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楽天のボールパークビジネス(第5回)

極秘のビッグデータプロジェクト。レーダー使って選手を解剖

2016/3/15

日本野球界、初めての試み

2014年夏、楽天ゴールデンイーグルスは、日本のプロ野球チームとして前例のない極秘プロジェクトを進めていた。

それは、軍事用として生まれたレーダー式弾道追尾システム「トラックマン」と呼ばれる専用機器の導入だった。イーグルスは、トラックマンを活用して選手の打った球、投げたボールの軌道データを収集し、それを選手の能力分析や育成計画に生かしていた。

アメリカンフットボールやバレーボールでは活用が一般的になりつつあるビッグデータ。それを競技に生かす取り組みにイーグルスも挑んでいたのだ。

日本球界にとって初めての取り組みだけに、情報が漏れないよう水面下で進めていたプロジェクト。その中身を、担当者が語った。

異例のR&D部門が指揮

イーグルスの運営企業、楽天野球団には「チーム戦略室」という組織がある。約15人が籍を置くこの組織のミッションは主に2つある。

1つは、「株式会社楽天野球団」の利益向上に向けて経営戦略立案をサポートすること。もう1つはR&D。チームの勝利につながる仕組みやサービス、モノ、ヒト、そしてテクノロジーなどを国内外問わず探し、監督やコーチといった球団スタッフと、三木谷浩史会長や立花陽三社長といった運営企業の幹部にリポートする。

R&D部門は、製造業などの他業種では当たり前に存在するが、プロ野球団では聞いたことがない。チーム戦略室の室長を務める上田顕も「日本のプロ野球界では楽天しかないだろう」と言う。

上田は、チームに貢献する材料が他国にないか、調査の一環で2014年に渡米。そこでトラックマンに触れる。「ボールの軌道を正確に早く把握できるシステムで、スピードガン(球速測定器)が登場したとき以上のインパクトがあると感じた」

チーム戦略室を仕切る上田顕室長。東北大学理学部地圏環境科学科卒業後、三井住友銀行とアクセンチュアを経て、楽天野球団に入団。学生時代は楽天野球団でアルバイトしていた経験もある。財務とテクノロジーに明るい異色の経歴を持つ。東北大学大学院情報科学研究科の非常勤講師も務める

チーム戦略室を仕切る上田顕室長。東北大学理学部地圏環境科学科卒業後、三井住友銀行とアクセンチュアを経て、楽天野球団に入団。学生時代は楽天野球団でアルバイトしていた。財務とテクノロジーに明るい異色の経歴を持つ。東北大学大学院情報科学研究科の非常勤講師も務める

メジャーリーグ全球団が採用

トラックマンは、動く物体をレーダーで追い、その軌道データを収集する。もともとは軍事用として開発されたが、後にスポーツに応用され、まずゴルフで広がった。

スピードやスピンの量、飛距離、曲がる角度などを精密に計測できることから、2000年代後半から野球でも利用されるようになる。今では、メジャーリーグに属する30チームすべてが導入するまで普及し、デファクトスタンダードになった。

カメラで撮影した映像データではなく、レーダーで捉えたボールの位置データなので、収集したデータがかなり小さいのが特徴。「1試合300球あるとすれば、300行のCSVデータが並んでいるイメージ」

「トラックマン」で収集したデータの分析サンプル

「トラックマン」で収集したデータの分析サンプル

トラックマンデータを映像と組み合わせた画像。左下のボールの配置図は自動でつくられいている

トラックマンデータを映像と組み合わせた画像。左下のボールの配置図はお馴染みの画像だが、テレビ中継の場合は人がその都度入力しているという。トラックマンの場合、ボールの軌道と座標を組み合わせ機械的に自動でつくることが可能

データを格納するシステムに負担が少なく、何よりもデータの加工・分析が短時間で行える。上田はこの点を高く評価した。

極端に言えば、ルール上禁止されているが「1回の表で収集した相手ピッチャーのデータを分析して、2回の表の戦略に生かすことも可能。それだけ早く活用できる」。

トラックマンを調査した結果、チームに必要と判断。社長に直談判し、帰国後2週間で導入が決まった。

ホームスタジアムに設置した「トラックマン」。ボールの軌道を専用レーダーが追う

ホームスタジアムに設置した「トラックマン」。ボールの軌道を専用レーダーが追う

データアナリスト集団を組織

導入決定後、2014年夏からデータを集め始めた。ピッチャーであれば、球速はもちろん、ボールを離す位置や回転数、変化球が何ミリメートル曲がったかなどの情報を収集。バッターであれば、飛距離や打球スピード、弾道の角度などのデータを集めた。

それと同時に社内組織も整備した。チーム戦略室内にデータ解析を行うアナリストを5人弱採用、配置した。これらのスタッフと5人ほどのスコアラーが協力して戦略を練っている。

スポーツ分野におけるデータアナリストは極めて少ない中、データ収集とともに根気よく続けてきたのが採用活動だった。

地元の大学や研究所などと連携を深め、情報が入りやすい環境を構築。また、上田は元コンサルティングファームのアクセンチュア出身でテクノロジーに明るい。そうした人材が自ら採用を仕切り、目利きすることで優秀な人材をそろえやすくもした。

「トラックマンはおカネを出せば誰でも買える。今後、他球団も導入してくるだろうから、データを収集しているだけでは、当然ながら競争力を高めることにはつながらない。ポイントはデータをどう活用するか。トライ&エラーの経験から生まれるノウハウと人材がカギを握る」

関心示す則本、松井投手

2015年のシーズンは、十分なデータがそろっていなかった中でも、分析したデータを監督とコーチ、選手に定期的にフィードバックした。自身のチームや対戦相手の癖や特徴を知るための分析するツールとして利用。分析結果に基づいて、トレーニングプランの作成などに役立てている。

「新しいシステムなので、全選手にしっかりと浸透しているかといえば、まだまだの部分もある。ただ、則本(昂大)投手や松井(裕樹)投手など、自己分析に積極的な選手の関心は非常に高く、着実に価値を伝えることができている」

上田は今年、トラックマンで収集したデータだけでなく、他システムで生成されたデータとの組み合わせももくろんでいる。具体的な内容は明言を避けたが、ウエアラブルデバイスで収集した行動・身体データや、食事情報などと組み合わせて選手の状態を多角的に把握して“解剖”。ベストメンバーがベストな状態で試合に臨めるようにしようとしている。

トラックマンがチームの勝利にどれほど結び付くかは未知数だが、ビッグデータの活用という前例なきチャレンジをイーグルスは本格的に進める。1年半で集めたビッグデータを活用する2016年シーズンが、10日後に幕を開ける。

(写真:©Rakuten Eagles)

<連載「東北楽天ゴールデンイーグルスのボールパークビジネス」概要>
2004年に球団創設して以来、東北で着実にファンを獲得してきた東北楽天ゴールデンイーグルス。本拠地をボールパークと捉え、充実したファンサービスを行いながら球界に新風を吹き込んできた球団の取り組みについてリポートする。