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合法的にデバイスの読み取りができる新テクノロジーを要請

米アップルは、政府にメッセージをつきつけた。政府は、我々が持っていないものを渡せと言うがそれは無理だ、と。テロリストのiPhoneにアクセスできるよう協力を要請する米捜査当局に対し、アップルはiPhoneの暗号解除はできないと主張している。

米政府は、200年前の英国との独立戦争時に人々に物資供給を強制した全令状法を引き合いに出し、昨年のカリフォルニア州サンバーナーディーノ銃乱射事件の実行犯サイード・リズワン・ファルークが所持していたiPhone1台にアクセスしたいだけだと言う。

16日の裁判所の命令への対応期限は5営業日以内だ。もし、認められない場合、地方裁判所、控訴裁判所、最終的には連邦最高裁判所まで上告することができる。事情に詳しい関係者によると、アップルは、ギブソン・ダン&クラッチャーLLPのテッド・オルソンを雇ったという。2001年のテロ事件で妻を失ったオルソン氏は、ブッシュ対ゴア事件や、同性婚禁止を覆す裁判で勝訴した弁護士だ。

アップルには強力な論拠がある、と弁護士や専門家は言う。

1994年の米国通信盗聴援助法は、裁判所に設計変更命令を出す権限を与えるもので、通信事業者に適用されているが、アップル、グーグル、マイクロソフトなどの新世代テクノロジー関連会社は適用外となっている。

政府によるiPhoneの暗号解除命令は、自動的に情報を暗号化せず、個別に侵入することが可能な旧世代の基本ソフト(OS)を持つモデルに対して出されたものだ。裁判所は16日、アップルに対しiPhone機能として合法的にデバイスの読み取りができるような新しいテクノロジーを開発するよう命令している。

国民の自由への意識の低い国への影響を懸念

「アップル社内にこの鍵が転がっているわけではない」と、ジョージタウン大学ローセンター、プライバシーおよびテクノロジー・センターの事務局長アルヴァーロ・ベドヤは言う。むしろ、アップルは「はシステム内に弱点を作れと強要されている」。これは危険な前例を作ることだ、と述べた。

関係者によると、アップルは、売上のほとんどを米国外に頼るため、海外での受注動向への影響を懸念しているという。欧米に比べ国民保護の弱い国々は、同じようなツールを提供するようアップルに要請するかもしれない。

「米国や連合国だけではすまないだろう」と、ベドヤは言う。「イラン政府や中国政府、そして国民の自由に関して非常に異なる歴史や考えを持つ多くの政府が続くだろう」。

16日の裁判所命令は、アップルに対するiPhoneのロック解除要求や、FBIのiPhone解除支援要請ですらない。代わりにFBIは、パスコードを何度も間違えて入力すると端末のデータを自動的に消去する基本ソフト(OS)のセキュリティ機能を解除するソフトウェアを提供するようアップルに要求している。

「この事例における裁判官命令および我々の要求は、アップルに対してiPhoneの再設計、暗号の解除、あるいは、端末データにアクセスすることを要求しているわけではない」。司法省広報のエミリー・ピアースは電子メールで述べた。「さらに言うと、裁判官命令および我々の要求は、特定のiPhone1台のみを問題としている」。

アップルのCEO、ティム・クックは16日、ブログでこう述べている。市民の自由を脅かす「ぞっとするような」出来事だ、と。事情を知る関係者によると、アップルは、コンピューター・コードを言論だとする判例を踏まえ、憲法修正第1条を論拠に議論を起こす可能性があるという。

政府は製造業者に新しいコードを書くことを強制できない

この対立により、テロリズムに相対する企業をめぐるテクノロジー産業と政府の戦いが激化し、米国政府が民間企業に対して強制できることとできないことに関する太い戦線を引くことになるだろう。

米政府の情報収集活動がエドワード・スノーデンによって明らかになった後、グーグルがそうであったように、アップルは個人情報に関わるモバイル基本ソフト(OS)のさらなる暗号化を推し進めた。実のところ、政府はハッキングやスヌーピングから守るための対策を強化するようアップルに促していたのである。

他のテクノロジー企業が抵抗勢力として加勢する見込みがあることから、アップルが最終的に勝訴する可能性は十分ある、ペンシルベニア大学ロー・スクールのテクノロジー・イノベーション・コンペティション研究所事務局長、ジェフリー・ヴェイグルは言う。

「政府がアップルに要請しているのはアップデート(更新版)をつくることだ」

それによって、パスワードの上限を解除することができる、と彼は言う。法律上は裁判所が捜査令状を持って強制的に従わせることも可能だが、最高裁判所の判例にあるように、政府は「製造業者に新しいコードを書くことを強制する」ことはできない、と述べた。

この論争に関する意見については不明だが、ディズニーのCEO、ボブ・アイガーや元副大統領のアル・ゴアが名を連ねるアップルの取締役会は、iPhoneにバックドア・アクセスを設けることに反対するクックの支持を表明している。

アップルのソフトウェア・セキュリティを危険にさらすわけではない

アップルが直面する法的、政治的挑戦を強く認識し、政府は、今回の要求は限られたものが対象で、アップルのソフトウェア・セキュリティを危険にさらすわけではないと主張した。

判決の執行命令を下す権利を裁判所に与える1789年の「All Writs Act(全令状法)」により、政府の要求は正当化されると言及し、検察官が企業に捜索令状に応じるよう強制できるとする1977年の米国最高裁判所の判決も頼みにしているという。

「基本ソフト(OS)を修正する―ソフトウェア・コードを書く―ということは、通常事業の一部としてソフトウェア・コードを書く企業にとって、理不尽な負担ではない。」司法省は16日の申立てで述べた。

匿名のオバマ政権当局者によると、政府は暗号化されたスマートフォン情報への永久アクセスを認める前例をつくり出すためにこのケースに関わっているわけではないという。捜査当局は、サンバーナーディーノ銃乱射事件の前にファルーク容疑者が接触した人物を知りたいだけなのだ。

マンハッタン地区検察官のサイラス・ヴァンス・ジュニアは、プライバシー擁護派の意見に耳を貸し、相互の歩み寄りも必要だと言いつつ、テクノロジー企業からの協調の必要性に関してずっと率直な主張をしてきた人物だ。ヴァンスは、連邦議会はこの議論を解決するために、証拠となったスマートフォンへの合法的なアクセスを確保するべきだと言う。

16日の命令は、「誰が犯罪捜査における重要な証拠へアクセスできるかの決定は、裁判所や立法府であるべきだと認めている。それはアップルでもグーグルでもない」とヴァンスは電子メールで語った。

「アップルがこのまま、おとなしくしているとは思えない」

オルソンは、ニューヨーク、ブルックリンで同様の裁判を扱ったアップルの弁護士マーク・ズウィリンガーと協力する予定だ。ブルックリン裁判では、裁判官が麻薬捜査におけるスマートフォンのロック解除協力をアップルに強いるかどうかを検討している。アップルは、データを抜き取ることができるかどうか定かではないと主張し、それを要求する政府の妥当性に異議を唱えた。

「このケースでは、アップルにデータ抽出を強制している。そういったことができる明確な法的権限はなく、このことはアップルと顧客間の信頼関係を脅かし、アップルのブランドを汚しかねない」。アップル側の弁護士は、10月の裁判所への申立てで述べた。

アップルが裁判所命令を拒否するのがサンバーナーディーノ事件で最後だと思っているのだとしたら、裁判官は、アップルやクックを侮っていると言わざるをえない、とヴェイグルは述べた。

「アップルは頑として譲らない。このまま、おとなしくしているとは思えない」

原文はこちら(英語)。2月18日にBloombergに掲載された。

(原文筆者:Christie Smythe、Edvard Pettersson、Tiffany Kary、翻訳:山口桐子、写真:danchooalex/iStock)

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