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世界の最新EdTechから見る日本の状況

【佐藤昌宏】世界で巻き起こる「EdTechの新潮流」

2016/3/14
貧困、差別、経済格差、教育インフラの未整備など、世界各国の教育界にはそれぞれ異なる課題があり、その解決策としてテクノロジーを活用した教育改革が注目されている。そんなEdTech分野の第一人者であるデジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授に、世界各地で起こっているEdTechによる教育イノベーションの潮流について、そして日本におけるEdTechの現状について聞いた。

教育制度を超えて、誰もが“学び”を手にする時代

グローバル規模で年間400兆円ともいわれる教育市場。学校をはじめとした学習インフラ、学習ツールの大半は依然としてアナログ中心だが、その一方で2012年前後から広がってきた「EdTech」というキーワードが、徐々にその存在感を増してきている。

なかでもグローバルで進化する象徴的なEdTechとしては、無料で大学のオンライン講義を受講できる「MOOCs」(Massive Open Online Courses)や、「Khan Academy」などがある。これらのサービスは、インターネットとパソコンさえあれば、場所や時間、経済的な環境に関係なく、多くの人が高度な教育を受けられる環境を実現した。

こうしたEdTechが登場している背景には、テクノロジーのコモディティ化と同時に「教育のシロウト」であるベンチャー企業の参入障壁が下がったという理由がある。これにより、教育界はイノベーションが起こりやすい体質へと変わり始めている。

デジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏教授は、「EdTechの発達は、多くの人が固定観念として持っている“教育とはこうあるべき”という既成概念を崩しつつあります。EdTechの本質的な価値は、『教育のシロウト』であるベンチャー企業を中心に、個々の学習者が、“教育”という仕組みにとらわれず、自由に“学び”を手に入れられる時代を創ることです」と語る。

佐藤昌宏(さとう・まさひろ) デジタルハリウッド大学大学院 教授。「デジタル技術を活用して新しい教育を創る」ことを目的とする「Effective Learning Lab」(佐藤昌宏研究室)主宰。2004年には、構造改革特区を活用した、日本初の株式会社による専門職大学院デジタルハリウッド大学院の学校設置メンバーとして設立に参画する。また、総務省先導的教育システム実証事業PMOプロジェクトマネージャーや数多くのEdTechスタートアップのメンター、審査員等を務める。テクノロジーによる教育イノベーション「EdTech」分野のフロントランナー。

佐藤昌宏(さとう・まさひろ)
デジタルハリウッド大学大学院 教授。「デジタル技術を活用して新しい教育を創る」ことを目的とする「Effective Learning Lab」(佐藤昌宏研究室)主宰。2004年には、構造改革特区を活用した、日本初の株式会社による専門職大学院デジタルハリウッド大学院の学校設置メンバーとして設立に参画する。また、総務省先導的教育システム実証事業PMOプロジェクトマネージャーや数多くのEdTechスタートアップのメンター、審査員等を務める。テクノロジーによる教育イノベーション「EdTech」分野のフロントランナー。

グローバルで発達するEdTechの最新動向

「自由に学びが手に入る状態」とは、オープンな学習環境が、個々人に適した形で提供されることだ。「将来的に盛り上がる可能性を秘めているのは、個々の学習者に最適な学習環境を提供するイノベーションです」(佐藤教授)。こうしたEdTechの新しい潮流は、「世界の公教育とビジネス界」の2領域において、それぞれに発展を遂げているという。

まず公教育では、MOOCsがさらに進化した事例が現れている。アメリカのテキサス州では、勉強についていくのが難しい生徒や、登校が困難な生徒に対して、オンラインで学べる無料のチャータースクール「TEXAS VIRTUAL ACDEMY」が誕生した。「知識は学校で先生から教えてもらうもの」という概念を取り払い、積極的なホームスクーリングをベースに生徒へのオンラインによる個別学習を重要視している。

また、イギリスでスタートした「Internet of School Things」や、シリコンバレーの「QS」(Quantified Self)のように、IoTの活用によって人間の行動データを収集・分析し、学習者の健康状態や学習環境が、学習効果にどのような影響があるかを検証するプロジェクトも各地で始まっている。

一方のビジネス界では、ビジネスパーソンに対してオンラインで“学ぶ機会”を与え、企業価値を高める動きが進んでいる。ビジネス向けSNS「LinkedIn」は、2015年4月にオンライン学習サービス「Lynda.com」を総額約15億ドルで買収し、キャリアアップしたいユーザーがいつでもLynda.comのオンライン教材を使って学べる環境を提供した。

佐藤教授は、「こうした動きは、ビジネスパーソンのスキルアップの主たる場であった企業研修からの脱却を意味し、スキルアップは個人で、企業はそれをサポートするという形に向かっていく」と話す。

その指摘どおり、米スターバックスは、同国の従業員に対してアリゾナ州立大学のオンライン学位取得プログラムの学費を全額負担している。優秀な人材の育成・採用を促進することが狙いだが、従来型の「社員研修」のような教育手法とは異なり、一人ひとりの従業員が、それぞれ個別に“学び”を受け取ることを可能にしている。

EdTechが教育の現場に浸透していくにつれて、「教員の役割は細分化していく」(佐藤教授)という。

EdTechが教育の現場に浸透していくにつれて、「教員の役割は細分化していく」(佐藤教授)という。

先進国と新興国のEdTech、異なる2つの方向性

多種多様な新しいサービスが誕生しているEdTechの分野だが、佐藤教授によれば「先進国と新興国では、求められる教育サービスが異なる」という。経済発展の度合いやその国が抱える社会課題によって、EdTechの受け入れニーズは異なるようだ。

「すべてのEdTechが、“21世紀型の新しい教育”を推進しているわけではありません。むしろ新興国では、日本の公文式やサカモト式など、基礎を徹底的に教える、いわゆる塾形式の教育手法が歓迎される国のほうが多い。経済発展のさなかにある国では、国民の学力の全体的な底上げが喫緊の課題なのです」

そのため新興国では、「学校」の枠組みをベースとして、従来型の教育と融合できるタイプのEdTechが求められると同時に、教育格差や経済格差を埋めることが重要視されているという。

一方の先進国では、人間の職能やスキルがAIなどのテクノロジーに置き換わっていく産業構造の変化にともなって、知識を活用して新しい価値を生み出したり、答えのない課題に取り組んだり、自分のアイデアを形にしたりする「アウトプット型教育」へのシフトが進んでいる。

その結果、プログラミング教育やSTEM教育(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、数学に重点を置いた教育)、Fab Learnなど、自らモノづくりを通して試行錯誤、失敗を繰り返しながら、機械に置き換えられないクリエイティビティを身につける学びが重要視されており、それを実現するEdTechが歓迎されるという構図になっている。

今年3月、米国オースティンで実施された「SXSWedu2016」の様子。例年開催される「SXSW」の一環であり、世界各国からEdTech領域の最先端にいるスタートアップ企業やVC、教育関係者などが集う一大イベント。佐藤教授率いる日本代表チーム「EdTech Japan」もピッチで発表を行った。

今年3月、米国オースティンで実施された「SXSWedu2016」の様子。例年開催される「SXSW」の一環であり、世界各国からEdTech領域の最先端にいるスタートアップ企業やVC、教育関係者などが集う一大イベント。佐藤教授率いる日本代表チーム「EdTech Japan」もピッチで発表を行った。

日本のEdTechの現状と、スタディサプリの評価は

それでは、日本国内におけるEdTechの動向はどうか。佐藤教授は「新しいサービスや取り組みが始まっているものの、日本のEdTechは、現状ではまだまだ過渡期にある」と話す。その原因としては、前述した「硬直化した既成概念」と「ハード主導の変革」があるという。

「いま、日本では電子黒板やタブレットなど、学校に電子機器を導入する施策を国をあげて推進していますが、本質的には『何を入れるかより何をやるか』のほうが大事。つまり、ハードよりも『ソフト主導の変革』が急務なんです」

それでは、ソフト側の「スタディサプリ」はどのような立ち位置にあるのだろうか?

「日本の教育現場には、学習意欲や能力がバラバラな学習者が一同に集まり、均一な教育を受けざるを得ないという現実があります。多様な学習者がひとつの空間に集まることは、情操教育や集団生活を営むうえで価値がありますが、個々人が抱える課題に向き合うことが難しい。

その点、スタディサプリは、“学校現場に浸透する柔軟性”と、“生徒自身が自分で学びを設計できる”という二面性を併せ持っているため、学習者の選択肢を大いに広げる存在になりえるでしょう」

日本の学校教育のICT導入がハード主導になっている現状について、佐藤教授は「生徒を情報の発信、創造者に育てるためには、キーボードが使えるノートPCをベースとし、タブレットは補助として使い分けるべき」とも。

日本の学校教育のICT導入がハード主導になっている現状について、佐藤教授は「生徒を情報の発信、創造者に育てるためには、キーボードが使えるノートPCをベースとし、タブレットは補助として使い分けるべき」とも。

学習者のモチベーション維持・向上が一番の課題

さまざまな国や業界にEdTechが浸透することで、「教育」の概念は変わりつつある。しかし、どれだけテクノロジーが進化しようとも、教育現場における一番の課題は「学習者のモチベーションをいかに向上できるか」だ。

佐藤教授によれば、モチベーションの向上はテクノロジーだけで解決できる問題ではないという。ゲームの要素を加えることで学習意欲を高める「ゲーミフィケーション」のような方向性もあるが、それよりも「なぜ学ぶのか」という本質的な問いをしっかり見つけることがベストなのは当然ながら、短絡的でも「いい仕事についてお金を儲けたい」「将来の夢をかなえたい」といった自己の人生に関わるモチベーションの方が、学習者の意欲を刺激しやすい。

「モチベーションをどうプロデュースするか、学ぶことで得られる“人生の希望”をいかにプロデュースするか。これからの教師や教育関係者には、学習者のモチベーションに向き合うことが強く求められるようになるでしょう。“教師”という役割の概念も変化していくはずです」

テクノロジーが「学び」を完結させるわけではない。しかし、テクノロジーの進化によって学びは多様化し、より多くの人に向けて解放されつつあることは間違いない。EdTechがもたらすイノベーションは、これからも世界中の教育を加速度的に進化させていくだろう。

(聞き手:呉 琢磨、構成:神谷加代/教育ジャーナリスト、撮影:下屋敷和文)

*目次

<受験サプリはなぜ「スタディサプリ」になったか?【全9回】>

#1 スライドストーリー「日本の教育2020年問題」
 #2 インフォグラフィック「スタディサプリの軌跡」
 #3 700の高校が実践。学校が「サプリ」を導入する理由
 #4 【藤原和博】スーパー・スマート・スクールの全貌
 #5 【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の第一歩
 #6 【中室牧子】「エビデンスベースト」の教育はなぜ必要か
 #7 【佐藤昌宏】いま世界でおきている「教育の新潮流」とは
 #8 【本間拓也】途上国で急成長する「Quipper」の躍進
 #9 【山口文洋】すべての人に質の高い「学び」を届ける