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エネルギー問題とは外交問題

【大場紀章】電力自由化のタイミングで考える“エネルギー安全保障”

2016/4/22
エネルギー・金融・安全保障・人工知能・Condensed Matter・意思決定論・イノヴェーション 京大博士中退→ウプサラ大→民間シンクタンク研究員→ GEFリサーチ代表。Nanobell株式会社執行役員。(社)日本データサイエンス研究所主席研究員。実践女子大学非常勤講師。

2008年京都大学大学院理学研究科博士後期課程を単位取得退学後、エネルギー・環境・交通・先端技術分野の調査研究を行うシンクタンクテクノバに入社。ウプサラ大学物理・天文学部、中国石油大学に短期留学。2015年よりフリーに転身し、日本データサイエンス研究所主席研究員、実践女子大学非常勤講師、Nanobell執行役員なども務めている。専門は、エネルギー安全保障、自動車産業、材料科学、意思決定理論、人工知能研究など幅広い分野で活動中

エネルギー安全保障とは

4月から電力小売りの全面自由化が始まった。言うまでもなく、電力などのエネルギーの安定的な供給は社会活動すべての基盤であり、それを担保するための不断の取り組みこそが「エネルギー安全保障」という取り組みである。

そして、当然のことながら、電力の自由化もエネルギー安全保障と無関係ではいられない。個別論に矮小(わいしょう)化されがちな今だからこそ、改めて「エネルギー安全保障」について再考し、そしてその視座から見た「なぜ電力自由化なのか」という問いについて考えてみたい。

エネルギー安全保障とは、非常に重要でありながら同時に広範かつ極めて曖昧な概念で、外交問題などと同様に、国や時代や文脈によってその意味する中身が異なっている。

たとえば、欧州にとっては「脱ロシア依存」がエネルギー安全保障政策上の重要なスローガンの一つになっているが、現在の日本にとってはロシアからのエネルギー資源輸入は「輸入先の多様化」として肯定的に受け止められていたりする。

少しでもエネルギー安全保障の絵姿を定量化する試みとして、「自給率」などのいくつかの要素から指標化するという手法がある。

たとえば、資源エネルギー庁から毎年発行されている「エネルギー白書」では、主要国のエネルギー安全保障のレベルを「エネルギー自給率」「輸入先の多様化度」「チョークポイントへの依存度」「エネルギー源の分散度」「停電時間の少なさ」「GDP原単位」「供給途絶への対応(石油備蓄日数)」の7つの要素で相対評価による指標化をレーダーチャートに表し、その経年変化と国際比較を行っている。
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このような定量化は、経年変化や国際比較を見るうえではわかりやすく参考にはなるものの、問題もある。

たとえば、図の日本のレーダーチャートにおいて、「停電時間」が悪化した部分を捉えて、それを改善してチャートの面積を大きくすることが最も重要な課題であるかのようについ読みたくなってしまう。

また、国際比較のチャート図において、日中韓の3カ国は平均点がほぼ4ポイントで同じなので安心してよい、ということにはならない。

このような指標化は、極度に単純化された断面図でしかなく、エネルギー安全保障環境を取り巻く大きなダイナミズムの中での道しるべとしてはどうしても不十分となってしまう。

それでは、現在の日本のエネルギー安全保障を考えるうえで必要な視点とは何であろうか。

現在のエネルギー消費の姿

まず、わが国におけるエネルギー安全保障を論じるうえでの基本として、現在のエネルギー消費の姿を確認する必要がある。図は2013年度におけるわが国の最終エネルギー消費の割合を示したものである。
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一般的な国民にとってのエネルギーといえば、家庭で使う電気やガス、それから自家用車に用いるガソリンなどがまずイメージされるだろう。しかし、その割合は図の「家庭」+「運輸旅客」に相当し、全体の28%にすぎない。

残りの72%は、普段直接目にすることの少ない製造工場やトラック輸送など産業向けのエネルギー消費である。つまり、エネルギー問題のおよそ4分の3は産業問題であり、すなわち雇用の問題でもある。

また、エネルギー問題イコール電気の問題と捉えられがちであるが、エネルギー消費に占める電力の割合である「電化比率」は24%にすぎない。むしろ、50%は石油であり、エネルギー問題の半分は依然として石油、すなわち輸送燃料の問題であるということである。

しかも、震災後に原発がほとんど止まっている現在、再生可能エネルギーが増えてきたとはいえ(2014年度で大規模水力を除いて約4.4%)、今や電力の約90%が火力発電である。

電力以外もすべて含めた1次エネルギーに占める化石燃料の割合は約95%で、そしてそのほとんどは海外からの輸入に依存している。つまり、エネルギー問題とは、資源供給国との問題、すなわち外交問題なのである。

以上をまとめると、エネルギー問題とは、4分の3は産業の問題で、半分は輸送の問題で、95%は外交問題であるということが言えるだろう。

あたかも家の屋根にソーラーパネルを敷き詰めて、そこからスマホの充電ができてしまえばエネルギー問題は解決するかのようなイメージがあるが、それは問題の一部でしかないのである。

それでは、現在のわが国を取り巻くエネルギー安全保障環境について、どのように評価すれば良いだろうか。すでに述べたように依然として最重要資源である石油は、そのほとんどを中東に依存しており、2014年度においてその依存度は83.1%である。

中東や北アフリカの産油国は、もとより不安定な地域ではあったが、「アラブの春」に象徴される政変が相次ぎ、リビア、エジプト、シリア、イエメン、スーダン、ナイジェリアなどの国々で非常に政治的に不安定な状態が続いている。

さらに、米軍のイラク撤退の空白を埋めるようにISIL(イスラム国)が台頭し、テロ行為が活発化している。わずか十数年前から比べても、この地域の政治的リスクは格段に上昇しているといえよう。

中東石油依存からの脱却

しかし、日本、韓国(および台湾)という東アジアにおける米国の同盟国(地域)だけが、依然としてシーレーンの安全確保を米国に依存しつつ、高い中東石油依存を続けている。そして、中国は中東石油への依存度を徐々に高めている。

一方の米国は、「シェール革命」により自国のエネルギー自給率を高めつつ、中東への関与・関心度を下げ始めている。

現在、米大統領選の共和党候補指名争いで首位を走る不動産王ドナルド・トランプ氏は、大統領に就任した場合、日本が駐留経費の負担を大幅に増額しなければ、在日米軍を撤退させる考えを明らかにしている。

この「中東石油依存からの脱却」という、オイルショック以降ありふれた議論は、依然としてわが国のエネルギー安全保障にとって最重要項目であり、むしろこれからが死活的な局面であると考えざるを得ない。

つまり、石油問題・輸送問題として、輸送燃料の脱石油こそが最重要であり、その主な方向性としての輸送燃料の電化がある。ただし、その電力を何で賄うべきかということが次の問いになる。

石油供給の問題は「シェール革命」によって一掃したと考える識者もいる。しかし、シェールオイルの開発スピードはすさまじく、2020年代には頭打ちになると考えられている。国家百年の「エネルギー安全保障」を考えるうえでは、短絡的な結論は禁物である。
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電力自由化と原発問題

このような状況の中で、わが国における「エネルギー安全保障」問題としての「電力自由化」をどのように考えればよいだろうか。

電力の自由化を、単に世界的な止められない潮流であると考える向きもあるが、現在日本で進められている電力自由化は、震災後の原発政策の見直しの議論から発生した「電力システム改革」の1項目としての文脈で捉える必要がある。

つまり、東京電力を原子力賠償の主体として政府の援助の下で存続しつつ、その援助を正当化できるだけの身を切る改革を電力事業者に課すものとして、地域独占の廃止、配送電事業の法的分離、および小売事業の完全自由化をパッケージとした「電力システム改革」が行われようとしているのである。電力自由化と原発問題は、深いところでつながっている。

一般的に、自由化をすれば競争が進んで価格が低下すると思われがちであるが、実質的に値下げ余地があるのは大きな家に住み高い価格設定で支払っている高所得世帯(月の電気代がおよそ2万円以上)であり、その割合は今回自由化されるマーケット規模7兆5000億円の1割程度と考えられる。

その他の世帯でも、わずかな値下げや他のサービスとのセットによる特典はあるだろうが、ドル箱の収入源を失うことになる既存の電力事業者は、今後託送料金を上げざるを得ないので、長期的にはほとんどの消費者にとって値上げになる可能性は十分にある。
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だとすれば、今自由化をすることの意味や影響とは何だろうか。

消費者がエネルギー源を選べるという利点が指摘されることがあるが、エネルギー源を公表している新規参入の事業者は現時点で3割にとどまるうえ、再生可能エネルギーのほとんどは既存の電力事業者が固定価格で買い取っているため、自前の再エネ電力として表示することはできない。

必ずしも再生可能エネルギーの増加にはつながらず、むしろコスト面からネガティブに働く可能性すらある。

また、純粋に経済性で考えれば、安価な石炭火力発電が増加することは避けられない。このことは、エネルギー安全保障上石油火力を減らすという意味において非常に重要なことである。

一方、温暖化問題との兼ね合いで石炭火力の割合に事実上の上限を定めることになれば、何のための自由化なのかという問題が発生する。

ただ一つ確実に言えることは、安定な収入基盤を失うことになる既存の電力事業者は、今後原子力発電のリスクを自発的に負うことがさらに難しくなるため、よほどの政治的イニシアチブがない限り、原発を積極的に導入しようとすることはないだろうということである。

これは、当初の「電力システム改革」の議論の隠れた目的の一つだったとも言える。

そうなると、基本的には原発にネガティブに働くと考えられる電力自由化という意味において、わが国のエネルギー安全保障を担保するうえで原発をどのように捉えるのかという議論を避けて通ることはできないだろう。

加えて、パリやベルギーなどの先進国でISILが関与すると考えられるテロが頻発する時代の中で、国内の原発防護の在り方も併せて考える必要がある。

最後に、エネルギー供給の自決権という文脈における電力自由化のエネルギー安全保障上の問題について付言する。今回の電力小売りの全面自由化の制度において、供給能力などの審査を受けて小売事業者の登録さえできれば誰でも電力事業に参入できるようになる。

その際、外資企業の参入規制は条文にその規定はないが、いくつかの国会答弁によると登録時にいわゆる外為法(外国為替及び外国貿易法)に基づいた判断がなされるとされている。

電力自由化を先駆的に行ったイギリスでは、1990年の自由化後、小売事業は主にRWE系(ドイツ)、E.ON系(ドイツ)、EDF系(フランス)、SSE系(イギリス)、イベルドローラ系(スペイン)、ブリティッシュ・ガス系(イギリス)の6大グループに集約されたが、実に6つ中4つが外資系となった。

また、現在イギリスでは6月の国民投票を控え欧州連合(EU)からの離脱の議論が盛んであるが、かねてからEU全体のエネルギー政策とイギリスのエネルギー政策の不協和音から、国家主権としてエネルギー政策の自決権を求めるという意見が目立つようになっていた。これらの背景も、EU離脱の議論と無関係ではないだろう。

わが国において、電力小売事業の外資参入に関し、今後どのような政治判断がなされるかは現時点ではわからないが、全体としては規制緩和の方向にあるだろう。

また、今後TPP(環太平洋連携協定)が正式に施行されれば、日本はいわゆる「ラチェット規定」および「ISD条項」に合意しているため、一度規制緩和をした場合に後から規制をかけることが事実上難しくなっている。

欧州で外国人難民・移民の問題が深刻化し、米国において排外的姿勢の大統領候補が支持を受ける中、エネルギーという国家の基盤とナショナリズムの関係について、今こそ真剣に議論すべき時なのではないだろうか。

(写真:iStock.com/francisLM)