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球児プロデューサー8人目

「今の勝敗より生涯賃金が大事」と説き、県立野球部を強くする男

2016/3/31

2014年度、沖縄県立美里工業高校がある分野において日本一に輝いた。
 
第一種電気工事士の国家資格の合格者数が全国で一番になったのだ。その数57人。うち野球部員30人が名を連ねた。さらに、ジュニアマイスター顕彰制度の特別表彰者に2人の野球部員が選出された。

美里工業は2013年の秋季高校野球九州大会で準優勝。2014年春、創部初の甲子園出場を果たしている。

いわば、工業高校における文武両道を実践している高校といえる。

全員で同じ方向を向いて勝負

そのチームをプロデュースしているのが、今回、登場する神谷嘉宗監督だ。

都城東(宮崎)でキャリアをスタートさせた神谷監督は、八重山、前原、中部商業、浦添商業と渡り、2012年、美里工業の指揮官に就任した。それぞれのチームで県大会上位進出を果たし、前任の浦添商業では2008年夏、甲子園ベスト4に導いている。

全国的には有名な指導者ではない神谷が、なぜ、数々の県立校を強くさせることができるのだろうか。

「しっかりと練習を積むのが一番です。公立校ですから、いい選手が集まってくるわけではありません。入部してきた子たちを鍛えていかないといけない。創意工夫をしてやっています。全員野球がモットーですので、夏の大会の開会式の前日までメンバーを決めず、最後まで全員でやっています」

メンバーは絞らずに最後の最後までベンチ入りの可能性をかけ、選手たちを競わせる。一般の私学のようにユニホーム組と控えとを分けることなく、どれだけ部員が多くても全員で同じ方向を向く。その環境で勝負してきた。

 神谷嘉宗(かみや・よしむね) 1955年沖縄県生まれ。琉球大学を卒業した後、宮崎県の私立校・都城東に赴任。野球部長を2年務めた。1981年に沖縄県教職員となると、八重山~前原~中部商業~浦添商業で指揮を執り、2012年から美里工業の監督を務めている。前任の浦添商では伊波翔悟らを擁し、同年春のセンバツ優勝校・沖縄尚学を県大会決勝で破って甲子園に出場。破竹の勢いで駆け上がり、ベスト4に進出した。美里工業赴任後、2年で春夏の甲子園に出場経験のなかった無名校を甲子園に導いた。38年の指導暦を誇り、沖縄県高校野球界を長く支えている人物だ

神谷嘉宗(かみや・よしむね)
1955年沖縄県生まれ。琉球大学を卒業した後、宮崎県の私立校・都城東に赴任。野球部長を2年務めた。1981年に沖縄県教職員となると、八重山、前原、中部商業、浦添商業で指揮を執り、2012年から美里工業の監督を務めている。前任の浦添商では伊波翔悟らを擁し、同年春のセンバツ優勝校・沖縄尚学を県大会決勝で破って甲子園に出場。破竹の勢いで駆け上がり、ベスト4に進出した。美里工業赴任後、2年で春夏の甲子園に出場経験のなかった無名校を甲子園に導いた。38年の指導暦を誇り、沖縄県高校野球界を長く支えている人物だ

将来、人生の勝利者になれ

昨年からは新たな動きが生まれた。夏の大会以前に、3年生の複数人がベンチ入りをあきらめ、チームをサポートする役割に回ると監督に打診してきたのだ。「工」業を「支」えて「援」護する、「工支援(こうしえん)」と銘打ち、対戦相手の偵察などチームをサポートする役を担うことを買って出てきた。

甲子園出場を果たすため、自分の立ち位置を意識し、サポートに回る。実は、この機転こそ、神谷監督のチームづくりを象徴している。

「子どもたちに常々言っているのは、将来、人生の勝利者になれるかということです。いかに社会に出てから仕事をちゃんとやって、幸せな人生を送るか。そのためには高校時代に勉強して、会社に入るのが大事だよ。そうすれば幸せになれるし、好きなことができる、と。今の勝ち負けではなくて、生涯賃金がどうなるかが大事だという話をします。そうした話をしていくと、将来のことを考えるようになり、勉強をしたり、周りを見る目が出てきたりするようになります」

「工支援」隊が生まれたのは、将来や自身の立ち位置を考えることができた末なのだ。

高校は「生きる力」をつける場

神谷監督は、子どもたちには「目的」と「目標」があるのだと語る。

「甲子園に行って上位に入りたいという目標を掲げています。プロ野球選手になる夢を持っている子もいます。それは叶うかもしれないけど、そううまくいくとは限らない。プロに行ったから将来が安心できるかといったら、プロの道も厳しい。生きるために、将来のために、高校時代に何をするべきかといったら、生きる力をつけないといけない。それが目的です」

「その生きる力をつけるためには、普通の高校では大学に行くための基礎知識、成績をいかに上げるかを求めます。専門高校ではその学校の専門性を生かした資格を取って、それを将来の生きる力につなげる。生きる力をつけるのが高校教育の仕事であるという使命感を持っています」

夢を持つことは素晴らしく、それが人を大きく成長させる。しかし、その夢が絶たれたとき、野球だけをやっていたらどうなってしまうのか。神谷監督は、そのための生きる力をつける場が高校なのだと考えている。

それぞれが明確な目的を持ちながら、日々の練習に励む

それぞれが明確な目的を持ちながら、日々の練習に励む

資格を取り、一流企業に就職

「工業高校ってすごいんですよ」

神谷監督がそういって差し出してきたのは、野球部の進路状況の資料だ。就職先には沖縄電力をはじめ、中部電力、西日本高速道路、ANA整備士、サンエー、コカ・コーラなど大手企業の名前が並ぶ。それらの就職を得られるのは、工業科だからこそなのだという。

「工業科の先生が見たら、その価値がわかる」と言うもう一枚の資料には、野球部員が工業科で取得した国家資格の数々が列挙されている。ある選手は、実に12個の資格を持っている。電気工事士の一種、二種をはじめ、危険物取扱、航空特殊無線技士などだ。

「工業には国家資格がたくさんある。これをしっかり取れば、就職に困らない。特に今の日本は人材不足なので仕事がいっぱいあります。そして、どこも給料がいい。工業関係の就職は2、3割賃金が高いんです。1000人以上の社員を持つ大きい一流企業に入ると、中小企業の大卒より給料が高いというデータが出ている。そういう話をしていくと選手たちは目を輝かせます」

成功体験を経て、勉強に意欲

練習と同じくらい勉強に関しては厳しい。資格取得など、ノルマを達成した者から練習に参加していく。今は工業科だが、過去に赴任していた学校では、商業科なら簿記や商業の資格、情報処理コンピュータなどの技量、普通公立校なら英語の予習を義務付けるなど、赴任した学校の特性を生かしながら文武両道を実践していった。

「資格に関しては1つ取れば、それが成功体験となって、あれもこれもと勉強するようになります。普通公立校のときは英語でした。予習すれば結果が出やすいので、子どもたちもよく勉強するんです。英語の成績が上がると自然とほかの教科もやるようになりました」

もっとも、野球をやる時間はみっちりと中身の濃い練習に時間を費やす。実戦練習を多く取り入れ、アメリカが本場のクロスフィットトレーニングをメニューに採用している。県外遠征の一つとして、8月には関東に出ていく。チームのモットーは「凡事徹底」「闘志前面」「全力疾走」「走姿顕心」など7つに上り、選手たちだけの決まり事もたくさんある。

チームの決まり事を守りながら毎日をすごす

チームの決まり事を守りながら毎日を過ごす

文武を追うと幅が広がる

美里工業では文「部」両道という造語にしているが、まさに文武両道を実践しているのである。
 
「甲子園という目標を持ちながら、将来の両方を追うと人としての幅が広がります。3年生になったら子どもたちは落ち着き、大人になっていく印象を受けます。野球だけしかやっていなければ、一つがダメだったらすべてダメになるじゃないですか。そういう子は『工支援』という応援団にも回れないです」

「この子たちはそういった全体の生き方を考えながらやっているから、周りを見る目が出てくる。それが生きる力だと思います。会社にはいろんな人材が必要です。現場でバリバリやる人とサポートする人。外回りも必要だし、内勤もいて、リーダとして頑張る人も必要。チームにもいろんな人が必要ですから、それを感じてくるようになる」

そうしたことを、神谷監督は野球を通じて教えている。

凡事徹底で2014年春に甲子園初出場を達成した

凡事徹底で2014年春に甲子園初出場を達成した

思春期で頑張れば、一生頑張れる

「野球をしながら練習に耐える力がつき、あいさつができるようになり、マナーがわかる。また、先輩・後輩の精神が養われるなど、たくさん得られるものがあると思います」

「でも、それはどこの野球チームでも教えられる。高校では勉強を教えないといけません。その学校の特徴があるわけですから、それを教えないと高校教育ではありません。高校野球と普通の野球を一緒にしてはいけない。高校野球としてやるべきことがあります。16~18歳までの一番の思春期の子どもたちですから、いかにも変わる。ここで頑張った子たちは一生、頑張ると思う」

甲子園の先にある未来

センバツ大会がさきほど終わった。

夢を追い、実現させた若人の勇敢な姿には感動させられるものがある。しかし、彼らにはまだその先の未来がある。甲子園という夢を追うのは素晴らしいことだが、同時に高校で身につけるべき大事なものを見失ってはいけない。

それが神谷監督の言う「生きる力」である。

(撮影:氏原英明)

<連載「次世代高校球児プロデューサー」概要>
2015年夏、100周年を迎えた高校野球。歴史を語り継ぐこと以上に大事なのが、明るい未来を創り上げていくことだ。監督が高校生を怒鳴りつけるような指導は、過去のものとしなければならない。動き続けている時代の中で、自ら考えて成長できる球児たちを育て上げようとしている高校野球指導者の育成法について、高校野球に精通するスポーツライターの氏原英明がリポートする。