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続・インターネットストラテジー(第7回)

【須藤憲司】250億円使って見えてきたグロースの本質

2016/3/27
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる。
第1回:スタートアップを経営してみて、気づかされたこと
第2回:これからのビジネスは個のエンパワーメントに賭けろ
第3回:イノベーションに関する美しい誤解
第4回:クラウドソーシングの未来
第5回:未来の見立て方
第6回:不確実な時代を生き残るプロダクトマネジメント
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

もう一つの側面

前回プロダクトマネジメントについて書いたら、またガラリと読んでくれた層が変わりました。

面白いですね。まさか尊敬するプロダクトマネージャーの丹野さんからコメントをもらえるとは、感無量です。

Jun Katoさんに、トヨタの主査制度の記事をリンクいただきましたが、非常に興味深かったです。

Paris KatieさんにコメントいただいたカウフマンのNKモデルについては、どこかで触れたいと思います。毎週、皆さんのコメントを楽しみに拝読させていただいています。

第7回となる今回は、前回のプロダクトマネジメントのもう一つの側面、グロースハックについて考えていきたいと思います。

世間で言われているグロースハックは、アプリやウェブサービスのプロダクトの成長を加速していくための手法です。

ライアン・ホリデイは、製品開発とマーケティングを完全に別のプロセスとして行う方法はもう古いと、著書『Growth Hacker』で説いています。

私の認識では、このプロセスはグロースハックの一部に過ぎないと考えています。今日、私が皆さんと考えるグロースハックは、そのプロセスだけでなく、組織やシステムやそこで働く人の思考まで含めたマネジメントだと考えています。

顧客体験を良くすれば、ユーザーが増えていく。モノやサービスは自然に売れる。モノづくりをしていると、そういう考えに陥りがちですが、それは幻想です。

素晴らしいプロダクトがあるから成長するわけではないんです。成長を加速するための遺伝子が必要になります。その遺伝子構築のためのすべてが、グロースハックだと考えています。

つまり、プロダクトマネジメントとグロースハックは、現代の顧客体験を中心としたビジネス推進の両輪であり、時に対立し、時に包含する関係性だと言えます。

そして、プロダクトマネジメントが顧客体験を中心にマネジメントすることだとすると、グロースハックは成長スピードを中心に変化を起こすことです。

成長を加速していくためのメカニズムを埋め込まないと、どれだけ素晴らしい顧客体験を生み出してもその体験を増やしていくことができません。

素晴らしい顧客体験をいかに増幅させて、ほかの人へ波及させ、成長を加速するか。その方法論について少し考えていきたいと思います。
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250億円使って見えてきたこと

私は、この4月で社会人になってちょうど13年が経ちました。

別に褒められた成果ばかりを上げてきたわけではないのですが、一つだけ誇れることがあります。とにかくお金をたくさん使ってきたことです。ある時はマーケティング、ある時は採用、ある時は出資、ある時は開発……。

とにかくビジネスというのはお金を使うために頭を使うと言っても過言ではないくらいに、お金を使うセンスが問われます。そして、お金を稼ぐことも難しいんですけど、うまく使うことも大変難しいということに気づかされました。

最初の3年間は、リクルートのマーケティング局という部署に配属され、「カーセンサー」や「ゼクシイ」などの情報誌のマーケティングプランナーとして60億円くらいの予算を預かり、きれいに使いきりました。

次の3年間は、新規事業開発室という部署で「ドコイク?」や「スゴイ地図」「R25」というメディアをつくり、累計で60億円くらいのお金を使いました。

その後の4年間は、新規事業で累計120億円くらい使いました。売り上げももちろんつくったんですけど、まあたかが知れています。

そして、その後米国で起業し1700万8000ドルを資金調達し順調に使っています。

私が唯一誇れるとすれば、この使ってきた250億円以上のお金だと思っています。

マーケティング、開発、採用、投資などお金というのは、それぞれ目的に沿って使っていくわけなんですが、それによって必ず見えてくるものがあります。その見えてきたことが最も重要だと思っています。

これだけ使うと何が見えてくるのか、何を考えてきたのか。それを共有するところから今回は始めたいと思います。

マーケティングから学んだこと

実は、新規事業であっても会社への投資であっても、投資の大きな割合を占めるのがマーケティングです。別に広告をしていなくても、営業活動をしていればマーケティングになります。

私はあいにく出来が良い学生とは言えなかったので、マーケティングについて覚えていることといえば、4Pがあるんだよということだけでした。「Product」「Price」「Place」「Promotion」ですね。

社会に出て、マーケティングを実践する中で、一つ学んだことはこの中でビジネスインパクトが大きいのが、実はプレイス戦略だということでした。

皆さんが想像するマーケティングは、それこそ前回のプロダクトやプライス、プロモーションについてのことが多いと思うのですが、プロダクトを消費者に届けるプレイス(流通)が、実は最も希少性が高く面積が限られているものなのです。

たとえば、コンビニの棚というのは敷地面積の総和にしてみると全然たいしたことないけど、メーカーにとってみれば一等地になります。買えるものであれば、買い占めたいくらいに。

デパートの目抜きエリアも一等地。ポータルのトップも一等地。フェイスブックのウォールも新しい一等地。要は、人のアイボールやリーチが集まるスペースは、すべて一等地となります。

そしてアイボールというのは、「ターゲット人口×活動時間」によって総計の時間が計算できますから、有限になってきます。なおかつ、それを集中して集めている一等地は限られています。

つまり、実はすべてのビジネスはこの流通チャネルの争奪戦だと言っても過言ではないわけです。

良く言われる販促費のマーケットというのは、誤解を恐れずに言えば、この一等地を買い占めるための実弾に近いお金と言えると思います。

マーケティングはプレイスがすべて

一等地を独占できれば、最も強いビジネス上の城壁となりますし、良く言われるマーケットシェアというのも、ここで決まってきます。

強固なプレイスから上がる超過利益は莫大になりますし、それは外部環境に左右されづらい計算しやすい収益ということになります。

世間では、マーケティングというと、プロモーションとかブランドとかプロダクトが何かが注目されるんですけど、強いビジネスというのはすべて徹底的に考え抜かれたプレイス戦略の上に構築されています。

別にこれは、リアルに限ったことじゃなくて、ネットもITも同じだと思っています。OSというデバイスの入り口を抑えるプレイス戦争、ブラウザというOSにできた新しい入り口を抑えるプレイス戦争、ポータルというブラウザの入り口を抑えるプレイス戦争、検索というポータルの入り口を抑えるプレイス戦争……。

そして、動画もアプリもチャットも、全部新しいプレイス戦争でできたプレイスと言えます。

それに対して、SEOだのASOだのバイラルだの、新しい流通施策があるだけでいつだってそのビジネスが抑えるべき一等地を奪取することが極めて重要です。

そのために、ブランドやプロダクト、プロモーションやプライス、会社の組織やケーパビリティー、人事制度も財務戦略もすべてが従うものだと極論を言えば思っています。

それくらいプレイスを抑えることは、ビジネスにおいて重要な位置を占めているということをお金を使う中で学びました。

そして、それは今も生きていて、自分たちのビジネスにとって何が203高地なのかを考えることと、その奪取方法を考えることが経営戦略において最も重要なパートだと考えています。

流通戦略を中心にしたお金の使い方

実際に、リクルートのマーケティング局で働いていた社会人1〜3年目に、私はとても面白い経験をすることができました。

前回もお話しした通り、普通の会社ではプロダクトとプライスとプレイスとプロモーションはそれぞれ別の部門で別の担当者が決めていることが多いです。

しかも、それらがウォーターフォールのように流れてきて、マーケティングの段階になって、「なんでこんなクソみたいな商品になってるんだ!?」と憤っているマーケターの方も少なくないと思います。

私が担当していた情報誌は、中身こそ編集長がつくりますが、表紙やタイトル、価格や流通、プロモーションに至るまで広範囲にマーケティングプランナーが携わることができました。

つまり製造工程の上流からマーケティングの観点を入れて、販売してカスタマーの手に届けるためのすべてをハンドルする経験をさせてもらいました。これが面白くないわけがありません。

そこで、出版不況と言われながらも、同じ予算で販売部数を毎年20〜30%伸ばしました。担当する雑誌30誌くらいのほとんどすべてで、それを実現しました。しかも2年連続で。

そこで私がやったことは、とてもシンプルなことでした。マーケティング予算はほぼ横ばい。ただ前年を踏襲した予算の置き方をしないということだけを決めました。

・毎月毎号ただ出稿していた新聞や中吊りを、朝日と読売のラテ欄下(テレビの番組欄の下、これだけ新聞読まれない時代でもテレビ番組欄だけは主婦層を中心にかなり見られていました)に振り返る。

・ただし金額が高いので隔月で、しかも朝日と読売をそれぞれ交互に入れました(こうすれば、どちらの読者にも4か月ごとにリーチできます。何回も連続で同じほうに出すと少しずつ効果が低減するので、ケチな私は交互に実施していました。代理店、新聞の方、すみません!)。

・ラテ欄は、当時そもそも一見さんでは買えないという敷居が高い枠だと言われましたが、年間できちんと安定出稿する計画を提示することで出稿させてもらいました。

・ラテ欄が入らない号は付録を付けました

・当時は付録を付けている情報誌なんてほとんどなかったので、棚が取れるし、新聞出稿で売れた号の次号予告に必ず付録の告知をして引っ張ることができました。

・用紙を値段が安く束厚が厚いものに変えてボリューム感を出しました。

・下げたコストから雑誌の販売価格を下げて、その分流通や小売に落ちるマージンが減らないように販売奨励金で小売や流通に戻すようにしました。

以上のような施策を丁寧に少しずつ順番に実施していきました。これらを一気に実現することはできなかったんですけど、一つの雑誌で成功事例をつくって、それをコツコツと横展開していきました。

良い棚を長く確保できれば勝ち

月刊誌だけじゃなく、週刊誌もムックも同じ予算で販売部数を伸ばしていきました。

価格を下げたので販売収入は落ちましたが、コスト削減で賄い、販売部数を伸ばして広告収入を増やしました。

印刷にかかる費用、配送費用、流通マージン、小売マージン、広告宣伝費用、販促費用、3年間で大体60億円くらいのお金の使い道を少しずつ変えながら、プレイスをいかに抑えるか、に頭とお金を使いました。

それらの戦略のすべては、良い棚を長く確保するために実施しました。それで、言うなればそれだけで右肩下がりの部数の時代に2年連続で20〜30%ほど販売部数を伸ばすことができたのです。

一等地を独占せよ

ピーターティールも言っています。「縦に独占せよ」と。

私は、「あなたの顧客接点における一等地を独占せよ」がどんなビジネスにおいても正しいと考えています。問題は、今の時代はその一等地が動き続けるってことで、これが最も厄介な問題なんですけどね。

時間とお金を事業成長に転換

リアルとネットのビジネスで250億円のお金を使ってマーケティングをしてきた経験から見ると、非常にシンプルな計算式で、グロースを表現することができます。
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どんな事業でも、そこに投入される資金と従業員の時間の総和を使って、事業拡大をしているわけです。グロースとはこの効率を高めることに本質があるわけです。

つまり、同じ1カ月の間に同じ予算と同じ人員体制で、ユーザー数や売り上げなどをいかに増やしていくかが、グロースハックの本質だと私は考えています。

たとえば、グロースを自転車が前に進むスピードが早まることだと定義すると2つの方法があります。自転車を「一生懸命こぐ」ことと「ギアを上げる」ことです。この2つの方法をうまく組み合わせることで、素晴らしいプロダクトが素晴らしい成長を描いていくわけです。

そして案外多くの人は、一生懸命ペダルをこぐことを考えてしまいがちなんですが、ギアが上がれば一漕ぎでもっと遠くまで行けるので、回転運動をスピードに転換する効率が良くなります。要は、早く遠くへ行けるわけです。

自転車を同じ回転でこいでも、スピードが上がるのと同様に成長のスピードが上がるはずなんです。

資金と時間を成長に転換することがビジネスだと考えたときに、その転換効率をどう上げるか。そのギアを上げることにどれだけの投資をしているか。そして、そのギアを上げる投資とは何か。ということが極めて重要なわけです。

そして、ギアを上げる投資というのは、一等地を確保することに確実に寄与していきます。投資効率が上がれば、強固なプレイスを抑えにいくために再投資するための原資ができるわけです。そうして強いプレイスの上に強いビジネスが成立するわけです。

時間の使い方がギアを決める

お金の使い方というのは非常に重要なわけですが、忘れがちですが時間の使い方も非常に重要です。

そして、皆さんお金のほうに注目しがちですが、私自身は時間の使い方のほうが重要だと思っているんです。なぜかというと、お金よりも時間の使い方のほうが先に変えられるからです。お金の先行指標に時間があるんです。

時間は、常に課題設定によって大きくその使い方を変えます。要するに、アテンションの向いているほうに人は自然と時間を使ってしまうわけです。なので、先に時間の使い方を変えていくとお金も自然とそちらのほうにシフトしていきます。

私は、予算の使い方を大胆に変えていくときに、いつも地図のように全体像を頭に描くようにしています。そしてその地図を描いていくために、まず時間の使い方を大きく変えます。

たとえば、先ほど「良い棚を抑える」と述べましたが、本当に良い棚を抑えていくためには、「良い棚とは何か」を徹底的に知る必要があります。

そこで、毎週書店やコンビニを回りました。3年間で1800店の書店と4000店舗くらいのコンビニを回り、雑誌の棚に何が置いてあるのか、今何が売れているのか、どんな人がそのお店に来ているのか、を把握することに努めました。

毎週、12店の書店と30店舗くらいのコンビニを回ることを3年間欠かさずに実行したおかげで、自分の担当している雑誌はどんな状況にあるか、自分が何のためにお金を使うべきか、どこを狙うべきかがクリアに見えてきました。

ただ単に記号として見えた帳票に出てきた店名が、すべてアリアリを思い描けるようになったのです。そうすることで、なぜこのお店ではこんなに売れたのか、あるいは売れなかったのか、搬入部数が少ないのか多いのか、いろんな仮説や課題が見えてくるようになったのです。

この地図を頼りに、施策を打っていきました。そして、それらは面白いように当たるようになったのです。

グロースハックをしていく際も同様で、やみくもに打ち手を打っても成果は出ません。迷わずに、自分の位置をクリアにするための地図を描いておく必要があるのです。その地図を描くために時間の使い方を変えるのです。

インプットの量と質、意識と無意識

地図を描いていく時に重要なことがあります。

一つは量です。単純に言えば、たくさんのお店を見れば自分の中に比較対象ができますので、違いに気づきやすくなります。

もう一つは質です。実は、知らないお店や初めて訪れるお店のほうが気づくことが多かったのです。人は、新しい情報は過敏に反応するようにできているそうです。普段であれば、気にならないことも違和感としてキャッチすることができるのです。この違和感が全体像を描いていくうえで、大きな意味を持っていくことが多いのです。

先日当社で開催したグロースハックアワード2016で受賞された片岡さんと北古賀さんというトップグロースハッカーの2人が偶然にも近いお話をされていました。
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われわれは、どこかで無意識を忘れてしまいます。そして、特に自分がつくったサービスであれば、なおさら無意識になることがとても難しく、重要なインサイトを見落としてしまうことになるのです。

全体像からギアを見つけるためには、この意識と無意識の間にある違和感を丁寧に拾っていく必要があるわけです。そのために、経営者になった今でも、お金の使い方よりも先に時間の使い方を変えるように心がけています。

事業成長への転換効率を高めるために何ができるかを考え、自分の時間の使い方を変えることこそが、実は最高のグロースハックなんじゃないかと考えているんです。

そして、お金の使い方はそれに準じて洗練されていくものだと考えています。

*本連載は毎週日曜日に掲載します。