20160310-studysupplements-8

グローバルな「学びのプラットフォーム」になる

【本間拓也】新興国で急成長する「Quipper」の躍進

2016/3/15
元DeNA創業メンバーの渡辺雅之氏が2010年にロンドンで創業し、現在9カ国に展開している「Quipper」は、2015年からリクルートマーケティングパートナーズ傘下となり、「スタディサプリ」と融合してグローバル市場における発展を加速させている。なかでも急成長を遂げているインドネシア市場のカントリーマネジャーを務める本間拓也氏に、新興国における“学びの最前線”を聞いた。

教育熱高まる新興国が抱える「インフラ不足」の課題

Quipper Limited社は、2014年よりオンラインラーニングプラットフォーム「Quipper School」をグローバルで展開してきた。立ち上げから約2年で生徒会員約300万人、教師会員約20万人へと成長し、現在ではアジア、欧州、中米を拠点として拡大を続けている。

なかでも、ここ2年間で圧倒的な急成長を遂げているのが、教育熱が高まるフィリピン、インドネシアなど東南アジアの新興国だ。まったくのゼロからアジア進出を担ってきた同社カントリーマネジャーの本間拓也氏は、これらの国の現状を次のように語る。

「フィリピンやインドネシアの教育環境は、1980~1990年代ごろの日本に似ています。受験競争が過熱し、都市部では民間の塾や予備校が乱立しているものの、その質は玉石混交。かなり高い月謝を払っても、よい教師に出会えるかはわかりません。一方で、公教育にも課題が多くあり、特に地方や農村部では教育インフラの整備が遅れている。結果として、子どもたちの“学びの機会”に相当な格差が生まれてしまっています」

たとえば交通網の整備が行き届かない地域では、文字どおり「教育へのアクセス」が遮断されてしまうことがある。教師がいつも学校に来るとは限らないというケースや、豪雨による休校、地震で学校が崩れて使えない例など、満足に授業ができない場合も少なくない。

さらに、統一された教科書がない、体制的な教科書は使いたくないなどの理由で、熱心な教師が教材を自作しているケースもあるなど、教育インフラが整備されていない分、現場にいる(かつモチベーションの高い)教師に極端な負担がかかっているという課題もあった。

その一方で、スマートフォンをはじめとするモバイルデバイス環境については、ここ数年で急速に整備が進んでいる。「肌感覚では、東南アジアでモバイル機器を持っている高校生は2014年で3割くらい、それが今では8割くらいに上がっています」と本間氏は言う。

本間拓也(ほんま・たくや) Quipper創業メンバー。現在、インドネシア カントリーマネジャーを務める。東京大学経済学部に在学中、梅田望夫氏の著作に感銘を受け、同氏に“弟子入り”。2008年に大学を中退してロンドンに渡り、さらに中国、インド、ケニアなどを訪ねて各国の教育の現状を知る。2011年、University College London卒業後にQuipperに入社。当初はアメリカ事業を担当していたが、新興国における「学びの改革」を目指し、単身でアジア市場に乗り込む。

本間拓也(ほんま・たくや) Quipper創業メンバー。現在、インドネシア カントリーマネジャーを務める。東京大学経済学部に在学中、梅田望夫氏の著作に感銘を受け、同氏に“弟子入り”。2008年に大学を中退してロンドンに渡り、さらに中国、インド、ケニアなどを訪ねて各国の教育の現状を知る。2011年、University College London卒業後にQuipperに入社。当初はアメリカ事業を担当していたが、新興国における「学びの改革」を目指し、単身でアジア市場に乗り込む。

教師と生徒のニーズに応え、学びを効率化するLMS

「Quipper」のサービスには2つの柱がある。そのひとつである「Quipper School」は、教師と生徒のどちらにとっても効率的に教育カリキュラムを進められるLMS(ラーニングマネジメントシステム)の機能を備えている。

教師側のユーザーは、「Quipper School」上でクラスの生徒たちに授業や宿題を配信し、その採点をしたり、成績の分析・管理をしたりといった作業が簡単に行えるようになる。学校の設備が十分でない場合でも、紙ベースに比べて負担を大幅に軽減できる。

また生徒側のユーザーは、スマホやPCなど自分のデバイスを使って時間や場所を問わずに学習ができ、学校や塾で授業を受けられないときでも学びを継続できることが大きなメリットになる。

「日本と違い、オンライン学習に対する拒否反応はほとんどありませんでした。個人の端末を教育で利用することは学校も家庭も許容していて、親も、塾に行かせるよりオンラインで勉強するほうが現実的だと判断しているようです」

「Quipper」がアジア市場で最初に参入したフィリピンでは、2014年1月のサービス開始から2年間でサービスが大きく成長した。その次の拠点として、本間氏がインドネシア入りしたのは2015年2月のことだ。

Quipperインドネシアオフィスのメンバーは、ほぼ現地採用。ローカルに精通した人材を集めている。なお、開発チームはロンドン、日本を含めた各拠点に分散している。

Quipperインドネシアオフィスのメンバーは、ほぼ現地採用。ローカルに精通した人材を集めている。なお、開発チームはロンドン、日本を含めた各拠点に分散している。

Quipperの躍進を支える「アンバサダー」の存在

インドネシアに参入したQuipperは、わずか1年で飛躍的な成長を遂げることになる。それを支えたのが、「アンバサダー」と呼ばれる存在だ。これは教師側でQuipperを積極的に活用するユーザーのことで、「ITで教育を変えられる可能性」を感じていた教師たちが口コミで集まり、わずか1年間で1000人を超えるアンバサダーが誕生した。

アンバサダーたちは学校内で、ITが苦手な教師をサポートしたり、導入に批判的な人を説得するなど、教育現場でのQuipperの運用を推進するほか、仕様変更やローカライズに関してアドバイスをくれるなど、協力者としてQuipperを支える役を買って出ている。

「意識したのは、徹底的に彼らの声を聞くことでした。まず1人目の先生がサービスを使いこなす。それを見た2、3人目もきちんと使いこなすと、一気に広がる可能性が見えてきます。Quipperによって教育現場が活性化し、楽しそうに勉強している生徒を見るのがうれしい。そういう教師たちがQuipperのファンになってくれています」

500人ものアンバサダーが集うイベント「アンバサダーカンファレンス」では、ベストアンバサダーに表彰された教師が感極まって泣き出すほか、日頃オンラインでやりとりしていたメンバーと初めて会った教師同士が仕事ぶりをたたえ合う場面が繰り広げられるなど、先進的な教師たちの横のネットワークも生まれ始めている。

フィリピン・ミンダナオ島在住のアンバサダーが、生徒たちと共に自主制作した「Quipper School Jingle」のビデオからは、現地での求められ方が伝わってくる。「このビデオを見たとき、これだけQuipper愛がある先生・生徒が存在するのだ、と勇気づけられたし、サービスが広まっていくことを確信しました」(本間氏)※写真をタップするとビデオを再生できます(1分57秒)

フィリピン・ミンダナオ島在住のアンバサダーが、生徒たちと共に自主制作した「Quipper School Jingle」のビデオからは、現地での求められ方が伝わってくる。「このビデオを見たとき、これだけQuipper愛がある先生・生徒が存在するのだ、と勇気づけられたし、サービスが広まっていくことを確信しました」(本間氏)※写真をタップするとビデオを再生できます(1分57秒)

価格は塾の1/8。ローカライズされた質の高い動画授業

Quipperのサービスのもう一柱である「Quipper Video」は、「スタディサプリ」のノウハウを生かした質の高い動画授業コンテンツだ。インドネシアでは2015年8月にローンチされた。英語・数学・インドネシア語・理科・社会の全5教科10科目の授業動画が視聴できて、料金は6カ月間で約35万インドネシアルピア(1インドネシアルピア=約0.01円)で提供されている。

「インドネシアの人口はフィリピンの3倍。高校生の3割が大学進学のため塾に行っています。その費用は決して安くなく、平均的な家庭の月収が20000円前後なのに対して、塾の月謝は3000円〜4000円ほど。それだけ教育費の比率が高いんです。そこに月あたり約500円でハイレベルな『Quipper Video』を提供すれば、所得による教育格差を解消できるし、多くの家庭に受け入れられると確信していました」

こうして、インドネシア参入から約1年間で「Quipper School」は大きく会員数を伸ばし、有料化した「Quipper Video」も成長の兆しが見えてきた。

Quipperの調査では、インドネシアの約700万人の高校生のうち、75%が経済的、地域的な理由で学習塾や家庭教師による教育を受けられていない。しかし中間層が増えている現在、安価なQuipperを使って勉強できる学生はまだまだ増やせるはずだ。

「ただし、教育コンテンツは、きっちりローカライズしないとダメなんです。先進国ではアウトプット型の授業が歓迎されますが、新興国では基礎教育を大切にする傾向にあります。仮にどれだけ質の高い講義の動画を作っても、『内容が受験に対応していない』といった現地に合わないものであれば、結局は受け入れられないんです。各国の市場に本気でコミットしなければ、なかなかその壁は越えられない」

教師や生徒による口コミが浸透した機を見て、TVコマーシャルの放映も始めた。インドネシアではeコマースのTVコマーシャルは多いが、教育系のCMはQuipperが初めてということもあり、大きな反響があった。2015年末に発表された同国のGoogle年間検索数ランキングで「Quipper」というキーワードが4位を獲得(「✕✕とは何か」の項目)という快挙もなしとげ、その知名度は一般にも広がりだしている。

一方で、インドネシアの教育省からも注目を浴びつつある。「彼らもITを使った教育を思考錯誤中であるため、協力して進めていきたい」と本間氏は今後の展望を語る。
 _DSC5167_01

次のターゲットは、2016年8月からスタートする学校の次年度だ。現在チームを急拡大しており、数百人規模で一気に数千校にアプローチしていく体制を整えているという。

「教育の世界は、イケてるツールだけを用意してもダメです。現地の空気を知って、教育現場のニーズを理解して、そこに入り込んでいかなければ使ってもらえない。教育は、考えすぎると理念の押しつけになってしまう。でも『こうあるべきだ』論は、本当は誰にも必要とされていないこともあります。理念ではなく、現場が本当に必要としているものをくみ取って、作ることが大切。泥くさくやっていくことがわれわれには求められていると思っています」

(取材・編集:呉 琢磨、構成:阿部祐子、写真:下屋敷和文)

*目次

<受験サプリはなぜ「スタディサプリ」になったか?【全9回】>

#1 スライドストーリー「日本の教育2020年問題」
 #2 インフォグラフィック「スタディサプリの軌跡」
 #3 700の高校が実践。学校が「サプリ」を導入する理由
 #4 【藤原和博】スーパー・スマート・スクールの全貌
 #5 【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の第一歩
 #6 【中室牧子】「エビデンスベースト」の教育はなぜ必要か
 #7 【佐藤昌宏】いま世界でおきている「教育の新潮流」とは
 #8 【本間拓也】途上国で急成長する「Quipper」の躍進
 #9 【山口文洋】すべての人に質の高い「学び」を届ける