起業QA.001

第13回:ベンチャーキャピタリストだけど質問ある?

「成長」と「収益化」のどちらに力を入れるべきでしょうか?

2016/3/29

今、最も注目されるベンチャーキャピタリスト・高宮慎一氏と、十数年のアップルでのビジネス経験を経てIoTサービス「まごチャンネル」をスタートさせた梶原健司氏が本音で語り合う大好評連載です。
第11回から、ゲストとしてメイクアップアプリを運営する株式会社MAKEYのCEO、中村秀樹氏をゲストに迎え、学生起業やベンチャーのアーリー期ならではの悩みを明かしてもらっています。今回は「成長」と「収益化」のどちらに力を入れるか、どのタイミングでそれを判断すべきか、という、これまたスタートアップの永遠のテーマです。
※本記事の取材は2015年11月に行われました。文中の情報はすべて当時のものです。

CGM系サービス、「投稿者」と「閲覧者」のどちらにリソースを割くべき?

高宮:ほかに現在進行形の悩みとかありますか?

中村:そうですね。念のため僕らの事業の話をさせていただくと、Makeyのサービスは、メイクのノウハウを一般の女の子同士が共有し合うサービスなんですね。クックパッドを見て、一般の方が自分の料理を写真と文章でレシピ化して共有するのと同じような感じで、自分のメイクを写真と文章でシェアするというサービスです。なので、利用者として「投稿者」と「閲覧者」という大きく2つの属性のユーザーがいます。

そして今、僕らは、この「投稿者」に対してとにかく刺さるサービスに仕上げている段階なんです。

伺いたいのは、どこまで「投稿者」にリソースをかけ続ければいいのか、ということです。その判断の基準になる指標探しというのが難しい……。もちろん、組織の体制やそのときの会社の体力に応じて、経営者の肌感覚による部分もかなりあるのかなと思っているんですが。

梶原:今のサービスの状況って、どんな感じなんでしょう?

中村:おかげさまで、今は「投稿者」を集めれば集めただけ、「閲覧者」がついてくる状態です。でも僕らはいわゆるシード期で、刻一刻とキャッシュアウトしていくという状況下です。そういう時限爆弾付きの状態で、投稿者満足に割いているリソースを、「閲覧者」ひいては全体のUX向上にどうシフトしていけばいいのか、が悩ましいのです。

僕らとしては、早めにいったん「投稿者」への施策を切り上げて、今度は「閲覧者」の満足度を上げることでサービス全体のユーザー満足度を上げていき、そのあと新規ユーザーを増やすプロモーションを大きく打ちたいと思っています。逆に言うと、閲覧者含めた全体UXをある程度まで達成させたあとでないと、プロモーションは打ちたくないです。

他方で、すでに離脱率的には“ザル”の状態は脱していると思っているので、現状下でプロモーションを打っても効果はあるのではないか? むしろ“盛り上がってる感”の演出ができることによって、より早く投稿者も増大させていけるのではないか? とも思ってしまいます。

高宮:具体的な質問をありがとうございます。たぶん、これからどのフェーズでもそういう悩みは出てくると思います。ユーザー数という意味でのサービスの成長の極大化を目指すか、収益化を優先すべきか、スタートアップの経営者にとって常に悩ましい問題です。

Makeyの場合は、サービスの成長の極大化は「投稿者」満足がドライバーなのに対して、収益化は「閲覧者」満足がドライバーと、重複もしているのでしょうが、完全には整合していないので、難しいですね。どちらのユーザーの満足に対してサービスの最適化をかけるのかで、事業の成長スピードや規模の天井、そして収益化のタイミング、収益性に大きく影響が出てきます。

しかも、シード期で資金の限られている、いわば時限爆弾のスイッチがオンになっている段階で、どこまで短期的には収益化にはつながらない「投稿者」を増やすところに資金を使っていいのかは、本当に悩むところですよね。長期的に見れば、「投稿者」を増やせば増やすほど「閲覧者」も増えることはわかっていても、どこまでアクセルを踏み込んで燃料を燃やしていいのかは、怖さを感じるところだと思います。

でも、実は収益化に関しては検証できていないとしても、サービスの成長のドライバーが見つかっていれば、次の資金調達である「シリーズA」をやるマイルストーンには達するんですよね。

梶原:あ、そうでしたね!

中村秀樹(なかむら・ひでき) 慶應義塾大学法学部法律学科在学中に起業。それまで、Labit「すごい時間割」、ハウテレビジョン「外資就活ドットコム」でそれぞれインターンとして半年ほど勤務。現在は、MAKEYにて創業メンバー3人と共同生活をしつつサービス開発に専念

中村秀樹(なかむら・ひでき)
慶應義塾大学法学部法律学科在学中に起業。それまで、Labit「すごい時間割」、ハウテレビジョン「外資就活ドットコム」でそれぞれインターンとして半年ほど勤務。現在は、MAKEYにて創業メンバー3人と共同生活をしつつサービス開発に専念

マイルストーン達成の基準を早めに投資家と握っておく

高宮:はい、以前梶原さんにお話しした、「事業価値がマイルストーン達成に応じて階段状に上がる」というやつです。

ファイナンス的な観点で、事業が一段大きくステージが進んだといえるマイルストーンの1つは、先ほど言った「サービスが規模化すること」のドライバーが見つかっていることです。そしてその次の1つが、「収益化のためのマネタイズモデル」が検証されていることです。広告モデルかもしれないし、個人課金かもしれませんが、とにかく小さな規模でもいいのでマネタイズの手段を導入してみて、ユーザーに受け入れられていることが重要です。

中村:「サービスが規模化」と「収益化」……。おっしゃる通りだと思います。

高宮:そのうち、シリーズAを目指す段階では、マネタイズモデルは検証できている必要はありません。もちろん検証できているに越したことはないですが、マネタイズモデルの仮説くらいで十分です。

たとえば、ユーザー課金であれば類似サービスの課金率と課金単価から類推し、広告であれば類似のメディアのPV当たりの広告単価などをベースに、閲覧者が増えたときにどの程度の売り上げが期待できるのか? そして、1ユーザーもしくは1投稿当たりのLTV(Life Time Value:ユーザーが離脱または記事が読まれなくなるまでいくら売り上げをもたらすのか)はどれくらいか? そして、それに対してユーザー獲得単価や記事制作コストが見合うのか? 机上の計算でもいいので、こうしたソロバンが合いそうなのかの仮説があることが重要です。

理論上では、「1ユーザーまたは1投稿当たりのコストvs LTV」が見合うのであれば、アクセルをガンガン踏み込めばいいよねという話になるので、次のラウンドが成り立ちます。

梶原:なるほど。

高宮:では、仮説にどれくらいの精度があればよいのか。これは、事業モデルの確実さ、仮説の前提として置いている数字の確からしさ、投資家の肌感覚みたいなことにも影響されてしまうので、その辺りを早めに投資家とすり合わせながら握れるといいでしょう。

たとえば、

「1投稿当たり閲覧者がこれだけ増えれば、事業成長は軌道に乗ったね」

「ざっくり世の中的にいうとPV当たり広告単価は0.1円だから、これは実際に検証しなくても大体いいよね」

「いやいや、このモデルで広告が回るかどうかはわからないので、実際に小規模でいいから広告を回してみよう」

「本格的にアドネットと純広を導入してきっちり証明してみよう」

などなどです。

そのうえで、次のラウンドの投資家候補を見据えて、このチェックポイントをクリアしたら投資を検討するという指標を早めにその人たちと話し合っておくと良いと思います。

中村:なるほど! 事前に指標を投資家さんと一致させておくということですね。

高宮:そうですね。ラウンドの検討開始時に、もうその指標がきちんと数字として出ていたら、実質的にはほぼ出来レースみたいに投資が決まるような感じにまで持っていくのが、ファイナンスの面で下準備としてできることかなと思います。

梶原:出来レースってわかりやすくていいですね(笑)。

中村:確かに(笑)。

高宮:投資家としても、ある瞬間にいきなり「ラウンドします!」って来ていただいて、そこから投資検討や調査を始めるよりも、「こういう指標が出たら真剣にラウンドを組成することを検討しましょう」みたいな助走期間があるほうが安心できます。そうすればラウンドのマッチングも上がるわけです。

起業家と投資家が合意してラウンドが成功するのは、すべての起業家と投資家に共通の基準があって完全市場みたいに成立するイメージじゃなくて、究極、相性とか同じものが見えている者同士がマッチングしたときだと思うんですよね。

中村:深いです……。では、投資家にコンタクトするタイミングは、いつがいいのでしょうか?

高宮:早め早めが吉です。もちろん世の中の投資家すべてと事前に接点を持とうとすると、経営陣が事業に時間を割けなくなってしまいます。なので、本当に投資を受けて一緒にやりたい投資家何社か、個人何人かに、数カ月から1年という単位で早めにコンタクトしておけばいいでしょう。「この指標がこのレベルにまで達すれば、御社で検討の俎上(そじょう)に載りますか?」と相談するわけですね。

そして指標がそのレベルに達するには、というところから逆算して、残りの資金で何にどれだけのリソースを割くべきかの戦略を練る。

たとえば、さっきの話でいうと、投稿数を伸ばすところに全部突っ込んでいいのか、それとも多少なりとも収益化の検証も必要なのか。事前に起業家と投資家で合意できていれば、次のラウンドを行ううえで迷うことはありませんし、資金の心配も少しは薄れて、アクセルを踏み込めるはずです。

梶原:これは、私にもかなり参考になる話ですね。

梶原健司(かじわら・けんじ) 1999年に上智大学外国語学部卒業。アップルにて、iPodなどコンシューマへのセールス・マーケティング主要部門を担当後、独立。起業準備中に、執筆する「カジケンブログ」において、SNS上で話題を呼ぶ記事を複数執筆し、個人ブログとしては異例の注目を集める。2014年にチカクを創業、IoTサービス「まごチャンネル」をクラウドファンディングサイトMakuakeにて発表し、IoTカテゴリーでは史上最速の開始50分で目標金額を達成。現在2016年春の出荷に向けて準備中

梶原健司(かじわら・けんじ)
1999年に上智大学外国語学部卒業。アップルにて、iPodなどコンシューマへのセールス・マーケティング主要部門を担当後、独立。起業準備中に、執筆する「カジケンブログ」において、SNS上で話題を呼ぶ記事を複数執筆し、個人ブログとしては異例の注目を集める。2014年にチカクを創業、IoTサービス「まごチャンネル」をクラウドファンディングサイトMakuakeにて発表し、IoTカテゴリーでは史上最速の開始50分で目標金額を達成。現在2016年春の出荷に向けて準備中

「PVの質」も考慮しよう

中村:なるほど、なるほど。理解しました。そういうことなんですね。

あと、「投稿者」について、もう1つお聞きしたいことを思い出しました。僕らのサービス特有かもしれませんが、成長のドライバーが「投稿者」であり、そういった方々ってほかのサービスでも「投稿者」なので必然的に自分のファンを持っている、インフルエンサーだったりするんですね。極端な話、強力なインフルエンサーが新しく1人入ってきただけでも、いきなりユーザー満足度が上がるんです。

ただ一方で、多くのユーザーからの投稿コンテンツがコツコツたまっていくことでユーザー満足度は付随的に上がっていくという側面もあり、その結果として古参ユーザーにより育成されてきたコミュニティがあったりします。

悪く言えば、今、そうしたコミュニティが壊れるぐらいのレベルで、強力なインフルエンサーに感化された「投稿者」や投稿コンテンツが集まり出してきています。これにどう対応しようか……という悩みがあります。

高宮:そこは、インフルエンサーがどんな人で、本当にユーザーに使ってほしい使い方でユーザーがサービスを使うのを促進してくれるのかによりますね。いわば、「ユーザーの質」「PVの質」みたいな議論ですね。たとえば、Makeyは、メイクのサービスで、閲覧ユーザーが自分でそれを見ると、メイクができるようになるというバリューを出そうとしているサービスじゃないですか。

中村:はい。

高宮:そこに対して、急にアイドルが投稿者として入ってきて、それを目当てにそのアイドルのファンが入ってきても、サービス運営者としては、そういう使い方を狙っているわけではありませんし、ある意味無駄なPVですよね。

中村:なるほど。そういう考え方ができますよね。その辺りの見極めも注意するようにします。

高宮慎一(たかみや・しんいち) 2000年に東京大学経済学部を卒業。同年アーサー・D・リトルに入社し、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。2008年にハーバード経営大学院を卒業(2年次優秀賞)。その後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画し、インターネット領域の投資を担当。担当投資先として、アイスタイル、オークファン、カヤック、nanapi、Viibar、ピクスタ、メルカリなど有名・有望ベンチャーが多数ある

高宮慎一(たかみや・しんいち)
2000年に東京大学経済学部を卒業。同年アーサー・D・リトルに入社し、プロジェクト・リーダーとしてITサービス企業に対する事業戦略、新規事業戦略、イノベーション戦略立案などを主導。2008年にハーバード経営大学院を卒業(2年次優秀賞)。その後、グロービス・キャピタル・パートナーズに参画し、インターネット領域の投資を担当。担当投資先として、アイスタイル、オークファン、カヤック、nanapi、Viibar、ピクスタ、メルカリなど有名・有望ベンチャーが多数ある

本日のポイント

・まずは、サービスの「規模化」、次に「収益化」のドライバーを見つけることが、ベンチャーの資金調達のマイルストーンになる。どのタイミングで、「規模化」から「収益化」のフェーズに移行するかは、事業の成長スピード、規模の天井や収益化のタイミング、収益性に大きく影響を与えるため、戦略的に意思決定する必要がある。

・具体的にどの指標を次の資金調達のマイルストーンとするかを、事前に投資家と握っておけば、資金調達も成功しやすくなり、また規模化と収益化のどちらにリソースをかけるべきかの戦略も練りやすくなる。

・サービスを成長させるにあたり、単純に表面的なユーザー指標の「量」を追うだけでなく、「質」も意識すべき。狙ったサービスの使い方をしてくれる、本当のターゲットユーザーを獲得することが本質。

(写真:疋田千里、企画協力:ダイヤモンド社&古屋荘太)

*過去の記事はこちら
第1回:ベンチャーって、どんな感じで成長するんですか
第2回:ベンチャーのシードフェーズで重要なことは何ですか?
第3回:「ユーザーにぶっ刺さるもの」のつくり方ってありますか?
第4回:VCから投資を受けるのに大切なことは何ですか?
第5回:起業家は撤退ラインを設けるべきですか?
第6回:ピボットすべきタイミングはいつですか?
第7回:創業期のメンバーのリクルーティングって、みんなどうしてるんですか?
第8回:起業家と投資家の良い「知り合い方・付き合い方」ってありますか?
第9回:起業家に求められるスキルって何ですか?
第10回:経営チームに求められるスキルって何ですか?
第11回:学生起業によくある社内体制の失敗って何ですか?
第12回:資本構成と創業者間契約の注意点って何ですか?

こちらのフェイスブックページでは、高宮さんへの「起業」に関する質問を募集しています。