【五郎丸歩】五郎丸が自分を超えた日。エディーに誘われた寿司屋での会話

2016/3/11
W杯前、五郎丸が見せていた素顔
世界最高峰のスーパーラグビーが開幕し、レッズの五郎丸歩が初の海外挑戦の一歩を力強く踏み出した。2016年2月27日に行われたワラタス戦に、前半26分から出場。ゴールキックなど2本を決めて5点を挙げた。
今や「日本ラグビー界の至宝」の称号が与えられた五郎丸の言葉で、記憶に残るものがある。
「スターというのはマスコミがつくりだすものだと、僕は思っているので」
まるで最近発したかのようなセリフに聞こえる。
だが、実際には2015年に行われたラグビーワールドカップ(W杯)の初戦の85日前にあたる6月24日、宮崎での代表合宿中に聞いたものだ。
合宿中における選手への取材は、トレーニング終了後に練習場からホテルへ戻る道中のみと制限されていた。しかし、午前の練習後に、五郎丸はせわしなく早歩きしたりせず丁寧に答えてくれた。
ある話から、こちらが「(五郎丸は)大学までスター選手だったわけだし」と言ったことに対する答えが、上記のセリフだった。よく考えれば「スターだった」と過去形にするなど失礼な話だが、そこにはまったく頓着しなかった。
そして、W杯を境に五郎丸は再び「スター」になった。編集時に意識して切り取るからなのかはわからないが、メディアに映る彼の姿は常に落ち着いていて、冷静でクールに見える。
しかし、2015年6月の彼は違う顔を見せていた。
エディーと2人きりでの寿司屋
──一対一でエディー(・ジョーンズ)さんと面談することもあるそうですね? 五郎丸さんの場合はどんな話をされるのですか。
「あまり話す機会はないですよ。僕はね」
──いや、この間(エディーが)誰かと寿司を食べに行ったと。
「(笑)。なんで、そんなの知っているんですか?」
──それは、あなたではなかった?
「それは、僕です」
すぐに笑いながら、打ち明けてくれた。
「怒られましたよ。怒られたというか……。『練習のときの態度、パフォーマンスともに良くなかった』と。『リーダーとしていかがなものか』と言われました」
──自分でもそういうふうに言われるかもしれないという思いはあった?
「自分でも気づいていたので。言われてもおかしくないなと思っていました。そういう覚悟で(寿司屋に)行きましたけど」
「おまえ、そんなことでいいと思っているの?」と指摘したエディー。「おっしゃる通りです」とこうべを垂れていた五郎丸。ところが、注意を与えた後のエディーは、五郎丸を認める発言に終始した。
「君は世界を見据えて戦える選手なんだよ。チームに対しての影響力もある。だから、もっと自分に自信とプライドを持って、やらなくちゃいけない」
すぐに熱くなることで有名なボスだったが、このときは優しい口調だったという。
「僕に対しては、そうきますよね。僕もそのほうがやる気が出るというか、期待されているのだからやらなくてはと、意欲が湧きます」
──やればできる子だからね。
「そうそう(笑)。アメとムチを使い分けられているんですよ」
エディーが五郎丸を誘った真意
筆者がなぜ五郎丸に寿司屋にまつわる質問をしたかといえば、事前にエディーから「名前は伏せておくけれど、昨晩に寿司屋に誘った選手がいる」という言葉とともに、その理由も聞いていたからだ。
「その選手は数日前、パフォーマンスが悪かったのです。練習での数値を渡しておきましたが、内容は最悪でしたから、その選手は僕から来いと言われた時点で、絶対怒られると思ってやって来ました。しかし、選手の顔を見たときに、自分自身で理解しているのだなと、わかりました。だから、怒るのではなく、自分が何をするべきかという部分の土台づくりを手伝ったのです。ベースをつくってあげておけば、選手は自分で解決できる。そうしておけば長期的に効果をもたらします」
エディーの話に耳を傾けながら、ノートに「五郎丸のこと?」と書き込んでいた。ラグビー選手としてエリートでスターだった彼が、愚直に練習に取り組んでいくことを強いるエディーのトレーニングを果たしてやり切れるのか、という心配があった。同時に、エディーに怒鳴られる前にきちんと理解し身構えていたのなら、やはり五郎丸のことだろうという気がしていた。
エディーの話は続いた。
「バッドなシチュエーションのときのほうが、悪い部分を受け止められる。ビジネスなどでも同じではありませんか? 業績がいいときは、己を振り返れない。短絡的になる。彼は大丈夫でしょう。変化してくれると信じています」
エディーは、選手たちに常に考えさせるために簡単には答えを教えない。その代わり、悩み抜くように選手たちを追い込む。
「不確かなものを提示しながら、常にギリギリな状態に追い込んでいく。選手が『今日はこうだろう』と思ったことの逆を突くと、いい効果を生むことがある。それがモチベーションを向上させるのです」
実際に、エディー流の育成法は日本のエースにアジャストした。
「実は、五郎丸を外そうと思ったこともありました」と言うエディーはW杯後、五郎丸を寿司屋に呼び出すきっかけになった練習を振り返ったことがある。
「あれから彼は成長した。精神的に安定した」
ピッチを疾走する五郎丸。昨年のW杯では、攻守に大車輪の活躍を見せた。(写真:FAR EAST PRESS/AFLO)
「点の選手」から「線の選手」へ
メンタル面の安定感は、レベルがアップすればするほどアスリートの生命線になる。スポーツ界では、よく使われるこんな表現がある。
一つの試合の中で、観衆をうならせるビッグプレーをしたかと思えば、大切なところでミスを繰り返すプレーヤーは「点の選手」と呼ばれる。
つまり安定感に欠けるということだ。これには技術とメンタルが関わってくる。
一方で、ラグビーなら80分間同じクオリティのプレーを続けられるプレーヤーは「線の選手」と表現される。
練習で最悪のパフォーマンスを見せた日は、五郎丸がまさに「点」から「太い線」へと成長する起点の日となった。何よりも、力強い言葉がそれを象徴していた。
「エディー・ジャパンは、ラグビー界だけでなく、日本のスポーツ界の常識を変えられる可能性のある集団だと思っています。ラグビーは体格差やパワーの差が一番反映されるスポーツ。日本人としてのディスアドバンテージを乗り越えて、日本人でもできるんだなと提示できる機会だと思う」
ちなみに、エディーとともにした食事の席で、寿司はまったく喉を通らなかったという。
「全然食べていません。『どんどん頼んでいいよ』と言ってくれたけど。もうちょっと仲良くなってから、W杯が終わってから行きたい(笑)」
梅雨寒の宮崎で、練習後の体が発する白い蒸気の中で見せた笑顔。なにか吹っ切れたようにも見えた。
日本のラグビーシーンが確実に変化した初年が2015年ならば、2年目となる2016年はムーブメントを継続させなくてはいけない。かつて隆盛を誇ったラグビーの、ごく一時的なリターンブームになるのか。文化として根づくのか。その真価が問われる年になる。
けん引するのは、彼に違いない。
(写真:FAR EAST PRESS/AFLO)