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【SPEEDA総研】動き出したマイナンバー制度~経済効果と企業動向を見る

2016/4/9
SPEEDA総研ではSPEEDAアナリストが独自の分析を行っている。2016年に入り、制度が開始されたマイナンバー制度。システムトラブルによる個人カード発行の遅れ問題や、個人番号の誤記載・誤交付などの問題が相次いで発生し、制度自体に対するネガティブな報道も多い。今回は、そのような不安やコスト、デメリットを上回る経済効果や企業への恩恵が生まれるのかを考察した。

制度開始にあたり混乱も

本制度の開始にあたって、平成27年度までに、政府はシステム開発に約2000億円、地方自治体のITシステム開発の補助に約700億円、番号通知カードの発送に270億円、マイナンバーカードの発行に約100億円を支出した。

2016年度は個人番号カードの発行や利活用の促進に約200億円の予算が計上された。また、制度運用が開始された後の維持・管理コストは年間300億円が見込まれている。

さらに、企業には税務対応を行うためのシステム改修や、事務費用、人件費など負担を生じさせ、個人にも制度移行にあたっての手続きや、さまざまな不安を与えている。

経済波及効果は年間3兆円?

マイナンバー制度の導入による経済効果として、日本生産性本部による試算を紹介する。

同資料によると、試算の前提となるのは制度導入によるコスト削減効果(2012年発表)の年間1兆1500億円である。

その内訳は、社会保障や税に関わる行政手続きで約3000億円、医療機関や電力・ガスなど準公的分野における手続きで約6000億円、官民間または企業内の事務効率化など民間分野で約2500億円となっている。

このコスト削減効果をもとに、他産業に対する第一次・第二次の波及効果を加えた経済波及効果が2013年に試算された。

それによると、コスト削減効果に他産業への一次波及効果を加えると1兆9354億円となり、二次波及効果6446億円を加えた総合効果に、2005年の名目GDPと2016年の予想名目GDPの差を調整すると、年間2兆7858億円となる。

ただし、試算に利用された産業連関表は2005年のものであり、最新の2011年データによると情報通信業の他産業に与える経済効果は2005年よりも拡大しているため、実際はさらに大きなものになるはずである。

逆に、コスト削減効果がすべて情報通信分野への投資につながるという仮定が崩れた場合、経済波及効果は小さくなる。
 マイナンバー-波及効果試算

複数産業に新たな需要も生み出す

以上のコスト削減効果をもとにした経済波及効果とは別に、制度開始にあたって発生する需要も多い。

一般的に言われる、「恩恵を受ける業界」は、システム開発(システムインテグレーター)、企業の事務や顧客対応を代行するBPO、セキュリティや財務会計等のソフトウェアメーカー、マイナンバーの収集・管理を行うためのコピー機・プリンターを扱う事務機器メーカーなどがある。
 マイナンバー-制度導入時メリット

恩恵の約半分はシステム開発業者に

株式市場ではマイナンバー銘柄としてIT関連企業が取り上げられることが多いが、今回、2015年度においてマイナンバー制度開始による業績への影響を言及している企業について、全上場企業の有価証券報告書・決算短信を「SPEEDA」にて調査・集計した。

上記資料にマイナンバー制度に関する記述をしている企業数は181社あった。

そのうち約40社はリスク認識・対応に関する記述であり、約140社がビジネスチャンスとして同制度を捉えている。業種別にまとめると、その約半分の企業はシステム・ソフトウェアの開発企業である。

続いて多いのは、業務支援サービス(BPO)、家電・OA機器小売であり、さらにセキュリティを中心としたインターネット関連サービス、電気・機械専門卸となっている。

マイナンバー制度が多くの産業に影響を与えると言われるが、システムインテグレーターへの影響は特に大きいとみられる。
 マイナンバー-業種構成

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業績伸長を見せるSIer

システムインテグレータが受ける制度導入のメリットはどれくらいの規模なのか。NECの試算によると、システムインテグレータ業界全体で約3000億円のシステム導入費用を見込んでいる。

しかし政府がすでに予算案において計画した初期費用は約2700億円であるため、民間を含めた市場規模は実際にはさらに大きいと思われる。

そこで、業界全体に対する影響額を市場規模データから、ざっくり推計してみる。

情報サービス市場全体の売上高は約8兆円であり、そのうちSI(システムインテグレーション)サービスは2013年度に約4割の3兆4000億円、年率3%前後の成長が続いてきた。

主要システムインテグレータ12社の2015年度、2016年度のコンセンサス予想売上高成長率の平均は4.3%となっているので、成長率1%ポイントの上昇は業界全体で年間約3000億円の増加にあたる。

企業の報告からも全体の規模を推計できる。

富士通は2014~2016年度でマイナンバー制度対応ビジネスの売上高を合計約650億円(内訳は自治体350億円、政府200億円、民間100億円)と見込み、NECは2014~2016年度にかけて、マイナンバー関連売上高を合計約1000億円と見込む。

業界全体への影響額を推計するため、2社の情報サービス市場シェアから逆算すると、約4000億円から1兆円が3年間で業界に与える影響額と考えられる。

なお、NECは約半年前の予想700億円から300億円上方修正しており、システムインテグレーターへの恩恵は予想以上に足元で伸びていると見られる。
 マイナンバー-分野別売上高

人材派遣業には長期的な成長要因

制度導入時だけではなく、中長期でも恩恵を受ける業界として、人材派遣業があげられる。

人材派遣業では現在、システム開発エンジニアの派遣が増加しており、エンジニアの人出不足から募集の強化や研修によるエンジニア育成を急いでいる状況にある。

事務やコールセンターなどの人材需要も大きい。

制度開始後、企業による従業員の給与計算等の事務はマイナンバーを利用する必要があり、正社員だけでなく直接雇用を行うアルバイトにも適用される。

そのため、コンビニや飲食店などアルバイトを数多く採用する業種において、給与計算事務が不要な派遣形式の人材雇用に切り替えることが予想される。

エンジニアの一時的な特需に加えて、アルバイトの派遣化による継続的な業務増加が起これば、同業界に対する影響も大きいとみられる。

民間開放後の活用用途も広い

制度開始後、新たに生まれるビジネスも大きい。

マイナンバー制度では、個人番号カードやマイナポータルを民間開放することで新たなビジネス機会の創出を想定している。

個人番号カードのICチップには、デフォルトのアプリのほか、民間活用を想定した空きスロットが設けられている。

2017年開始予定の、個人番号を管理することができるマイナポータルでは、民間企業はEコマースやオンラインバンキングの個人認証にマイナポータルを使うことができる。

マイナポータルと連動した証券取引などの金融関連サービスや、決済代行が考えられる。

金融、Eコマースのほかに、業界として成長が期待されるのは医療情報システムである。医療情報システムは、電子カルテや医療画像システム、病院間をつなぐ地域連携システムなどの総称である。

お薬手帳や電子カルテでのナンバー利用が考えられており、これにより、処方箋の取得履歴や診断記録をマイナンバーに紐付け、病院をまたいで情報を共有することが可能となる。

すでに、EMシステムズなど医療情報システムメーカーが対応システム・サービスを始めたほか、ソニーなど電器メーカーもお薬手帳などへの関わりを始めている。

また、制度開始後も残るであろうセキュリティ対策ビジネスも拡大していく見込みである。

セキュリティソフトウェア市場はIDC Japanによると、2015~2019年で年率平均4.8%成長(SaaS型は同12.5%成長)と高い伸びが予想されている。

損保ジャパン日本興亜や東京海上日動火災保険などはサイバーリスク保険分野への参入、事業強化を進めており、セキュリティリスク対策分野も大きな成長が見込まれる。
 マイナンバー-新サービス

まとめ~制度の恩恵規模は、国民の姿勢次第

以上、マイナンバー制度の開始による経済・企業への影響として、コスト削減効果による経済波及効果、制度開始までの影響、制度開始後の影響をみてきた。

マイナンバー制度開始による経済・企業への影響は、効果の推計方法に不確定要素が多いが、制度のプラス効果を高めていくためには以下3点が重要と考える。

1.システムを安定させ、制度をスムーズに軌道に乗せること
 2.コスト削減効果などの恩恵を他産業に波及させるため、IT投資促進などの仕組み
 3.新たなビジネスを創出していくための支援
 マイナンバー-主体別効果イメージ

今回は海外の事例に関しては記載していないが、成功・失敗ともにあるなかで、うまく運用している国には政府・企業・国民が積極的、または強いリーダーシップで制度を活用、改善していく姿勢がみられる。

日本において、莫大なコスト、デメリットを上回る効果を生み出すため、各主体の前向きな取り組みを期待したい。

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