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球児プロデューサー7人目(前編)

10年越しのマネジメント道。凡事徹底で、勝てない私学を甲子園V

2016/2/18

2013年夏、前橋育英高校が甲子園で初出場初優勝を果たすと、高校野球界である言葉が流行語になった。

「凡事徹底」

平凡なことを非凡に努める。

誰でもできることを、誰よりも負けないくらい、徹底してやり続ける。

発信源となったのが、今回取り上げる荒井直樹監督だ。前橋育英の監督に就任した頃、チームスローガンとして掲げた。イエローハットの創始者であり、NPO法人「日本を美しくする会」の顧問・鍵山秀三郎の言葉だという。

凡事徹底=濃い平凡の蓄積

掃除の大切さを伝えている鍵山さんの生きざまに学ぶ人物は多く、そのうちの一人である荒井は「凡事徹底」をチームづくりに具現してきた指導者だった。

「鍵山秀三郎さんが好きで、何回もお会いさせていただきました。鍵山さんに言われたのは、『荒井監督のやり方は、誰にも認められなかったでしょう?』。僕は掃除を大事にして指導をしているのですが、『掃除より練習をしたほうがいい』という声がありましたし、選手もそう感じていたと思うんです。それが勝つことによって認められたのは、ありがたいことでした」

勝てば官軍。負ければ賊軍。野球とはほとんど関係のない言葉を引用したので懐疑的に見る目も少なくなかったが、今となっては流行語にもなる。世間とは身勝手なものだ。

「『凡事徹底』は日大藤沢で監督をしていたときに初めて目にしました。『本物というのは中身の濃い平凡なことを積み重ねること』と書いてあって、いい言葉だなと思った。それで、前橋育英の監督になったときにチームのスローガンにしたんです。甲子園で優勝したときには、それまで反対していた人たちから『この言葉がいいんだ』と褒められるようになりました(笑)」

 荒井直樹(あらい・なおき) 1964年神奈川県生まれ。日大藤沢高校時代には3年時夏に2試合連続ノーヒットノーランを達成し、ベスト8に進出。1学年下に山本昌広(元中日)がいた。高校卒業後は社会人のいすゞ自動車に入社。投手として入ったが3年目のオフに打者に転向。13年間プレーし、7度都市対抗に出場している。現役引退後の1996年から母校の日大藤沢で3年間監督を務めた。その後、前橋育英に移り、2001年監督に就任。2011年センバツに初出場。夏の初出場となった同年にエース・高橋光成(西武)を擁して、全国の頂点にたった

荒井直樹(あらい・なおき)
1964年神奈川県生まれ。日大藤沢高校時代には3年時夏に2試合連続ノーヒットノーランを達成し、ベスト8に進出。1学年下に山本昌広(元中日)がいた。高校卒業後は社会人のいすゞ自動車に入社。投手として入ったが3年目のオフに打者に転向。13年間プレーし、7度都市対抗野球大会に出場している。現役引退後の1996年から母校の日大藤沢で3年間監督を務めた。その後、前橋育英に移り、2001年監督に就任。2011年センバツに初出場。夏の初出場となった同年にエース・高橋光成(西武)を擁して、全国の頂点に立った

21世紀枠に選ばれるチームへ

2001年に監督就任した荒井は、どん底からスタートしている。というのも、当時の前橋育英は最悪のチーム状態にあったからだ。

甲子園出場を目指して地方から有望選手を受け入れていたが、チームの勝利より部外での問題がしばしば表沙汰になった。高校野球界に多く存在する「勝てない私学」の象徴のような、問題の多い学校の一つだった。全国の名門だったサッカー部とは一線を画していた。

そんなチーム事情だったから、心の教育が先決だった。

荒井が力説する。

「鍵山さんの『人間は見たものに心が似てくる』という言葉が印象に残っていて、人間はきれいなものを見れば心が穏やかになるし、汚いものを見たら心がすさんでいく、と。つまり掃除をすることによって、『気づき』が生まれると思いました」

「就任当初は手のつけられないようなチームでした。寮生活では問題行動が多く、部室はゴミ箱みたいな場所でした。だから、まずは県内の素直な子に来てもらって、21世紀枠に選ばれるようなチームを目指すことから始めました」

私生活、野球ともに充実

2001年から春のセンバツ大会のみに導入された21世紀枠は、野球の実力だけでなく、他校の模範となる取り組みを実践しているチームに与えられる特別出場権だ。各都道府県の21世紀枠候補をひとまず選び、そのあと各地区の9代表に絞られる。そして、センバツ全出場校発表日に3校が選出されるのだ(設立当初は2校だった)。

特別枠として認知されているため、私学の壁を高いと感じる公立校の中にはこの枠を利用しての甲子園出場を目指すチームもある。前橋育英は私学ではあるものの、そうしたすみ分けよりも「模範と思って推薦にあがるチーム」になることが必要だと目指した。

「彼らにとって一番大事なのは野球なんですけど、野球以外のことをどれだけきっちりやれるかにポイントを置きました。今でも言うんですけど、野球が好きだからこそ、それ以外の時間を大切にする。そうすることで、より野球をやっている時間が充実すると考えているからです」

「もちろん、そちらばかりをやって野球を疎かにしているわけではありません。普段は夕方の16時から練習が始まって、20時まで。たった4時間じゃないですか。残りの20時間は野球以外の時間なんです。野球を疎かにしているのではなく、野球以外の時間で自分を磨くということです。当時と今では練習はそれほど変わりませんが、それ以外の時間の使い方が大きく変わりました」

取材数日前の降雪でグラウンド状態が悪く、駐車場でウォーミングアップを実施

取材数日前の降雪でグラウンド状態が悪く、駐車場でウオーミングアップを実施

平凡なチームづくりで大きな力へ

取り組んでいることは、とてもシンプルだ。

授業をきっちりと受け、服装を整え、時間を守る。寮や部室をきれいに掃除するという、ごくごく平凡なことだ。それを日々の積み重ねとして温めたのだ。

地域貢献にも取り組んだ。自治会長の意見を頼りに、学校近辺を流れる利根川沿いの遊歩道を掃除するのが日課になった。今では花壇もつくられていて、地元では「アジサイ通り」と呼ばれているそうだ。

そうした取り組みが評価され、2011年センバツ大会に初出場するまでに21世紀枠の県代表に3度選出されている。私学で表彰を受けるのは多くないだけに、荒井の目指したチームづくりがいかに模範的に見えたか想像できる。
 
私学の多くがチームを強くするために、有望選手の勧誘や練習の強化に走る中、足元を見つめる指導に終始した。そうすることで大きな力が育まれたのだ。

土台をつくり、深く、広く

これが、10年を越える歳月をかけて全国制覇へとつなげた荒井のマネジメントだった。
 
「当然、試合には勝ちたいです。勝つためにはいい人材が欲しいです。実際、自分でも足を運んで中学生の試合や練習を見に行きました。でも、技術的なことを追いかけていくには限界があるんです。技術にはいろんなタイプの子がいますから、そこだけを追いかけるとむしろバラつきができる」

「それよりも、普段の生活、掃除をしっかりやる。それらの取り組みはみんなができることなんです。みんなができることをみんなでやっていくと、チームとしての根っこができていく。根っこ、つまり土台ができてくれば、より深く、より広くなる」

根っ子ができれば、荒井に課せられた仕事はそう多くはない。ごみが落ちていたら拾うという普段の心がけが気づきを生む。そうした気づきが試合のプレーへとつながり、チーム力、ひいては技術力の向上にもつながっていくのだ。

「『特効薬はない』と、いつも選手たちに言っています。栄養があるものを急に食べたから元気になるわけじゃない。同じことを続けて、これをやらないと気持ちが悪いというくらい同じことを繰り返しやるのが大事なのだと取り組んできました。普段の生活、普段の練習をきっちりすることを続けて大きな力になりました」

掃除を大切にし、日々の心がけを野球に生かしてきた。2013年夏、初出場初優勝を果たした快挙は、小さなことを積み重ねてきた「凡事徹底」の結晶だった。(文中敬称略)

(撮影:編集部)

<連載「次世代高校球児プロデューサー」概要>
2015年夏、100周年を迎えた高校野球。歴史を語り継ぐこと以上に大事なのが、明るい未来を創り上げていくことだ。監督が高校生を怒鳴りつけるような指導は、過去のものとしなければならない。動き続けている時代の中で、自ら考えて成長できる球児たちを育て上げようとしている高校野球指導者の育成法について、高校野球に精通するスポーツライターの氏原英明が隔週木曜日にリポートする。