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不動産活用の革命児たち コリッシュ #01

趣味や目標を共有するコンセプトシェアハウス

2016/3/24
「世界旅行気分を味わえるシェアハウス」「プログラミングを学び合うシェアハウス」。そんなコンセプトシェアハウスの企画・運営を行うコリッシュ。シェアハウスに「安さ」ではなく、「コンセプト」という新たな価値観で、これまでになかった「暮らし方」の変革に挑む取り組みを、前後半の2回に分けて紹介する。

世界旅行気分を味わえるコンセプトシェアハウス

東京メトロ東新宿駅の程近くに、一風変わったシェアハウスがある。元はスーパーマーケットの社員寮だったアパート「LOCALIFE新宿」には、日本、ドイツ、カナダなど国籍豊かな6人が暮らしている。15畳を超えるリビングダイニングは共有スペースだ。

このシェアハウスの入居条件は、「30分程度英語での会話ができること」。英語力の維持・向上を目指す日本人や、日本人との暮らしを楽しみたい外国人ら6人がともに暮らしている。しかし、このシェアハウスの「狙い」は、それだけではない。

この建物には、3畳にも満たないスペースに2段ベッドが置いてあるだけの部屋が1室ある。世界中から訪れる旅行者のためのゲストルームだ。

週末になると、その旅行者たちを交えて、「新婚インド人夫婦による本格カレーパーティー」「ロシア人カップルによるボルシチパーティー」など、ホームパーティーを行う。

「英語によるコミュニケーション」「自宅にいながら、世界中を旅しているような異文化交流を楽しめる」。これが、このシェアハウスの「コンセプト」だ。2015年5月の入居開始以降、100人を超える旅行者が海外から訪れている。

広々としたキッチンスペース

広々としたキッチンスペース

リビングは、住民たちが長居しても心地いいように、ソファの配置などにも配慮されている(写真提供:コリッシュ)

リビングは、住民たちが長居しても心地いいように、ソファの配置などにも配慮されている(写真提供:コリッシュ)

現在、「LOCALIFE」では旅行者の宿泊は基本無料だ。旅行者の募集は無料の宿泊提供を前提としたWEBサービス「カウチサーフィン」などを利用している。

旅行者からは「家庭的な雰囲気の中、リアルな日本文化とふれ合える」と宿泊希望者は後を絶たない。その中で、住人たちにとって魅力的な旅行者を受け入れる、というスタイルだ。

「世界中から訪れるゲストと異文化交流が楽しめるのは、「LOCALIFE」ならでは」と、住人のAさん。休日は、住人同士で遊びに行くこともしばしば

「世界中から訪れるゲストと異文化交流が楽しめるのは、「LOCALIFE」ならでは」と、住人のAさん。休日は、住人同士で遊びに行くこともしばしば

コンセプトシェアハウスのポータルサイト

「LOCALIFE新宿」を運営するのは、小原憲太郎が代表を務める「コリッシュだ」。同名のWEBサイト「コリッシュ」では、同じ趣味や共通の目標を持つ住人同士で暮らす「コンセプトシェアハウス」のポータルサイトとして、さまざまなコンセプトアイデアが投稿され、シェアメイトの募集を行っている。

2011年のサイト開設以来、掲載数は徐々に増加し、これまで400件を超えるコンセプトシェアハウスが掲載されている。口コミだけの展開にもかかわらず、近年は年々1.5倍ペースで新規掲載数が増加している。

2016年3月現在、サイトへの掲載や利用は、物件オーナー、ユーザーともにすべて無料である。小原たちは、コンセプトシェアハウスのスペシャリスト集団として、新たにシェアハウスの運営をはじめたい物件オーナーや、シェアハウス運営に行き詰まったオーナーから相談を受け、コンセプトの立案や付加価値設計、集客プラン、運営ノウハウなどのコンサルティングを有料で請け負っている。

築31年のアパート。リフォームなしで満室に

これまで、コリッシュが携わった物件には、たとえばこんな物件がある。

東京都杉並区・西武新宿線の下井草駅から徒歩1分の場所にある、築31年のアパート。「バランス釜の2DK」は、賃貸市場では不人気物件だ。

駅前徒歩1分という好立地のこの物件でさえ、例外ではなかった。全8室のうち、2DKの4室が空室になってしまい、困ったオーナーがコリッシュに相談に来た。

「コンセプトシェアハウス化を視野に入れているが、企画は将来の住人たちにゆだねたい」というケースだった。そこで、「幅広くアイデアを募ろう」と、コリッシュのサイト上で、コンセプト企画をコンテスト形式で募集することに。“コンセプト立案者が、住人を募集する”ことも条件とし、優勝者には半年間家賃無料で入居ができる特典を付けた。

最終的に5件の応募の中から、地方と東京をつなげる起業支援のシェアハウス「未来ラウンジ」として入居がスタート。長年空室となっていた部屋は、数カ月のうちに満室になった。事前のリフォーム費用はゼロだ。

コンセプトシェアハウスに必要な2つの最低条件

「シェアハウス」といえば、「若者が安く住むための場所」というイメージも付きまとう。それに対して小原は、「安さ」ではない新たな価値を提供できることに、コンセプトシェアハウスの意味があると強調する。

「安い家賃に価値を感じる人は、さらに安い物件があれば、結局そちらにいってしまう。それよりも『ここでしか得ることができない価値』を付けることで、満足度を上げる仕組みにチャレンジしたい」

ビジネスとしてコンセプトシェアハウスを運営するためには、立地などの条件以外に、最低でも2つの要件を満たす必要があると小原は指摘する。

1つは、ターゲットとなる母集団にある程度の人数が見込めること。奇抜なコンセプトは目を引くが、母集団の絶対数がなければ、仮に入居時は満室にできても、長期的な経営が難しくなる可能性がある。

首都圏であれば「国際交流」「語学習得」「クリエイター」「シングルマザー」「ネコ」。首都圏以外では「古民家」「畑つき」「田舎暮らし」などが、人気のキーワードだ。

そして、もう1つは、オーナー、もしくは運営者自身も「コンセプト」を深く理解し、住人たちへ有益な体験価値を提供できること。“人気キーワードだから”と安易に飛びつくと、立ちゆかなくなるケースがあるという。

たとえば、「ネコ好きのためのシェアハウスが人気のようだ」と、ネコ好きでもないオーナーが、「ネコと暮らすシェアハウス」を立ち上げても、結局はうまくいかないことがほとんどなのだという。

「おそらくですが、“とりあえずドアにネコ窓を付けておこう”“とりあえずかわいいネコの写真を載せておこう”というような、“やっつけ感”がサイト情報に漂うのでしょう」(小原)

ネコ好きであればあるほど、その“やっつけ感”が見えてしまう。本気でネコ好きの人が運営している物件からは、「ネコの気持ち」をくみ取り、細部にわたりネコの行動特性に配慮されていることが自然と伝わってくるのだという。

シングルマザー向けシェアハウス

東京都杉並区で、シングルマザーのためのシェアハウス「codona HAUS(コドナハウス)」を運営する潟沼恵も、シェアハウス運営を「儲けようと思うなら、違うやり方のほうがいい。そもそも続けることさえできないと思う」ときっぱりと言う。

潟沼自身も現在はシングルマザー。「以前の自分自身が、心の底から渇望していたサービス」として、5LDKの一軒家を借り上げ「codona HAUS(コドナハウス)」を立ち上げた。

週に2度、食事と学習の面倒を見るシッターサービスも、「自分が欲しかったサービス」なのだという。母親たちは、その日、残業や飲み会でも気兼ねなく遅くなることができる。

水道光熱費とシッターサービス料金込みの、月額10万~11万円の料金は、入居時に敷金礼金が不要なことを考えれば破格の金額だ。

しかし、満員御礼かと思いきや、取材当時には4部屋中2部屋の空室があった。入居申し込みがあっても、“お断り”することもあるのだという。

「たとえば、子どもの面倒を100%見てもらえると思っている人は、後々トラブルになるので、最初にお断りしています。やはり共同生活をする以上、誰でも受け入れるというわけにはいかないです」(潟沼)

入居条件を「15歳以下の子どもを持つシングルマザー」と限定しているのも、小さい子どもを持つ家庭のほうが、より助けを必要としているからだという。

現状、トータルで赤字ではないものの、月額20万円を超える借り上げ費用は月によっては持ち出しだ。

「『ビジネスとして稼ぎたい』というよりも、利益が出たら『シングルマザーのために、この場所をまだまだ続けられる』と安心します。子育て中に抱える悩みを共有でき、子どもを一人にしておく心苦しさが軽減されるのは、シェアハウスならでは」(潟沼)

住民たちとは、退去した後でも連絡を取り合う。その感覚は、“新しい親戚が増えた”感じなのだという。

写真提供:codona HAUS

写真提供:codona HAUS

シェアハウス運営は、「入居」がスタート地点

アパート経営であれば、「住人の入居」が、ひとつのゴールとなる。それが、シェアハウスの場合は、「入居」はあくまでも運営のスタート地点だ。

特にコンセプトシェアハウスの場合は、入居者たちによって形成される良好なコミュニティそのものが、大きな価値となる。

居心地のいい生活環境を生み出すためにも、ストレスが生まれにくい環境を整えることが、運営者には求められる。「共に生活する」という密度の濃い関係性の中では、小さな価値観の違いがトラブルの種になることもある。

たとえば、掃除にしても「きれい」の価値観は人それぞれ。きれい好きな住人がストレスをためないようにするには、コストがかかっても清掃代行サービスを取り入れるほうが良好な関係を維持しやすいという。

「シェアハウス全般に言えることですが、最低限のルールを守るだけでなく、住人同士がお互いに気遣う気持ちは不可欠です。そこに、余計なストレスをかけないためにも、金銭で解決ができることなら、外部サービスも積極的に利用するほうが運営はスムーズです」(小原)

コリッシュ代表 小原憲太郎

コリッシュ代表 小原憲太郎

人を一番幸せにできるかもしれないビジネス

小原がコンセプトシェアライフに強い可能性を感じたのは、「LOCALIFE」の住人が教えてくれたハーバード大学のとある研究だった。

“人生を最も幸せ(Happy)にするものは何か”を調べるために、75年間724人を追跡調査で研究を行った結果が、“身近な人との良好な人間関係”なのだという。研究責任者のロバート・ウォールディンガーによる「TED」のプレゼンも有名だ。

その住人が「LOCALIFE」に入居してからの日々を振り返り、この調査研究のことを教えてくれて、「だから、ここはとてもHappyなんだね」と言ってくれた。

「シェアハウスの運営は、住人同士の人間関係を良好に保つことが大きな仕事。つまり、“人を一番幸せにできる”可能性があるビジネスになりうる。これは頑張らなきゃ、ってそのときにあらためて思いました」(小原)

(文中敬称略)

(取材:玉寄麻衣、人物撮影:福田俊介)