マーケティングの新潮流(前編)
新たな流れを生む「飲料メーカー×スポーツ」のマーケティング
2016/3/23
スポーツと飲料メーカーの関係は深い。
世界中から注目を浴びるスポーツイベントでの露出となれば、自社ブランドの確立にはうってつけの機会となるため、各飲料メーカーは国際大会をはじめとするスポンサーに名乗りを上げる。
サッカー界では、バドワイザーを抱えるベルギーのアンハイザー・ブッシュ・インベブ社が、1986年のメキシコ大会以降、W杯のパートナーとして名を連ねる。ペプシコーラで知られるアメリカのペプシコ社は、バルセロナのリオネル・メッシやルイス・スアレスらと契約を結んでいるが、昨夏にチャンピオンズリーグと3年間にわたる契約を締結。サッカー界との結びつきを、さらに強固にした格好だ。
日本も例に漏れず、キリングループが1978年から日本代表の支援を続けるなど、スポーツマーケティングは世界各国で展開されている。なかでもとりわけ力を入れているのが、W杯とオリンピックの2大スポーツイベントでスポンサーを務めるコカ・コーラ社だ。
各社が知恵を絞るスポーツマーケティングにおいて、いかなる手法でメリットを生み出しているのか──。日本コカ・コーラでマーケティングアセッツ部長を務める渡邉和史氏に、同社の取り組みについて話を聞いた。
徹底的なマーケティング戦略
──日本コカ・コーラは2009年から2015年まで、トップパートナーとしてJリーグを支えていました。パートナー契約を結んだ経緯を教えてもらえますか。
渡邉:2007年6月に「コカ・コーラ ゼロ」が日本で発売され、われわれとしては製品を1本でも多く販売するために、タイアップやキャンペーンで露出を増やす戦略を取っていました。製品のメインターゲットは30代から40代の男性で、Jリーグをスタジアムで観戦するメイン層と、イコールだったわけです。
彼らは、家族を連れて試合を観戦するようなアクティブな男性たち。サッカーを見ながらカロリーゼロの飲料を飲むという、「コカ・コーラ ゼロ」を日本市場で受け入れてもらうには、うってつけのターゲットでした。当時は、他社がJリーグとの契約を満了したタイミングも重なったこともあり、「コカ・コーラ ゼロ」を中心としたパートナー契約を結ぶに至ったということです。
──Jリーグとの取り組みについては、いかがでしたか。
「コカ・コーラ ゼロ」を中心とする考えだったので、広告看板は「コカ・コーラ ゼロ」しか掲出していませんでした。Jリーグのロゴマークや各クラブのエンブレムをあしらったデザイン缶も発売しましたし、雑誌「Sports Graphic Number」 とのタイアップで、「Number 0」というフリーペーパーも制作しました。「やる以上は徹底してやる」。それが「コカ・コーラ」の哲学ですね。
──確かに徹底的なマーケティング戦略だと思います。
われわれには、1:5という理論があり、契約料を1とするならば、その5倍の費用をかけなければ元が取れないという哲学を持っています。要するに、1億円の契約ならば、5億円のコストをかけるということですね。そこまでやることによって、ようやく世の中に商品が浸透していくという考えになります。
1:5の理論が違いを生み出す
──1:5の理論について、具体的に教えてもらえますか。
たとえば、有名タレントの方と年間1億円の契約を結んだとしたら、5億円のキャンペーンを展開します。キャンペーンの内容はテレビCMや雑誌広告などさまざまなプランがありますが、そこまでやらなければ、最も伝えたい消費者の方々まで契約タレントと製品の関連性を訴えることができないということです。
1億円で契約を結び、1億円でテレビCMを流したとしたら、1:1になります。しかし、それではキャンペーンの存在も覚えてもらえないくらいで、消費者の方々には届きません。契約を結ぶ以上は、とことん活用しなければ意味がないのです。
──それだけのコストをかけているわけですね。
「コカ・コーラ」にふさわしいものは何かと考えれば、やはり王道になります。ですから、契約を結ぶ前には膨大なシミュレーションも行いますよ。
──以前は澤穂希さんとも契約されていました。アスリートとの契約についても、独自の取り組みはありますか。
澤さんと契約することで、ビジネスとして何を達成したいのかを考えましたね。2011年の契約当時でいえば、若い女子アスリートに製品をもっと届けたいということが課題としてありました。その解決策として、女子を応援するというメッセージをより発信するとともに、同年の女子W杯優勝の象徴的存在だった澤さんを起用したのです。
それに、日本コカ・コーラは同年12月に日本で行われたクラブW杯における、ボールボーイの募集権利も持っていました。国際サッカー連盟(FIFA)からは「高校生のボールボーイ」と言われていて、男子のことだと思ってしまうところですが、女子でもいいのではないかと考えたのです。
──なるほど。
2011年はなでしこジャパンもW杯で優勝していたわけですから、「女子にもスポットライトを当てよう」と。それで「FIFAも女子サッカーを応援していますよね」ということで交渉してみると、FIFAも驚いていましたが、「前例はないけれど女子でも良い」という回答をもらえました。
FIFAの了承を得られたので、澤さんには選考に加わってもらい、最終的には「ボールクルー」として選ばれた京都精華女子高等学校にサプライズ訪問したというわけです。
「前例をつくるのが僕らの仕事」
──2013年には、J1とJ2の月間MVPも新設されました。狙いはどのようなことでしたか。
当然ながら、われわれとしてはJリーグを通じて、商品の露出の機会を増やしていく目的がありました。ところが、広告看板では他のパートナー企業と同じ露出でしかないので、差別化が図れません。そこで、選手のモチベーションを上げ、われわれの露出機会も増やすことが何かできないかと考えたときに、月間MVPという案が浮上したのです。
毎月必ず、誰かがMVPに選ばれて表彰されるということは、選手にとってはうれしいことで、われわれとしても露出機会が増えます。まさにウィン・ウィンになる企画として、新たな賞をつくったということですね。
──マーケティングについてのこだわりも聞かせてください。
製品販売が目的ですから、消費者の方々の行動パターンを含め、すべて逆算しています。たとえば、ただ単に企業ロゴを出していてもあまり意味はありません。露出という意味ではあるに越したことはないですが、その先として「コール・トゥ・アクション」と呼ばれる、消費者の方々に他社の製品ではなく赤い自動販売機の前で「コカ・コーラ」を買ってもらうためにはどうすればいいか、ということを常に考えています。
もう一つ、われわれだからこそのマーケティングといえるのは、ブランド力が非常に強いことですね。「コカ・コーラ社が言うのならばやってみましょう」というように物事を進めることが可能なので、潮流をつくっていかなければならないという面もあります。
──新たな流れを生み出すということですね。
実際に「前例がないので、できるかわかりません」とよく言われますが、そこで「当たり前じゃないですか。前例を作るのが僕たちの仕事です」ということが決まり文句になっています。
──ほかにも気をつけている点はありますか。
ありきたりなことは、絶対にしたくないと思っています。スポーツマーケティングでは、広告看板の掲出や製品購入で観戦チケットがもらえるというようなキャンペーンが今でも横行していますが、それらはブランドの露出を増やしたい企業のやり方になります。
すでに評価を得ていたり、誰もが認知しているようなブランドが同じことをしても、あまり変化はありません。結果、現在は広告看板ではなく体験型のスポンサーシップアクティベーションに注力しています。
体験型のスポンサーシップとは
──体験型のスポンサーシップアクティベーションとは、どういうことでしょうか。
Jリーグのパートナーだった去年までの例では、「コパ・コカ・コーラ」という中学生なら誰でも参加できる大会を開催することで、製品を飲んでもらう機会をターゲットにしっかりと提供するということがありました。
単に「コカ・コーラ」を飲んでくださいということであれば、街中でサンプリングすればいいわけです。しかし、パートナー契約を結んでいるのですから、Jリーグのネットワークを活用して各市町村の中学生たちにサッカーの楽しさを体験してもらって、その上で「コカ・コーラ」を飲んでもらえれば、プレミアムな体験を届けることができます。
ただ、そこで意識をしなくてはいけないのは、あくまでもスポンサーシップというのはわれわれだけでなく、Jリーグ側にも喜んでもらうということです。
──互いにメリットがなければいけないわけですね。
Jリーグ側にどのように喜んでもらうかというと、中学生なら誰でも参加できる大会ということでサッカーに初めて触れ合う子どもたちも出場しますから、地元クラブが今までの営業活動では届いていなかった層にも接触できるわけです。そこで、クラブスタッフが「週末にホームゲームがあるから見に来てね」と声をかけることで、参加者たちがスタジアムに足を運ぶというサイクルが生まれたりもします。
──確かに、大会は必ずJリーグのクラブがある地域で開催されていました。
各クラブと共同で開催していたこともあり、それまで営業で届いていなかった子どもたちと接点ができたということで非常に喜ばれましたね。われわれとしても、「仲間と楽しいひとときを共有するときに、必ず手元にある飲料」というブランドイメージを伝えたいと思っていました。ですから、そういうプレミアムな体験を、Jリーグを通じて一人でも多くの子どもたちに提供できればいいという考えだったのです。
*後編は3月30日(水)に掲載予定です。