ベイスターズ池田社長が提案「スポーツ版産業革新機構」

2016/4/15
2016年4月2日、土曜日の横浜スタジアムに鈴木大地スポーツ庁長官の姿があった。  
ここ数年、横浜DeNAベイスターズの観客動員数が飛躍的に伸びている──そう聞きつけた鈴木長官が、自ら現地視察に訪れたのだ。
鈴木長官は、池田純球団社長の案内を受けながらグッズショップやスタンドなど球場のあちこちを見て回ると、通された会議室では池田社長のプレゼンテーションに熱心に耳を傾けていた。
トップが直々にスタジアムまで足を運んだのは、2015年10月に発足したスポーツ庁が「スポーツビジネスの可能性」に対して高い関心を寄せているからにほかならない。
鈴木大地長官(左)はアレックス・ラミレス監督(右)とも情報交換。中央が池田純社長。

これからはスポーツで稼いでいい

鈴木長官は言う。
「スポーツ産業全体を大きくしていこう、これからはスポーツで稼いでもいいだろうといったことをわれわれは発信しています。スポーツ産業の中でもスタジアムは最も大きな投資の一つ。この黒字化がスポーツ産業の大きなテーマ産業の一つとなります。そこで、ここ数年、非常に観客数を伸ばしているというベイスターズがどういった取り組みをしているのかを見に来たわけです」
スポーツ庁は、有識者による「スポーツ未来開拓会議」を定期的に開催している。
2016年2月に始まり、すでに5回行われたこの会議は、「スポーツ産業を活性化させるため(中略)我が国スポーツビジネスにおける戦略的な取組を進めるための政策方針の策定を目的とする」(スポーツ庁HPより)ものだという。

横浜スタジアムは成功事例

鈴木長官は、スポーツのビジネス的な側面に着目した理由をこう語る。
「もちろん競技力向上も重要な課題ですが、アスリートというのは国民全体から見ればほんの一握りしかいませんからね。やはり国民全体に資する活動として、スポーツを通じた健康増進、そして経済の活性化にもスポーツ庁として取り組んでいきたいと考えています」
「国立競技場のように新たにつくられようとしているスタジアムもありますが、すでにあるものをどう活用して、稼働率を上げ、収益を生んでいくかを考えていく必要がある。そういった点で、この横浜スタジアムは参考にすべき成功事例だろうと思います」
満員の横浜スタジアムをベイスターズカラーのジェット風船が彩る。

スポーツビジネス成功のカギ

この日、池田社長が鈴木長官を前にして行ったプレゼンテーションに特別に同席させてもらった。
その中で池田社長は「急いでまとめたものなので完全ではないですが」と前置きしたうえで、〈スポーツビジネス成長のKey〉として次の11項目を順を追って説明した。  
各項目の解説はここでは割愛するが、1~5「マーケティング・コミュニケーション」、6~8「組織・人材」、9~11「経営の健全化」といった3つの概念に大別されるという。
確かにマーケティングに始まる手順は、池田社長がベイスターズの球団経営を担うようになってからの足跡と合致する。横浜スタジアムのTOB(株式公開買い付け)が成立してハードとソフトの一体経営が実現し、黒字化の見通しが立った今、ようやく最後の「チームへの投資」にたどり着いたというわけだ。

スポーツが文化になる必要がある

スポーツ庁の視察を受けた池田社長は、国がスポーツ産業の発展を目指す方向にかじを切ったことを歓迎する。
「アメリカではどこのバーに行っても、空港で飛行機を待つ間も、みんなニュースやバラエティよりもスポーツ中継を見て楽しんでいる。日本でのスポーツがそうした“文化”になっているかといえば、まだまだそこまでは成熟していないと私は考えています」
「日本でスポーツ産業を育てていくには、まずはアメリカのようにスポーツが文化になる必要があると思いますが、そのためには経営的な体力が十分にあり、スポーツへの理解もあるという限られた企業による努力だけでは限界があるでしょう」
「経営状態などによってスポーツへの向き合い方が変わることも十分にあり得ますし、やはり活用可能な政策を用意するなど、国が主体的に取り組むことが必要ではないでしょうか。そういう意味では、スポーツ庁が産業としてのスポーツに目を向け始めたのはとてもいいことだと思います」 
2016年の本拠地開幕戦ではセレモニーを一新。白馬(写真上)が先導し、炎の上がるゲートから選手たちが登場(中)。満員のファンは、いよいよシーズンの始まる高揚感に包まれた。

高度成長期のモデルが有効

池田社長は「あくまで議論をスタートさせるための一つのアイデア」としたうえで、さらに持論をこう展開する。
「時代錯誤ですが、いわゆる護送船団方式のような、高度成長期のモデルの発展形が有効なのかもしれません。当時は国と各産業が密接な関係を築いて、国の力を有効活用し、産業の発展が促された。そうして生み出された経済成長の恩恵が地方交付税や補助金などのかたちで分配され、地方経済も潤っていったように思います」
「あくまで素人なので偉そうに言うつもりはありませんし、もちろん一般的な業界ではそうした手法が今も通用するとは思いません。ただ、ことスポーツに関していえば、各球団、各競技団体任せで、多くのスポーツ産業として成立させていくには限界があるように思えてならない」
「日本のスポーツ界では最も経済規模が大きいといわれるプロ野球でさえ、いまだに多くの球団が実質赤字経営ですし、私自身、ベイスターズの球団経営を通してスポーツビジネスがそれほど甘くないということを痛感しています」

国と協力し、スポーツ産業成長へ

バブル期以前の経済モデルが一つの参考になるという着想は意外だったが、池田社長が続けた言葉を聞いていると、そのアイデアが決して「時代錯誤」ではないとも思えてくる。
「私もまだ勉強中なので確かなことは言えませんが、シャープの買収を鴻海と争った産業革新機構という政府系のファンドがありますよね。いわば国がバックについて日本の大切な企業や産業を支える試みだと私は捉えています。それと同じような考え方で、たとえば国が『スポーツ産業革新機構』といった組織をつくるという考え方を検討してみるのも面白いかな、と」
産業革新機構は政府から約3000億円の出資を受けた株式会社で、金融機関から資金調達する場合の政府保証(約1兆8000億円)と合わせて最大2兆円規模の投資能力を持つという。
CEOの志賀俊之氏(日産自動車副会長)をはじめ、経営・企業再生のプロフェッショナルを民間から登用。特許や先端技術、また国際競争力の強化につながる大企業の再編などに対して投資活動を展開している。

ソフトバンクはバスケに巨額投資

池田社長の言う、「産業革新機構のスポーツ版」とはどのようなものだろうか。
男子バスケットボールを例に考えるとわかりやすい。
長らくNBLとbjリーグという2つのリーグが並立していた日本の男子バスケ界は、日本サッカー協会最高顧問の川淵三郎氏の尽力もあって統合が実現し、今秋からB.LEAGUE(Bリーグ)として新たにスタートすることになった。
ソフトバンクがトップパートナー(最上位スポンサー)となり、その額は4年間で総額125億円と報じられている。
これは、競技団体と民間企業が手を組んでバスケ界を盛り上げ、産業化を目指す動きといえる。
しかし現状、日本でのバスケ人気は決して高いとはいえない。
装い新たに再出発するからといって、おカネの力で華々しく演出したからといって、B.LEAGUEがビジネスとして中長期的に成功するかどうかは未知数だ。
ソフトバンクは、自社の携帯ユーザーに500円という破格の安さで「スポナビライブ」というスポーツ中継の見放題サービスを提供している。
そこにはもちろんB.LEAGUEの試合中継も含まれており、ソフトバンクにとって男子バスケ界とのパートナーシップは、スマホ放映権やコンテンツ拡充などを狙った一種の投資的な側面もあるといえる。

スタジアム改革を見据えて

察するに、池田社長が呟いた「スポーツ産業革新機構」というアイデアは、男子バスケ界におけるソフトバンクの役割を、国こそが担うべきだという発想なのではないだろうか。
つまり、国が資金を用意し法的・公的な環境整備を行うこと、経営・企業再生のプロフェッショナルを民間から登用すること、あるいは機構がプロの経営陣を当該スポーツ団体に送り込んで実際に産業化させること、さらに各競技団体や各球団に対して経営のアドバイスを行っていくことも考えられるだろう。
こうした国の関与があれば、鈴木長官もその重要性を指摘する「収益を生むスタジアム・アリーナへの改革」がスムーズに進展する可能性も高くなる。
DeNAが球界参入する前年の2011年と比べ、ベイスターズの昨季観客動員は65%増えた。

チーム+スタジアム=ブランド力

池田社長は言う。
「私は、ベイスターズが一つの参考にしているドルトムント(サッカー・ブンデスリーガ)のように、チームとスタジアムの2つがそろってこそ強力なブランドが生まれると考えています。日本の全国各地には県立陸上競技場や県立体育館といった、自治体の名前を冠した競技施設がたくさんありますが、その運営権を思いきって各地域のプロスポーツチームに委ねることも検討する価値があると思います」
「これもアメリカでよく見られる手法ですが、そうすることで地味なハコモノが魅力的なスタジアム・アリーナへと生まれ変わり、試合のたびに訪れるファンが増える。さらにコンサートなどの開催も含めてビジネスが広がっていくのではないでしょうか。そうすれば、既存の市民利用などとのバランスをとりながら、地域のファンを増やしていく企業努力も必然的に考えるようになるでしょう」
スポーツ産業の発展や、それによる地域経済の活性化は、誰が中心的な役割を担い、どんなスキームを構築すれば実現するのか。2019年のラグビーW杯や2020年の東京オリンピック・パラリンピックが大きなチャンスであることは間違いないが、より現実的な視点から議論を深めていく必要がありそうだ。
(写真:©YDB)