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続・インターネットストラテジー(第4回)

【須藤憲司】クラウドソーシングの未来

2016/3/6
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる。
第1回:スタートアップを経営してみて、気づかされたこと
第2回:これからのビジネスは個のエンパワーメントに賭けろ
第3回:イノベーションに関する美しい誤解
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

この連載を始めてから、毎週日曜の朝ドキドキしながら起きるようになりました。最初は、自分自身が刺激をいただきたいという想いから始めましたが、ピッカーの皆さんの温かいコメントのおかげで、私自身も次の週の活力になっています。

dui duiさんのコメントにあったアートの歴史は、本当に面白いですよね。個人的には、テクノロジーもアートもかなり共通点があると思っていまして、何か仕事で停滞感を感じるとアートを見に行くことにしています。

佐々木さんの大企業の中にも辺境があるというのは、まさにそう思うんですよね。まさに私がその一人でしたから。一人ひとりのコメントにお返ししたいくらい濃密になってきた4回目です。

モダンタイムス2.0

先々週から、いろいろな記事がありましたが、当社でも展開しているクラウドソーシングについてさまざまな議論がありました。

クラウドワークスで月収20万超え、わずか111名。働き方革命の未来はどこにある?

クラウドワークスで月収20万超え、わずか111名」は嘘だと思う。

これらの議論を見ているときにふと、チャップリンの「モダンタイムス」を思い出しました。あの中でチャップリンは、資本主義や機械に重圧される人間の尊厳を風刺しました。

今起きている議論は、現代版モダンタイムスのように見えました。もちろん私もクラウドソーシング事業を経営する一人として、また現代を生きる一社会人としても、決して他人事ではありません。

クラウドソーシング、リモートワーク、人工知能(AI)などが今後、何を変えていくのか、それを私自身がどのように見ているのかについて書いていきたいと思います。

外注するか、ともに働くか

まず、皆さんが発注者の立場でみたときのクラウドソーシングの価値は何でしょうか。

クラウドソーシングを「群衆へソーシングする」という言葉で受け取ると、誰がやってもそんなに価値が変わらない作業を外注するという意味合いが色濃く見えてきます。今起きている議論は、この延長線上にあるんじゃないでしょうか。

私には、クラウドソーシングにもう一つの意味合いがあると見ています。それは、「今まで出会うことがなかった人とともに仕事をする」というものです。このように捉えてみると、クラウドソーシングはまた違った仕事の仕方や可能性を強く感じさせてくれます。

クラウド(群衆)に外注するのか、それともクラウド(群衆)と一緒に働くのか。この違いは、想像以上に大きなものがあると思っています。

先週書いた「オープン化」というテーマや、最近話題のリモートワークも、これらと地続きの話だと私は捉えています。

リモートワークを導入した場合、その仕事は果たして本当に正社員じゃないとできないんでしょうか。そしてその時、社員か外部の人かはどれほど重要なんでしょうか。

企業は、そして個人は、これから、どのように雇用と向き合うべきなんでしょうか。

人月ビジネスの苦境

代理店のマージンビジネスやコンサルやSIerなどの一人月あたりいくら? というビジネスがこれからは、今よりも苦しくなると私は想定しています。

システム開発やネット広告の運用などの下流工程の領域は特にそうだと思います。あるいは、付加価値を発揮しない割に間に入ってマージンを抜いてるエージェントや明らかにチャージに見合わないアウトプットを提供しているコンサルタントなど。

結果として対象の領域や個人のスキルセットがコモディティ化してしまっているとその価値に対する価格を正当化することが難しくなっています。これは、代替手段が増えてきているからだと思います。

この議論をするときに、会社名や具体的な業界で議論されることが多いんですが、個人的には、どちらかといえばそのマージンに見合わない特定の個人や特定の業務領域の積み重ねで発生している事象であって、どこか特定の企業がコモディティ化しているというのはフェアな議論ではないと感じます。

さまざまな代替手段の登場によるコモディティ化は、あらゆる企業や業界で起きている事象だとみています。

いかにその組織独自の“あうんの呼吸”を体得し、換えが効かないようにするか。あるいは、特定領域の専門性をさらに高めて、どんな環境でも一定の成果を出せるようにするなど代替手段を減らすことによってコモディティ化を防いでいくことが今まで以上に求められると考えています。

つまり、いかに過当競争に巻き込まれないかという企業努力が、これまで以上に重要ということだと言えます。

このあたりは、Peter Thielが「ZERO to ONE」で書いていますよね。コモディティ化に巻き込まれているところから、人や業務の取捨選択が始まっていると考えたほうがよさそうです。

法務、会計、監査、あるいは医療、介護などの資格や法律で定められている領域にもおそらく広がってくるトレンドだと感じています。

定型的な仕事や一定のルールに従って実施していく業務は、取り替えが効いてしまいます。こういう領域はわれわれ人間よりもAIや機械が得意な領域ですよね。

BPOや外注の延長としての”クラウドソーシング”

NewsPicksをご覧いただいているエグゼクティブの多くが、対して付加価値のない書類業務や定型業務に忙殺された経験をお持ちだと思います。

かつてBPOと呼ばれ、さまざまなバックオフィス業務がアウトソーシングされていきましたが、今後、さらに細切れの業務がクラウド(群衆)へ切り出されていきます。

これが最初に説明した群衆への外注です。マイクロタスクと言われる細切れの業務がアウトソーシングされていくというのが一つの大きな潮流なのです。

そして、これらの業務はあらゆる産業のあらゆる企業の中に今でも無数に転がっています。

これらのマイクロタスクは、業務単位は小さいものの、その発注の手間自体もコストになりますので、ボタンを押したら解決する、あるいは発注行為自体をなくして、誰かが勝手に解決してくれている、そんなイノベーションが待ち望まれているわけです。

そして、その面倒さや手間がなめらかな方法で解決されたときに市場が大きく成長していくと私は考えています。これはクリステンセンが“Jobs to be done”(片付けたい用事)と説明しています。

手間がなめらかな方法で解決されると市場が大きく成長していく事例として、たとえばUber(ウーバー)があります。タップ操作だけで物理的な移動を実現し、その手軽さがタクシーを呼ぶ手間を上回ったために、需要を大きく引き上げ、配車効率を高めて、さらにリーズナブルにすることで需要を雪だるま式に増やし、世界中で利用されています。

最近では、そうしたタスクだけではなく、開発プロジェクトや動画制作など、大きな単位での外注もクラウドソーシング市場で伸びてきていますが、これらは、実際に間に入って仕切る、営業やプロジェクトマネジメントやディレクションの価値が大きい領域になります。

ここをどのように、価値担保するかが、各事業者が直面する非常に難しい課題のように思います。

チームづくりが成果を決める

では、マイクロタスクとして切り出せずに残る付加価値業務自体は、どのように変化していくのでしょうか。

これは、特定領域の専門性が高い人材をいかに自分たちのプロジェクトやチームに呼び込めるかということが重要になってくると考えています。

チームの人選や組み方が、そのプロジェクトや事業、サービス、あるいは企業経営そのものを左右するということは、そんなに疑う余地がないかと思います。今も昔も人事が大事だということは、改めて私が言うまでもないことですよね。

ただ、そんなに高度な専門性を持つ人材が適切なタイミングでアサインできることなんて、あるんでしょうか。あるいは、そんなに高度な専門性を持つ人材が増えるのでしょうか。
そして、その専門領域は、そのプロジェクトや事業、サービスにおいて常時必要とは限りません。

つまりフルタイムではないけれど、専門性を持つ人材を適切なタイミングでアサインしたいというニーズがさまざまな領域で存在しています。ここに、クラウドソーシングのもう一つの道があると私は考えているのです。

クラウドとのコラボレーション

リモートワークが今より進んでいった先に、企業の中と外の境界が曖昧になってくるという話を第2回でしました。

これは企業同士の関係性を大きく変えると同時に、そこで働く人の意識も大きく変えるはずです。今までだったら、物理的な距離感や一緒に過ごす時間が社内の従業員と外部の人という境界が明確なものにしていました。

ただ、リモートワークが普通になったときに、社内の人か社外の人かという境界やメンタルモデルが少し緩やかなものになってくることを意味します。

今、Kaizenでは東京オフィスでも、サンフランシスコオフィスでも、週に数回来てくれるコンサルタントやディレクターなど専門性の高い外部人材がいますが、正直に言ってリモートワークしているフルタイムのエンジニアとその距離感はあまり変わりません。

つまり、社員か外部の人かは一緒に仕事をするという観点において、何ら意識差なくコミュニケーションをして、プロジェクトを進めていくということができています。

この延長に存在するクラウドソーシングが、私が考えるもう一つのクラウドソーシングの方向性なんです。

今まで自分の周りにいなかった専門性の高い人たちと一緒にプロジェクトを進めたり、業務をリモートで協働しながら進めていくコラボレーティブなクラウドソーシングです。

こちらは、不特定多数というよりも、顔の見える特定の個人をチームに招聘するようなクラウドソーシングのイメージです。

もし、リモートワークが成立するのであれば、比較的高度な業務領域でもクラウドソーシングでフレキシブルにチームを組成することだって不可能ではないと私自身は考えているのです。

このことを考えていくうえで、2つの観点があります。1つには、正社員、派遣、業務委託などの雇用の在り方が変わるという側面です。もう1つは、そこで働く人の在り方が変わるという側面です。

これからの雇用の在り方

現在の雇用の枠組みは、産業革命以降の産業の中心が工業になったことにより、フルタイムの労働者が労働力の中核になったことから確立されてきました。

その後、サービス業が成長してくると労働需要の変化が激しいため、パートタイムの労働ニーズが生まれ、その規模を拡大してきました。リモートワークやクラウドソーシングにより、さらにパートタイムの労働ニーズはさまざまな領域で拡大していくと思います。

そして、それらの多くがオフィスに常駐しないサービス提供というかたちで実現していくことが予想できる。経営からすると選択肢が広がっていくわけです。

正社員での雇用では追いつかない領域において、たとえば、近年デジタルマーケティングの領域でアクセンチュアなどのコンサルが業務をすべて請け負っているのも埋まらない需給ギャップへの一つの解だと言えますし、Kaizen Platformもグロースハックという領域で選択肢を提供しているわけです(第2回参照)。

自社で正規雇用し、長期の育成コストをかけて戦力化するか。それとも専門家をフレキシブルにアサインするか。プロフェッショナルサービスは、一見単価が高いように見えますが、採用・育成にかかるコストを加味して考えれば、経営としては非常にリーズナブルな選択肢に見えてきます。

一生懸命に採用して育成しても、戦力化したときに他社への転職してしまうなんてことだって、頻繁にある話です。そうすると、本当に自社で採用すべき職域や職種、人材要件は何なのか。これからの経営者は、その考え方を再構築する必要がありそうです。

働く人の在り方と育成について

もう一方で、働く側に立って考えてみましょう。

雇用の選択肢が増えるということは、労働者から見ると競争に巻き込まれていくことになります。

リモートワークが話題になっていますが、今もしあなたが、ご自身の仕事をリモートワークでできると感じているのであれば、それはクラウドソーシング化も可能ということとほぼ同義だと考えたほうがいいかもしれません。

リモートワークの拡大と、クラウドソーシング化は、かなり広範囲の領域で起きうるのではないかと私は予想しています。

ただ、社会の中で誰かが育成コストを支払わないと高度な専門人材は育ちません。リモートワークやクラウドソーシングの世界で、誰が育成コストを支払うかというのは大きな一つの課題になってきます。

そういった意味では、Kaizen Platformでもプラットフォーム上に蓄積されるさまざまなノウハウや知見をもとに、

ベストプラクティスを学習コンテンツにして全国で勉強会を開いたり、デジハリと授業をつくったり、オンライン授業のスクーと動画授業をつくったり、グロースハッカーアワードという賞を創設したり、とさまざまな取り組みを実施し、プラットフォームとして育成を担保するような取り組みをかなり早い段階から始めました。

なかなか、簡単に成果が出る取り組みではありませんが、こういったことを地道に取り組むことも、新しい働き方をつくっていくうえで非常に重要な活動になると考えています。

一方で、これらの育成によって技能が高まるとともに、報酬単価が上がっていく仕組みを入れることも同時に重視する必要があります。

市場が単なる競争原理にさらされるだけでは、単価のデフレスパイラルに陥ってしまいます。これは発注者、受注者ともに、いかにお互いに品質を高めて、適正な報酬に近づけていけるかという良い市場原理を働かせるための極めて重要なポイントだと考えています。

現在のクラウドソーシング市場は、品質と単価にきちんと正のフィードバックが働き、全体としてインフレしていくようなマーケットメカニズムが効いて、健全な市場の発展を導いていくことが期待されているように思います。

この品質と単価に極めて大きな相関があるということ、そして品質がクラウドソーシングを活用する方々のUX(顧客体験)に大きな影響があることを、私たちも失敗を繰り返しながら学んできました。

そこでKaizenでは、一定の実績を積んだ方々にバッジを付与し、たとえば、金融業界の上位10人とかエントリーフォームの改善の上位10人にターゲティングして依頼できる商品を提供しています(詳細はこちら)。

これにより、発注者は品質が高く、成果の期待できる改善策を効率良く集められますし、受注者は、自分の強みを活かして、より単価の高い案件にじっくり取り組める形になります。

ある意味、技能の高い方々には競争から解放され、その能力を余すところなく生かしていただくようなサービスデザインを心がけています。

時給から市場を考える

現在、市場規模を急激に拡大しているクラウドソーシングの市場を考えるときに、報酬の総額や規模からその市場を見ると、ミスリーディングな側面があるように思います。

むしろコラボレーションのための専門人材のクラウドソーシング市場が拡大するには、時給換算した場合の報酬が極めて重要だと私は考えています。

たとえば、Kaizenではグロースハッカーの方々の時給が5000円になるようにベンチマークを置いています。時給5000円だとそれなりに割の良い仕事のように思えますよね?

片手間でも、少し自分もやってみようかなと感じると思うんです。技能を身に付けてみようかなと思える単価と市場をどうやってつくっていくかが新しい市場をつくっていく際に重要です。

そこで、KaizenはUIの改善という新しい領域で、かつビジネスに転換する価値が高い領域にフォーカスし、専門領域の人材育成コストをプラットフォームが担保しながら市場をつくるということに取りくんでいるわけです。

そして、その延長に報酬の総額議論があると思っています。時給5000円だと1日8時間、月に20日間働いたとすると年収が960万になるんです。要は年収1000万円というバーが見えてきます。時給が上がっていく仕組みがクラウドソーシングの市場にとっても重要というのは、こういう観点からも見えてきます。

つまり、報酬を得る手段が多様に増えて行くということに加え、その時間あたり報酬が上がっていく仕組みの両輪がまわっていった先に、新しい巨大な労働市場が拡がっていくと私は見ているのです。

値付けできない仕事に価値がある

迫り来るオフショアやオートメーション、AI、クラウドソーシングも含め、値下げ圧力に対抗するために一労働者としては、どのように対応すればいいのでしょうか。

そのときに備え、私たちは何をすべきなんでしょうか。冒頭にお話ししたチャップリンのもう一つの代表作「独裁者」のエンディングのあの感動的なスピーチの中にヒントがある気がしています。

私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。

この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみとともに世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。

私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困をつくりあげた。

知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなく過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、すべてが失われてしまう。

私は今後、人の仕事の価値は値付けができないことに、もっと価値が寄っていくのではないかと考えています。皮肉な話に聞こえますが、何かメニュー化したり、値段が付いた瞬間からコモディティ化は始まるんだと思うんです。

いかに値段が付け難いValueを生み出すか。

これが、個人も法人も問わず、これからを生きる私たちのテーマの一つではないかと考えています。

NPOに向けたグロースハックを提供する有給インターンシッププログラムを始動します。プロジェクトを運営&推進する大学生を募集中です(詳しくはこちら)。

*本連載は毎週日曜日に掲載します。