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要約で読む『国家はなぜ衰退するのか』

MIT教授が説く、裕福な国と貧しい国が生まれる根本的な理由

2016/3/7
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。毎週月曜日は「10分で読めるビジネス書要約」と題して、今、読むべきビジネス書の要約を紹介する。今回は、MITで経済学の教授を務めているダロン・アセモグルと、ハーバード大学で政治学を教えるジェイムズ・A・ロビンソンの共著書『国家はなぜ衰退するのか』を紹介する。アセモグルは2005年に、ノーベル経済学賞よりも受賞するのが困難ともいわれるジョン・ベイツ・クラーク賞を受賞しており、今注目の経済学者の一人だ。彼らは本書で、「なぜある国家は貧しくて、ある国家は栄えるのか」と問う。これまで貧富の差は、その国の地理や文化などから説明されてきた。が、彼らはまったく違うアプローチからその謎に答えを与えようとする。先週の『大脱出』に引き続き、マクロ環境から経済を見る目を養うのにピッタリの1冊だ。

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なぜ英国で産業革命が起こったか

産業革命が名誉革命の数十年後にイングランドで始まったのは偶然ではない

東西ヨーロッパが別の道を歩みはじめるきっかけは、1346年以降ヨーロッパ中で猛威を振るった腺ペストすなわち黒死病だった。

14世紀初頭、ヨーロッパを支配していたのは封建的な制度で、王は土地を所有し、軍務と引き換えに封建君主にそれを下賜していた。次に封建君主が農民に土地を分け与えると、農民はその見返りに幅広い無給労働に従事し、多くの貢納金と税金を納めなければならなかった。

この制度は極めて収奪的で、富は多くの農民から少数の封建君主へ吸い上げられていたが、ペストによって生じた大幅な労働力不足はこうした封建的秩序の土台を揺るがすこととなった。

イングランド政府は労働力不足を理由に賃金上昇を訴える農民に対して労働者規制法を可決し、賃金の上昇を防ごうとしたが、ワット・タイラーの乱などの農民一揆が起こり、その結果、封建的な労役が少しずつ減ってなくなり、包括的な労働市場が現れはじめた。

このようにして、西欧では労働者は封建的な税金、貢納金、法規から解放され、成長する市場経済のカギを握る存在になりつつあった。

その一方でペスト禍を通じて東欧の地主は労働者の支配を徐々に強め、労働者は抑圧された農奴として西欧で必要とされる食物や農産物を育てていたにすぎず、制度の堕落につながった。

さらにイングランドでは1688年に名誉革命がおこり、王と行政官の権力は制限され、経済制度を決定する権限が議会に移った。こうして経済制度もさらに包括的になり始めた。

政府は意を決して財産権を強化し、その一つである特許権によってアイデアへの財産権が認められ、イノベーションが大きく刺激されることになった。

産業革命が名誉革命の数十年後にイングランドで始まったのは偶然ではない。蒸気機関を完成させたワット、世界初の蒸気機関車を製作したトレビシック、紡績機の発明者アークライトらの偉大な発明家は、自分のアイデアから生じた経済的機会をとらえることができたし、自分の財産権が守られることを確信していた。

また、自分のイノベーションの成果を売ったり使わせたりすることで利益をあげられる市場を利用できた。

技術の進歩、事業の拡大や投資への意欲、技能や才能の有効利用といったことはすべて、イングランドで発達した包括的な政治・経済制度によって可能となっていたのである。

ただし、産業革命につながる多元的な体制は必然的に生まれたわけではない。

ジェームズ2世がオレンジ公ウィリアムを破ることもありえたはずだし、商業的農民階級からさまざまな業種の製造業者、大西洋貿易業者にいたるまで、多様な利害関係者が絶対主義に対抗する連合を結成したことも偶然の産物である。

19世紀の日本がたどった制度発展の道筋からも、決定的な岐路と、制度的浮動の生む小さな相違との相互作用が明らかになる。

日本は中国と同じく絶対主義に支配されていて、徳川家によって国際貿易を禁じる封建体制が敷かれていたが、1853年にペリー率いる4隻のアメリカ軍艦が江戸湾に入港し、アヘン戦争の際にイングランドが中国から勝ち取ったような貿易特権を要求されたことで事態が一変した。

しかしながらこの決定的な岐路において、日本はまったく異なる役割を演じたのである。

中国には皇帝の絶対主義的支配に挑戦し、代わりとなる制度を推進できる者がいなかったのに対して、日本では有力な藩主に対する支配力はわずかしかなく、合衆国の脅威に対して徳川家の統治に対する反対勢力が結集し、明治維新という政治革命を引き起こしたのだ。

こうした政治革命のおかげで、日本では包括的な政治制度と経済制度の発展が可能となり、その後の急速な成長の礎が築かれたのに対して、中国は絶対主義のもとで衰退していったのである。

好循環と悪循環

悪循環は断ち切れるが、なかなかしぶとい

包括的な政治・経済制度がひとりでに出現することはない。それは経済成長と政治的変化に抵抗する既存のエリートと、彼らの政治的・経済的権力を制限したいと望む人々のあいだの、大規模な争いの結果であることが多い。

包括的制度が現れるのは、イギリスの名誉革命や北米におけるジェームズタウン植民地の創設といった決定的な岐路でのことだ。つまり、一連の要因によって権力の座にあるエリートの支配力が弱まる一方、彼らに対抗するものの力が強まり、多元的社会を形成するためのインセンティブが生じるケースである。

政治的対立の結果は決して確かなものではない。後から考えれば、歴史上の多くの出来事が不可避だったように見えるとしても、歴史の進路には偶然の要素がある。それでも、包括的な政治・経済制度がいったん軌道に乗れば、好循環が生じ、そうした制度の持続や拡大の可能性が高まる傾向がある。

好循環はいくつかのメカニズムを通じて機能する。

第一に、多元的な政治制度の論理のおかげで、独裁者による権力の強奪、政府内の派閥争い、人が良いだけの大統領といったものが生まれにくくなる。

第二に、包括的な政治制度は包括的な経済制度を支え、包括的な経済制度は、奴隷や農奴制といったもっともひどい収奪的経済関係を排除し、独占の重要性を減じ、活力に満ちた経済をつくりだす。

最後に、包括的な政治制度は自由なメディアを発展させ、これは包括的制度への脅威に関する情報を提供し、それに対する抵抗勢力を結集させるのである。
しかし残念ながら、今日においても収奪的制度から抜け出せない国がある。それは、収奪的制度もまた自己を存続させる、悪循環のプロセスを生み出すからである。

悪循環のプロセスの形態の一つが、収奪的な制度を支配し、そこから利益を得ているエリートが存続するがゆえにその制度も存続する、というものである。

グアテマラでは最初は植民地統治下で、次に独立後に、同じ種類のエリートが実に400年以上も権力を握っていた。また、シエラレオネやエチオピアでは、前の独裁者を打倒したのち、国家の統治を引き継いだ人々によって権力の行使と乱用が行われた。

歴史は運命ではないので、悪循環は断ち切れる。しかし、悪循環はこのようになかなかしぶとく、収奪的な政治制度が収奪的な経済制度をつくりあげる負のフィードバックを持っているのである。

なぜ国家は衰退するのか

国家の政治的・経済的破綻を解決するには、収奪的制度を包括的制度に変えることだ

2000年、ジンバブエで一部国有のジンバブエ銀行が運営する国営宝くじの抽選会が行われた。このくじは同行の口座に一定以上の預金をしていた顧客全員に当たる可能性があったにもかかわらず、なんと当たりくじにはロバート・ムガベ大統領の名前が記されていたのだ。

ムガベは1980年以来、あらゆる手段を駆使し、たいがい鉄拳によってジンバブエを統治してきた。宝くじはジンバブエの腐敗のほんの一例であり、ジンバブエの制度に巣くう病理の一症状にすぎない。ムガベが望めば宝くじさえ当てられるという事実は、この国の収奪的制度のひどさを世界に示した。

1950年代後半から1960年代前半にヨーロッパの植民地帝国が崩壊したのち白人支配が終結、1980年のジンバブエ建国以降、ムガベの個人支配がはじまった。

2008年のジンバブエの国民1人当たりの年収は多めに見積もっても、同国が独立を勝ち取った1980年のせいぜい半分ほどだ。国家は崩壊し、基本的公共サービスの供給はいずれもほとんど休止状態。

2008年から2009年には保健衛生システムの衰退がコレラの全国的な流行を招き、2009年の同国の失業率は94%という信じがたい数字も報告されている。

国家が経済的に破綻する原因は、収奪的制度にある。そうした制度のせいで貧しい国は貧しいまま、経済成長に向かって歩み出すことができない。

それがこんにち当てはまるのはアフリカのジンバブエやシエラレオネ、南米のコロンビアやアルゼンチン、アジアの北朝鮮やウズベキスタン、中東のエジプトといった国々だ。これらすべてに共通するのが収奪的制度だ。

すべての事例で、そうした制度の土台をなすエリートは、一般国民の大多数の犠牲のうえに私腹を肥やすため、そして自らの権力を維持するために、経済制度を構築する。そしてそうした収奪的制度がなくならない理由には常に悪循環が絡み、そうした制度が国民の貧困に果たす役割は、程度の差こそあれ似通っている。

また、これらのケースのすべてに収奪的制度の長い歴史がある。コロンビアとアルゼンチンの収奪的制度はスペイン植民地時代の制度がその根源にあり、ジンバブエとシエラレオネではイギリスの植民地統治から生まれた。

シエラレオネは植民地統治体制の強化によって、ジンバブエはイギリス南アフリカ会社がつくり出した二重経済によって、新たなかたちの収奪的制度がつくられた。

こんにちの国家の政治的・経済的破綻の解決策は、収奪的制度を包括的制度に変えることだ。

収奪的制度下の成長は持続しない。その理由の1つとして、持続的成長にはイノベーションが必要で、イノベーションは創造的破壊と切り離せない、という点が挙げられる。

創造的破壊は経済界に新旧交代を引き起こすとともに、政界の確立された力関係を不安定にする。収奪的制度を支配するエリートたちは創造的破壊を恐れて抵抗するため、収奪的制度下で芽生えるどんな成長も、結局は短命に終わるのである。

2つ目の理由は、収奪的制度を支配する層が社会の大部分を犠牲にして莫大(ばくだい)な利益を得ることが可能であれば、収奪的制度下の政治権力は垂涎(すいぜん)の的となり、それを手に入れようとして多くの集団や個人が闘うことだ。その結果、強い力が働いて、収奪的制度下の社会は政治的に不安定になっていくのである。

著者たちのこうした理論はいくつかの重要な考え方を浮き彫りにする。第一に、中国の独裁的かつ収奪的な政治制度下での成長はまだしばらく続きそうであるが、真に包括的な経済制度と創造的破壊に支えられた持続的成長には展開しないだろう。

第二に、独裁体制下の成長が民主主義や包括的政治制度につながることをあてにすべきではない。

第三に、独裁体制下の成長は長い目で見れば望ましくないし、存続できないため、成長のひな型として国際社会が承認すべきではないということである。
 一読のススメ

注:本書はダロン・アセモグルとジェイムズ・A・ロビンソンが15年に及ぶ共同研究の成果をもとに国家の盛衰を決定づけるメカニズムに迫る、ノーベル経済学賞の歴代受賞者が絶賛するベストセラーである。本書には上記では触れていない国・地域のエピソードも数多く収録されており、一読することをお勧めしたい。

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本の要約サイトflier(フライヤー)
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