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要約で読む『企業家としての国家:イノベーション力で官は民に劣るという神話』

国家の投資なくしてiPhoneはなかった

2016/4/25
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。毎週月曜日は「10分で読めるビジネス書要約」と題して、今、読むべきビジネス書の要約を紹介する。
今回は、英サセックス大学教授のマリアナ・マッツカートによる、国家と企業の関係をめぐる書物を取り上げる。新自由主義において、国家は市場に干渉しないことが望まれる。だが、その考え方は本当に有効か? 本書を読めば、どうして現在中国が資本市場で影響力を持つことができるのかを考えるヒントが得られるだろう。

 【Flier】企業家としての国家.001

国家の力で実現したiPhone

iPhone成功の背景には、国の莫大な投資がある

2005年6月12日、アップルのCEOを務めていたスティーブ・ジョブズは、スタンフォード大学の卒業式で、「ハングリーであれ、常識外れであれ(Stay hungry, stay foolish)」という有名な演説を行った。

ジョブズの演説に代表されるように、今日、世界では、イノベーションは研究開発に多額のおカネをかけることではなく、常識を変えるようなキープレーヤーの能力によって成し遂げられると考えられている。

だが、本当にそれだけだろうか。個人の能力が成功のために重要であることは間違いないが、iPhoneが成功するうえで、国家は何の役割も果たさなかったのか。

答えは「否」である。国が莫大(ばくだい)な投資を行い、インターネットやGPS、タッチスクリーンディスプレイ、情報通信技術などの土台づくりをしたからこそ、アップルはその革命的技術革新の波に乗ることができたのだ。

iPhoneのもとになる技術は、政府の支援によって生まれた

iPodやiPhone、iPadなどの人気製品を世に送り出すことで、アップルは携帯用コンピュータや通信機器の業界地図を塗り替え、わずか10年弱で、世界最大級の資産を有する企業に成長した。

ところが、アップルの製品に搭載されているコア技術が、何十年もの間、アメリカ政府や軍が支援を続けたことによって実現したものばかりであることは、あまり知られていない。

2011年以降、iOSを搭載した製品群の販売量が爆発的に増えていく状況下にあって、アップルの総売り上げに対する研究開発費の割合は持続的に減少している。

つまりアップルは、新しい技術や部品の開発に予算と時間を割くのではなく、すでに存在する技術を巧妙に組み合わせ、斬新なデザインに搭載して販売することに資源を集中したのだ。これはアップルのみならず、ほかのスマートフォンメーカーにも共通の手法である。

軍事目的から生まれたGPS

たとえば、液晶ディスプレイの表面に指を触れることで操作ができるタッチパネル(スクリーン)技術は、アップル製品に組み込まれた最も重要な技術の一つだ。

この技術は、アメリカ政府の支援を受けて研究を進めていたデラウエア大学のウェイン・ウェスターマンとジョン・エリアスによって開発された。2人が立ち上げたフィンガーワークス社を2005年に買収することで、アップルはこの革新的な技術をiPhoneに採用することができたのである。

iPodやiPhone、iPadに搭載されているGPSは、アメリカ国防総省が軍事目的で研究開発を進めてきたものだ。今日でも、アメリカ空軍はこのシステムの開発と維持のため、年間800億円近くを使っている。

GPSのように複雑で莫大な費用がかかるシステムは、政府が積極的に関与し、必要経費を負担しなければ実現し得なかっただろう。

このほか、音声を認識する機能がある「Siri(シリ)」やリチウム電池など、アップル製品に搭載されている多くの技術が、政府の研究や資金に端を発している。

国の政策介入がアップルの成長を支えてきた

1980年代、アップルは日本市場への参入が思うようにいかず苦戦していた。このときアップルは、アメリカ政府に対し、日本に対して市場を開くよう働きかけることを依頼したという。

このように、貿易障壁に遭遇した際のバックアップ、知的財産の保護や税制上の優遇などを通して、アメリカ政府はアップルのような国内企業を手厚く保護している。

ハイリスクな分野の技術開発にも国家が投資を惜しまず、民間企業が「遊ぶ余裕を持って楽しむ」ことができるほど面倒見のいいアメリカのような国では、民間企業が「好きなことを見つけ」、それを「常識外れ」のやり方で実現することもさほど難しくないだろう。

国家の企業家精神が、今日のアップル成功の基礎を築いたのである。

国家にとっての「リスク」と「リターン」

国や納税者は投資の見返りを受け取っているか

国家が積極的にイノベーションに投資した結果、そこから生まれた技術を利用してアップルのような企業が成功した。では、その結果として、国や納税者は何か見返りを受け取ったのだろうか。

ハイリスクな投資をした国が得るリターンは、投資によって経済が成長し、税収が増えることである。しかし、企業が税を逃れる方法はさまざまあり、納税額が必ずしも収益を反映しないことを考えると、国が税収によって十分な見返りを得ることは非常に難しい。

そもそも納税者である国民は、税金の支援で実現したイノベーションから多くの企業が利益を上げていることについて、ほとんど知らない。企業の側も国にその利益を返していないし、新たなイノベーションに向けて投資することもない。

アップルはアメリカに最小限の税金しか納めていない

たとえばアップルは、会社設立の初期段階に、アメリカ政府の中小企業技術革新研究(SBIR)プログラムから資金援助を受けている。また、前述の通り、iPhoneに使われているコア技術も、そのほとんどはアメリカ政府が支援した研究と結びついている。

にもかかわらず、アップルは海外に子会社をつくって収益を移動させるなど、アメリカ政府に納めるべき税を最小限にする戦略を採ってきた。

同社の研究開発と製造拠点はアメリカ以外の国々にあり、資金が低い小売部門だけをアメリカに残しているため、アップルのイノベーションをいくら支援しても、アメリカ政府は投資しただけの見返りを回収できていないのだ。

国家イノベーションファンドを創設する

国家が投資のリスクに見合ったリターンを受け取ることができないというジレンマは、アップルや情報通信産業に限らず、多くの業界に共通する問題である。

技術革新が実を結び、応用技術が実現したとき、それが政府による資金援助を受けたものである場合は、政府はその技術から直接の見返りを必ず受け取ることが必要だ。

そのために「国家イノベーションファンド」を創設し、特許権使用料など利益の一部が、正当なリターンとしてファンドに支払われる仕組みをつくるのも一案だ。政府が将来のイノベーションに投資する際も、このファンドから資金を調達する。このとき、ファンドから出る資金の透明性を確保することが重要だ。

イノベーションのプロセスでどのように資金が使われたか、政府が詳しく情報を把握することで、より効果的な政策の選択も可能になるだろう。

「緑の革命」において国家が果たす役割

緑の産業革命には国の関与が欠かせない

国が投資のリスクに見合ったリターンを受け取ることは、特に次世代の再生可能エネルギー開発「緑の産業革命」において、重要な意味を持つと考えられる。

このように巨大なインフラを一変させるには、積極的な国の関与が欠かせない。一方で、国の予算は限られており、多くの先進国が緊縮財政を強いられているからだ。

この緑の産業革命の必要性と密接に関連するのが、地球規模で起こっている気候変動の問題である。

現在主流となっている石油、石炭、天然ガスなどによるエネルギー生産の副産物として温室効果ガスが排出され、その結果、気候変動が起こっていることはよく知られている。

気候変動が最悪の事態に至るのを避けるためには、エネルギー生産分野にイノベーションを起こさなければならない。このような視点から注目されているのが、太陽光発電や風力発電などのいわゆる「クリーンエネルギー」である。

「緑の産業」はまだ生まれたばかりで、技術的にもビジネスとしても不確実性が高い。リスクが高いため、市場に任せれば自然に発展するというわけにはいかないだろう。多くの企業にイノベーション創造に参加してもらうには、強力で長期的な政策が必要となる。

中国の「勇気ある試み」、ドイツの「忍耐強い融資」

政府予算を使ってクリーンテクノロジーを後押しするための勇気ある試みとしては、中国政府にその好例を見ることができる。

中国政府は2050年までにアメリカやヨーロッパと同じ規模の風力タービン市場を築き上げ、太陽電池市場を3年以内に現在の7倍にするという目標を掲げている。

中国国家開発銀行(CDB)もまた、民間銀行がためらう分野に割って入り、開発と企業の成長を支援し、納税者に見えるかたちで何十年にもわたる投資利益回収を行っている。

特に再生可能エネルギーの分野において、イノベーションを促すための融資に必要なのは「忍耐強さ」である。不確実性の高い分野だからこそ、長い時間がかかることを受け入れることが重要なのだ。

ドイツの固定価格買取制度(FIT)は「忍耐強い公的融資」の良い例だ。長期にわたり再生可能エネルギー市場を支援することで、その発展を促している。

国がビジョンを持ってイノベーションをリードする

ここまで見てきたように、国がビジョンを持ち、ダイナミックに、強力に、しかし強制的ではない支援や関与をすることで、本来ならば実現し得なかったイノベーションが実現し、民間ビジネスに勇気を与えることができる。

国家を厄介者扱いして「市場の失敗を是正する程度の機能しかない存在」とする従来の見方は誤りである。

緑の革命をはじめ、あらゆる技術革命においていえることは、最初に国が大胆な一歩を踏み出し、リスクを取って投資をしていなければ、画期的なイノベーションへの民間の投資は起こらないということだ。

そのためには、国が有能な人材を集めることが欠かせない。官僚的な業務だけをこなし、ビジョンを持って積極的にリードしない国家に、有能な人材は集まらないのだ。

国家には、国家に対する誤った認識を抜け出し、使命感を持ってダイナミックに機能する組織体制を固めることが求められる。

国家が企業家としての役割を十分に果たすことができれば、気候変動の問題を解決するなど困難な課題を解決し、われわれの子どもたちが住み続けたいと思う社会を築くことが可能になるだろう。
 一読のススメ

本書は、イギリスの経済学者である著者が、「国家は、ダイナミックで競争力とイノベーション力に富む民間経済を邪魔しないのがベストである」という神話の誤りを「根本的に正す目的で執筆」したという論文である。

本稿で紹介した以外にも、さまざまな産業分野の例を引きながら、従来の国家観を覆していく手腕は見事である。

国の経済政策に不信感を抱いている方こそ、ぜひ手に取り一読していただきたい。国家という枠組みに対して、新たな視座を獲得することができるはずだ。

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<提供元>
本の要約サイトflier(フライヤー)
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*「flier×NewsPicks 10分で読めるビジネス書要約」は、今回が最終回となります。