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続・インターネットストラテジー(第2回)

【須藤憲司】これからのビジネスは個のエンパワーメントに賭けろ

2016/2/21
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる。
第1回:スタートアップを経営してみて、気づかされたこと
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

経営もキャリアも似ている

先週より始まりました連載の2回目。たくさんのコメントに励まされ、刺激をもらって、連載なんて大層なものをやって大丈夫だろうか? という不安よりも、経営のオープンソース化という新しい挑戦の手応えを感じています。本当にありがとうございます(前回はこちら)。

尊敬している占部さんや朝倉さんにコメントをいただいたこともうれしかったですし、ランサーズの曽根さんのコメントは、さらにもう一段深く掘り下げていただいて、勉強になりました。

実は、個人的に一番面白かったのが、経営のことを書いたつもりが個人のキャリアも同じだと池田さん、磯貝さんをはじめ何人もの方から指摘いただいたことです。確かにそうですよね。

個人だって意思決定のシーンはたくさんあります。そんなまったく違う業界にいらっしゃる方にも何か新しい発見があればうれしいなと思いました。

今回は、いくつかいただいたコメントの中から、そもそも私はどんなビジネスをしているの? と至極まっとうなご質問をいただきましたので、その質問にお答えしながら、私自身がインターネットビジネスをどのように見ているのか? なぜ、このビジネスをはじめたのか? についてお伝えしたいと思います。

UIはこれからの店頭

先週のことです。

たまたま用事があって、郵便局の窓口に立ち寄りました。すごい行列でした。

あまりにも待ち時間が長かったので、受付にあるさまざまな申し込み用紙を記入するコーナーに行ってみると、ほとんどのことが今はインターネットでできるものでした。あるいは、今はできないものもほぼインターネットにのせることができるものでした。

すると、「あれ? なんで皆ここで並んでいるんだっけ?」と素朴な疑問が湧いてきます。

今は、お店に並ばなくてもいろんなことがスマホでできます(ちなみに私の用事は税金の支払いで、まだネットではできませんでした)。

経営者から見るとスマホはお店を皆が持ち歩いているようなものです。自分の店舗に来てもらうよりも、お店がお客さんに出張しているように見えるかもしれません。

さらに言えば、スマホのユーザーインターフェース(UI)は店頭です。「なんだよ。当たり前のこと言って」と怒らないでください。店頭だという目で、いろんな企業のウェブサイトを見てください。ECサイトをお持ちであれば自分のECサイトを見てみてください。

近くのコンビニやスーパーの店舗を毎週、毎日見ていますが、売り場が変わらないお店はありません。ただ、毎週・毎日店頭を変えているウェブサイトを私自身はあまり見たことがありません。むしろ、ページをつくったらつくりっぱなし、というケースがほとんどではないでしょうか。

ホームページが看板だった時代は、それで良かったのだと思います。ただ、ウェブサービスという物を買ったり、資料を請求したり、予約したり、サービスを提供したりできる時代では、店頭がイマイチでは当然ビジネスとしては成功しません。

たとえば、レジまでの道のりが遠くてわかりづらいお店、あんまり見たことないですよね? しかし、そうした例が、サイトだとたくさんあるのです。

そうやって見てみてください。UIは店頭です。なぜその店頭を改善しないんでしょうか? あるいは、できないんでしょうか?

ネット人材は枯渇している

なんで改善できないのか? ということに目を向けることが重要だと思っています。いつものことながら、できない理由はたくさんあります。中でも私が注目したのはリソースでした。

私がリクルートでインターネット広告事業の責任者をしているとき、多くの企業から「須藤さんのチームから優秀な人を送ってほしい」と依頼をいただきました。依頼先は、誰もが知っている人気企業ばかりです。

「普通に採用したらいいじゃないですか?」と提案すると、「いや、本気でインターネットビジネスをやりたい人は、うちじゃなくてグーグルさんとかヤフーさんとかリクルートさんに行ってしまう。インターネット人材の採用ができないんだ」という答えが返ってきます。

今でも人気企業ランキングトップ20には入るような企業のインターネット事業責任者から真剣にこうした相談を受けますので、これは新しい産業課題だなと思うようになりました。

そこで、サイトを改善するツールではなくて、インターネットのサービスを改善するリソースにもアクセスできるサービスをつくろうと思うようになり、「Kaizen Platform」をつくりました。

われわれが目指しているのは、たった一人の担当者でもオンライン上に登録されたグロースハッカーたちと、仮想的にグロースチーム(サービスを成長させていくためのチーム)をつくり、一緒に自分たちのサービスを改善していくためのプラットフォームを提供しようという思いから、Kaizen Platformを創業しました。

インターネット化は、これからもっと進むと思いますが、すべてがグーグルやフェイスブックみたいな会社ではありません。むしろ普通の会社のほうが未来でも大勢を占めるだろうなぁと思った私は、普通の会社のインターネット化にどう取り組むべきか? という問いを会社の経営の中心に据えたのです。

そうやって考えていく中で、おのずと改善したい人と改善してほしい人も含めた改善者のためのプラットフォームをつくろうということになり、クラウドソーシングでさまざまな才能を結び付けようとなったのです。

だって、その才能は雇用という関係性では未解決の問題で、一般的には人気企業と言われる会社ですら、そのリソースにアクセスできておらず、活用できていないわけですから。

改善したら終わりのビジネスか? 改善し続けることが価値のビジネスになるか? UIを改善していけば、本当に売り上げは増えるのでしょうか? KPIは改善するのでしょうか?

わからないまま会社を立ち上げました。

自分たちの仮説が合っているのか? 合っていたとしてもビジネスとして成立し、継続するのか?

わからないことを一つひとつ明らかにしながら事業を進めてきました。

最初は、オンラインでSMB(中堅・中小企業)向けにもサービス提供をしていましたが、途中からエンタープライズ向けに絞りこむことで、サービスを磨き続けてきました。

大企業向けというと難しい事業のように思えますが、われわれのような事業モデルを考えると大企業の規模の大きなビジネスを改善するほうが費用対効果が高いわけです。

腰を据えてサービス改善をしていくことができるため、オンラインでのサービス提供をやめて、まずエンタープライズ向けにフォーカスしました。そして、そのおかげでサービス提供開始以来およそ2年半、UIの改善だけで約240億円の売り上げをお客さまとつくり出すことができました。
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それだけではなく継続性の観点もある程度、証明することができました。

普通の感覚で言えば、改善したらそれで終わりになってしまうと思います。サービス提供側から考えると、改善しなければ契約は継続しませんし、改善しても継続しないんであれば、積み上がっていくビジネスになりませんので非常に恐いわけです。

私自身もその恐怖と向き合いながら、この2年半事業をやってきました。

ただ、UIが店頭だとすると、店頭を改善することに終わりはないはずだという直感というか信念みたいなものを持って事業をしてきました。

要は完璧な店頭なんて存在しないわけです。その根拠は、店頭を変えない、毎日工夫をしない繁盛店を世界中でどこに行ってもあんまり見たことがないということでした。

それにすがって、ITサービス業の経営をしてるなんて笑っちゃいますよね? ただそのおかげで諦めることなく、事業を続けてくることができました。

毎月、毎四半期、既存顧客からの売り上げが積み重なり、毎月平均10%の成長率で2年半伸びてこれたこと、ずっと創業以来お付き合いしていただいている顧客がいることが、継続性に対する一つの兆しだと考えています。

そしてその結果として1780万ドル(約20億円)の資金調達と、国内では比較的大きな金額をプライベートマーケットから調達して事業を進めています。この課題解決を大きな産業にしてインターネットビジネスの成長に貢献できるかどうか? が、私とKaizen Platformの取り組んでいる仕事です。

UXがこれからの経営指標

私がこんなふうに悪戦苦闘する中で、見てきたのはUX(顧客体験)こそが新しい経営指標だという兆しです。

さまざまなサービスを皆さんも使われると思います。その中でも、最高に顧客が満足する瞬間、あるいは最高に失望する瞬間を皆さん自身も体験されていると思います。

失望する瞬間があったお店を考えてみてください。多分、もうそのお店に行かないんですよね。

知らず知らずのうちに自分のお店に来てくれる人が減っていく。これが現実なんです。それを減らすには? 究極的に言えばなくすには? たゆまぬ経営努力が必要という言葉に尽きます。

でも、考えてみたらシンプルな話です。毎日皆さんが訪れる小さなお店でもできていることなんですから。

インターネットのサイト上にそのUIの課題があるわけですから、何もその会社に所属する人がやらなくてもいいわけです。その課題をインターネットを経由して解決できる能力のある人はたくさんいるわけですから。

本気でインターネットをやりたい人がなかなか採用できないのは、どこの国でも、どこの産業でも一緒です。でも、その才能を借りることはできるわけです。これらの事実は、企業が人的資本を独占することが難しい時代に突入してるように私の目には見えています。

熱力学第二法則とネットビジネス

まったく話は変わりますが、熱力学第二法則を皆さんはご存じでしょうか。「エントロピーは増大する」というものです。結論から言うと、私自身はこの法則を信奉しています。エントロピーは「乱雑さ」というふうに定義されています。

(Wikipediaより)

(Wikipediaより)

この物理法則は、なかなか魅力的で私の興味を掴んで離しません。というのも、インターネットビジネスの世界でもこのエントロピー増大の法則が垣間見れることが多々あるからです。

たとえば、情報にもエントロピー増大の法則が見られます。現在のニュースやブログ記事はソーシャルなどを通じて増幅しながら拡散し続けます。

先日、急にリンクトインやフェイスブックなどを通じて海外にいる昔の友人や知らない海外の方々からのメッセージが増えました。それは、米国のテッククランチ「TechCrunch」に会社の記事が出て、それが1000件以上もツイートされ、世界中に拡散していったためです。

まるでブラックコーヒーにミルクが溶けていくように、情報が拡散し、その情報を受けた人たちが直接知らない私につながってきたのです。情報と人にも熱力学第二法則が働いているように見えてきませんか?

もし、これが本当だとすると、これからの時代は情報や人を管理したりコントロールしたりすることが難しくなります。

個人もこのエントロピー増大の法則に従って、さまざまな人とつながり、情報を相互に発信し、良くも悪くも確実にエンパワーされていくように見えます。これからの経営は、こちら側に張らないと難しいと私は経営しながら感じているんです。

個人エンパワーメント時代の経営

個人がよりエンパワーされていく前提において、事業を運営し、企業を経営していく必要があると思うんです。これは、これまでの当たり前を疑ってかかる必要があります。

その一例が以下のようなシフトです。

・機能別組織よりもプロジェクトチーム
 ・会社名よりも事業内容やそこで働く人の魅力
 ・マネジメントよりもファシリテート
 ・クローズよりもオープン
 ・外発的動機よりも内発的動機
 ・フリーアドレスよりもリモート
 ・単独収入よりも複数の収入
 ・許可よりも謝罪
 ・所有よりもシェア
 ・クローズなR&Dよりもコクリエーション
 ・管理よりも信頼

例をあげればキリがないんですが、とにかく時代の流れや空気がそちらにシフトしているということが世界中で同時多発的に起きているように私には見えています。

そして、何よりも私自身がそちらのほうに心地良さを感じています。

オープンソース、API、SDK、連携、エコシステム、ブロックチェーン……。

これらを成立させるための思想や振る舞いは、技術の進歩に伴ってリソースの制約が取り払われてくる際に、社会の相互関係の中で信頼するということがベースにあるように思えます。

個人がエンパワーメントされた時代の新しい当たり前をどうつくるか。

それらを高度に成立させていく努力が企業には新たに求められるし、その企業で働く人にも同じように求められていくんだと思います。

これは、一見すると、難しいように思えます。たとえば、リモートワークを当社でも取り入れていますが、リモートで会議に参加する人のための高性能なマイクや、別のプロジェクトの議事録が社内できちんと共有されていることなど、当たり前のレベルを高度に保っていかないと、成立しません。

ただ逆に言えば、しっかりと確立していけばワークプレイスを問わずに働けるということは、旅をしながら仕事をしたり、家族をサポートしながら会議に参加できるわけです。

Kaizen Platformでは、雪山から仕事をする人もいれば、私のように世界中に出張しながら定例会議に参加することもできます。

リモートワークで変わったこと

私自身、リモートで働くようになって、すごく世界観が変わりました。

これは果たして、一企業の社内だけにとどまる動きなんでしょうか。

たとえば、距離が離れている米国では、電話会議は当たり前ですし、社外の会議でも電話会議が当たり前です。これは経験してみると、なかなかのパラダイムシフトで、会議室に移動したりすることなく会議が始まり、自分の席でリラックスしながら商談したり、レクチャーを受けたりできるわけです。

もちろんその分、きちんとした信頼関係を築かないといけないので距離が離れている分、慎重にならざるを得ません。私もちょっとした言葉遣いや声のトーンまで気をつけるようになりました。

直接顔を見て話すよりも、ずっと意識しますし、むしろその注意が直接対面で話すことの価値を再認識させてくれます。

ワークプレイスの話をしてきましたが、ワークプレイスが離れることで、社内と社外の境界が非常に曖昧になってきます。これは、もう少し別の観点を与えてくれました。

企業同士の関係性の大きく変わる可能性があるということです。

今後、企業は何をオープンにして、どこをクローズにするか? の境界の引き方が競争環境を変え、生死を分けることになってくると思います。オープン化の戦略は大きな武器にもなるし、使い方を間違えば競争力を弱めることにもなってきます。

個人のエンパワーメントというエントロピー増大の流れをいかにとらえるか?は、いかなる産業においても、無関係ではいられない要素を持っているように思えます。

私自身、何か経営判断に迷ったら、個がエンパワーメントされる側に賭けることにしています。

あくまでも直感ですけど、この10年くらいのインターネットビジネスの真っただ中で溺れてきた経験から、この賭けはそんなに悪い賭けじゃないように思えて仕方がないのです。

*2016年2月23日(火)に、渋谷のイベントスペース dots にてJapan Growth Hacker Awards 2016を開催します(詳しくはこちら

*本連載は毎週日曜日に掲載します。