宇宙分野のプロピッカー、早崎公威氏が語る「重力波の世界初直接検出」
2016/3/1
本日からNewsPicksのプロピッカーのカテゴリに「宇宙」が新設され、5人の宇宙に関わるプロフェッショナルが新規にプロピッカーに就任することになった。その中の1人、宇宙物理学者の早崎公威氏はブラックホール宇宙物理学・天文学(理論)を専門とし、韓国の忠北大学天文宇宙科学科で助教授を務めながら、日本、アメリカ、イギリス、韓国、中国でも研究プロジェクトに関わっている。早崎氏の自己紹介、そしてプロピッカー就任への意気込みがNewsPicks編集部に届いたのでここに掲載すると同時に、最近の宇宙の重要トピック「重力波の世界初直接検出」について早崎氏による解説をお届けする。
初めに
こんにちは。早崎公威と申します。ここでは私の自己紹介(これまでのキャリア、なぜ宇宙物理学を選んだのか、研究スタイルなど)とプロピッカー就任に際しての意気込みを書かせていただきます。
これまでのキャリア
私、早崎公威は、ブラックホール宇宙物理学・天文学(理論)を専門とする北海道大学卒(Ph.D)の宇宙物理学者です。
京都大学基礎物理学研究所研究員、韓国天文研究院フェローを経て、現在、韓国国立忠北大学の天文学・宇宙科学科助教授であり、ブラックホール宇宙物理学研究室主宰をしています。
この間、ハーバード大学ハーバード・スミソニアン天体物理研究所客員研究員、エクセター大学(イギリス)客員助教授、中国科学院客員研究員、北海道大学トポロジー工学研究室客員准教授を兼任しました。現在も上記各所とプロジェクトは進行中です。
所属する大学では、主に相対性理論、電磁気学、電波天文学、量子力学、ブラックホール降着流の物理などを学部学生・大学院生に英語で講義しています。
なぜ宇宙物理学を選んだのか
そもそもは小学校時代に湯川秀樹やアインシュタインについての本を近所の図書館で読んだことがきっかけです。小中高と学力は平均よりやや上程度でしたが、北大の理一系になんとかひっかかり、今に至ります。
当時からなんでも極端なものが好きで、大学院入学時は宇宙全体のことを理解する「宇宙論」か、小さいけど極端に強い重力を持つ「ブラックホール」か、どちらかの研究をしたいと思っていました。
研究スタイル
「科学に国境はありません。したがって理想的には研究者にも国境はないのです」というのが、現在の私の行動原理です。そして、研究者としての目指すビジョンがまずあって、「その実現のために必要なことをする」というのが私の研究スタイルです。
その意味で、必要を感じれば、有名無名問わず世界中の研究機関や大学に出向いていき、そこで自分の研究をプレゼンし重要性をわかってもらう。そうやって、世界中に共同研究者や研究者の友人をつくってきました。今後もそうなっていくでしょう。
なぜ、日本や欧米でなく韓国なのか、ということをよく聞かれます。研究者として、特に、理論物理学者として生活を安定に成り立たせるのはどこの国であってもとても大変です。
自分が現在この仕事ができているのも、突き詰めると「僥倖(ぎょうこう)」としか言いようがありません。あえて言うなら、自分の研究者としてのビジョンを追いかけた結果だと思います。現在所属する忠北大学では同僚の教授や学生、周囲の人間に恵まれ、自分の研究スタイルを貫くうえでも良い環境です。
研究とは何かということもよく聞かれますね。実は、研究と勉強は異なるのです。ざっくり言うと、研究はクリエイティブであり、勉強は学習です。
このことを誤解している人が多いことに本当に驚きます。こういう人は勉強(学習)することにたけてないと研究ができないと考える傾向にあり、誤解が誤解を呼びます。
研究と勉強の違いはギターを弾いて新しい音楽を創作することをイメージするとわかりやすいですね。最初は誰でもギターは弾けないけど、練習すると弾けるようになる。センスのある人はどんどん上手になる。しかし、いくら上手にギターが弾けるようになっても音楽は創れない。
創作は別の能力、オリジナリティを生む能力が必要。そして、創作する段階ではギターが弾けることは単なる道具でしかない。お察しの通り、ギターが弾けるようになる=勉強、音楽の創作=研究です。
ギターを弾くのが上手になることが音楽創作の延長線上にないように、研究は勉強の延長線上にはないのです。研究はオリジナリティを生む能力がほぼすべて。だからといって、勉強が不要というのではなく、ギターが音楽創作の良いツールになるように勉強は研究のツールとして必要不可欠です。
ただし、ギターが上手なことにプライドを持ってしまうと音楽創作に目がいかず、下手すると創作活動に支障を来します。研究者を目指す学生は、受験のときの成功体験をそのプライドごとアンラーン(unlearn)してほしい。
NewsPicksを始めたきっかけ
なぜ、NewsPicksを始めたのかと、一言で言うと「好奇心」ですね。
そもそも研究者業界以外で働く人たちが何を思ったり考えたりしているのか知りたい、という欲求がありました。
インターネットで見て使い始めてみると、ピッカーの方のリテラシーは高いし、フェイスブックやツイッターとも異なる魅力があることがわかりました。
もともとソーシャルアクティブではないほうですが、今ではNewsPicksにすっかりハマりました。面白いですね。
ピッカーに伝えたいこと
私が生業にしている宇宙物理学の研究は、サイエンスの中でも基礎研究に相当するハードサイエンスです。特に、ブラックホール宇宙物理学は身に付けた知識が実生活にまったく生かされないという意味では、スーパーハードサイエンスと言えるでしょう。
ハードサイエンスはハイコンテクストなので、10年単位の時間をかけた相応のトレーニングを積まないと、科学的な発見の記事を正確かつ素早く理解するのは、たとえば大学院の修士課程卒であっても難しいかもしれません。
要は、研究者としての素養が必要なのです。ここでいう素養というのは、研究者として、自分自身の研究を世界規模で過去から現在に至る文脈の中で位置付けることができる能力のことです。
したがって、文脈のわからない専門外の研究分野だと大枠での重要性はわかっても、不正確な理解をしがちです。自戒を込めて気をつけなければならないところです。
たとえば、先日のニュースで出てきた重力波のキーワードである一般相対性理論一つをとっても、大学の物理学科を卒業した物理学専攻の大学院生でさえも、一般相対性理論を使用しない研究分野だとそれほど深い理解をしているわけではありません(もちろん例外はいることも付記しておきます)。
以上をご理解していただくと、このNewsPicksという場で伝えられることは、研究の現場で起きている「興奮」だと考えています。何か新しいもの、発明的なもの、革新的なものを生み出したときの興奮が研究者を支えていると言っても過言ではありません。その興奮を、皆さんに少しでもお伝えすることができれば幸いです。
プロピッカーとしての意気込み
自分の専門分野以外にもコメントをしていきたいと思っています。
上記の通り、私の分野はビジネスには直接結びつきにくいという自覚はありますが、研究の事業化なども含め、こちらに何かできることがあれば積極的に異分野の方と関わっていきたいと思っています。
ピッカーの皆さま、お手柔らかにお願いします。
それでは、特別解説として、次項から「重力波世界初検出」について私の見解をお伝えしましょう。
特別解説:重力波について
100年前にアインシュタインがその存在を予言し、世界の研究者が観測を目指していた「重力波」について、2016年2月11日、主にアメリカとイギリスの国際共同研究チームが初めて直接観測することに成功したと発表した。
これは、アインシュタインによる一般相対性理論提唱から100周年になされたノーベル賞中のノーベル賞的な大発見と言っても過言ではないだろう。
有史以来、人類は天体からの光(電磁波)を見て天体の存在を知り、その性質を明らかにしてきた。今回の発見は、ある意味ではその電磁波と双対をなす重力波の「直接」検出に成功したとも言えるだろう。人類史上初の大事件だ。みんなもっと驚いたほうがいい。
さて、今回の重力波直接検出によるいくつかの重要な科学的発見を挙げておこう。
(1)太陽の30倍という重いブラックホールの存在
(2)双子のブラックホール(バイナリーブラックホール)の存在
(3)強い重力場における一般相対性理論
(1)太陽の30倍という重いブラックホールの存在
天文学的な意味でのブラックホールには、星が死を迎えるときにできる太陽の10倍程度の「恒星質量ブラックホール」と銀河の中心に位置する太陽の10万倍以上の「大質量ブラックホール」が存在することが知られてる。
今回、重力波の波形と振幅から推定された質量が太陽の30倍程度と、恒星質量と大質量の中間の「中間質量ブラックホール」の発見とも言えるだろう。しかもそれが連星をなしている。これは大変なことが起きた。つまるところ今回の発見は、
a. どのようにして中間質量ブラックホールを形成するのか
b. どのようにバイナリーブラックホールとなったのか
という古くも新しい謎を、世界中の研究者たちに突き付けたのだ。
(2)双子のブラックホール(バイナリーブラックホール)の存在
実は、このあたりの話題は私の専門の一つだ。
地球が太陽の周囲を周回しているように、ブラックホール同士が互いの重力に引かれて周囲を周回するのがバイナリーブラックホールの簡単な定義だ。これまで理論的にはバイナリーブラックホールの存在を指摘されてきたが、今回の観測によって初めてバイナリーブラックホールの存在が現実として確認されたのだ。
これは驚きだ。(1)でも言及したが、このような重いバイナリーブラックホールがどのように形成されたのかは、今後解明しなければならない大きな謎なのだ。
下図は、筆者と他二名の共同研究者が提案したバイナリーブラックホールの三重円盤(三つのガスの渦巻き)モデルだ(#1,2)(ただし、これは上記の大質量ブラックホールの場合であることに注意)。2008年当時、幸運にも国内のメジャー紙やTVでも取り上げていただき、イギリスのNew Scientist紙でもHayasaki’s modelとして紹介された(#3)。
(3)強い重力場における一般相対性理論
ブラックホールはシュワルツシルト半径と呼ばれる量でそのサイズを測られる。たとえば、太陽のシュワルツシルト半径は3キロメートルだが、太陽の半径はそれよりも5桁以上も大きい。重力の強さは距離に反比例するので、太陽の表面での重力はシュワルツシルト半径に比べればとても弱くなる。
これまで、弱い重力場での一般相対性理論の検証は行われてきた。たとえば水星の近日点移動だ。
水星は太陽よりも外側を周回している。そう思うと、水星が感じる太陽の重力は太陽表面よりもさらに弱い。このように非常に弱い重力場であっても、一般相対論によって予言された水星の近日点移動という物理現象が測定によってきちんと確認されたのだ。
一方で、シュワルツシルト半径近傍のような極端に強い重力場で、本当に一般相対性理論が成立しているのかは、これまで直接的には検証のしようがなかった。しかし、今回の重力波の発見で、シュワルツシルト半径の近くでも一般相対性理論が成立していることがわかったのだ。これも大変なことだ。
以上のように今回の発見は、まさにブラックホール研究の総合デパートといった様相を呈している。あっちこっちに研究のネタが詰まっている。今後の関連研究にも要注目してほしい。実際に、すでに多くの研究論文が出ており、今後、この分野はよりいっそう活発になること請け合いだ。
(写真:Mode-list/iStock.com)