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「史上もっとも成功した、新タイプの決済」

コーヒーチェーンのスターバックスは、スマートフォンで商品を注文して支払いができるアプリを、他社に先駆けて導入している。同社は2016年中にデジタル事業への投資を拡大し、アプリの利用可能範囲をアジアや欧州、中南米に広げる計画だ。

スターバックスが推進している新サービスは、2015年に全米の店舗で導入されたものだ。スマートフォンで事前にコーヒーを注文して代金を支払っておき、店頭のレジで並ばずに商品を受けとることができる。同社はこの「モバイル・オーダー&ペイ」プログラムを、2016年に中国と日本で導入する計画だ。

さらに、アメリカではアプリを利用したデリバリーサービスの試験運用も進められており、パーソナライズしたおすすめメニューを提示する機能なども登場する予定になっている。

スターバックスのアダム・ブロットマン最高デジタル責任者(CDO)は次のように述べている。「このアプリはきわめて重要だ。当社の中核的な戦略のひとつになっている」

グーグルやアップルのようなIT企業ではなく、コーヒーチェーンのスターバックスがモバイル決済の先駆けになった事実は、ハワード・シュルツ最高経営責任者(CEO)の慧眼を示している。

グーグルなどのIT企業が、新型スマートフォンや改良型の店舗端末を必要とする複雑なモバイル決済システムを普及させようとしているのをよそに、スターバックスは2011年、シンプルなQRコードを使ったアプリを発表した。さらに、それに劣らず重要な点は、アプリの使用に対して無料ドリンクなどの特典を提供したことだろう。

このアプリはたちまちヒットし、モバイル戦略を専門とするクローン・コンサルティングのリチャード・クローンCEOの言葉を借りれば、「史上もっとも成功した、新タイプの決済の導入事例」になった。

アメリカでは数年内に50%を超える可能性も

スターバックスのモバイルアプリは今後数年のうちに、アメリカ国内にある直営店における全取引の50%以上を占めるようになるかもしれない、とブロットマンは言う。それはつまり、このアプリによってカフェの姿が一変し、スターバックスがフェイスブックやウーバー・テクノロジーズに似たモバイルファースト企業に変わる可能性さえあることを意味している。

現在のところ、アメリカ国内の直営店の商取引のうち、21%強にこのアプリが使われている。スターバックスによれば、2016年2月には、モバイル端末からの注文件数がアメリカの店舗全体で約700万件にのぼったという。このアプリの事前注文機能は、すでにアメリカ店舗の支払いの約15%、取引全体の3%を占めている。

同社が重視する地域のひとつが中国。スターバックスがもっとも大きく成長している市場だ。シュルツCEOは、中国におけるモバイル決済導入に強い意欲を見せてきた。消費者がダイヤル式電話からスマートフォンへと急速に移行している中国では、モバイル決済により売上増加が期待できるからだ。

「(アプリの)導入は、アメリカでも驚くほどの規模とスピードで進んでいるが、中国ではそれを上回るものになると確信している」とシュルツCEOは1月、アナリストとの電話会談のなかで述べた。

アメリカでは、このアプリの効果で取引数が15~20%増えており、そのパーセンテージは今後も上昇の一途をたどるだろうと、エドワード・ジョーンズのアナリスト、ジャック・ルッソは述べる。そうした取引数の増加は、スターバックスが前会計年度に17%の売上増を達成した一因となっている。この伸び率は、同社が現在の半分の規模だった2007年以降で最大の数字だ。

「モバイル・オーダー&ペイは、この先も同社の成長を押し進める原動力となるだろう」とBTIGのアナリスト、ピーター・サレハは言う。「客単価を押し上げる効果がある。さらに、大量のデータも手に入る」

スターバックスは今年、商品を購入した客に、さらに別の商品を勧めるサービスも開始する計画だ。このサービスには、ネットフリックスやアマゾン・ドットコムが以前から活用しているようなスマート技術が使われる。モバイル決済コンサルタントのクローンによれば、おすすめ商品をうまくパーソナライズすれば、注文1回あたりの売上高を最大50%増やせる可能性があるという。

小売他社からライセンス供与の問い合わせ

アプリの快進撃が続けば、スターバックスの経営のあり方が変わる可能性もある。

「店舗のレイアウトが大きく変わるかもしれない」とクローンは言う。「スターバックスは、アップルストアのような姿になるかもしれない。カウンターがなくなり、行列が消えて、ラテ・ステーションとエスプレッソ・ステーションができ、客はそのステーションへ行くだけでいい」

このアプリは、スターバックスの売上パターンも変えつつある。12月締めの四半期には、消費者による「スターバックスカード」への入金額が、前年比18%増の19億ドルにのぼった。カードの多くはモバイルアプリと連動している。

これらの理由から、スターバックスは急ピッチでテクノロジーに投資している。

デジタル事業への具体的な支出額は明らかになっていないが、スターバックスによれば、2016会計年度には「パートナー・アンド・デジタル」と呼ばれるプロジェクトに全世界で3億ドルもの資金を投じるという。この金額は、2015会計年度におけるおよそ1億4500万ドルから大きく増加している。

それに対して、たとえば大手ピザチェーンのデジタル事業への投資額は、年間2500万~3000万ドルにすぎない、とBTIGのサレハは指摘する。そのほかの飲食企業の多くは、スターバックスがアプリで売上を伸ばしたのを目のあたりにした結果、ようやく追い上げに乗り出したばかりだ。

近い将来、ほかの企業でスターバックスのこうした技術を目にする日も来るかもしれない。スターバックスのブロットマンによれば、同社アプリはほとんどが社内で開発されているため、小売分野の他社からライセンス供与の問い合わせが来ているという。

「その点は当社も検討している」とブロットマンは述べたが、ライセンスがすぐに供与される可能性は低いとも付け加えた。「これまでに、複数の会社と有意義な協議を重ねている。協議はいまも継続中だ」

原文はこちら(英語)。

(原文筆者:Olga Kharif、Leslie Patton、翻訳:梅田智世/ガリレオ、写真:sandsun/iStock)

©2016 Bloomberg News

This article was produced in conjuction with IBM.