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続・インターネットストラテジー(第9回)

【須藤憲司】問いの質の高め方とこれからの企業経営

2016/4/10
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる。
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

先週もたくさんのコメントをありがとうございました。

コメントポリシーの変更により実名認証されていない方のコメントが見れなくなってしまいました。

大変お手数おかけしますが、実名認証されていない方でコメントをいただける場合、私のプロフィールからフォローいただけないでしょうか?

私の方からフォローさせていただいて、コメントを拝見させていただければ幸いです。

ご面倒おかけしますが、インタラクティブにこの連載を進めてきました私にとって皆さんのコメントが翌週のインスピレーションと励みになっていまして、そうしていただけるとうれしい限りです。

第6回は「商品戦略としてのプロダクトマネジメント」、第7回は「流通戦略としてのグロースハック」、そして前回の第8回は「組織戦略としてのチームづくり」について書いてきました。

思いつきから始めた連載ですが、いろんな方に読んでいただいているようで、リアルにいろんな方から声をかけていただいたり、フィードバックをいただいたりすることが身の回りで増えてきました。うれしい限りです。

問いの質を高めるためには、質の高いインタラクションが必要

前回の内容でいかに“質の高い問い”を経営の中心に据えるという内容を書きました。そして、私自身がこの連載に設定したテーマが、まさに「いかに問いの質を高めるか?」ということでした。

インターネットストラテジーと銘打って始めた、この連載の初回にこのようなことを書かせていただきました。

経営は自己学習するプログラム

そういった意味では、経営というのはインプットとアウトプットの反復といえるかもしれません。

その反復を繰り返し、結果と徹底的に向き合うことで精度が上がっていく(といいな)と思って日々仕事しています。

この反復によって精度を高めていけるものが、“問いの質”なんじゃないか? と私は考えています。

私自身がこの連載で、考えを整理し、コンテンツにして発表すると、再編集され、皆さんのフィルターを通じてフィードバックをいただくことで、より複眼的、多面的な観点で、各回のテーマを私自身が見つめ直すことができます。

この連載を通じて皆さんからいただくコメントのやりとりのすべてが、私自身にとっても学びとなり、次の問いの質を高めていくための糧になっています。そして、願わくば皆さんにとっても、そのような一助となればと思っています。

第9回となる今回は、前回出た話題“問いの質”について私自身が自分で創業し、何を考えて会社をデザインしてきたか? 実体験に触れながら、自己組織化する組織と企業経営について書いていきたいと思います。

Cogito ergo sum

どうやって問いの質を高めていくか? を深く考えていく際に、先週のコメントで阪口さんも言及されていましたが、Naoyuki Sakaiさんのコメントに大きなヒントがあると思いました。

問いの質は何によって決定されるか、というところがキモだと思います。以下、私見を述べます。要素は二つ。(1)「誰にとっての問いか」(2)「問われた人にとって抽象度は適切か」と考えます。

(1)そもそも「問う」という行為は、自らに問うことと相手に問うことの二つがあります。熱狂を生み出す問いは、相手あっての問いでしょう。言語化できていなかったモヤモヤしたものが、問いとして形になる。そのモヤモヤを持っている人がチームのメンバーになったり、顧客になるのではないでしょうか。

(2)相手の理解度にあわせて抽象度を変えることがあります。具体的過ぎる問いは「そんなことも分からんのですか」「こうすればいいじゃないですか」になりますし、抽象度をあげすぎると「『世界平和のために何ができるか』と同じレベルですよね」になります。チームに問いを浸透させつつ、頭を使ってもらう。このさじ加減がむずかしくも、面白いところですね。

この“問いの質”を高めていくという問題ですが、私はこの問題自体をことさら新しいものだとは認識していません。

問いの設定力というのは、過去から現在に至るまで、脈々と議論し、磨き続けられてきたスキルセットで経済活動はもとより、アート、哲学、政治、軍事、数学から詩や哲学に至るまで、どんな領域にも求められる普遍的な力だと考えています。

そして、現代の企業経営においても、“問いの設定力”は極めて重要だと思うのです。

正しい課題が設定できて、初めて課題解決が高い成果につながることから鑑みても、この課題設定の能力というのは経営に大きな影響を与えるといえると思います。いわゆるMBA的な大量のケースメソッドを用いた課題解決も重要ですが、もう一方でインターネット時代の経営においても課題設定力というのが極めて重要なんじゃないか? と私自身は考えています。
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1637年にデカルトが『方法序説』(Discours de la méthode)で提唱した命題をお聞き覚えの方もいらっしゃると思います。

「我思う、ゆえに我あり」(Cogito ergo sum)

自分を含めた世界のすべてが虚偽であったとしても、疑っている自分の存在そのものは疑い得ないという、この命題ですが、われわれが設定する“問い”そのものがわれわれ自身を証明すると言い換えることもできるのではないでしょうか?

社会人になって最初のアドバイスは「バカになれ」

今年もたくさんの学生さんが社会に飛び出したことと思いますが、私がこの季節になると思い出すのは、社会人になって最初に役員と飲みに連れて行ってもらったときにされたアドバイスで、今でも鮮明に覚えています。

私の話をひとしきり聞いた後、

「あのな〜須藤。おまえは賢そうだな。だから、損をすると思う」

「は?」

「いつもアドバイスをもらって、助けてもらえる人生のほうが圧倒的に大きなことができると思わないか?」

と言われたのです。

すぐにその意味は理解できました。

「どうしたらいいですか?」

「バカになれ。かわいがられるバカを目指せ」

それから毎年この季節になると、この言葉について深く考えさせられます。努力をいくら重ねても、スキルがどれほどあっても、自分一人でできることは小さいものです。

企業の存在意義

それからちょうど10年後、起業のための登記などの書類作業に追われていました。

海外に法人を登記すると、国内の金融機関で口座をつくることも簡単にはいきません。

萎えるようなやり取りをしながら、何で自分はこんな面倒な思いをして会社をつくろうとしてるのか? 何のために会社は存在すべきなんだろうか? ということについて悶々と過ごす期間がありました。

そんな自問自答を繰り返していたとき、目が覚めるような言葉に出合いました。

「多くの人たちが、企業の存在理由は金儲けであると考えているだろうが、私が思うに、それは誤っている。その真の存在理由を見出すには、さらに深く考えなければならない。これを追求していくと、どうしても次の結論に至らざるをえない。人々が集まり、企業と呼ばれる機関として存在するのは、個々人がバラバラにやっていては成し遂げられないことを実現するためであり、社会に貢献するためなのである。陳腐に聞こえるかもしれないが、これが原点である」(ヒューレット・パッカード創業者 デイビッド・パッカード)

実は誰もが何らかのかたちで「社会の役に立ちたい」とどこかで思っているんだと思うんです。それを本気で実行するかどうか? 実行できるか? が重要だということに気づきました。今は、ノマドもできるしクラウドもあって1人あるいは少数でも起業はできるわけです。

ただそんな今だからこそ、自分一人ではできないことを仲間と実現し社会に貢献するために企業は存在している、という言葉がとても自分にとっては意義深いもののように思えました。

そして、この言葉がどんな会社をつくりたいのか? を深く考えるきっかけとなりました。

理想の会社をつくりたい

別に起業なんてしたこともないど素人の私が、どういう会社をつくりたいか? を考えて最初に決めた経営における判断基準は、「自分がこの会社で働きたいと思えるか?」ということでした。

前職リクルートという会社のシステムは私にとって、とても面白く“踊らされてるのは重々わかっていても、踊ってしまう”そんな会社でした。

ただ、一方であまりにも、システム化、仕組み化されすぎていて、働いてる側からすると堅苦しく感じてしまうことも多々ありましたし、仕組みが人の良さを殺してしまうという側面もたくさん見てきました。

そこで、逆に挑戦してみようと思いました。

ツッコミどころが満載の会社をつくっていこう。そこで働いている人が勝手に手を差し伸べたくなる、いじりたくなるような余白のあるシステムをつくっていこうというのが私の最初のコンセプトでした。

そうして、ここで働く一人ひとりが自分にとっての理想の会社を一緒につくっていくことができることが自分にとっての理想の会社であると考え、そこから会社のデザインをし始めました。まあ、要はよくできたシステムよりも、自分たちがハンドルしてデザインできるシステムをつくっていきたいということから始めました。

自己組織化する組織を目指す

連載の第6回の際に、 Paris Katieさんのコメントでカウフマンの『自己組織化と進化の論理』に出てきたNKモデルについて言及していただきました。

カウフマンの主張で、最も私が興味を引かれるのは、「無償の秩序」という考え方です。

進化のすべてを自然淘汰(とうた)のなせる業とするダーウィン論に対して、偶然の積み重ねだけで生命進化が起こってきたわけではなく、自然淘汰と「自己組織化」が組合わさってきたものだとするものです。

つまり、人類は気が遠くなるような偶然の積み重ねだけで生まれた存在ではなく、「なるべくしてなった」と考えたほうが自然であるというのが、この本の内容です。

私は、この「無償の秩序」というコンセプトが非常に気に入っていまして、それを念頭に置いて会社をデザインしていこうと考えました。

全裸経営

マネジメントの原点が、性悪説に立っていたり、大人を子どもとして扱うようなことは、あってほしくない。大人の集団であってほしい。自立したプロとして、仕事をしたい、ということから自己組織化する組織を目指して、組織にそういう遺伝子を埋め込んでいくことから開始しました。

最初にやったことは、経営のプロセスの開示でした。

Kaizen Platform社では、全社合宿の場で中長期的な経営の意思決定をしています。

創業から2年間は、ほぼ毎月、そこで全員そろって朝から夜まで侃々諤々の議論を繰り返していました。現在でも、隔月で行われています。リモートワークを推奨してる当社でも、この日はFace to Faceで実施します。

こういった取り組み自体をやっている会社は少なくないと思うのですが、ユニークなのは、売り上げや顧客クレームなど思いっきりオープンにしながら、そこを社内だけでなく、社外のゲストをたくさん呼んでいったことでした。

参加されるゲストの方が引くくらいオープンに議論をしています。

私がヒートアップすることも多々ありましたけども、それでも隠すよりはマシだと思ってやってきました。そして、毎回議論が終わるとたくさんのTo Doに落ちていきます。社外の人も結構議論が白熱するので、これは誰が持ち帰るか? と決めるときに、

「じゃあそれは私が」

「じゃあそれは僕が」

と手を挙げていただくこともありました。まさにダチョウ倶楽部さんの

「じゃあ俺が」

「どーぞ、どーぞ」

のあのくだりです。

そして、それがいつしかとても重要なリクルーティングの場になっていきました。まあ、考えてみれば、一緒にケンカするくらい議論して、結論が出て、じゃあ実行しようとなる。そうすると、今まで全然知らないのに一緒に仕事してるかのようになってしまうので、カルチャーフィットもしているし、すでにある意味一緒に仕事をしているのと一緒です。

なので、採用したい人をみんなが徐々に呼ぶようになりました。

ただ、それだけじゃありません。

お客さんに来てもらったこともあります。

投資家に来てもらったこともあります。

だいたい来ると最初は、苦笑いです。それもそうです。いい大人が、ケンカしてるわけですから。

ただ、それが面白いということが話題になり、ほかのスタートアップの経営者が来てくれたり、VCの方が来てくれたりゲストが多種多様に増えていきました。まあ来る者を拒んだ記憶がないので、たぶんこれまでゲストだけで100人くらい来てくれたと思います。

そして、そこから30人くらい採用できたんじゃないかと思います。

私の問いを中心にする経営は、こんなふうに始まりました。

好かれる会社でありたい

プライベートなことで恐縮なのですが、私が創業した日に娘が生まれました。よく言われるのが、「よく奥さん許してくれましたね?」ということです。本当ですよね。私もそう思います。

図らずも、子育てとスタートアップの経営が同時にドタバタと始まったわけなんですが、この2つには共通点があります。自分では、何もできない無力な状態から始まり、多くの人に支えられて成長していくということです。

スタートアップは、いわば子どもと同じなんです。もちろん、子育て同様、まったく思うようにはいきません。むしろ、思い通りにならないことのほうが普通です。

生後数カ月経った娘が、一生懸命に体を前に動かす姿を見て

「ああ、俺も一緒だ」

と思ったくらいです。

全然うまくいかないんだけど、手足をジタバタしながら前に進もうとする子どもとスタートアップで奮闘する自分は端から見れば一緒で、滑稽にも見えます。

で、創業直後の私が思ったことは、いろんな人から応援されて好かれる会社であってほしいということでした。

従業員はもちろん、ご家族や、友人や、前職の同僚、お客さま、願わくば初めて会う人からも好かれる会社であってほしいと思いました。

それは、こびを売るのとは違います。ただ親切な会社ではありたいと思っています。

家族が病気のときは、すぐに帰るようお願いしています。周囲も全力でサポートしています。なぜなら家族より大事な仕事は、幸いにも当社には存在していないからです。

われわれが、こうして仕事に熱狂できるのも家族の支えがあってだと思います。

だから、家族に優しい会社でありたいです。

家族を応援する会社でありたいのです。

それが結果として、安心して働ける環境につながると信じています。

会社にまた行きたい! と子どもが思ってくれることの意味

当社では創立記念とクリスマスパーティーの年2回、ご家族を会社にお招きしてプレゼントを用意して、お祝いするようにしています。

会社のノベルティのTシャツがあるんですが、子ども用サイズも用意しています。

毎年恒例で、子どもたちが楽しみにしてくれているそうです。そうして、ケーキを食べたり、プレゼントをもらったりして楽しく過ごすと、何が起きるのか?

子どもたちが会社のTシャツを幼稚園や小学校に来ていくそうです。そうして周りのお友達に自慢するようです。

「パパ(ママ)の会社は、楽しいところだ」

余談ですが、これを見て一緒に仕事をしたいと思ってくれた会社が2社あったようです。

「従業員のお子さんがそう言うんだから、きっと良い会社なんだろう」と。

別にそういうことを狙って、そうしたわけではありません。ただ、支えてくれる人たちから大事に思われるためには、どれだけ会社が人を大事に思っているか? を示す必要があると思うんです。

人から大事にされる会社は、人を大事にする会社、人から応援される会社は、人を応援する会社じゃないかと真剣に思うんです。

組織図が逆ピラミッドに

そうしていろいろ考えて試行錯誤していくうちに、会社の組織図が逆転しました。

メンバーが主役、メンバーの先に家族やお客さま

マネージャーがそれを支え、

CEOがそれを支え、

ボードミーティング(取締役会)がそれを支える

という構図になっています。

従業員がゴキゲンに働くことが、企業の成長ならびに投資家のためになると考えています。

連載の第2回で「個人がエンパワーメントされていく時代」という話をしましたが、個人がエンパワーメントされていく時代において、企業のあるべき姿は大きく変わっていかないといけないと本気で思うのです。

それをどうやって実現していくか? を追求していった結果、会社を丸裸にするくらい意思決定のプロセスの透明性を持たせ、家族を最優先し、組織図が逆転してしまう会社になったというわけです。

自己組織化の要点は何か?

カウフマンに話を戻します。彼の提示したNKモデルは、非常に大きな示唆があると思っています。

NKモデルとは「N個の遺伝子」と「K個のほかの遺伝子の対立因子」から適応度を算出する方法で、「K=1」とは1個の遺伝子はほかの1個の遺伝子の影響を受けるということであり、「K=N-1」とは自分以外の遺伝子の影響をすべて受けるということを意味しています。

このモデルに基づき、遺伝子は互いに作用し合って突然変異を起こしながら、その地形に最適な進化形態を模索するというものです。

一つひとつの遺伝子が相互に影響を与え合う、いわゆる複雑系といわれるものですが、私自身はこれに大きな影響を受けました。

プロセスを開示し、行動を促進し、それを支援する環境をつくりあげていく、それが自己組織化の要点ではないか? と考え、会社をつくってきました。私がつくりたいのは完璧なシステムではなく、不完全さを補い合う場をつくることでした。

不完全な器をつくり、そこにいる人が余白を埋める会社を目指す

バカになれというアドバイスは、言い得て妙だと私は思います。

一つひとつはバカみたいなことです。ただ、これだけバカな会社を真剣につくっていくと周囲が応援してくれます。それこそ、私が社会人の最初にいただいたアドバイスから実現してきたことなのです。

われわれはともすると完璧な会社や仕組みをつくろうとしすぎているような気がするのです。

完璧な人がいないのですから、完璧な経営なんてものは、幻想だと思うのです。同様に、完璧な制度も完璧な仕組みも存在しません。

むしろ完璧にしようとしすぎるからシステミックリスクは増大するんじゃないかと思うんです。誰も助けることができませんよね?

最初からリスクをオープンにしておけば、自然とそのリスクを補っていこうとする作用が働くように思うのです。誰もが役に立ちたいと思っているし、協力し合いたいと思っているわけですから。

それを行動に移せるようにするには、会社や社会に、問いを設定していくための健全な余白が必要なんじゃないか? という気がしてならないのです。

*本連載は毎週日曜日に掲載します。

*過去の連載記事
第1回:スタートアップを経営してみて、気づかされたこと
第2回:これからのビジネスは個のエンパワーメントに賭けろ
第3回:イノベーションに関する美しい誤解
第4回:クラウドソーシングの未来
第5回:未来の見立て方
第6回:不確実な時代を生き残るプロダクトマネジメント
第7回:250億円使って見えてきたグロースの本質
第8回:選ばれるチームのつくり方