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プロピッカーが選ぶ今週の3冊

マーケット評論家・牛窪恵が説く、無意識マーケティングの可能性

2016/3/2
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。水曜は「Pro Picker’s Choice」と題して、プロピッカーがピックアップした書籍を紹介する。今回は、マーケティング評論を専門に、多数のメディアに出演されている牛窪恵氏が、無意識と市場をテーマに3冊取り上げる。本記事では、脳科学の立場から無意識の消費者心理を読み解く「ニューロマーケティング」をはじめとする、マーケティングの最前線を追うことができるため、マーケティング職の方はもちろんのこと広くビジネスパーソンの教養としても役立つはずだ。

 【BookPicks】牛窪.001

昭和の時代、「その人がなぜ、Aという商品を買ったのか」は、買った人自身が「こうだ」と自覚する発言や行動からしか分析できなかった。

ところが昨今、購買者本人も「無意識」の次元にまで踏み込んで「なぜ?」を解明できるようになってきた。

脳科学の立場から消費者の心理や行動を読み解く、いわゆるニューロマーケティングの登場、である。

著者デイビッド・ルイス氏は、「ニューロマーケティングの父」と呼ばれる、同分野の第一人者だ。私も過去に何度か、彼の著書や論文を読んだが、特徴的なのは彼が脳の分析に「神経化学」を応用する点だ。

本書でも、「脳は体から分離して存在できるか?」という問いや、「頭の中以外に存在する、第二の脳(消化管内)の存在」が提示される。単なる研究・調査結果のみならず、脳と体、神経や心との密接なつながりや、そこから起こる意外な「買いたがる」衝動について、多面的に分析していて「なるほど」と感心させられる。

たとえば、人間は「首を振る(水平方向に動かす)」より「うなずく(垂直方向に動かす)」行為によって商品に好感を持つことや、チョコレートの香りを漂わせると書籍販売に効果があること、人が無意識のリラックスを感じやすい平均気温は22度・湿度は45%前後で、こうした環境のショッピングセンターでは、買い物時間が延びて出費を増やす効果が期待されることなどが示される。

すでにダンキンドーナツや高級百貨店のブルーミングデール、ハードロックホテルをはじめ、さまざまな企業や施設が消費者の「無意識な購買行動」にあの手、この手で働きかける様子も描かれており、欧米や外資が予想以上にニューロマーケティングに力を注いでいる現状もわかる。

男女の性差による衝動の違いも、面白い。男性客が、「わずかな性的興奮(女性のセミヌードや色っぽく迫られること)によって衝動買いが増え、合理的な判断ができなくなる」ことは想像に難くないが、女性客が「男性に比べて色の明るさに敏感で、鮮明な色を見ると興奮し、支配的になる」といったことまでは、心理学や従来のマーケティングでは解明できなかっただろう。

ただし、海外ではニューロマーケティングへの反論もあがっている。

本書にも、「消費者や消費者保護グループが危惧する映画『マイノリティ・リポート』の世界が現実になり、人が無意識のうちに次々と広告を受け取るような技術も開発されている」とあるが、脳解析によって「無意識」に働きかける広告手法や購買分析が明らかになれば、サブリミナルどころか、それこそマインドコントロールに近いアプローチが増えることも懸念されるからだ。

命や心といった「見えざる部分」を科学でとことん解明しようとする動きは、人間にとってもろ刃の剣でもある。越えてはならない一線を、倫理観だけで守ることができるのか。企業や社会、そしてわれわれ消費者にとって、ためになるだけでなくいろんなことを考えさせられる一冊だ。
 【BookPicks】牛窪.002

冒頭には、「経済学に関心のない人を振り向かせよう。そんな思いをこめて、この本をつくりました」とある。

その通り、一般には小難しくて近寄りがたいと思われがちな経済を、男女の行動や国民性の違い、差別と偏見、メンタルヘルスなどさまざまな角度から解明した、ユニークな一冊。こちらも「意識と無意識(こころ)」を軸に、ベテランから新進気鋭まで13人の学者たちが、専門分野から経済を読み解く本だ。

ここでは、マーケティングに関連が深いと思われる、一橋大学准教授・竹内幹氏による「男女の行動の違い」(第3章)と、京都大学教授・依田高典氏による「経済学とこころはどう付き合ってきたか」(終章)について紹介しよう。

前者・竹内氏はまず「リスク」の許容をテーマに、一般には男性のほうが「自信過剰」であり、競争原理からリスクを取りやすいこと、その一方で、女性がリスクを取らないのは回避的だからでなく「自己評価が低い」からであること、にふれる。

興味深いのは、ここから先だ。

著者はフランスの作家、ボーヴォワールの「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という有名なフレーズを掲げ、それを立証すべく、インド北東部のカーシ族と、アフリカのマサイ族への実験結果を提示する。

カーシ族は、息子が他家に婿入りし、末娘が家を継ぐ「女系」社会、マサイ族は妻を男の財産と見なすような「男尊女卑」社会、とのこと。

両者に、バケツに向かって球投げをさせ、うまくバケツに入った球の数で賞金を与えるという同じ実験を施す。その際、賞金を固定制にするか競争制にするかを併せて聞いたところ、男社会のマサイ族では、約半数の男性が競争制を選択、女性で選んだのは4分の1だけだった。他方、女系のカーシ族では、競争制を選んだ女性は過半数に及んだが、男性は4割しか選ばなかったという。

つまり、それこそが著者が言う、「人は~女になるのだ」の意味だ。男女の性差による「無意識」の行動パターンの違いは、必ずしも先天的なものとは限らない。むしろ「男(女)は、こうあるべき」という、後天的な社会的ジェンダー規範の刷り込みによるものではないか、との分析だ。

他方、終章を執筆した依田氏は、伝統的な経済学が「利益追求型の人間像(ホモエコノミカス=経済人)」をどうモデル化してきたかの経緯や、人間が常に最適な選択をするとは限らないという「限定合理性」、何かを選択するとき感情が理性に先立つ「ソマティック(身体的)マーカー仮説」の存在などにふれる。

彼もまた、先の『買いたがる脳』と同じく、経済と脳科学の融合にふれているが、素晴らしいのは単なる消費行動だけでなく、消費の満足度や「幸福度」にまで踏み込んだ点だ。ぜひ13人の学者の見解から、「これ」と共感できる経済学を探してみてほしい。

※文中の肩書きは2014年9月~15年6月当時のものです。
 【BookPicks】牛窪.003

ガラッと変わって最後は、落ち込んだときにふっと心を癒やし、勇気づけてくれる本だ。タイトルにあるとおり、やはりテーマは「無意識」だが、それを研究や堅苦しい概念ではなく、自分で実際に「体感」しながら読み進められる一冊である。

著者は、「20代の頃、仕事も恋愛も人間関係もうまくいかなくなり、家に引きこもり、ニートになり、うつ状態になり、死にたいとさえ思うようになった」という、クスドフトシ氏。彼のすごいところは、そんな自分を「卒業」しようと、自ら無意識(潜在意識)やあらゆる思考法を学び、心と体の両面から人生を好転させる「独自のメソッド」を開発、実験したことだ。

最初の実験は、「無意識はいつも正しい」実験。

1、目をパッチリ閉じて、2、しばらくして頭の中で「黄色! 黄色! 黄色!」と3回言い、3、目を開ける……。すると、「おや? 今あなたは黄色いものを探したくて探したくて、たまらなくなっていませんか?」。

その通りだろう。私も定番の「レモン」を思い浮かべ、酸っぱさを想起して思わず口が唾液でじわじわ満たされた(いわゆるパブロフの犬現象)。まさにこれが、著者の言う「無意識」だ。

彼は冒頭で、「無意識は、いつも正しい答えだけを僕たちに出してくれる」ものだと言い切る。正直言って、そこに科学的な根拠は乏しい。だが、何より説得力を与えるのは、彼がここから始まる独自のメソッドで見事にうつ状態を脱した、という事実だろう。

キーワードは、「意識と無意識」。彼がさまざまなメソッドを実践し、最後に出た結論はこうだったという。

「頑張りすぎていたんだな。もっともっと任せて良かったんだ」。いわく、任せる対象は、潜在意識である「無意識」。頑張りすぎると、得てして「意識」を自分でコントロールして何かを解決しようと、もがき続けて苦しくなる。

でも人間に元来備わっているはずの「無意識」にアプローチするすべを見つければ、心も体ももっと楽になれるはず、との考え方だ。

メソッドで印象的だったのは、彼が「ブラフ(ふりをする)」と呼ぶ手法だ。

たとえば、「鏡に映る自分を見て、口角を2ミリ上げる」だけ、「肩より上の位置でガッツポーズをする」だけという、余裕シャクシャクメソッド。著者に、「(これなら)できそうな気がしませんか?」と言われると、確かにやってみたくなるし、元気になれる気がしてくる。

無意識や潜在意識と聞いて、「ちょっと怪しい」と疑った皆さんも、ぜひだまされたと思って、一度試してみてほしい。