日本酒セラー開発でタッグ。中田英寿氏・佐藤オオキ氏インタビュー(前編)
【中田英寿×佐藤オオキ】2つの才能が日本酒業界の“常識”を覆す
2016/3/5
日本酒の魅力を世界に向けて発信する活動に取り組んでいる中田英寿氏。その中田氏が、Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれたデザインオフィスnendo代表佐藤オオキ氏とコラボレーションし、ワインセラーならぬ「日本酒セラー」を開発すると発表した。ありそうでなかった日本酒セラーはいかにして誕生したのか。そのプロダクトデザインを中田氏が佐藤氏に託したのはなぜか。2人に伺った。
日本酒を広めるための環境をつくる
──今回、2人のコラボレーションによる「日本酒セラー」を発表されました。そもそも中田さんが日本酒セラーのアイデアを思いついたのはどういった経緯なのでしょうか。
中田:僕はこれまで6年半かけて日本を旅してきた中で、全国約250の蔵元を回ってきました(中田氏のインタビュー記事を参照)。日本酒の製造現場に足を運んでいるうちに、日本酒を貯蔵する温度は蔵元によって2度だったり−5度だったりと、けっこう違うことに気づいたんです。
つくりにこだわっている蔵元ほど品質管理を大切にしますし、自分たちがつくった日本酒を料理店に販売するときにも、しっかりと温度管理をしてくれるところに売りたがる。結果的に、いいものをつくっている蔵元のお酒ほど手に入りにくくなるわけです。
希少性を狙ってというよりも、お酒をしっかり管理してくれるところに売りたいという蔵元側の思いなんですよね。
日本酒は本来それくらい、ワインなどと比べても品質の管理が難しいものです。だったら、そのことをもっと一般の人にもわかってもらったほうがいいんじゃないか。そう思ったことが、日本酒セラーをつくろうと決めたきっかけです。
──佐藤さんは、中田さんから最初に「日本酒セラーのプロダクトデザインを」と声をかけられたとき、どう思われましたか。
佐藤:「そう来たか」と思いましたね。中田さんはいつも何か新しいことを考えていて、つねに感性のブレない軸をお持ちです。だから今回、「日本酒セラー」というお題をいただいたとき、ちょっとびっくりしたと同時に、これは面白いことができそうだなという期待感を持ちました。
──こういうところから長い歴史を持つ日本酒業界にも新しい変化が起こるのかもしれませんね。
中田:ただ、そうした変化はゆっくりですね。日本酒業界は伝統産業なので、なかなかガラッとは変わりづらいんです。
佐藤:中田さんご自身は、そこに何かテコ入れしようという意識は?
中田:これまで何百年もやってきた伝統があるから、一気に変わるのは難しいですよね。でも今回の日本酒セラーのように、これまでになかったものが出てくると徐々に変わっていくんじゃないかな。
一番厳しい消費者として
中田:日本酒の味そのものを楽しむためには、まわりの環境を整えてあげなければいけません。ワインでいえば、ワインセラーだったりワイングラスであったり、デキャンタだったり、いろいろなものがあるからこそ楽しめる。
だけど日本酒って、それがまだ全然ないんですよ。だから、まずは日本酒を楽しむための環境を整えてあげることがすごく大事なのかなと思います。
佐藤:すごいな、かっこいいですね。中田さんのプロデュースの仕方は、タッチがすごく柔らかいんですよ。
普通、何かを変えようとすると、ドラスティックに変えたくなるものなんですよ。ガラッと変えたいし、変えるなら全部変えたいというのがプロデュースするときの心理。
でも中田さんは、全体を俯瞰して適正なバランスを見ながら、任せるところは人に任せるし、「ここは足りていないな」というところはスッと補っていく。その感覚はどこで勉強したんだろうと、中田さんと仕事をするたびにいつも思うんです。
中田:僕はたぶん、一番厳しい消費者なんですよ。消費者目線で見たときに、欲しいものがいっぱいある。「これをやるためには、これがあったらいいな」とか。逆に、蔵元をたくさん回ることで製造者の目線でも見られますから。
佐藤:なるほど。その2つの視点で常に物事を判断しているんですね。
中田:実はニーズがあると蔵元も気づいていないものが、僕には見えるんです。「これはできるんじゃないかな」「これがあったらいいのにな」って。
佐藤:どちらもウィン・ウィンでハッピーになるにはどうしたらいいか、という見方をしているんですね。
中田:うん、それを考えているわけ。
佐藤:これはどこのメーカーの商品開発にも当てはまる話ですね。エンドユーザーばかり見てしまう人もいれば、モノづくりをする会社の思いだけが先行してしまう人もいるけれど、結局その両方が成り立っていないと、世に出てもすぐに消えてしまうんですよね。
──中田さんの発想力について佐藤さんはどう思われますか。
佐藤:本当に「同業者」という感じがしますね。中田さんの仕事は、欠けているピースを見つけてきてはめる作業ですよね。
その意味では、僕がやっているデザインの仕事と一緒だなと思います。だから、中田さんとのお仕事はすごく緊張感があるんですよ、僕としては。
中田:いやいや。
佐藤:本当に気が抜けないですよ。しかもすごく厳しい(笑)。視点が鋭いし、要求するレベルもすごく高いですし。すごくいい環境でデザインができています。
──今回の日本酒セラーでは、何かダメ出しをされたのでしょうか。
中田:いやいや、全然そんなことはないですよ(笑)。僕は自分が何かをつくれる人間じゃないことはわかっているから、できる人間を集めるだけ。それを考えるのが好きなんです。
──本当に「プロデューサー」ですね。
佐藤:中田さんがいると、本当に場が活性化するんですよ。日本酒でいう酵母じゃないですけれど、中田さんは何か化学反応が起こるように仕向けるんです。
中田:僕はただ、人が好きなだけなんですよ。今回の日本酒セラーも、商品をつくっているという感覚はゼロなんですよね。
──では、どういう感覚なんですか。
中田:楽しい仲間を集めて、一緒に遊んでいる感覚。
佐藤:たぶん、それが人を惹きつけるんですよ。一流のクリエーターやモノづくりの人たちが「中田さんが持ちかけてくる話だから、何か面白いことがありそうだな」と思うんでしょうね。そういうオーラや空気感を感じるからこそ、みんな集まってくるし、前向きな気持ちになる。
今回のプロジェクトも“ダメ出し”ではなくて、「もっとこうしたら良くなるんじゃないか」とか「こうやったらもっと楽しいよね」というような言葉ばかりです。
「自分にしかできないこと」
中田:僕は基本的に、答えのないもの、今までにないものしかやらないんです。答えがないから当然、正解もない。
答えのない取り組みに対して、みんながどういう思いや雰囲気で関わるか。答えはなくても自分たちをきちんと追い込めるか。追い込めないと、ある程度のものはできても、いいものはできないんですよね。だから楽しくない。
佐藤:確かに、確かに。
中田:極限まで自分たちを追い込むと、苦しいけれど、その先につながるんですよ。だからこそ、慣れ合いの仲間じゃなくて、一緒にがんばれる仲間じゃなきゃいけない。
それぞれがポイントポイントで意見をぶつけていけば、たまに衝突することもあるかもしれない。たとえ衝突したとしても一緒に前に進んでいける仲間か、ということがすごく大事なんです。
──一緒にがんばれる仲間かどうか、どういうところで判断されるんですか。
中田:普段からメシに行ったり遊んだり、それぞれのやっている仕事を見たり。そういうものをたくさん見ることによって、相手がどういう人かを判断しています。
仕事の実力や才能以上に、僕は“人間性”が大事だと思っています。だから、普段その人がどういう姿勢で仕事をして、人にどう接しているかをよく見ているんですよ。
佐藤:お話を伺っていると、中田さんのスタンスは海外のブランドディレクターとすごく似ていますね。金儲けがどうとかブランドがどうとかじゃなくて、「どうやったらあの人の能力をさらに引き出せるかな」と、人に対して興味や好奇心を持つところが。
しかるべき人をうまく乗せることができれば、成果が出て、それが結果的にお金になったり、ブランディングにつながったりする。ブランドに携わっている海外の人たちを見ていると、緊張感は当然あるんですけれど、どこかおおらかな印象を受けます。
中田:僕じゃなくてもできることを、僕がやってもしょうがないんですよ。自分にしかできないことじゃなければ意味がない。僕がいるからこそ「こういう顔ぶれが集まる」「普段はやらないこういうことをやる」というふうに。
だからこそ、最終的にものをいうのは人なんです。僕はどれだけ“人たらし”になれるか、そこがすごく大事だなと。
──佐藤さんはわかりますか。中田さんの“人たらし”ぶりが。
佐藤:いやあ、もう、周りの方を見るとすごくよくわかります。お食事とかをご一緒させていただくと、国籍も職業も多種多様な方がいらっしゃっていて、みんなが本当に楽しそうに時間を過ごしているんです。情報交換が目的の異業種交流会のような雰囲気は全然なくて、“ファミリー”のような感じ。
そういう人たちが中田さんの周りに集まってくるというか、中田さんがそういう場を用意しているんだなと感じます。
──今回の「日本酒セラー」のプロジェクトも楽しいですか。
中田:僕はもう、この顔ぶれが集まった時点で楽しいです。ビジネスの面でもデザインの面でも、どういうものができるかはもうわかっているので。僕が一番期待しているのは、このメンバーが集まったときにどれだけ世界を驚かすものがつくれるか、ということです。
そのぶん期待値がすごく高いから、「もうちょっとやってくれ」と言うことはあると思いますよ。それは僕自身が、(つくったものの)一番のファンでいたいからです。
(撮影:竹井俊晴)
*続きは明日掲載します。
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