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受験サプリを、なぜ「スタディサプリ」にしたのか

【山口文洋】「世界の果てまで最高の学びを届ける」ための新戦略

2016/3/16
リクルートの新規事業開発コンテストNew RINGから「受験サプリ」が誕生したのが2011年。その後、わずか数年で教育現場に活用されるほど広まり、教育界に大きなイノベーションを起こしてきた同サービスが、なぜいまブランドネーム変更に至ったのか。リクルートマーケティングパートナーズ社長の山口文洋氏に、ブランド統合の真意を聞いた。

受験サプリは「名が体を表して」いなかった

「最初に『受験サプリ』をローンチしたとき、このサービスは生徒たち(ユーザー)には受け入れられても、学校や先生からニーズがあるとは想定していませんでした」

受験サプリの生みの親である山口文洋氏は、2013年、受験サプリが大幅リニューアルした当時をこう振り返る。月額980円の低価格で、プロの予備校教師が教える5教科8科目の授業動画が見放題。このサービス内容に引かれたのは高校生だけではなかった。意外にも、全国の高校や教師たちから「受験サプリをうちの学校で使えないか」と問い合せが集まったという。

「高1から学習の進捗(しんちょく)管理をしたい」「学習の習熟度、到達度を可視化したい」「生徒たちがどこにつまずいているのかを知りたい」、それらの課題を解決する手段として受験サプリを使用したいというのだ。

山口氏を驚かせたのは、こうした声が学力的に中堅〜下位の学校から多く寄せられたことだ。同時に、教員不足に悩む地方や、子どもの貧困問題を抱える都市部の学校などから「われわれの課題を解決できないか」という要望も届いた。

そして、2015年3月に小・中学生向けの「勉強サプリ」をローンチしたときも同様の反応があった。「さすがに義務教育のなかでは『サプリ』は使われないだろう」という考えに反して、貧困地域を抱える自治体や反転授業に挑む学校から、放課後の学習ツールとして利用したいという申し出が多数あった。

「学校や地域によっては、『受験サプリ』を使う目的は必ずしも受験とは限らない。つまり、“サービスの名と体が合っていない”という状況になりました。もともとNewRINGで優勝したときから、自分の使命だと考えていたのは“世界の果てまで最高の学びを届ける”ということ。その当初のミッションに立ち戻り、戦略の変更を決断しました」

受験サプリをはじめとした「サプリ」の姉妹プロダクトを統合し、『スタディサプリ』としてブランドを統合する。そして、多様なニーズをもつ学校や教師、生徒の双方を支援するサービスとして進化することを決意したのは、昨年の夏だった。

山口文洋(やまぐち・ふみひろ) リクルートマーケティングパートナーズ社長。1978年生まれ。慶応大学商学部卒業後、3年間の無職期間などを経てリクルート入社。進学情報を提供する部門のマーケティング担当として全国を巡るなか、さまざまな事情で進学を諦めざるを得ない高校生たちと数多く出会い、「教育格差をなくすビジネスを作る」と決意。2011年のNewRINGで優勝し、「受験サプリ」の事業化を果たす。2015年4月より現職。リクルートグループ主要子会社で最年少の社長としても知られる。

山口文洋(やまぐち・ふみひろ)
リクルートマーケティングパートナーズ社長。1978年生まれ。慶応大学商学部卒業後、3年間の無職期間などを経てリクルート入社。進学情報を提供する部門のマーケティング担当として全国を巡るなか、さまざまな事情で進学を諦めざるを得ない高校生たちと数多く出会い、「教育格差をなくすビジネスを作る」と決意。2011年のNewRINGで優勝し、「受験サプリ」の事業化を果たす。2015年4月より現職。リクルートグループ主要子会社で最年少の社長としても知られる。

「忙しすぎる日本の教師」が抱える課題を解決するツールに

「プロの予備校講師の授業動画」で知られるスタディサプリと、公教育である学校の組み合わせは、一見相いれないようにも思える。極論すれば「サプリがあれば教師の役割がいらなくなるのでは」という意見もあるが、山口氏はハッキリと否定する。

「スタディサプリは、学校の先生が抱える課題を解決する一助になるサービスを目指しています。なぜなら、放課後の自学自習のサービスとして個々の生徒に使用されるよりも、学校と伴走して“教室の中で使われるサービス”になる方が、学校教育全体の底上げにつながるからです」

「日本の教師は世界一忙しい」といわれるが、現場の教師が授業に割ける時間は少なく、報告書作成をはじめとする校務作業の負担はますます増加傾向にある。一人ひとりが異なる課題や悩みを抱えている生徒への個別対応は極めて難しくなっている。

たとえば地方の学校では、すべての教科に専任の教師をそろえることができず、わずか数人の教師たちで全学年・全教科の授業を受け持っていることもあるほどだ。こうした教育界の現状には、現場の教師たちがどんなに熱い志を持って奮闘しても対応しきれない。

「スタディサプリはすべてを解決する特効薬ではありません。しかし、『スタディサプリ for Teachers』という先生の管理画面に模擬試験の結果、学習履歴、出欠情報、進路希望などの情報を一元化するだけでも、先生たちの仕事を効率化でき、間接的な業務を減らすことはできる。それによって生徒と向き合う時間を増やし、さらにデータ化した学習記録などの分析作業なども含めて、指導に生かしていただける環境を用意していきたい」

『スタディサプリ for Teachers』の画面。配信先のクラスと期間を指定して

『スタディサプリ for Teachers』の画面。配信先のクラスと期間を指定して”宿題”を配信すると、生徒側の画面に宿題が届く。宿題を配信するだけでなく、現在の生徒の取り組み状況(提出済み/取り組み中/未着手)も確認することができる。

学校との連携を強化し、先生へのサポートを徹底する

現在、スタディサプリの有料会員は25万人を突破している。全国の小・中・高における生徒数は1500万人。25万人はそのうちの60分の1だが、「まだアーリーアダプターだけが使用しているレベルだと捉えている」と山口氏は語る。

今後の狙いは、個人利用のユーザーを広げていきつつ、教育機関への導入に注力することだ。

「全国にある高校5000校のうち、スタディサプリを利用している高校は約700校。これが次年度からはさらに増えます。この流れがブームや一過性で終わらないように、ICTを活用する先生と伴走し、徹底的に使っていただけるように人的なサポートも徹底していきます」

具体的には、より効果的な学習指導ができるカリキュラムを共同作成したり、各学校の学習PDCAサイクルの回し方を一緒に考える人材を100人以上配置する。現場に深く関わることで、ほかのEdTechベンダーとの差別化を図り、長期的な支援ができるサービス体系を目指す。

一方で、コンテンツの充実にも力を入れる。スタディサプリには「未来の教育講座」という教養系コンテンツや、アクティブラーニング用の教材も用意されている。授業のなかで活用している学校はまだ少数だが、「広まる兆し」は見えてきたという。教科学習以外のコンテンツもさらに増やしていく考えだ。

ハーバード大学で活躍するマイケル・サンデル教授による哲学の講座も、スタディサプリで聴講できる。

ハーバード大学で活躍するマイケル・サンデル教授による哲学の講座も、スタディサプリで聴講できる。※写真をタップすると講義動画を試聴できます。

課題先進国の日本でQuipperを鍛え、グローバル展開へ

もうひとつ、「スタディサプリ」の新戦略で重要な位置を占めているのが、2015年に買収した「Quipper」との融合だ。

「Quipper」は、教師がクラスの生徒たちに宿題を配信したり、オリジナルの授業コンテンツを投稿したりできる教育用のオープン・プラットフォームだ。さらに、いままで教師の手作業だった採点、学習の進捗管理などをオンライン化できるなど、“学校での利用”を前提としたサービス設計で、すでにアジアの新興国を中心に多くのユーザーを抱えている(詳しくは本連載#8を参照)

今回のブランドネーム変更にあたって、「スタディサプリ」のサービスコンセプトを取り入れて、現地語×現地カリキュラムに沿った現地プロ講師の動画授業を有料配信していく「QuipperVideo」も、インドネシア、メキシコなど続々とリリースし始めている。

「いずれはわれわれが提供しているコンテンツ以外に、各校の先生方が自作した動画教材やプリント教材をオンラインで活用するケースが増えてくるはずです。そのときに使ってもらえるプラットフォームとしてQuipperを提供していきたい。もちろん日本でも、『スタディサプリ高校講座』では、すでに先生方にQuipperの学習管理・生徒管理機能を使っていただけます」

グローバル展開していたQuipperを吸収したことで、海外市場への進出もターゲットに入った。新興国の多くは「基礎学力の向上」を目的としたテクノロジーを歓迎しているが、現地の教育関係者からは先を見据えて「ITを活用してキャリア教育や進路選択と日々の学習をつなげたい」という声もある。

「途上国の教育現場に比べて教育先進国である日本でスタディサプリを鍛え、その事例や具体的機能などをQuipperで途上国に横展開していけば、グローバルでの利用価値もより高まるはず。国内でさまざまな課題克服や事例に挑みつつ、そのノウハウを新興国へと展開させていきたいと考えています」
DSC_7479 のコピー

NewsPicksのコメント欄から、新ブランドネームの着想が生まれた

山口氏によれば、実は「スタディサプリ」というネーミングは、2015年3月にNewsPicks上に掲載された記事がきっかけで生まれたのだという。この記事のコメント欄で、「Study」の語源であるラテン語の「studious」の意味が話題となった。

多くの外来語が日本に入ってきた明治時代、英語の「Study」は日本語で「勉強する(勉めて強いる)」と訳されてしまい、studiousの持つ本来の意味が消えてしまった、というのが一連のコメントの内容だ。

「studious」とは本来、“夢中になる・熱中する”という意味を持つ言葉だという。スタディサプリが目指す学びの世界観は、まさにstudiousの言葉と同じものだ。

「教育こそ個人の出自に関係なく、人生を変える唯一の手段であり、あらゆる人が享受できるべきだ、という信念があります。リアルな場であろうが、オンラインであろうが、学びの場である以上は、生徒が“もっと学びたい”と思える原動力を与えられる場でなければならない。『スタディサプリ』はオンライン上に“場”を作り、生徒にもっと新しく、もっと広い世界観を提供できる存在になることを目指します」

(聞き手:呉 琢磨、構成:神谷加代/教育ジャーナリスト、撮影:オカムラダイスケ)

*目次

<受験サプリはなぜ「スタディサプリ」になったか?【全9回】>

#1 スライドストーリー「日本の教育2020年問題」
 #2 インフォグラフィック「スタディサプリの軌跡」
 #3 700の高校が実践。学校が「サプリ」を導入する理由
 #4 【藤原和博】スーパー・スマート・スクールの全貌
 #5 【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の第一歩
 #6 【中室牧子】「エビデンスベースト」の教育はなぜ必要か
 #7 【佐藤昌宏】いま世界でおきている「教育の新潮流」とは
 #8 【本間拓也】途上国で急成長する「Quipper」の躍進
 #9 【山口文洋】すべての人に質の高い「学び」を届ける

【※本連載は今回で最終回です。過去記事もぜひご覧ください】