HayashiOsamu-Rugby_02

林修×岩渕健輔(後編)

林修が語るサバイバル術「全部勝つ必要はない。負けは潔く」

2016/3/20
W杯の母国開催を3年後に控えた今、日本のラグビー界は自らの可能性をいかに広げていくべきなのか。2015年のW杯イングランド大会における日本代表の躍進をGMとして支えた岩渕健輔が、各界のキーパーソンと、日本ラグビー発展のヒントを探る。

本連載3人目のゲストは、東進ハイスクール講師の林修氏が登場。「いつやるか? 今でしょ!」のテレビCMで大ブレークし、現在は多くのレギュラー番組を持つ林氏が、自身の体験を基に、競争社会で必ず勝ち抜くための方法論を明かす。(全2回)

前編:予備校講師・林修が明かす勝者の発想と成功哲学

林修(はやし・おさむ) 1965年生まれ。愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するが、半年で退社する。その後に予備校講師に転身し、東進ハイスクールでは現代文講師として、東大・京大コースなどの難関コースを中心に授業を行う。東進のテレビCMでのセリフ「いつやるか? 今でしょ!」が大流行し、2013年にユーキャン新語・流行語大賞を受賞。TVのレギュラー番組を8本抱える現在も、教べんをとっている

林修(はやし・おさむ)
1965年生まれ。愛知県出身。東京大学法学部卒業後、日本長期信用銀行に入行するが、半年で退社する。その後に予備校講師に転身し、東進ハイスクールでは現代文講師として、東大・京大コースなどの難関コースを中心に授業を行う。東進のテレビCMでのセリフ「いつやるか? 今でしょ!」が大流行し、2013年にユーキャン新語・流行語大賞を受賞。TVのレギュラー番組を8本抱える現在も、教べんをとっている

昔の日本代表とは戦い方が違った

岩渕:昨年のラグビーW杯は、かなり多くの人に見ていただいたんですが、先生は日本代表の試合をご覧になりましたか。

:もちろんニュースに出るシーンなどは何度も見かけましたけど、試合そのものはあまり見ていないですね。

ただ昔の日本代表の試合と比べると、明らかに戦い方が違ってきているのかなと感じました。たとえば僕がいまだに覚えているのは、早稲田の本城(和彦)選手がスタンドオフで、洞口(考治)選手がプロップをやっていた頃のジャパンの試合で。

岩渕:1980年代の代表チームですね。

:当時のジャパンは、相手の怒濤の攻撃を食いとめるだけで精いっぱいだったし、ロックの選手に手をぐっと伸ばされてボールを奪われ、モールを完全に支配されてしまうようなケースが多かったんです。

自分はロックもやっていたから、どうしてもロックに注目してしまうんですが、外国人のロックは手が長いし体も強いから、とめたと思ってもさらに手が伸びてくる。

岩渕:日本国内の試合だとキープできるはずのボールを、相手に奪われてしまう。

:でも今のジャパンになってからは、むしろそういうプレーを日本ができる状況になった。これは本当に驚きましたね。要因としては、外国人の選手が加わったことが大きいんじゃないかと思っているんですが。

岩渕:ご指摘の通りです。日本出身の選手だけで世界の強豪に勝つのは、もう難しいだろうなと判断したうえで、メンバーを選んでいきましたので。

肝はシステマチックな根性練習

:そもそもオールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)とか、あんな連中と普通にやって勝てるわけがない。

2メートル、100キロのやつが、10秒8とかで走るわけですから、外国籍の選手をチームに加えていかなければ、試合にならないですよ。

今回のジャパンには、ほかにも見事な点がいくつもあって。僕は岩淵さんの著書やいろんな記事を読んだんですが、ラグビーは陣取り合戦だという基本コンセプトを、これほど明確にしたジャパンはかつてなかったと思うんです。

以前はどちらかというと、気合だ、根性だ、というような議論が多かった。でも今回のジャパンはラグビーの本質をしっかり認識されたうえで、陣取り合戦に勝つためには、どういうメンバー集めて、どういう戦略で戦えばいいかを、とことん突き詰められた印象がある。

僕が大好きな野球に比べたら、すごくシステマチックな強化をされたんじゃないですか。

岩渕:はい。そこが肝でした。ですので実際には、システマチックにひたすら根性練習を積み重ねたという感じに近かったと思います。

ジャパンこそ将来の日本の在り方

:いずれにしても、日本の国籍じゃない人が入って活躍したのは大きかったですね。ルール上も、そんなふうに日本という枠を考える必要はないですし。

岩渕:ええ。大会前はメディアの間でも外国出身の選手が多すぎる、なかなか感情移入できないという意見が多かったんです。日本代表のために一生懸命にプレーする外国人選手に対する見方が変わったのは、一つの収穫だったと思っています。

:マスコミを通じた印象がいいのは、チームで活躍している外国の選手たちが通訳を介さずに、きちんと日本語でしゃべるからですよ。

あれはすごく大事なんです。相撲も今は外国人力士を抜きには考えられない。でも彼らも通訳なしでやっている。それと近いんじゃないかと思いますね。

岩渕:近いですね。たしかに多国籍化は進みましたが、チームに献身するとか裏方に徹するという日本の良き伝統は、より鮮明になったと思っています。それもジャパン・ウェイと呼ばれるアプローチの一つでしたし。

:これはいろんな意見があるんですけれど、僕はラグビーの、あのジャパンの姿こそが、将来の日本という国の在り方じゃないかと思うんです。

この国は島国なので、外国から人が入ってくるのをどうしても、一線を引いて構えてしまう。でも将来の人口は、2060年には9000万人を切るんじゃないかとさえ言われている。

それを考えれば優秀な人が肌の色に関係なく、この国でパフォーマンスを発揮できる分野をつくっていかなければならない。

岩渕:同感です。現に今回は、外国人選手も本当によく厳しい練習に耐えてくれました。3勝できた一番の要因は、我慢強く最後までプレーし続けるという、日本の特徴をチーム全体として出せたからだと思います。

警戒される中でいかに勝つか

:あとは、あのロータックルですよね。

岩渕:しかも初戦で対戦した南アフリカなどは、まったく日本のことをチェックしていなかったんです。これも私たちにとって追い風になりました。

:だから逆に言えば、今後は大変ですよね。手の内が向こうにばれたし、日本に対する警戒レベルが一気に上がりましたもんね。

岩渕:おっしゃる通りです。私はGMとしていろいろな国を視察していますが、日本を参考にした強化のモデルが、すでに各国で採用されつつありますから。

──2019年に向けて、岩淵さんはどう対抗していくつもりですか。

岩渕:林先生とまったく同じやり方はできませんが、先生が指摘されたように、自分たちの強みや特徴をもっと見極め、さらに緻密な分析をして、得意とする土俵で勝負できるようにしていくかたちになると思います。

:日本はより高度な情報分析をして、そこでまず勝つしかない。海外の強豪を体力的に上回ることはないわけですから、ジャパンが持っている能力を最大限に伸ばしたうえで負けるのなら、もう仕方ないと思うんです。

多くのスポーツは、パワーとスピードという2つの軸で捉えられると思うんです。パワー軸では絶対に勝てないにしても、スピード軸で勝てる場合もある。この2つの要素を関数で考えて、パワー軸で劣る部分をスピード軸で補いながら、総合的に得点力を高めていくような分析はできないんですか。

岩渕:できると思います。ある意味、私たちがイングランド大会に向けてやったのは、そういうアプローチの一種でしたし。

:それが日本にできるラグビーですよね。結局、日本人の場合はパワー勝負では太刀打ちできない。松井秀喜さんが大リーグにいってもホームラン王はとれないことが証明されたんですけど、イチロー選手は首位打者がとれたじゃないですか。そういう持っているもので勝負するしかない。

──「スモール・ボール」ならぬ「スモール・ラグビー」的な発想ですね。

:そうは言っても向こうはパワーがあって、スピードもありますけどね。

岩渕:でもラグビー関係者は、そういう現実をこれまであまり見ようとしてきませんでした。結果、日本が持っている武器は何だ、という議論になったときには、わりと小手先の技の話に終始してしまいがちだったんです。

しかしそんな技は、実際にはなかなか通用しない。だからこそ現実を直視したうえで、日本が世界と戦える道をさらに探っていかなければならないんです。

岩渕健輔(いわぶち・けんすけ) 1975年12月30日生まれ。東京都出身。青山学院大学在学中に日本代表に初選出。卒業後の1998年に神戸製鋼入社後、ケンブリッジ大学に入学。2000年にイングランドプレミアシップのサラセンズに加入するなど、国内外でプレーした。7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2009年に日本ラグビーフットボール協会に入り、2012年に日本代表GMに就任。近刊に『変えることが難しいことを変える。』(ベストセラーズ)

岩渕健輔(いわぶち・けんすけ)
1975年12月30日生まれ。東京都出身。青山学院大学在学中に日本代表に初選出。卒業後の1998年に神戸製鋼入社後、ケンブリッジ大学に入学。2000年にイングランドプレミアシップのサラセンズに加入するなど、国内外でプレーした。7人制日本代表の選手兼コーチなどを経て、2009年に日本ラグビーフットボール協会に入り、2012年に日本代表GMに就任。近刊に『変えることが難しいことを変える。』(ベストセラーズ)

ラグビー人気は維持できるのか

──一方では現在の人気をどうやって維持していくかという問題があります。

岩渕:林先生の長期予測に倣っていうと、W杯の日本大会や東京五輪の後に、しばらく大きなイベントがないのは目にみえている。だから2021年以降に、今のブームをどうつなげていくかは、大きな課題になっています。

:過去にも何度かラグビーブームがありましたけど、今回のブームは最大だと思うんですよね。しかも今回は五郎丸(歩)選手というスターが登場したじゃないですか。

やはりスポーツは、スター選手がいないことには盛り上がらない。昔、ラグビーの人気が出たときにも松尾(雄治)選手であったり、平尾(誠二)選手であったり、大畑(大介)選手が中心にいましたから。

それに今は、女子の選手も注目され始めている。でもスターが五郎丸選手だけだと、人気を維持していくのはなかなか大変ですよね。たしかに7人制もありますけど、あれはあれで余計に体力が必要になりますし。

岩渕:そうなんです。たしかに7人制はわかりやすいので、ラグビーを普及させるうえで大きな可能性を秘めている。でも個の力が15人制以上に反映されるので、ある意味、さらに強化が難しい側面もあるんです。

トップが輝かなければ普及しない

──先生が仮にラグビーに関わっていらっしゃったら、人気を定着させるために、どんな改革をされますか。

:こんな難題に、軽々しく答えは出せないですよ。今は、自分のエリアを守るのが精いっぱいという状況ですし、そもそも僕は門外漢ですから。

ただ、素人の意見をあえて言わせていただくなら、人気を持続するためには、真のトップレベルの選手は、とてつもなくすごいと思わせることが、一番大事だと思います。

実際、野球人気はこんなに低迷しているのに、WBCになると視聴率はぐんと上がりますからね。競技人口が減ってきていても、トップの選手を集めてチームをつくり、世界に対抗できるとなるとみんなが応援するんです。

岩渕:ええ、おっしゃる通りです。侍ジャパンなどは、チームのアピールの仕方も非常にうまかったと思います。

:だからこの一番上のレベルを絶対に下げずにキープしていくことが人気を持続するのに最も必要なことだろうと。もちろん二番手、三番手の選手や普及も大事ですけど、トップが輝いていない限り、逆に普及しないと思います。

岩渕:私自身、そういう認識を持っていました。日本のラグビーは競技人口が減っているとか、ファンの掘り起こしができていないといった問題があるんですが、やはり代表が勝つことに勝る効果はないだろうと思っていたんです。

:それが何よりも必要ですよ。一般の人にルールがわかりにくいとか、そんなの関係ないんです。現にイングランド大会で代表が結果を出して勝ったと、しかもすごいプレーで勝ったときには、ラグビーをよく知らない人も、あれだけ夢中になって試合を見たわけじゃないですか。

下に合わせたら上は逃げていく

──ラグビー関係者の間からは、ルールの難しさがネックになるのではないかという、懸念の声も聞かれますが。

:そうですか? 僕に言わせれば、そんなに難しいスポーツはないんですけどね。

レアな反則になってくると、何で笛を吹かれたんだろうと思うケースはありますけど、だいたい反則の種類は決まっていますもんね。ノット・リリース・ザ・ボールとか、ノックオンとかそんなもんじゃないですか。

岩渕:ラグビーがわかりにくいスポーツだとされている点に関しては、先入観に負うところが大きいような気がしますね。

:だから素人の意見ですけど、僕だったら普及だとかルールの解説だとかは二の次にして、トップチームをひたすら強くすることしか考えないですね。そのけん引力さえ強ければ、いくらでもなんとかなるのではないかと。

逆に言えば、いろいろファンサービスをやったとしても、それに惹かれてついてきたファンは一過性で、万一代表が弱くなればすぐに離れていくと思うんですよ。もちろん勝負をかけたトップが崩れたら、全体の枠組みも崩れますが、それは仕方がないと。僕は根がギャンブラーなんで、ついこういう考え方をしてしまうんですよ。

岩渕:でもきわめて現実的なアプローチですね。

:実際、僕が講義をするときにも、とにかく一番の生徒を意識しますから。トップの生徒が食いついてくる授業には、下も必ずついてくる。

逆に、授業のレベルを下のレベルに合わせた瞬間に、上の生徒は逃げてしまう。同じ理論がラグビーに当てはまるかどうかはわからないのですが、僕だったらそうするなと。

対談の内容は、競争社会を生き抜く思考法から、日本ラグビーの未来まで多岐にわたった

対談の内容は、競争社会を生き抜く思考法から、日本ラグビーの未来まで多岐にわたった

──岩渕さんが代表の強化で採用したアプローチに、相通じるところがありますね。

岩渕:ええ。以前の日本では、まず100人以上の選手を集めて、そこから第1段階、第2段階とふるいにかけていたんですが、私は最初から人数を絞り込み、代表の強化に特化したタスクフォース型のチームづくりをしたんです。これも時間との戦いに勝つためのアイデアでしたが。

:最初から少数精鋭型にしていくのは、おカネの使い方を考えても理にかなっていますよ。

僕はオリンピックに関しても、メダルを取った選手に全部資金を使って、あとは全部自費でやっていただきましょう、とよく言うんですよ(笑)。

日本の場合は悪しき平等で、勝ったことのメリットが少なすぎる。でもここまではっきり差別化すれば、勝利への執念もより上がっていくと思うんです。

林修の考え方の源泉とは

──岩渕さん、林先生との対談はいかがでしたか。

岩渕:非常に参考になりました。と同時にずいぶん、同じような発想をされているなと感じました。個人的には、あそこまでお茶の間で人気を博している先生が、とてもリアリスティックな考え方をしているのも興味深かったです(笑)。

:ええ。厳しい世の中が、僕をこんなふうにリアリストにしました(笑)。

岩渕:最後にお訊ねしたいんですが、さまざまな先生のものの見方や感覚は、やはり受験勉強を通し得られたのですか。

:受験勉強もありますが、大きいのはギャンブルですよ。

岩渕:なるほど。ギャンブルですか。

:ギャンブルの経験は大きいです。もちろんギャンブルに関しては身を持ち崩す方もいるので、全面的には肯定できないんですが、ギャンブルをやっていると、流れでものを見られるようになるし、全勝を目指さなくなるんです。

ギャンブルをしない人は、全勝を目指し、完璧主義に陥りがちな人が多いように思うんです。逆にギャンブルをやっていた人は、いい負け方を考えますよね。勝てるところで勝てばいい、ここは上手に負けておけという発想をしますから。

実際、去年のイングランド大会だって、勝ち方を一つずらしておけばよかったわけでしょう? 全部勝つ必要なんてなかったんですよね。

岩渕:そのとおりです。

全勝は必要ない。負けは潔く

:もちろん南アフリカに最初に勝つというのは考えにくいシナリオでしたから仕方がない部分もありますし、決勝トーナメントの場合は、そこで負けたら終わりになってしまう。

でも少なくともスコットランド戦でいい負け方をしておけば、予選プールは勝ち抜けたわけですよね。だから負け方の問題だったのかなという気もしますね。あくまでも外野から見た結果論に過ぎませんが。

岩渕:うまい負け方を考える。深い議論ですね。それはスポーツや受験勉強に限らず、人生にも通じる教訓だと思います。

:ええ。全部勝つ必要はないんです。むしろ負けるときは潔く負けたほうがいい。たしかに実践するのは難しいんですけど、難しいからこそ人生は面白い。

ただ岩淵さん、ギャンブラー的な感覚から言わせていただくと、日本のラグビーにここまでスポットが当たるなんていうチャンスは、なかなかこないですよ。ここは大きな勝負所ですよね。どういう戦略をとるのか、どうしても注目してしまいますよ。

岩渕:ありがとうございます。ましてや日本大会と東京五輪が連続して開催されるというのは、50年、100年に1回あるかないかのチャンスになります。私もこれからの4年間が、日本ラグビーの未来を決めると思っているんです。

高校時代にラグビー部に所属していた林氏。競争社会を生き抜く思考法は、日本ラグビー界のみならず、さまざまな組織や状況にも当てはまりそうだ

高校時代にラグビー部に所属していた林氏。競争社会を生き抜く思考法は、日本ラグビー界のみならず、さまざまな組織や状況にも当てはまりそうだ

(構成:田邊雅之、写真:福田俊介)