【田亀源五郎】当たり前を疑ってみよう──ゲイアートの巨匠が描くドラマ

2016/2/28
異才の思考第5弾には、ゲイ・エロティック・アートの巨匠として、国内はもちろん、海外でも個展を開くなど、高い評価を受けている田亀源五郎氏が登場。漫画家としても、ゲイ雑誌の黎明期から多数寄稿するなど、ゲイカルチャーの発展に寄与してきたことでも知られている。
そんな田亀氏による、一般誌で初の連載となったのが『弟の夫』(双葉社・月刊アクション)だ。弥一と夏菜、父娘2人暮らしの家に、マイクと名乗る男がカナダから訪れる。マイクは、弥一の亡くなった双子の弟の結婚相手だった。「弟の夫」の訪問に戸惑う弥一と、「男同士で結婚ができるの?」と興味津々の夏菜。同性婚をフックにしながら展開される日常の物語が大きな反響を呼んでいる。
1巻が発売された時点で、「このマンガがすごい!2016 オトコ編」で第11位にランクイン。さらに、2015年の文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞を受賞するなど、早くから話題を呼んでいる同作品。作者の田亀氏に、作品に込めた思いについて聞いた。
50歳を迎えたからこそ挑戦
──初めに、漫画家として活動するようになったきっかけから伺えればと思います。
田亀 私が高校生の頃、漫画の世界に「ニューウェーブ」や「三流エロ劇画ルネッサンス」と呼ばれるブームがあって、既存の漫画の枠組みを超えたり、アーティスティックで実験的だったりする漫画が生まれていました。それを見たとき、「これまでとは全然違う漫画が出てきて面白いな」と思ったんです。後者はセックスのことについても扱っていて、興味を引かれました。
この2つの文脈がとても新鮮で、自分でも漫画を描いてみたいなと思ったのが、きっかけです。そうして描き始めた漫画が、美大時代に雑誌「小説JUNE」に載ったのが最初の経験でした。
でも、そのまま漫画を描き続けたわけではありませんでした。転機になったのは、大学時代にヨーロッパの美術館を巡ったとき、同時に初めて海外のゲイ文化に触れたことです。そこで見たゲイ雑誌が、日本とは全然違ったんです。
日本では控えめで、即物的な表現はされていなかったのが、欧米ではダイレクトに描かれていて、「ここまでやっていいのか」という感じで、すごく新鮮でした。またSMの描き方も、日本では主に「ふんどしに縄」みたいな感じだったのが、「レザーにチェーン」というレザーカルチャーなどがありましたしね。それに刺激を受けて、ゲイのエロティシズムを描いてみようと思ったんです。
その後、作品を「さぶ」や「薔薇族」に送り、掲載されるようになりました。当時のゲイ雑誌では、漫画でエロティシズムをストレートに描く人は少なかったので反響は大きかったですね。特に「さぶ」で読みきりではない漫画を連載したのは私が初めてでした。その連載をまとめて書籍化したところ、「初めてゲイ向けの漫画で黒字になった」とよく言われたことを覚えています。
私が海外でも紹介されるようになったきっかけの一つとして、日本に来ていた欧米のキュレーターが、歌舞伎町で私の漫画を見つけて……ということもありました。
──田亀さんとしては、一般誌に描いてみたいという気持ちは持っていたのでしょうか。
そういう気持ちはまったくなかったんですけれど、ここ何年か、出版社の方から「描いてみませんか」と声をかけていただくようになったことで、「一般誌の可能性もあるか」と初めて気づきました。
また、私はずっとゲイ漫画を描いてきて、一つの達成感みたいなものもあったんです。これが代表作だなと思える作品を生むこともできましたし。だからこそ、自分が50歳という節目を迎えて、もっといろんなことに挑戦してみたいと思ったことも、大きかったですね。
田亀 源五郎(たがめ・げんごろう)
ゲイ・エロティック・アーティスト
1964年生まれ。多摩美術大学グラフィック・デザイン科卒業。代表作に『銀の華』『PRIDE』『君よ知るや南の獄』『外道の家』など。
“自分事”に考えてもらう工夫
──初めから、『弟の夫』のストーリーを描きたいという思いはあったんでしょうか。
そんなこともなかったんですよ。特にゲイをテーマに描いてほしいと言われたわけでもなかったので、最初はSF的な作品を描こうと思っていたくらいです。「室町時代にプテラノドンが地面から出てきて、それを武士が退治する」みたいなね。恐竜と日本刀の組み合わせが面白いんじゃないかって。でも、担当編集さんと話す中で、お互いどうもしっくりこなかった(笑)。
それに、今回せっかく一般誌に描くんだったら、自分にしかできない作品にしたいという思いはありました。そこで、ゲイ向けのゲイ漫画の可能性は自分でも開拓したと思うんですけれど、ノンケ(同性愛者から見た異性愛者)さん向けのゲイ漫画が面白いんじゃないかと考えるようになったんです。
その中で、世界中で同性婚が合法化される流れが、まるでブームのように生まれていました。私は個人的にもそれを追いかけていて、英語のニュースなどをよくツイッターで抄訳して伝えていたんですが、それに対する反応がものすごくよかったんです。しかも、ゲイよりもノンケさんの方が反響が大きかった。「それじゃあ、同性婚をモチーフにした話をつくってみよう」と思って生まれたのが、『弟の夫』のプロットだったんです。
過去に青年誌でゲイ漫画を提案してボツになった経験があるので、無理だろうなという思いもありましたが、担当編集さんに見せると、「これでいきましょう!」と、あれよあれよという間に進みましたね。
──たとえば、同性婚の夫婦を主人公にして描くことも考えたのでしょうか。
そうですね。そのプロットも考えました。ただ、その場合はノンケさんよりもBL(ボーイズラブ)読者が喜ぶだろうなと思ったんです。一般誌である以上、やっぱりノンケさんに読んでほしかった。そこで、弟の夫というかたちになったんです。
これは、海外のニュースもヒントになりました。アメリカで同性婚の合法化の賛否が盛り上がっていたときに、反対派の急先鋒(せんぽう)の一人が、突然意見を変えたことがあったんです。そのきっかけは、ご自分の子どもが性的マイノリティであると告白したから。今まで他人事だったのが、身内の話になった瞬間に、反対する理由が何もなくなった。むしろ、子どもの幸せをサポートすることが親だということで、180度考え方が変わったわけです。
だから、自分の身内に性的マイノリティがいるとわかったら、ということがポイントになると思いました。
──連載がスタートするときのお気持ちはいかがでしたか。
何から何まで不安でしたね。雑誌の隅っこで、ひっそりと連載がスタートすると思ったら、巻頭カラーでしたから(笑)。もちろん、私はプロの漫画家なので、自分が書いているものが面白いという自信はあるんです。でも、それが雑誌の読者にとってイコールかどうかは、まったく新しいチャレンジだったため判断材料がありません。「誰が読んでいるんだろう……」と、単行本の1巻が出るまで不安でした。漫画業界の常で、1巻が全然売れなかったら連載を畳まなくちゃいけませんからね。
連載中から、ツイッターや雑誌アンケートなどで好意的な反応が多くてうれしかったんですけれど、一般の漫画業界が要求する数の読者まで届いているかどうか、まったく見当がつきませんでした。そこはすごく胃が痛かったんです。声をかけていただいたことに結果で報いたいという気持ちもありましたので。
「黒船」として訪れたマイクに対して、対照的な態度を取る弥一と夏菜を表現。第1話の巻頭カラーより。
©田亀源五郎/双葉社
作品に込めたメッセージ
──いざ第1巻が発売されると、大きな反響がありました。
ほっとして泣きそうになりました(笑)。変な話ですけれど、これまでノンケ向けゲイ漫画なんて描く人も描こうとする人もいなかったと思います。私には、大げさに言えば「自分の50年分の人生をつぎ込んで描いている」という気合いがあります。他の人には、付け焼刃では描けない物語だという思いはあったので、いろんな感情が湧き上がりましたね。
──さらに、文化庁メディア芸術祭マンガ部門の優秀賞も受賞されました。どのような感想をお持ちになりましたか。
いやあ、時代も変わったなと思いましたね。そもそも、私に対する取材一つとっても変わりましたから。ゲイ雑誌だけに描いていた頃は、海外メディアは新聞社やテレビ局、フェティッシュな雑誌までさまざまな媒体から依頼があったのですが、日本ではサブカル系の媒体くらいでした。
それが、『弟の夫』の連載が始まってからは、今回の取材もそうですし、新聞社などからも取材を受けるようになりました。そうやって注目いただいたうえで、読者にも喜んでもらった先の受賞というのは、素直にありがたいですね。
──私個人として作品で印象的なのは、同性婚について描かれていると同時に、さまざまな生き方や考え方などに関する「違い」のエピソードが描かれているところです。
同性婚はきっかけであって、作品のテーマではないかなと思っているんです。私がまず何をやろうと思ったかというと、世の中ではゲイのことを知らない人も多いからこそ、思い込みであれこれ言うのはやめて、まずは知ってみましょう。そして、知ったら今度は考えてみましょう、ということ。
そこから、同性愛に限らず「自分が当たり前だと考えていることを、一回疑ってみようよ」というメッセージは、どのエピソードにも根底に流れています。第1話で、弥一が男同士だと結婚できないのは当たり前だと思っていて、夏菜がそれを変だと思う部分が、構造としては全体のテーマになっています。
「外人」と呼ぶ夏菜に「カナダ人」と優しく答えるマイク
©田亀源五郎/双葉社
マイクとリョージの性役割に興味を持つ夏菜
©田亀源五郎/双葉社
弥一は夏樹と離婚し、シングルファザーとして夏菜を育てている。「母親が必要なのかな」とつぶやいた夏樹に、弥一が答えるシーン。
©田亀源五郎/双葉社
──『弟の夫』を読んだことで、LGBTに対して理解が一歩進んだという感想もあります。
そうですね。「ネタだと思って読んだけれど面白かった」「目からうろこが落ちた」という感想が多くてうれしいです。また、親御さんに読んでもらえたのであれば、ご自分の子どもをサポートすることへの心構えになってくれたらいいなと考えていますし、LGBTの子どもがこれを読んで元気になってほしいという思いもあります。
ゲイの漫画家がゲイの漫画を描いていいし、何かをやるときに「ゲイだから」と思わなくていいと思えるきっかけになったらいいなと。顔を隠して生きる必要なんてないって。私は10代後半でカミングアウトして、直接的に嫌な思いをしたことはないのですが、そうではない人もいますからね。そして、これから日本で同性婚の問題がより具体的に議論されるようになったときの「地ならし」になったらいいなと思います。
自分に素直、他人も認める
──今、少しずつ社会が変化していますが、田亀さんから見て望ましい性の在り方はどのようなものですか。
「自分に素直であって、他人に口出ししないこと」。これに尽きますね。このことは、性に限らず大事なんじゃないでしょうか。
私がゲイ・エロティック・アートに関心があるのも、エロティシズムが他人に言われて変えられるものじゃないところにあります。男性のノンケさんは男性に性的なものを感じないだろうし、ゲイは女性の裸を見て興奮しない。何かに対して欲情するということは、パーソナリティーとすごく密接につながっているというのが私の考え方です。そこにはむき出しの人間の存在があります。それぞれの人に、それぞれのツボがあり、それが作品として見えてくることに魅力を感じるんです。
だから、自分の好きなことを追求する一方で、自分には理解しづらいものの存在も認められる社会であればいい。もし受け入れられなくたって、その相手を批判する必要なんてないわけですから。
──他のLGBTを扱っている漫画に対して意識されることや、何か感想を持つことはありますか。
それはあんまり考えたことないんです。LGBTをテーマにしても、各人の数だけテーマがあると思いますし、それが理想です。だから、作品のバリエーションはどんどん増えてほしい。最近は、一般誌ではなく同人誌やネットなどでも、当事者の作家さんが等身大のドラマを発表されています。その潮流はすごくいいなと思いますね。
──まだ完結はしていませんが、『弟の夫』は田亀さんの代表作になるのではないでしょうか。
そうですね。「代表作です」と胸を張れるものにしたいです。この作品には、自分が今まで使うことがなかった趣味性や嗜好(しこう)性、作家性が反映されています。それは、描きながら自分自身が発見したポイントですね。ストーリーのうねりよりも「日常のひだ」を描くことでストーリーを展開させていたら、後から「自分が好きな小津安二郎の雰囲気に似ているな」と思うこともありました。
こういう物語の描き方に不安もあったのですが、読者の反応を見ていると、それが伝わっているなと実感しています。自分の得意技の一つに加えてもいいかもしれません。「毛深い男」「ハードSM」、そして「ほのぼの」みたいなね(笑)。これからも、50歳を過ぎて新しい挑戦ができていることを楽しみながら、作品をつくり続けたいなと思います。
(写真:風間仁一郎)