sudo3.001

続・インターネットストラテジー(第6回)

【須藤憲司】不確実な時代を生き残るプロダクトマネジメント

2016/3/20
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる。
第1回:スタートアップを経営してみて、気づかされたこと
第2回:これからのビジネスは個のエンパワーメントに賭けろ
第3回:イノベーションに関する美しい誤解
第4回:クラウドソーシングの未来
第5回:未来の見立て方
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

創業から3周年

今週3月18日に、Kaizen Platformは創業から3周年を迎えることができました。皆さんのおかげです。心より感謝申し上げます。

3年間のスタートアップの経営を振り返ってみると、毎日おぼれているようなものです。息継ぎもままならず、どっちに行けば陸に近づけるのかもわからない。あっちじゃないかと思って向かってみたらサメに追われ、こっちじゃないかと言われ、荒波に巻き込まれる。

それくらい不確実性の高い環境をどうやってマネジメントしていくのか。とにかく、そのことを求められ続けた3年間だったと思います。

先週は、未来の見立て方について書きました。Sakaiさんのマーケティング・セールス組織としてのキリスト教という切り口、村松さんのコンバージョンの起点としての決済という観点、とにかく大変面白かったです。ビシビシ刺激をいただきました。

未来の見立て方を考えていても、それを実行に移していくことには大きなギャップがあります。アイデアだけでは、事業は前に進みません。

第6回の今回は、私が失敗してきた経験を通じて学んだ、これからの時代のプロダクトマネジメントについて改めて考えながら、その先にある経営そのものの在り方について見つめ直していきたいと思います。

なぜプロダクトマネジメントなのか

近年、「プロダクトマネジメント」あるいは「プロダクトマネジャー」という言葉が注目を集めています。「それはなぜか」から、今日は始めたいと思います。

そもそもプロダクトマネージャーがマネジメントすべきプロダクトの価値とは、一体なんでしょうか。

かつて、プロダクトの価値は製品そのものにあったように思います。それは、所有価値と置き換えることもできて、その製品を所有することで享受できること、ということができると思います。かつては、車の車種にステータスがあり、ブランド品を持つことそのものに価値がありました。

ところが、「モノより思い出」の時代に入ります。これは、所有価値よりも体験価値の時代に入ったということにほかなりません。プロダクトは、機能やスペックをデザインする時代から体験をデザインする時代へ突入したと言えます。
 sudo1

こうなると何が変わるんでしょうか。なぜプロダクトマネージャーが求められるんでしょうか。

プロダクトマネジメントを検索すると下記のように出てきます(詳細はこちら)。

プロダクトマネジメントは、製品やサービスなどの企画から開発、市場投入、そしてライフサイクルの管理までを担う考え方です。そして、そのような役割を担うのがプロダクトマネージャーです。プロダクトマネージャーとは、いわば「プロダクトの社長」です。

私の言葉でプロダクトを定義するとこのようになります。
 sudo2

そして、プロダクトマネージャーを私の言葉で定義すると下記のようになります。
 sudo3

プロダクトマネージャーとは、決裁権限のないCEOだと思っています。先ほどのプロダクトの社長という言葉とほぼ同義ですね。

体験価値の時代のプロダクトマネージャーは、なぜそこまで中央集権的である必要があるのでしょうか。

顧客体験とプロダクトマネージャー

顧客体験のデザインを実際にデザインするだけではなく、実行(execution)までしていこうとすると、相当多くのステークホルダーと調整していく必要があります。そして、その調整をしていくことで、顧客体験の多くは犠牲になります。

つまり、調整型の組織体制では、顧客体験を追求していくことがそもそも難しいと言えると思います。ある意味、独裁型組織のプロダクト開発のためにプロダクトマネージャーがあると整理できるのでは、と私は考えています。

その一つの例として、プロダクトマネージャーとプロジェクトマネージャーの違いが下記のように説明されています(詳細はこちら)。
 sudo4

こうして考えると、

調整型組織のプロダクト開発の場合には、プロジェクトマネージャーが、
 独裁型組織のプロダクト開発の場合には、プロダクトマネージャーが、

それぞれプロダクトの開発をリードしていくのではないかと考えています。

成功に導く組織の在り方

もう少し踏み込んで考えていくと、現代の多くの企業組織は、ウォーターフォール型でそれぞれのプロダクト開発サイクルが考えられているように思います。
 sudozuhyo.001

これは、商品企画が分析企画し、工場で製造し、営業が販売し、マーケティングが広告宣伝をしていくという従来型の組織マネジメントのイメージです。

この際に、各組織に課せられるKPIは、それぞれ
 商品企画:今年は、何本の新商品を出す
 工場:ラインの稼働率とデフォルト率
 営業:販売台数、販売チャネルの数
 マーケティング:認知率、好意度
と言ったイメージでしょうか。

これで、果たして顧客体験(User Experience:UX)はマネジメントできるでしょうか。実際は、極めて難しいと言えると思います。なぜなら、すべてのステークホルダーがウォーターフォール型の組織構造とKPIにひきづられるからです。

顧客体験の追求は、アジャイル的に行われるものであり、フィードバックを顧客から得ながら、改善していくことが求められるからです。
 sudozuhyo.002

一方で、顧客体験中心のプロダクト開発の場合、すべての中心に顧客体験を設定し、それぞれのステークホルダーがその顧客体験を実現するために知恵を絞る、そんなイメージです。

そして、そのUXをデザインする際に、全権を担うのがプロダクトマネージャーということだと言えます。

プロダクトマネージャーも、このような体制を組むことができないと絵に描いた餅になってしまう。つまり、プロダクトマネージャー制を敷いていくためには、経営としてのコミットメントが絶対的に必要だと私は思うのです。

よく現場の方からプロダクトマネージャーにどうなればいいか? という話が出ますが、正直に言って経営のコミットメントがなければ、うまくいかないだろうと答えています。個人の技量だけの問題ではありません。経営の在り方としてのプロダクトマネージャー制なんです。

UXマネジメントと健全な偏り

では、体制を整えればプロダクトマネジメントは成功していくのでしょうか。

これに関しては、当社の技術顧問の伊藤直也氏が大変参考になるブログを書いています。この中で、注目すべきはこの部分だと考えています。

より良い製品やサービスをつくるためには「健全な意志決定の偏らせ」、つまりある種の独裁制が必要だと思っています。

この、「健全な偏り」という言葉に、私も完全に同意します。

有名な『ブルーオーシャン戦略』にも書いてありますが、偏りをあえてつくり出すことで、大きな違いを生み出すことが可能になります。

従来の機能や性能をそいでいくことで、優れた顧客体験を生み出すことが可能になってくるわけですが、これを実現するためには、従来とは考え方の違う偏りをあえてつくり出す必要があるのです。

そしてこの偏りは、残念ながら合議制では生み出しづらいわけです。それゆえに、プロダクトマネージャーへ権限を集中していく。こう言う理屈になっていくわけですが、これはこれで非常に難しい。

なぜなら無能なプロダクトマネージャーへ仮に権限委譲してしまったら、大変なリスクを抱えることになるからです。そして、どんなに有能な人間でもこの重圧はかなり強く、苦しいものがあります。

経営のコミットメント、あるべき体制、プロダクトマネージャーを担える適切なタレント、そして全員の覚悟。この4つがそろわないことでKaizen Platformでも、本当に多くの失敗をしてきました。

私のハマった問題

本当に恥ずかしい失敗を繰り返してきましたが、主に私がしてきた失敗はこのように整理できます。
 sudo6

大きく、意思決定と実行、社内と社外の4象限に分けられます。

まず、最初に陥ったのが「顧客要望の罠」でした。『イシューよりはじめよ』という安宅和人さんが書かれた良著がありますが、この顧客の課題というイシューの見極めというのは、大変難しいものがあります。

特に、新しいプロダクトをつくっているときはなおさらです。なぜなら、「誰が正しい顧客なのか」を知ることが、開発初期の段階においては極めて難しいからです。

定量的にはかろうとすれば、一定の規模になるまでは見極めができないですし、市場に対する深い理解がないと定性的に見極めることもできないということになってしまいますが、通常新規で参入した市場に対して、あるいは既存顧客であっても新しい課題に対する深い理解を早期に得るというのはなかなか難しい。

次に、その要望を受けると「プロダクトビジョンの崖」に直面していきました。

既存の顧客の要望を受け続けると、プロダクトは徐々にカバレッジを広げるために複雑化し始めてしまいます。どれだけわかりやすいデザインを心がけてもプロダクトは新規顧客が理解するためのハードルを上げていってしまうことにつながります。

そうすると、今度はまさに「ステークホルダーの壁」にぶち当たっていきました。

この顧客の要望を叶えると売り上げが見込める、あるいは成長する。ただし、それは別の何かを犠牲にする。

常にトレードオフの選択を迫られます。その中で、どれだけ独裁の体制を敷くことができたとしても、常にステークホルダーの壁は立ちはだかってくるのです。

そうこうしながら、組織の規模が大きくなっていくと「コミュニケーションGAP」に悩まされることになります。組織が大きくなるにつれて、分業化が進み、人数が増えます。そして、このことはコミュニケーションの難易度を乗数的に引き上げていきます。

全体最適を取るべきか、それとも個別最適を取るべきか。常に悩まされる問題です。全体最適を取るとスピードが犠牲になる。個別最適を取ると整合性や一貫性が犠牲になる。そんなジレンマを抱えた経験をお持ちの方も少なくないのではないかと推察します。

そして、これらはそれぞれが密結合しながらプロダクトマネージャーだけでなく、経営や現場など多くの人や組織を巻き込みながら、振り子のように事業へ影響をおよぼします。

こんな時にどう考えていくべきなんでしょうか。

私が、失敗から学んだ対応策が2つあります。それは「データドリブンな現場」と「しなやかな経営」です。

よくデータドリブン経営という言葉がありますが、私がこれらの失敗から学んだことは経営にデータが必要というよりも、実は現場に正しいデータを適時送り届けることじゃないかと考えるようになりました。

実行のためのデータ

顧客体験を向上させていくことを考えたとき、いかにそのフィードバックサイクルを早めるかという命題がつきまといます。その中で、データをせっかく集めても、実際の実行の際の行動が変わらなければ意味がありません。

つまり、KPIの在り方もその利用の仕方も、根本から考え直す必要があると私は思うのです。

これまでのデータは、経営者へデータを集めて意思決定を変えていくためのものだと言えます。ただ、現実問題として経営の意思決定が変わり、現場に波及していくにはリードタイムが存在します。そのリードタイムが顧客体験を損なう最大のリスクだと言えます。

これからのKPIは、実行する現場のためのデータであるべきです。現場にリアルタイムにデータを送り届けることで、確実にその場、その瞬間に正しい意思決定を促すことができます。
 sudo7

たとえば、在庫の有無を店頭にいるスタッフに問い合わせたときに、その場で答えられるかが、ショールーミングの時代において極めて重要です。もし、答えられなければその場でググって、ECで買うことができる時代です。

ウェブでも同様に離脱の多いページの存在をいかにスピーディーに担当者にアラートを上げられるかが極めて重要なわけです。そこからの売り上げの水漏れが起きているのに対応をしなければ、顧客体験を損なっている可能性が高いわけです。

がっかりしたサービスに消費者が戻ってきてくれるほど、悠長な時代なんでしょうか。いかに、実行の最前線で正しい意思決定を現場がリアルタイムにしていくことができるか。これが一つのキーワードだと私は考えています。

大胆でしなやかな経営

実行の精度が上がるだけでは、今の時代の非連続な変化についていくことは難しいです。

プロダクトマネジメントは経営の在り方そのものだという話を先ほどしましたが、その経営の在り方自体も適切なフェーズで変えていく必要があるのではないかと考えるようになりました。

たとえば、私がハマった失敗に当てはめるとこのようになります。
 sudo8

つまり、経営の在り方はその事業が置かれているフェーズが決めるように思うのです。そのフェーズに合わせて、大胆に、しなやかに変化する経営をどのように実現していくかが、顧客体験を中心とする経営で重要になってきていると思うのです。

そして「データドリブンな現場」と「しなやかな経営」という2つのキーワードは、決してインターネットビジネスに限らず、製造業においてもサービス業においても、普遍性のあるテーマのように思えて仕方がないのです。

そして、これらは経営の在り方だけでなく、経営者の在り方、マネジメントの在り方、企業の在り方についても再考しなければならないということを暗に示しているように思えてくるのです。

プロダクトマネジメントというマネジメント手法のミクロの話のように思われるかもしれませんが、これは小さなトレンドや方法論の話でとどまる話ではなく、いかに素晴らしいプロダクトをつくるかという方法論を中心に、もっと大きな何かを変えてしまうような、そんな潮流のように思えてきます。

良いチームが良いプロダクトを生む

「データドリブンな現場」と「しなやかな経営」は、実は2つとも共通するのは素晴らしいチームをいかにしてつくるかという方法論だと捉えています。

私が手痛い失敗から学んだことは、素晴らしいプロダクトづくりは、素晴らしいチームづくりから始まるということです。それなくして、突然変異的に素晴らしい顧客体験を生み出すプロダクトが一夜にして生まれるということなんてありえないということを学んできました。

残念ながら銀の弾丸なんて、存在しないのです。素晴らしいチームから、素晴らしいプロダクトが、素晴らしいプロダクトから、素晴らしい事業や企業がかたちづくられていくということなのかもしれません。

最後にそのことを象徴するような、今世紀を代表するプロダクトマネージャーであり、顧客体験を中心に大成功した偉大な経営者の言葉で締めくくりたいと思います。

ズバ抜けた才能を持つ者が集まって、ぶつかり合い、議論を戦わせ、ケンカして怒鳴り散らす。そうやってお互いを磨き合い、アイデアも磨き上げて美しい石を創り出す

映画「スティーブ・ジョブズ 1995~失われたインタビュー~ 」特別映像

*本連載は毎週日曜日に掲載します。