夢なんか豚に食われろ。圧倒的努力をせよ

2016/4/11
「キラーカード」は自分でつくれ
佐々木 著書『たった一人の熱狂』はトークアプリの「755」で見城さんが発した言葉を元に書かれていますが、見城さんに届いたコメントで最も多かったのはどんな内容でしたか。
見城 「どうしたらキラーカードを持てますか」という質問はよく来ました。仕事などの勝負において、自分の武器となるカードのことですが、それは人に聞いて手に入るものではない。キラーカードは自分がつくりあげるものだから。
佐々木 その通りですね。
見城 僕が角川書店に入ったときは、自分の企画を会議で通し、編集長と社長を説得すれば誰かの本を出せるかもしれないという、小さなキラーカードしか持っていなかったわけです。
それでたとえば尾崎豊ならば、当時カリスマ的な人気を誇っていて各出版社からオファーが殺到していた。僕は7社目だった。出遅れた僕が、どのようにすれば見城さんにしか書きたくないと思わせることができるか。そこを必死で考えるわけです。
見城徹(けんじょう・とおる)
1950年静岡県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、廣済堂出版に入社。1975年、角川書店に転職し、文芸界を震撼させた『野性時代』副編集長、部数を30倍に増やした『月刊カドカワ』編集長を経て、41歳で取締役編集部長に就任。その間、5本の直木賞作品など、数々のベストセラーを担当。1993年に退社し、幻冬舎を設立。五木寛之『大河の一滴』、石原慎太郎『弟』、郷ひろみ『ダディ』、天童荒太『永遠の仔』、村上龍『13歳のハローワーク』、劇団ひとり『陰日向に咲く』、長谷部誠『心を整える』など23年間で22冊のミリオンセラーを出版。2015年は年間書籍総合ベスト10に下重暁子『家族という病』をはじめ4冊を送り込む。2016年は石原慎太郎『天才』が大ヒット。著書に『編集者という病い』『たった一人の熱狂』など。
佐々木 なるほど。
見城 食事をするチャンスがたった一回だけあったので、尾崎の最も根源的なところに響く言葉を、のた打ち回りながら探しました。
「これほど僕のことをわかってくれる人はいない」「この人になら命を預けてもいい」と感じさせることができれば、たとえ7社目であろうと僕と組むだろうと思った。
結果として、僕の前に並んでいた6社をごぼう抜きにして、尾崎の第一弾目の単行本となる『 誰かのクラクション』をつくることができた。
38万部のベストセラーになり、伝説ができていった。
それは僕がキラーカードを切り、成功させたということになるわけですが、実際は誰も見てないところで、もがき苦しみながら圧倒的努力をしているんです。
だから、キラーカードをどうやったら持てるかと聞くだけで、「お前らはダメだな」と思ってしまいます。
現実のしんどいことにぶつかって生きて来ていないから、僕にそういう質問をしてくる。
しかし、ちょっとでも現実と真摯に格闘していたら、キラーカードは自分でつくり出すしかないとわかっているから、そんなバカな質問はしてこない。 
誰も「圧倒的努力」をしない
佐々木 見城さんが書いていた「これほどの努力を人は運という」ということですね。そういう努力をする人は減ったのでしょうか。それとも、努力をしない人が可視化されただけでしょうか。
見城 結局は、「圧倒的努力」をする人はいないんだよ。
佐々木 そこまでする人はいないということですか。
見城 だから圧倒的努力をする人には、都合がいいんだよ。
755をやっていて一番感じたのは、みんなは圧倒的努力をしていないんだなということ。だから、「圧倒的努力」と言葉にしても誰もわからない。
「圧倒的努力」と何度も投稿して、755のなかでは普通の言葉になったけれど、それを肉体的に理解しているかといえば誰も理解していない。
佐々木 言葉だけなんですね。
「夢も野心も豚に食われろ」とは
見城 それに僕は「夢」という言葉が嫌いなんですよ。それで755でまん延していたのは夢なんですよ。「僕はいつでも夢を持っている人間になりたい」と。
それは「戦争は反対です」と言うことと同じ。
戦争なんて誰も賛成なんてしない。だけど、戦争が起こるときはあったわけだよ、歴史的に。「戦争は反対です」と言うのは簡単で、戦争が起こらないように、どういう現実的な策を取るかが政治なわけで。
「夢を捨ててはいけないと思います」「僕はこういう夢を持っています」とか。そんなの好きにしろと。夢なんて、豚に食われろと。
佐々木 野心も食われろと。
見城 そう。夢も野心も豚に食われろと。夢と言っている限りダメ。夢なんて言葉にしないで、自分のなかでとどめておけばいい。
確かに、人生は言葉にするところからしか始まらない。だから、動物や幼児に人生はないですよ。それは言葉で考えないから。
言葉で考えることによってはじめて、人は人生を生きはじめ、言葉で考えはじめることによって、死というものをはっきりと思うことができる。
死をテーゼできなければ、人生はない。だから、言葉を獲得するということはすごく大事。
ただ、夢という言葉を獲得して、「僕は夢を持って生きていこうと思いました」「見城さんの夢は何ですか」とか、そういうのはくだらない。
圧倒的努力をしている人は「僕の夢はこうですよ」とは語らないでしょう。
佐々木 照れくさいですよね。
見城 現実にある目の前の一つひとつのことを、格闘して傷だらけになってねじ伏せる。それがおびただしい数に積み重なっていくことで、「夢」と言葉にしたものは実現していくものだよ。
佐々木 夢というものが目の前のことから逃げる口実になっているわけですね。
見城 そうそう。口実になっている。だから、夢を口にするやつは絶対に夢を実現できない。 
理念はあとからついてくる
佐々木 名言ですね。それに関連して、「極論を言えば、起業家に理念なんて必要ない」とも書いていました。これは起業に当てはめた場合も理念は必要ないということですか。
見城 結局、夢中でやっていれば、理念はあとからついてくるんですよ。三木谷(浩史)でも、熊谷(正寿)でも、藤田(晋)でも、最初に立派な理念があってはじめたんじゃない。
必死になって働き、利益をどうやって生み出すかと考えただけだと僕は思う。三木谷も最初は楽天市場に出店してもらうため、日本中を駆け回り、2日に1度靴が壊れたというくらいですから。
藤田も「僕は営業に行った100社のうち、1社は広告を取れる自信がある」と言い、1000社回っていたりした。それで10社の広告が取れる。そこに薄っぺらな理念なんてない。血だらけになって現実と格闘してきたんです。僕が言っていることはそういうこと。
佐々木 皆さん、「圧倒的努力」をやってきているわけですね。
見城 「社会や人々の役に立ちたい。だから、僕は起業したいです」と滔々とコメントしてきたのがいましたけど、「お前に起業なんかできるわけないだろ」と。社会のためじゃないだろう。自分のために起業するんだろうと言いたいですよ。
自分のために起業して、死に物狂いで戦って利益を出す。もし社会貢献ができるとしたら、それからですよ。そういう経験をしないで、「僕には起業して社会に貢献するという夢があります」というようなやつが成功するわけない。
佐々木 そうですよね(笑)。
見城 僕自身、ヒットするコンテンツの4条件は「オリジナリティがあること」「明快であること」「極端であること」「癒着があること」だと言っていますが、それはあとになって、「ああ、そうだったな」と思ったわけです。
佐々木 結果論ということですか。
見城 みんなそう。どんな立派な理念やポリシーに見えることでも、すべては結果論ですよ。
圧倒的努力から王道は生まれる
佐々木 そういう意味では、必死に頑張って稼いで結果を残す。それから初めて、より多くの人々を惹きつけるために理念を語るんだと。
見城 そうそう。それしかない。
佐々木 それが王道ということですね。
見城 僕はそう思います。
そして、結局のところ成功の経験則というものは、しっかりと王道になっているから、「ああ、俺はこれで一番多くヒットを生んだな」とあるとき気づくわけ。
そして「今度からこうしてやろう」と思ったり伝えたりする。それがグワーっと広がってあたかも理念が先にあったように見えるんです。
佐々木 それが実際なんですね。
見城 そこを勘違いして、圧倒的努力をしないのに理念を語ってしまうわけです。起業する前に理念を語ったやつに、成功した起業家なんていないと思いますよ。
まず、自分が何をやりたいか、そしてそこにのめり込めるかどうか。のめり込んだ揚げ句の果てに、利益が出なかったら意味がないわけだから、どうやって利益を生むのか。そこで必死にあがいてきた人たちが今の勝ち組なわけです。
それから大事なのは、仕事でも何でも、難しいプロジェクトに立ち向かうこと。
ほかの人でもできることをやっても結果なんて出ません。難しいプロジェクトを圧倒的努力でやり通すからこそ、結果が出て、他人と差がついていくんです。  
自分にプレッシャーをかける
佐々木 見城さんは「カネがすべてだ」とも 著書の中で書いていますが、それは徹底した現実主義者だからでしょうか。
見城 そう言わないと、自分がブレてしまう。
佐々木 そういうことですか。
見城 僕も理想を持っていた時期はありました。
「世の中は矛盾だらけだ。差別もひどい。世の中の仕組みを変えなければいけない」と思っていたこともありましたが、いくら高邁な観念や思想を描いていても実行しなければ何の価値もない。
しかし実際に実行に移すのならば、自分は死ななければいけなかったので、僕は逃げたわけです。
それで、逃げたからには、自分が忌み嫌ったこの俗世間で勝たなければいけなかった。
おカネ以外にも価値がいっぱいあることは自分が一番わかっていますが、おカネ以外に価値はないと言い聞かせない限り、僕はロマンチズムに流れてしまうんです。
佐々木 自己抑制のためでもあったわけですね。
見城 だから、755で「私はおカネじゃなくて何とかが」と言っているのを見ると、吐き気がする。
佐々木 そういう意味では、見城さんは偽悪的ですね。「極端こそわが命」という言葉にも通じそうで、あえて言い切って自分にプレッシャーをかけていると。
見城 そうですね。そう自分に言い聞かせて現実と戦うしかないんです。
(構成:小谷紘友、編集:箕輪厚介、写真:竹井俊晴)