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ホークスの経営戦略【13回】

ホークス2軍に豪華球場完成。V10視野にビジネス面でも挑戦開始

2016/4/4

そこに、もう一つのプロ野球を見た。

鳴り物応援はない。応援団もいない。

スタンドもどこか牧歌的な雰囲気だ。確かに、球場の周りには田園風景が広がり、高層ビルはおろか、適当な徒歩圏内にコンビニすら見当たらない。

それでも記念すべき大事な一戦に、スタンドは超満員に膨れ上がった。

こけら落としの試合に訪れた大勢のファンに勝利を届けようと、気合を入れる選手たち

こけら落としの試合に訪れた大勢のファンに勝利を届けようと、気合を入れる選手たち

試合は0対1でホームチームが劣勢。だが、9回裏、連続ヒットで一打逆転サヨナラの場面を迎えた。打順は4番打者だ。最高のシチュエーションにファンのボルテージは一気に高まった。

あちこちから飛ぶ声が自然発生的に一つの大声援と化す。拍手もまた大きな手拍子となりスタジアムを包んだ。

「プレッシャーのかかる場面だったけど、ボクの背中を押してもらった。楽しめました」

そう振り返った主砲の手に残った確かな感触。打球は外野手の頭を越えて左中間に弾んだ。見事な逆転サヨナラ打だ。

もちろん満員のファンは大喜び。みんな立ち上がり、頭の上で両手を何度も叩く。勝利の叫びもしばらくやむことはなかった。

12球団で最高の施設が完成

今年3月、ついにホークスのファーム新本拠施設「HAWKSベースボールパーク筑後」が開業した。19日に行われたこけら落としの一戦、ウエスタン・リーグの広島カープ戦は、4番江川智晃の劇的な一打でホークスがサヨナラ勝利を決めた。

王貞治球団会長が「とにかく素晴らしい。12球団で一番の施設」と声高に胸を張り、後藤芳光球団社長兼オーナー代行も「計画スタートから約5年。当初の計画よりも素晴らしいものが完成しました。感無量です」と目を細める、自慢の施設だ。

県南部の福岡県筑後市に誕生。およそ7万1600平方メートルを超える広大な敷地の中に新築されたメイン球場は、タマホームが命名権契約を取り付けて「タマホーム スタジアム筑後」(以下タマスタ筑後)となった。

国際規格を満たす両翼100メートル、中堅122メートルのフィールド。人工芝は、今季から西武プリンスドームでも採用されたミズノ社製の最新型と同じものだ。

タマホームスタジアム筑後は1軍の本拠地ヤフオクドームと同様のスタジアム規模を誇る

タマスタ筑後のグラウンドは1軍の本拠地ヤフオクドームと同様の広さを誇る

さらにサブグラウンドが隣接する。こちらも両翼100メートル。中堅122メートルの同規格。外野天然芝(内野は土)の養生のため使用は夏以降となるが、プロの試合も十分に行うことができる。

メイン球場のタマホームスタジアム筑後、サブグラウンド、室内練習場などが同じ施設内に隣接されている

メイン球場のタマスタ筑後、サブグラウンド、室内練習場などが同じ施設内に隣接されている

屋内練習場、選手寮も同じ敷地に

もともと福岡市にあったファーム施設を移転することになった一つの要因として、手狭になったことが挙げられた。ホークスでは2011年から3軍制度を立ち上げ、ファームが2チームとなった。そのため旧本拠地の雁の巣球場(福岡市東区)では、2軍が試合の日には3軍が使用できずに場所を転々としなければならず、なにかと不便だったのだ。

また、昨年までは2軍球場と屋内練習場・選手寮は車で10分ほどの距離と離れていたが、「HAWKSベースボールパーク筑後」には12球団で最大級の屋内練習場とクラブハウス、選手寮も新設された。一つの敷地内に集約されたことで移動がスムーズとなった。スタジアムで練習中に降雨に見舞われたが、すぐに屋内に移動して練習を続けられた例がすでにあった。

十分な広さを誇る屋内練習場

十分な広さを誇る屋内練習場

「今の若い選手は幸せだなと思いますよ。あとはこの最高の環境を自分でどう生かし、どこまで上り詰められるかをチャレンジしてほしいですね」(王球団会長)

日本球界未踏の「V10」構想を掲げる福岡ソフトバンクホークスの礎となる施設が完成した。

トレーニング用の小型流水プールも設置されている

トレーニング用の小型プールは縦3.7メートル×横5.8メートル、最深部1.8メートルあり、選手2人が一緒にトレーニングできる

モダンなつくりの選手寮も併設されている

モダンなつくりの選手寮も併設されている

有料興行を成功させるカギ

また、一方で球団ビジネス面でも、大きなチャレンジが始まる。

昨年までの雁の巣球場は原則入場無料だったが、タマスタ筑後での2軍公式戦ならびに3軍の一部試合は有料興業となる。センターには大きなビジョンを設置。スタンド席も、ネット裏には高級感あるクッション座席を使用したり、ヤフオクドーム同様のフィールドシート、テーブルつきのグループシートなどを設置したり、グッズショップや売店もあり、他球団の2軍球場ではあまり見られないほど充実した観戦環境が整えられた。

そしてアクセス面でも九州新幹線・JR鹿児島本線の筑後船小屋駅から徒歩5分。九州自動車道の八女ICから約10分と便利はいい。

筆者は福岡市内に住んでおり、アクセスはまずまずだ。だが、ホークスには熱狂的なファンが多いとはいえ、頻繁に福岡市内から筑後まで応援に行くだろうか。九州新幹線を使えば博多から25分で行けるが、最も安価な日帰り往復切符でも3300円かかる。快速でも往復すれば2220円。加えて、本数が多いとはいえない。

やはり、いかにして筑後市をはじめ、「筑後七国」(筑後市をはじめ、近隣の柳川市、八女市、みやま市、大川市、大木町、広川町を合わせた総称)や福岡県南で最大の久留米市あたりとうまく連携して、「お膝元」のファンを集客できるかが成功のカギとなるのではなかろうか。

タオルやサングラスなど、ファーム独自のグッズも作成

タオルやサングラスなど、ファーム独自のグッズも作成

筑後市、久留米市と連携

その取り組みとしてホークスは、筑後市と久留米市の両自治体とはすでに「包括連携協定」を締結。筑後七国とも「地域連携協定」を結んでいる。

主な取り組みとしては以下の通り。

(1)スポーツ振興及び健康増進に関すること
 (2)青少年の教育及び育成に関すること
 (3)観光振興に関すること
 (4)地域活性化に関すること
 (5)相互の情報発信に関すること
 (6)その他目的を達成するために必要な事業に関すること

ホークスの川上正己筑後事業推進担当は「スポーツを通じた地域の青少年の健全育成や地域の皆さまとの交流ができるイベントなどを行いたい」と展望を語る。タマスタ筑後での試合日のファンサービスプログラム(サイン会やグラウンド解放など)とは別に、タマスタ筑後をはじめとした「HAWKSベースボールパーク筑後」を活用して地域の体力測定大会を実施したり、選手の本業である試合や練習に支障のない範囲での地域訪問プログラムを実施したり、いくつかの計画が進行中だという。

開幕から多数の観客来場

「しかし、驚きました」と川上さんが思わずのけ反ったのが、ここまでの反響の大きさだ。タマスタ筑後開幕シリーズとなった3月19、20日のウエスタン・リーグの広島カープ2連戦が連日3113人で満員札止めになったのは想定内だったが、びっくりしたのはその翌日だ。

「21日の月曜日です。祝日でしたが、2軍は遠征先への移動日。3軍は練習休日でした。筑後の球団事務所も休業日にしようかと思いましたが、オープン間もないということで来てみたら、駐車場は満車。球場周辺は多くのお客さまでにぎわっていたのです」

新しくでき上がったプロ野球施設という目新しさもあり、「特にお近くの方が多かったようでした」と川上さん。324台の駐車場は入れ替わり車が入ってきて、この1日で1152台が駐車した。

そして29日から31日まで行われたウエスタン・リーグの阪神タイガース3連戦は「2502人/2093人/1657人」が来場。旧本拠の雁の巣球場の最多来場1550人を上回る数字。しかも有料と無料の違いがありながら、である。

「阪神の掛布新2軍監督を見たいというお客さまも多かったと思いますが、天候が良くない中(30日、31日は雨)、しかも平日デーゲームでしたので、われわれの想定を上回る方々にご来場いただきました」

今後も地域連携という観点では筑後七国の観光パンフレットを設置するなど地域の情報発信の場として「HAWKSベースボールパーク筑後」を活用してもらったり、試合日に合わせた物産展を行ったりなど広がりを見せていきそうだ。

ファームの試合に連日多くのファンが詰めかけている

ファームの試合に連日多くのファンが詰めかけている

周辺アクセス向上が課題

ただ、一つ注文させてもらいたい。

交通インフラの整備を早急にお願いしたい。球場最寄りの筑後船小屋駅バス停の路線は、羽犬塚駅行き(一部西鉄久留米駅行き)に限られており、1時間に1本程度しかない。西鉄電車の駅とのバス路線は2年前に廃止となったままだ。

球団をはじめ筑後市の中村征一市長も「若い選手たちが1軍を目指して頑張る姿、汗を流す姿を間近で見ることができる(試合のない練習日はスタンド無料開放)。大きな夢に向かって努力をする姿を肌で感じられるのは意義のあること」と話しており、周辺地域の子どもたちが球場へ足を運びやすい環境をいち早く整えてほしいところだ。

HAWKSベースボールパーク筑後のキャラクター「ひな丸」

HAWKSベースボールパーク筑後のキャラクター「ひな丸」

(写真:©SoftBank HAWKS)

<連載「ソフトバンクホークスのダントツ経営戦略」概要>
プロ野球では読売ジャイアンツが長らく「盟主」とされてきたが、現状をよく見ると、実質的にその座を担っているのは福岡ソフトバンクホークスだ。売上高は12球団トップで、選手への年俸総額も球界最高。3軍制を敷く独自メソッドで自前の若手選手を育て上げ、12球団随一の戦力で白星を重ねている。ソフトバンクホークスが強いのは、親会社の資金力だけではない。卓越した経営戦略について、現地在住ライターの田尻耕太郎がリポートする。