奈良市でスタートする公立高校改革
【藤原和博】「スーパー・スマート・スクール」の全貌
2016/3/9
東京都初の民間出身校長として杉並区和田中学の改革をけん引した“教育改革実践家”こと藤原和博氏が、2016年4月より奈良市立一条高等学校の校長に就任する。「スーパー・スマート・スクール構想」を実践し、公立高校に通う生徒の可能性を広げようとしている。その真意と具体論を聞いた。
21世紀型学力の育成で、公立高校を「未来の学校」へ
──この4月から奈良市立一条高校の校長に就任されるとのことですが、高校という新しいフィールドで、「スーパー・スマート・スクール」を創るという大胆な改革を計画されている。そこに至った経緯を教えてください。
藤原:一条高校は、奈良県ではよく知られた学校です。もともとは「開拓者魂」を建学の精神とする先進的な学校で、1965年に日本初の外国語学科を設立した実績もあり、いまも文武両道を尊ぶ校風です。しかし、ここ数年は少子化の影響も受け、生徒の学力を十分に伸ばしきれていないという課題を抱えていた。
そこで、もう一度学校に開拓者魂を呼び戻し、学びのスタイルの改革を目指すにあたって、スーパー・スマート・スクール(SSS)化を提唱してきた私が招聘(しょうへい)されたわけです。「SSS構想」は、“20世紀型の学力”から脱却し、新たな“21世紀型の学力”を培うための教育改革です。
これまでの成長社会で求められた学力は、読み書きソロバンに象徴される基礎学力や的確な情報処理力だった。しかし、これからの成熟社会に求められるのは、ジグソーパズルのように問題の「正解」を見つける能力ではなく、多様な情報を編集して新しい価値を創造する力、知識を実社会で柔軟に応用するためのリテラシーといった、「納得解」を導き出すための情報編集力。それを育成する環境を作ることが「SSS」の目的です。
──具体的には、どういう学校改革を実施するのでしょうか?
端的にいえば、3つの目標を掲げています。
(1)スマホを徹底的に活用した「個別最適化学習(アダプティブ・ラーニング)」の実施
(2)大学入試改革に対応する「思考力・判断力・表現力」の向上(アクティブ・ラーニング)
(3)偏差値依存の進路指導から脱却し、データにもとづく科学的進路指導
学力アップに直結するのは、(1)のスマホ徹底活用です。高校生のスマホ所有率は90%を超えており、生徒にとってスマホは「自分の脳の延長」といってもいい存在。学校が新たに用意するより、すでにあるデバイスを活用してしまえばコストも掛かりません。
その基礎的なインフラとなるのが、「スタディサプリ」です。開発陣の協力を得て一条高校専用のアプリを開発してもらっているところですが、授業進行の一部に利用したり、放課後学習の補助にも可能な限り組み込んでいきます。
そもそも、みんな一緒に「一斉授業」するスタイルは明治時代から140年続いているやり方で、すでに制度疲労が起こり始めている。今の子どもたちは、教育機会や環境の差異によって“できる子”と“できない子”にフタコブラクダ化しています。それに対応しようとすれば、習熟度別個別学習を組み合わせるしかないでしょう。
授業を聞いてわからないところがあれば、生徒は「スタディサプリ」の映像授業を好きなときに、繰り返して見ることで理解が深められる。そうして生徒ごとに最適なペースで「わかる」という体験を積み重ねていくことで学びが深まっていく。生徒が自ら積極的に「学びたい」という動機を持つからこそ、効率的で本質的な学習が可能になるのです。
「自分で考える習慣」をアクティブ・ラーニングで浸透させる
──(2)のアクティブ・ラーニングという点では、何を実施するのでしょうか?
最初に手掛けるのは、先生たちに協力してもらって、授業の最後に「アクティブ・ラーニング」タイムを5分だけ設け、生徒同士が意見交換する習慣を身に付けてもらうこと。徐々に浸透させていけばよいと考えています。
この5分間は、教員が生徒の意見を徹底的に聞く時間でもあります。その授業に対する評価を教師にフィードバックする場でもあり、スマホに精通している生徒たちから、どうやってこれからスマホを活用していくか、教員自身が教わるような局面もあるかもしれません。
単なる話し合いではなく、スマホに入力した全員の意見を一斉表示することで、積極的に議論に参加させます。通常の一斉授業では成績優秀者だけが意見を表明しがちです。グループごとにブレーンストーミングやディベートを多用することで、意思表示しない生徒がでないようすることで議論を活発化させ、「自分で考える」習慣を身に付けてもらう。
アクティブ・ラーニングのもうひとつの取り組みが、土曜日に希望者を中心に開講する「よのなか科」講座です。ここでは、地域社会の人やビジネスパーソンなどと触れ合いながら、スマホを駆使してさまざまなことを調べていく。学校外の人々とナナメの関係を構築しながら、実社会での正解のない問題に取り組んでいきます。
「SSS」には学校をオープン化するという側面もあります。「よのなか科」は学校と社会をつなぐ“出島”のようなもの。さまざまなゲストを招き、生徒たちが外とのつながりを持ちながら、社会で生きるスキルを学びます。
こうしたアクティブ・ラーニングのチャレンジを積み重ねていくことで、「思考力・判断力・表現力」が向上していくと考えます。これは2020年度の大学入試改革でも、求められているスキルです。
──スマホ活用をはじめとした施策について、現場の教員の受け止め方はどうでしょうか?
スマホの導入は、教員にとっても多くのメリットがあります。ご存じのように今の教員は教科内容の多様化や事務作業の複雑化、いじめや不登校への対応、部活動などでオーバーワークになっている。生徒がスマホ学習をすることにより補習の負担が減り、データにもとづく進路指導も可能になる。大学ですでに実施しているように出欠管理などもできるようになるでしょう。将来的にはカリキュラムをクラウド上で管理することも目指します。
今後ますます教育のスタイルが変化して、知識はグーグルから得られるようになったとしても、コーチとして生徒を導いていく役割は「教員」が担うものです。生徒の目の前に立っている生身の教員だからこそ、「学ぶ楽しみ」や「知識が深まることがうれしい」という感覚を伝えられる。教育は、伝染、感染するもの。そのためにも教員自身が学ぶ喜びや意欲を持ち、そのオーラを放つことが求められていくと思っています。
社会を生き抜く「希少性」を身に付けさせる
──「SSS」の最終的な目標は、社会人として自立した大人を育てることにあると思いますが、それについて詳しく教えてください。
(3)の“科学的進路指導”に関係しますが、一言でいえば「稼げる大人を育てる」ということ。誤解のないよう付け加えておきますが、これは自立して生計を立て、ちゃんと税金を払って社会貢献する市民という意味です。
これから世の中は大きく変わっていきます。ビジネスのAI化が浸透し、既存のホワイトカラーの仕事が減っていく未来はそう遠くない。自分の“希少性”を高めていかないと、社会で望む職を得ることが難しくなっていく。
やみくもに高偏差値の大学進学を推奨するのではなく、社会人としての長い将来を見据えた進路指導をすることで、自立して社会を生き抜く力を持ってもらいたい。その基礎となる学力育成と、学力だけにとどまらない(スポーツや芸術活動を含めた)教育・進路指導をすることが、これからの学校に求められます。
──とてもスケールの大きい構想ですが、校長の任期は2年間です。具体的な目標設定はどのように考えていますか?
スマホの活用という点では、初年度は授業の1割ほどの活用からスタートし、徐々に割合を増やしていく。5年後には単なる授業補助ではなく、教員の事務作業やシラバス管理などもスマホをインフラとして包括的に処理できるようにしたい。
「学力向上」の数値目標は決めませんが、伸びしろのある生徒たちなので、部活との両立が図れれば、進路の幅ももっと広がるでしょう。学力が上がって視野が開ければ、将来の選択肢が増えるはずですから。先生たちの昔からの地道な取り組みと合わせ、一条高校の名前を全国に広めたい。
もちろん、単に学力アップだけでなく、自分の意見が言える主体性を持つ生徒を育てていきたいですね。スローガンは「奈良発フロンティアへ」で、奈良の伝統を大事にしながら、建学以来大事にしてきたフロンティア精神の復興を目指します。
2年間ですべては達成できない。しかし、SSSの改革に賛同してくれる教育関係者は全国にもたくさんいる。教員と共に最初の渦巻きを創り出せれば、より大きなムーブメントになる可能性があるでしょう。
子どもたちの未来を開くケースを作って広めること、それが公立校の役割だと考えています。最終的には、一条高校の取り組みを波及させていくことで、日本全体の学校教育のステージを変えていきたいのです。
(聞き手:呉 琢磨、構成:工藤千秋、撮影:オカムラダイスケ)
*目次
<受験サプリはなぜ「スタディサプリ」になったか?【全9回】>
#1 スライドストーリー「日本の教育2020年問題」
#2 インフォグラフィック「スタディサプリの軌跡」
#3 700の高校が実践。学校が「サプリ」を導入する理由
#4 【藤原和博】スーパー・スマート・スクールの全貌
#5 【熊谷俊人】千葉市ではじまる「公教育改革」の第一歩
#6 【中室牧子】「エビデンスベースト」の教育はなぜ必要か
#7 【佐藤昌宏】いま世界でおきている「教育の新潮流」とは
#8 【本間拓也】途上国で急成長する「Quipper」の躍進
#9 【山口文洋】すべての人に質の高い「学び」を届ける