黒字増へ、ハマスタ買収後の“コミュニケーション”戦略

2016/2/27
2016年1月20日に締め切られた友好的TOB(株式公開買い付け)の結果、横浜DeNAベイスターズは横浜スタジアムを子会社化し、球団と球場の「一体経営」がついに実現することになった(TOB後のベイスターズの持ち株比率は約77%)。  
ベイスターズはそれに合わせて、メッセージフォトブック『BALLPARK』を発売し、「“夢の”横浜スタジアム」と銘打った、詳細につくり込まれたCGも発表。新たなステージに向けて、ファンとともに「夢」を描くところから第一歩を踏み出した。
今後の焦点となるのは、「夢をいかにして現実にしていくか」だ。ベイスターズの池田純球団社長に、一体経営のこれからについて聞いた。

過去4年、ハマスタの利益は微増

まず、ベイスターズが横浜スタジアムの運営権を握ったことで、球場におけるビジネスの全体像はどう変わるのだろうか。
池田社長は、こう明言する。
「(スタジアム側の収益となっている)チケット売上の13%がどうなるとか、そういうのは小さな話にすぎない。広告、飲食、その他の収入。球団を買収したときと同じようにビジネスをイチから見直すだけで、すべての分野でかなりの改善が見込めると思います」
こうした自信の一つの根拠となっているのが、横浜スタジアムの業績推移だ。
DeNAがベイスターズの経営権を取得してからの過去4年間で、ホームゲームの観客動員数は110万人(2011年)から181万人(2015年)へと65%も増えた。
しかし、その恩恵を大いに受けるはずの横浜スタジアムの利益はわずかな伸びにとどまっている。横浜スタジアムにはまだまだビジネスチャンスが眠っている、と企業再生を得意とする池田社長が考えるのも当然だろう。

ハマスタの黒字額は年間3億円

横浜スタジアムの黒字額は年間およそ3億円(2015年1月期、税引き前は約6億円)。連結対象の約77%が球団の利益に加算されるわけだが、スタジアムの運営に対する自由度が上がったことで、球団単体のビジネスにも新たな可能性が生まれることになった。
「これまでは、球場の中に球団のブランドを冠したショップや飲食店がほぼ皆無に等しい状態でした。球団の直営店舗は2015年できたグッズショップと、いくつかのワゴンのみ。飲食にいたっては小さなポップコーン店が一つあるだけでした」
「たとえばビール。1年間での球場全体を通してのビールの売り上げは、数億円の後ろのほうもあります。今後はビールの売り上げ全体を伸ばしつつ、一定量のパーセンテージを球団のオリジナルビールがとっていくことが考えられます」

なぜ自分たちのビールがないのか

実は2015年から、その布石は打ってあった。
オリジナル醸造ビール「ベイスターズ・エール」の開発に着手し、横浜公園に面した場所にオープンした直営のライフスタイルショップ「+B(プラスビー)」などで試験的に販売を開始していたのだ。
独自開発された「ベイスターズ・エール」。
「球団経営を始めた当初から、私の大きな疑問でした。野球といえばビールはつきものなのに、『なぜ自分たちのビールがないんだ?』と。まして世の中では、地ビールやクラフトビールがあちこちでつくられるようになって、ブームにもなっている。地ビールといっても、土地に根づいたビールではなく、オケージョン(場面・飲むシチュエーション)に根づいたビールがあってもいいのではないか。そうした観点から、“野球を観るときに飲むビール”としてベイスターズ・エールの開発を始めました」
自前のビールが完成したところに、横浜スタジアムという巨大な売り場を確保できたわけだ。早ければ今シーズンの開幕から、ベイスターズ・エールのタンクを背負った売り子がスタンドに投入される予定だという。
もちろんビールだけではなく、開発中のホットドッグをはじめとして、新たな名物グルメが続々と登場すると見込まれる(池田社長いわく、「ホットドッグは美味しいだけで、何も面白さがなくて四苦八苦中」らしい)。
多くは2017年度からになるが、一体経営による変化を待ち望んでいるファンをまず楽しませるのは、球団が主体となって考案する新メニューの数々となりそうだ。

色彩統一で非日常を演出

一方で、ハード面はどのように変化していくのだろうか。
球団が真っ先に取り組んでいるのが、座席を青色に変える作業である。まずは約6000席を対象に、オレンジ色の座席を外して、チームカラーである青色の座席に入れ替える工事が着々と進められている。
オレンジ色の座席の一部がチームカラーの青に入れ替えられた。
色彩の統一感によって非日常性を演出する“カラーコミュニケーション”の一環だが、池田社長はある悩みを抱えているという。
「シートを全部ブルーにしたいとは思っているのですが、難問はレフトスタンド、つまり相手チームの応援に来る人が座る席を何色にすればいいのか」
思わず「全部、青ではいけないんですか」と尋ねると、池田社長は悩む理由をこう説明した。
「どうでしょうね。ビジターファンに肩身の狭い思いをさせたくない。日本の野球は“対決感”も重要な要素ですし、横浜スタジアムに来ていただける人はみんなお客様。そこは今回のTOBのように、横浜の野球ファンと考え方を共有するというか、コミュニケーションしながらやっていかないと共感が得られないと思います」
「球団がつくりたいものをつくっているだけ、と思われてしまうと、ファンはついてきてくれません。必ず反対の声はあるし、あって然るべきなんですが、大事なことは賛成、さらに共感という声のほうが大きくなる状況を丁寧につくっていくことです」

大衆ビジネスは共感が不可欠

不特定多数の、いわば“大衆”を相手としたビジネスにおいて、コミュニケーションが持つ重要性は極めて大きい。それを熟知しているからこそ、レフトスタンドの座席の色という細かな点まで、ファンの声に耳を傾けたうえで判断を下そうとしているのだ。
「『“夢の”横浜スタジアム』のCGも共感を得ることができるだろうと判断して、その先の世の中の反響を広く聞きたくて出しました。CGでライトスタンドがなくなっていることに関して物議を醸すだろうと予測もしていましたから、熱狂的なファンの新たな定着地として、内野席・ネット裏後方の“ジャンボスタンド”という解決策を同時に提案した。選手の背中を押してくれるし、自軍ベンチの後ろにそびえ立つ青い巨大な壁は相手チームのベンチに威圧感を与え、みんなで戦っている感覚が一層増します。大切なのは予想される反応に対して、きちんとした考えと共感可能な答えを持っておくことだと思います」
CGは、ファンに夢を抱かせることには成功した。しかし、そこに描き出されたような大規模改修には、現実的な課題が立ちはだかる。建物自体は横浜市の所有物であり、さらに横浜公園は国有地。都市公園法や条例の制約から免れることはできない。

スタジアムはチームのブランド

だが、そもそもベイスターズが横浜スタジアムへのTOBを本格的に検討し始めたのは、2015年、「約9割の稼働率を達成しても赤字から脱却できない」という球団単体での経営努力の限界を突き付けられたからこそだ。現在2万9000席の客席数を増やすことに対して、池田社長はどのように考えているのだろうか。
「重要なのは、誰もが想定できるような考え方には、共感は生まれないということです。それではプロ野球ビジネスの経営はドライブしません。客席数はもちろん解決しなければならない課題ですが、すぐに解決できるわけではありません。あえてそういう前提で話をすると、フランチャイズ地域をマーケットとして常々分析してきたうえで、私がイメージできるのは横浜スタジアムの客席数『3万6000』という数字です」
「今、私たちが持っていないものの一つが、(ドイツ・ブンデスリーガの)ドルトムントのような、満員の高揚感が強烈にあふれる球場というスタジアムブランドです。それが、次に私たちが手に入れなければならない最上位のブランドです。そのためには不必要に大きな球場では空席が目立ってしまい、マイナスになりかねない」
「大きければ儲かるというのは安易ですし、デカければ良いという時代ではありません。年間を通した稼働率が最低でも80%を超え、しかもホームのファンがスタンドの7割くらいを占める。3万6000人という球場のサイズは、『常にすごい高揚感を味わえる球場』という強烈なブランドを手にするために、最適な数字だと私は考えています」
逆の言い方をすれば、3万6000席の球場で常態的に高揚感を生み出せるだけの集客力が、近い未来のベイスターズにはあると見ているということだ。
横浜スタジアムに強烈なブランドを付与する──この試みに、チームの人気を劇的に復活させたベイスターズの経営手腕がどのように発揮されるのか。今後の展開に注目していきたい。
球団と球場の一体経営で、横浜スタジアムはさらに熱気が増していきそうだ。
(写真:©YDB)