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無給インターン問題が投げかけること

シリコンバレーで、日本企業は「いいカモ」なのか

2016/2/29

先日、ウォール・ストリート・ジャーナルTechCrunch Japanなどの複数のメディアによって、シリコンバレーにおける無給インターンの問題報じられた。

シリコンバレーのベンチャーキャピタル(VC)であるFenox Venture Capitalが、米国労働省より、日本人を含む56人のインターンを無給で働かせていたとして、未払い給与の支払い命令を受けたのだ。

同社のファンドには日本企業も投資しており、同社には日本語を話すスタッフも在籍。労働省の捜査員は、インターンが作成したリポートが同社ファンドの投資家である日本企業に送られていたと指摘している。

一連の報道からは、自分の履歴書に「シリコンバレーのVCで働いていた」と書きたい日本人の若者たちの存在や、日本企業が重宝していた「シリコンバレーからのリポート」が、経験の乏しい日本人インターンによって作成されていた可能性が浮かび上がる。

今回のニュースをどう解釈すればいいのか。日本企業はシリコンバレーで“良いカモ”になっている面があるのか。日本企業はシリコンバレーとどう付き合うべきか。

これらのテーマについて、米国のVCとの豊富な交渉経験を持つ、経営共創基盤(IGPI)の塩野誠パートナーに話を聞いた。

シリコンバレーネタのニュース価値

──今回、Fenox Venture Capitalの無給インターンが問題になっていますが、元従業員に話を聞いたところ、社内でも長期間、問題視されながら、改善がなされていなかったそうです。無給インターンはもちろん、企業がシリコンバレーの重要情報だと思っていたものが実は日本人インターンが書いたものだった可能性が高い点も大きな問題ですが、今回の話は関係者の間ではよく知られた話だったのでしょうか。

塩野:Fenox社の件は同社でインターンをしていた知人もいるのでそれなりに知っていますし、日本企業の方々が「弊社はシリコンバレーの情報はちゃんと取っています」と言う際に同社の名前は良く出てきました。

今回のケースによって、より本質的な日本企業にとってのシリコンバレー問題が浮かび上がったと思っています。

──それは、「シリコンバレー」がブランドになってしまい、シリコンバレーと言われると、盲目的にありがたがってしまうということでしょうか。

そうですね。日本の新聞報道でも「A社が米国シリコンバレーのVCであるB社に出資、シリコンバレーでの事業展開につなげたい方向」という記事をよく見かけますが、ニュースバリューがあるかは疑問です。

ファンドへのLP(有限責任組合員)としての出資であれば、「私個人が投資信託を購入する」のと大して変わらないとも言えます。

また、通常はVC側も大口LP投資家であれば、もちろんそれなりに優遇して気を使いますが、VCの投資先であるベンチャー企業の情報や事業機会を特定のLP投資家だけに優遇して与えるのは、他LPとの利益相反の問題もあり、事実上は難しい。

そうするとやはり、LP向けリポートやLPカンファレンス出席などがLP投資家に提供される内容になります。ファンド側が「たった数億円を出資するLP投資家に何でいろいろやってあげる必要があるんだ」と考えるのも自然です。

VCが投資先を募るピッチブック(提案書)には良いことばかり書いてありますが、日本企業には未公開株式という資産クラスへの投資家としてファンドの仕組みや運用会社のインセンティブを理解する必要があると思います。

現地に人を置くべき

──最近はAI(人工知能)やフィンテックがブームになっており、これまで以上に、日本企業の間では「シリコンバレーにアクセスしなければ」と焦っている面もあるはずです。

現地の情報にアクセスしたいのであれば、最近はインターネットという便利なものがあるので「何が今起こっているのか?」について大抵の情報は取れると思います。

テクノロジー系の情報であればNewsPicksやTechCrunchなどいくらでもあるでしょう。

それ以上の情報を取りたいのであれば、やはり現地に人を置くべきでしょう。

「VCやベンチャーの世界はインナーサークルで入れない」といった言葉を企業の方からよく聞きますが、ベイエリアでもニューヨークでもカンファレンスやミートアップはいくらでもあります。

日本の大企業の名前があれば、そうした場で著名人や著名企業とのファーストコンタクトはできます。また、せっかく企業派遣でMBAに行かせているのであれば、その同窓会ネットワークで必ず誰かにはつながるはずです。

より現実的には、日本人のビジネスパーソンがそうしたカンファレンスのネットワーキングの朝食やランチでコンタクトしたい相手と話ができるかどうか、です。

カンファレンスの主催者も事前に「誰と会いたいか?」と聞いてくれることもあります。実際に現地の人でもそこでコネをつくっているわけですから。

次の段階として、情報はタダではないので、何を相手に与えられるかでしょう。日本企業はグローバルでもみんなが知っている製品を持っていますから、その情報や製品力が突破口になります。

明確なVCの序列

──現実的には、シリコンバレーのカンファレンスで知らない人に話しかけるのは難しいと感じる日本人も多いのではないでしょうか。

そこが今回の問題だと思います。

日本企業にとって、日本語が通じて、米国的なハードな交渉ではなく、日本企業と米国企業の間をうまく取り持ちたいと言ってくれるVCやブローカーは一見すると頼りがいのある存在に見えます。ただそうしたプレーヤーの中には、素晴らしいものもあれば二流、三流のものもあります。

日本企業の方に一つ覚えておいてほしいことは、米国のVCに限って言えば、その社会的地位は高く、序列は極めて明確だということです。

ゴールドマン・サックスのようなバルジブラケット(トップ投資銀行の通称)よりVCでの職を選ぶ人は多いですし、セコイアキャピタル(アップル、グーグルなどに創設時から出資)やクライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ(アマゾン、グーグルなどに初期から投資)を頂点としたVCの序列は明確で、案件へのアクセスもその意味ではクローズドです。

あるシリコンバレーの日本人キャピタリストは「自分たちがメジャーリーグで戦えないのは理解したうえで、できる限り良い案件にアクセスできるかが勝負だ」と言っていました。

日本企業はシリコンバレーでベンチャー投資案件があった場合、なぜ一流VCやスーパーエンジェル(著名経営者兼投資家)がその案件を見送ったか、なぜベイエリアにはおカネが余っているのに、遠く日本に資金提供を求めるかを冷静に考えるべきです。

これはベンチャーのアーリー、レイターのどのラウンドでもそうですし、VCへのLP投資でも同様でしょう。

過去、私は日本のクライアントから複数のシリコンバレーでのベンチャー投資案件の相談を受け、一瞬で「案件の良さはこの順番でしょう」と返答し、実際にデューデリジェンスを行うとその通りになったことがあります。ただ、種を明かせば、単にベンチャー企業の投資家であるVCの「格」を見ただけのことです。

残念ですが、米国VCの序列は近年のアンドリーセン・ホロウィッツ(フェイスブック、インスタグラム、Airbnb〈エアビーアンドビー〉などに初期から投資)の台頭などを除くと固定的であり、いつものメンツ感があります。それらのメンツ以外はやはり格は落ちます。

──日本企業の多くの担当者は、そうした基本情報をおさえていないのでしょうか。

考えられるのは、シリコンバレーのVCに投資している日本企業に事業会社が多いということです。

事業会社は「ウチはファイナンシャルインベスターではなく事業シナジーを狙っています」と言いますが、ファンド自体の目的はリターンの最大化ですし、誇るべきはトラックレコード(収益実績)とAUM(運用資産額)です。そこがちょっと目線が違う気がします。

金融的ヒエラルキーより、「御社とのシナジーを考えます」とアピールするVCに惹かれてしまうのかもしれません。

また、金融や投資の世界の方が「切った張った」に慣れていますし、「リップオフされないように(=カモられないように)」という共通認識がある気がします。

医者や生物学者も重宝される

──最近は事業会社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)も多く立ち上がっていますし、海外ベンチャーへの投資意欲もあります。どうしたら日本企業がシリコンバレーで確たる存在感を出せるのでしょうか。

中国系のエンジェル投資家グループなどは緩やかな連帯を持って米国で存在感を増していますし、まったくもって不可能というわけではないでしょう。たとえば、スタンフォード大学のNew Japan(SV-NJ)Projectは日本企業にシリコンバレーでの幅広いアクセスを提供しています。

また、先人に目を向ければ、慶応大学医学部を出た後に米国に渡り、2回もCFOとして米国で上場を果たした金子恭規氏がいます。

金子氏は現在、ヘルスケアセクターの著名VCであるSkyline Venturesでパートナーを務め、同社のファンドは800億円程度を投資しており、キャピタリスト全員が博士号か医師資格を持っています。日本人でもこういうレジェンドがいるわけです。

当たり前のことですが、卓越したスキルがチャンスへの道筋なのです。

そういう意味では今やデータサイエンティストのシリコンバレーでの初任給は2000万〜3000万円です。「無給でいいから働かせてください」とVCでインターンする熱意は本当に買いますが、卓越したスキルを持って一流VCの門を叩いてほしい気もします。

米国VCは細分化されていますので、MBAも良いですが、医師や生物学者といったキャリアは重宝されるものです。サイエンティストで弁護士みたいなキャピタリストもいます。

今回の件は残念な話ではありますが、日本の事業会社が今後、意味ある情報を収集し、しっかりとプロフェッショナルな機関投資家として振る舞ったうえで、自社とベンチャー企業のシナジーを考える良い機会になればと思います。

(写真:PhotoTil/iStock.com)