Charlie Brownさんのコメントにとても同意する。社会で生きていく中で、学歴が影響しないとは言わない。でもその影響をどれだけ気にするかは人次第。影響を気にして手を打っていくことが重要じゃないとは言わないが、気にすることによって結果的に「気にしすぎる人生」になって、幸せじゃなくなる可能性もある。 あと、学歴と年収に相関があるのと同じように、年収と支出にも相関がある。稼ぐ重要性より、使い方の重要性のほうが、教育としては重要だし難しいと思う。自分にとって必要なもの、価値があるものにはしっかりお金を出していくことは重要だし、その目的がしっかりしてれば稼ぐことへの目的意識も定まる。稼ぐこと自体が目的化するより、人生にとって稼ぐことが何につながっているのかがはっきりしているほうが、取捨選択・優先順位をつけて、より「自分の幸せ」を追求できるのではないかと思う。 人生のパフォーマンスは結局人それぞれで、自分がそう思えるかが全て。人生のコスパを上げていけるように親としては伝えるべきところは伝えたいと個人的には思う。
一方で漫然と就職するのではなく、我が子には自分の進路を切り拓いてほしいと親が願うのであれば、現実的な解としてはとりあえず大学に入学し、1年後くらいに休学して就業体験を積むなり、外遊するなりして、外の世界を見るという方法もあるのかなと。実際に働き出すと、大学で学ぶ知識が社会の中でどのように活きるのか、より有機的に繋がって勉学にも身が入りますし、否応なく自分の志向性を真剣に考え出すようになります。
私個人は中学卒業後に牧場で働き、ちょっとしたプチ社会人経験を積みましたが、その回り道は得がたい機会だったと今では思います。長い人生、1年2年のロスなんて全く関係ありません。とりあえず大学に入学しておきさえすれば、教育熱心な親御さんでも幾分かは安心できるのでは。
そういう意味では、大企業に就職できた場合の生涯賃金の大きさがコスパになるのかもしれません。
ただ、中学受験塾の講師の多くは「附属」ではなく大学受験をする有名中学を進めているようです。
大学受験勉強自体がその後の役に立つとのことで。
それにつけても「御三家」出身以外と話が合わなくなるのは、かえって不利益ではないでしょうか?
社会に出れば広い層の人たちと良好なコミュニケーションをとる必要があるのに・・・。
あと、学歴と年収に相関があるのと同じように、年収と支出にも相関がある。稼ぐ重要性より、使い方の重要性のほうが、教育としては重要だし難しいと思う。自分にとって必要なもの、価値があるものにはしっかりお金を出していくことは重要だし、その目的がしっかりしてれば稼ぐことへの目的意識も定まる。稼ぐこと自体が目的化するより、人生にとって稼ぐことが何につながっているのかがはっきりしているほうが、取捨選択・優先順位をつけて、より「自分の幸せ」を追求できるのではないかと思う。
人生のパフォーマンスは結局人それぞれで、自分がそう思えるかが全て。人生のコスパを上げていけるように親としては伝えるべきところは伝えたいと個人的には思う。
また、日本以外の国では貧富の差が激しく、アメリカの友人曰く、所得水準の高い家庭は小さい時から子供にいろんな経験をさせてあげられますが、所得水準が低いと、親がほとんど働きに出て家におらず、どこにも連れて行ってもらえず、経験の面で大きなビハインドになります。加えて、公立学校のレベルが極端に低く、加減乗除を教えるのに、なぜその答えになるのかを理論的に説明できない先生がいる学校も多いようで、そんな学校から出た人が成功する可能性はかなり低くなります。
よって、アメリカでは中流以上の家庭では、小学校から子供を私立に入れるのが普通になっています。
ただ、人生の幸せは定量化しにくいのも事実。
学歴の高低と選択肢の高低は概ね一致するため、可能性を拡大する意味では高学歴はカネで図れない重要性がある。
反対に高学歴の確度を高めるために中学受験をすることで、様々な個性を有した人々との出会いの機会が狭まり人生のふれあい有効フロンティアが萎縮するデメリットもある。