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好き嫌いで仕事を選ぶのが一番良い

【楠木建】「頑張る」よりも「凝る」人間が成果を出す

2016/4/24
NewsPicksで50回に渡り連載してきた「楠木教授のキャリア相談」が一冊の本(『好きなようにしてください』ダイヤモンド社刊)になった。これを記念し、NewsPicksはダイヤモンド社と協賛で対面型のキャリア相談会を開催。本稿は、その模様をリポートする。第1回は、イベント冒頭に行われた楠木教授によるキャリア論だ。

好きなようにしてください

楠木:今日はキャリア相談会として皆さまからご質問やご意見をいただきたいと思いますが、はじめにイントロダクションとして僕なりの仕事と仕事生活についての考えを簡単にお話しさせてください。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。自分のキャリアについてはもちろん時々考えますが、キャリア論についてまとまったことを考えたり書いたりしているわけではありません。

ひょんなきっかけでNewsPicksのキャリア相談の連載をすることになりまして、いろいろなご相談を頂いたのですが、この仕事、やりはじめてみると実に面白くないんですよね(会場 笑)。

結局のところ、「好きなようにしてください」としか言いようがない。

連載をやるのが苦痛なのでやめさせてもらおうと思ったのですが、途中で考えを改めまして、自分でも「好きなようにする」ことにしたんですね。

つまり、キャリア相談に仮託して僕なりの仕事観や生活観を好きなように論じる。

そうしたらだんだん仕事が面白くなってきて、連載も続きまして、『好きなようにしてください』という本になりました。

僕の仕事に対する構えを言いますと、まず「全力投球」はしないタイプ。

さまざまな利害関係者がいるのが仕事です。世の中の9割方は思い通りにならなりませんね。

全力を投球してもできないものはできない。そこで8割の力でやる。思ったようにいかなくても、「全力出してないからね……」と心に余裕が生まれる。客観的に見ると根性がないだけなんですけどね(笑)。

もうひとつ、チームワークというのがとにかく苦手。仕事はなるべく自分一人でやりたいほうですね。

チームでやるのなら、メンバーは全部自分がいい(笑)。

そもそもリーダーシップがまったく欠如している。人に率いられることならまだしも人を率いることだけは、絶対にしたくないですね。

楠木 建(くすのき・けん)  一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書にNewsPicksでの人気企画「楠木建のキャリア相談」をまとめた『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原則』(ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013年、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010, Springer)など

楠木 建(くすのき・けん)
一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授 専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書にNewsPicksでの人気企画「楠木建のキャリア相談」をまとめた『好きなようにしてください――たった一つの「仕事」の原則』(ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014年、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013年、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013年、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010, Springer)など

仕事は好き嫌いで選ぶべきだ

結局、自分のことは自分が一番よくわかっている。僕にしてもごく若いころはそうした「欠点」を克服して「チームワークで全力投球するぞ!」と考えないこともなかったのですが、自分の性格、これはもうそう簡単には変わらないんですね。

途中から無理に自分を変えようとせずに、「好きなようにする」という原則に落ち着いたわけです。そのとたんに世の中がキラキラと輝いて見えてきました(笑)。

大事なことは、そもそも仕事とは何か、です。仕事は趣味ではありません。

趣味であればひたすら“自分のため”にやればいい。

僕は25年以上、Bluedogsというロックバンドをやっておりまして、この歳になっても渋谷の「TAKE OFF 7」というライブハウスでライブをしています。これは僕の趣味です。仕事ではありません。

アマチュアバンドの趣味なので、とにかく演奏している自分たちが一方的に気持ちよくなる。これがコンセプトです。

ですから、バンドの内部ではライブに来てくれるお客さまのことを“犠牲者”と呼んでいます(会場 笑)。

しかし、仕事は自分のためにやるものではありません。自分以外の誰かのためになってはじめて仕事として世の中と折り合いがつくのです。

ところが、そういうと「趣味は好き嫌いでいいが、仕事はあくまでも良し悪しだ」という話になります。

仕事では良しあしが優先して、好き嫌いが劣後しがちです。でも、仕事においてこそ好き嫌いが拠りどころになるというのが僕の信念です。

だからといって、「ありのままの自分でいいんだよ」とか「人間だもの…」といった相田みつをさん的なお話しをしたいのではありません(会場 笑)。

仕事はそんなに甘いものじゃない。だから好き嫌いが大切なのです。

仕事で何か良い状態に到達したり、成果を出すためには、いうまでもないことですが努力が必要です。

たとえば、何か「良いこと」を達成すれば昇進や報酬などの「良いこと」が手に入るというようなインセンティブ(誘因)があれば、文字通りそれに誘われる形で努力が促されます。

しかし、インセンティブでやるような努力はしょせんたかが知れている、というのが僕の考えです。僕の場合、「努力しなければ……」と思って頑張って本当にうまくいったことは、これまでの50数年間の生涯でただの一つもありません。

世の中には、数限りない人がいます。それぞれに自分の価値を出そうと、みんなそれなりに仕事を頑張っているわけです。

わりと厳しい物言いになりますが、多くの人ができることを自分もできる、これだけなら何もないのと同じです。

プロの世界ではゼロに等しいと僕は考えています。「余人をもって代えがたい」「この人なら何とかしてくれる」と思わせるレベルにいかないと、本当の意味でのプロの仕事とはいえないのではないでしょうか。

努力が必要な時点で向いていない

どんな仕事でも、「余人をもって代えがたい」レベルにまで到達するためには、よっぽどの努力、しかも長期的に努力を継続することが必要です。

よく言われることですが、「継続は力なり」、これは絶対の真実です。

しかし、です。「努力しなきゃ……」と思うことほど努力の継続は難しい。ここに問題がある。

冒頭で申し上げた僕の性格というか欠点からして、僕はとくに「努力しなきゃ……」が苦手でした。ちょっと目を離すとすぐにサボる。

で、あるときに気づいたのですが、「努力しなきゃ……」とか言っている時点で、もう終わっているのではないか。「お前はすでに死んでいる」ってやつです。

そう考えるうちに、 “努力の娯楽化”という発想に行き着きました。

もっといえば、“無努力主義”、これが僕の仕事の原理原則です。

趣味のことを思い出してみればわかるように、人間には本当に好きなことだと“没頭”する瞬間があります。

僕の趣味の例で言うと、バンドでリハーサルスタジオを借りて練習するときなど、4時間くらいはあっという間です。

周囲から見れば随分と熱心に練習しているなあという話なのですが、自分たちは純粋に娯楽としてやっているので、すぐに時間が経ってしまう。まったく苦にならない。

ようするに努力の娯楽化です。

これこそ仕事に持ち込むべき原理原則だと僕は思います。客観的には努力でも、主観的には娯楽に等しいからいくらでも努力できる。

最大の利点は、「続けられること」にあります。高い水準の「努力」を長期継続できる。その結果、あることについて「余人をもって代えがたい」ほどうまくなるという成り行きです。ようするに、「好きこそものの上手なれ」という古来からの格言です。

好きなものに打ち込んでいるときには、「頑張る」というよりも「凝る」と言った方がしっくりくる。努力をするのではなく、凝る。

こういうときにこそ仕事の成果が出る。僕はそう思っています。

柳井正さんは「デカい商売」が好き

良しあしのものさしに沿った努力が誘因を必要とするのに対して、好き嫌いに根ざした努力の娯楽化は動因によるものです。

つまり、自分が理屈抜きにそれが好き、という内側から沸きあがってくるドライブが不可欠です。

僕が長いこと仕事のお手伝いをしている柳井正さんがいい例です。柳井さんは「商売をデカくするのが好き」な経営者です。

これこそが今日のファーストリテイリングという会社、ユニクロという事業をつくった原動力です。柳井さんは「雑貨は嫌い」といいます。なぜなら、雑貨はその性格からして実用品ではない。

不用不急のもので、デカくならない。ヒートテックのように、長い間継続して何億枚も売れたりしませんから。

もちろんその人によって好き嫌いは大きく異なります。良しあしではないので、どれがいいというわけではない。

同じファッション業界で言えば、僕が大好きな経営者にユナイテッドアローズの創業者の重松理さんがいます。重松さんはいつも自然体です。

重松さんは「君も俺のことを、運が良いと思っているだろう。でも本当は、君が思っているよりももっと運が良いんだよ」と言ってました。ヌケ感がすごい。

もちろんファッションが大スキです。とにかく「カッコイイこと」が好き。そういう人だからこそ、セレクトショップの産業化に成功したのだと思います。

「好き」は目標設定できない

自分自身が好きだと思うものに忠実に、あわてず騒がずキャリアをつくっていく。これが最上だと僕は思います。

いうなれば、美空ひばりさんの「川の流れにように」、テレサ・テンさんの「時の流れに身をまかせ」。これを合わせて言えば、「川の流れに身をまかせ」となる(会場 笑)。

自分の好き嫌いを拠りどころに、あとは「川の流れに身をまかせ」てやっていく。これが僕の基本的な仕事と仕事生活に対する姿勢です。

なぜ「川の流れに身をまかせる」べきなのか。「好き」は目標設定できないからです。夢に日付は付けられるかもしれませんが、好きに日付は入れられませんよね(笑)。「これを好きになれ!」と指示・命令することはできません。いつまでに何かを好きになろうと、計画することはできません。

以上のことを一言でまとめれば、本のタイトルである『好きなようにしてください』というメッセージになるわけです。

それでは、会場の皆さまからの質問に答えて参りましょうか。いくら好き嫌いが大切だといっても、刑法や民法に抵触する話をしないでくださいよ(会場 笑)。それはさすがに良しあしの問題なので。

 BookPicks著者Intv.001