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「あいつは終わった」という言葉は使わないほうがいいと思う。有名でなくなっても、著名人でなくなっても、失敗をしても人生は続いているし、一時世に出た人は失敗してもまた世にでることは多い。

とにかく、ダメになったと思ってもバカにしたり見下したりしないほうがいい。

あと、気になった部分

以下引用

 「みんな、何者かになろうとしたがりますよね。そのためにチャレンジして、失敗して、落ち込むんですよね。でも、もともと僕らは何者にもなれないんですよ。特別な人でも、オンリーワンでもない。つらいとは思うけど、『何者にもなれない』ことを受け入れるのも大事かなと」
豪遊してた時におごって欲しかった笑
何度も終わったなと思う事も言われる事もありますが何とかなる物です。
過去の発言を持ち出されたりする事も同じくありますが気にしなくていいしそのときにそう思ったでいいんです。周りを気にする事ない。

コツコツ生きて行けば良いのだよなあ。
お金はあればある人なりの苦悩があるということ。人生の歯車が狂ってしまう事例もよくありますね。普通バブルを経験するとその後の惨めな生活に耐えられなくなるケースも多いと思いますが、家入さんは立ち直れて本当に良かったですね。

 「(無駄遣いを)全力で止めてくれるヤツがいたらよかったんですけどね」と振り返ってご本人は振り返ってみえますが、自分が好調な時に敢えて苦言を呈してくれる人は自分に必要な人だと思います。そういう存在がパートナーであれば人生のバランスが取れると個人的には思います。

そんなジェットコースターの様な人生を送ってみえる家入さんもまだ37歳なのですね。人生は学びの連続。色んな経験を糧に成長していきたいですね。
家入氏とは面識がありませんが、「僕には『認められたい』っていう欲があるので」という動機付けだけで世の中と対峙しても、決して充実感は得られないと思います。自分の内側から湧き上がるエネルギーをビジネスの形にしていくのでなければ。
あれもできそう、これもやってみたい、という気持ちが広がる10歳代後半から20歳代前半。成功や失敗を体験して、これなら出来そう、これがしたい、と思う道が固まり、エネルギーも十分あって、周囲との競争や将来の成功なんぞも意識しながらそれに打ち込む30歳代。
その後、小は親の介護といった身の回りから、大は社会的なしがらみまで、いろんなことが起きて、自分の道にだけ打ち込んでいる、ということが難しくなくなる中年の時期がやってくる。人はここで自分の人生を一旦振り返る。それまでの人生に納得できたら、競争や成功といった気持ちを離れて、後半の人生を自分がやるべきことに打ち込める。もしここで振り返りに失敗し、人生の屈折点を感じたら・・・ 中年の欝、と言われる病気にもなりかねない。 人間は、程度の差はあれ、そんな人生の軌跡を踏むらしい。
拝読すると、遠からず「中年」と呼ばれる世代に入る家入さんもまた同じです、きっと。違いがあるとするならば、私のような凡人には到底想像がつかないほどスケールが大きいこと。
中年への入り口で「『何者にもなれない』ことを受け入れるのも大事かなと」振り返ることができる家入さんには、過去の屈折点を見続けることのない後半の人生が待っている。「我が闘争」ならぬ「我が逃走」、いいですね。これまでのご経験の上に、我々に大きな夢と希望を与えてくれる「やるべきこと」の大きな花を咲かせられんことを。
「あいつは終わった」とか平気で言っちゃう残念な人に言いたい。お前はどうなんだい?始まってすらいないでしょう?と。
最近会ってないので久しぶりに会ってみたい。彼から会おう、とは絶対来ないのでこっちから声かけてみようかな。。。迷惑かw
「もともと僕らは何者にもなれないんですよ。」という言葉自体に言い訳がましさというか逃げを感じる。「僕は」ならまだ分かるが、複数形にして周囲も引きこむことで自分の立場を誤魔化しているように見えてならない。
家入さんは、行動のトリガーが刹那的なんですが、ベクトルはいい方向を常に向いてると思います。サスティナビリティの問題だけで。この人の思考ベクトルは好きです。刹那的な行動トリガーも逆に憧れたりもします。