテルは台湾からの個人旅行客の予約で埋まったという話もある」(岩崎氏)

団体から個人へのシフトは、観光ルートの変化も招いている。東京、京都、富士山、大阪などを回る“ゴールデンルート”、伊勢神宮、松本城などの中部北陸を貫く“ドラゴンルート”だけでなく、これまであまり注目されなかった地方都市にも外国人旅行客が集まりはじめている。

たとえば、「くまモン」が香港で有名だという熊本県、北陸新幹線開通によりアクセスがよくなった金沢などが、2015年に高い伸び率で予約件数を増やしたとExpediaは報告している。

くまモンをはじめ、日本のゆるキャラ人気は海外にも波及している。(Photo by Tristan Fewings/Getty Images)

くまモンをはじめ、日本のゆるキャラ人気は海外にも波及している。(Photo by Tristan Fewings/Getty Images)

日本の観光立国化の道は

「個の時代」への変化に対応するためには、ホテル業界はシステム化やソーシャルメディアへの対応を進めなければならない。日本の中堅ホテル・旅館でも、クラウドソリューションの導入を検討する施設が増えはじめている。

オラクルのホスピタリティーソリューションは世界中のホテルに導入されており、多言語や国ごとの慣習の違いに容易に対応できる。そのため予約からホテルの滞在までゲストのエクスペリエンスを向上させるだけでなく、ホテルにとってRevPAR(客室あたりの収益)を上げるのに貢献するソリューションとして注目されている。

2016年3月は前年同月比31.7%増の200万人超の外国人観光客が日本を訪れた。単月としては過去最高となる。日本が観光立国になるためには、これらの訪日客をリピート客につなげる必要がある。追い風と向かい風が交錯するホテル業界は、しばらく激動の時期が続きそうだ。

(取材・構成:末岡洋子、編集:呉 琢磨、写真:iStock.com/SamSpicer)