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全財産を日本円で持ち続けることに不安

20年後、日本円が暴落するリスクはどれくらいか

2016/2/17
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

IT企業に勤める34歳です。幸い楽しくやりがいのある仕事にも恵まれ、現在年収が1500万円で貯金が4000万円、金融資産2000万円で合計6000万円あります。実家が貧しく、趣味も読書のため、あまりお金を使う習慣もなく、年間250万円程度で生活しております(奨学金600万円も完済済み)。

ただ、自分に遺伝性の持病があり、妻も病気がちのため、いつまで健康に働けるかは定かではありません。そのため、資産運用は慎重にいきたいと思うのですが、率直に言って今後20年の日本円の価値について疑問を持っております。本当は全部を日本円でもちたいのですが、さまざまな統計資料をみて、あまり芳しくない未来を想像しております。 おそらく幾つかの資産に分散するのがよいと思うのですが、日本円が暴落するリスクをどれくらいと考え、どのような対策をとればよいでしょうか?(東京の不動産も考えたのですが、東京に永住する気がないというのが夫婦の総意のため、実物の不動産は対象外となりました。)

もちろん、正解がないことは理解しておりますが、山崎先生の見解を伺えればと思います。よろしくお願い申し上げます。
(IT・30代・男性)

「20年後」に「今」を合わせるのはばかげている

今回は、回答に当たって緊張するご質問です。「為替予測はエコノミストの墓場」といわれるくらい、為替レートの予想は難しいし(たまに当たる人がいますが、予想を続けているとろくなことにはなりません)、相談者のご質問が具体的であるのと共に、相談者の人生にとって資産運用の成否が重要だと思えるからです。

また、最近、世間では、日銀がマイナス金利政策を導入したものの、円高が進み、株価が暴落して、運用の場であるマーケットは目下騒然としています。

さて、相談者の資産運用についてですが、重要な前提について2つ述べておきたいと思います。

第一に、20年後の日本円の価値を考えて、今の資産運用を考えるというアプローチは不適切です。何よりも、そのような長期の将来は、誰も予測できません。予測するだけ無駄です。

加えて、通常の金融商品で運用する限り、数千万円単位の金額であれば、いつでも数日で換金して別の対象に移すことができます。20年先の状況を無理に決め打ちして、現在の運用を決める必要など全くありません。

例えば、将来はインフレ率が高まり、金利も上昇するだろうと長期予想して債券を「今から」持つという行為は、長短共にほぼゼロ金利、場合によってはマイナス金利の現状に対して、全くばかげています。

考え方としては、当面の条件の中で適切な大きさのリスクを取り、その都度都度、効率がいいであろうと思われる資産にお金を置いておく、という方針でいいと思います。

現実には、頻繁に大きく運用を変えられるほどの情報や判断はめったにありません。結果的に、ポートフォリオを動かさずにいることが多いはずです。それで問題はありませんし、それが長期投資の現実的な姿です。

次に、相談者の、遺伝的な持病をお持ちで、奥様も病弱という条件はお気の毒ですが、6000万円の蓄えに対して、年間250万円程度で生活できる暮らしを確立しておられるということは、実に素晴らしい。

6000万円を250万円で割ると、実に24年分の生活費に相当する余裕を30代でお持ちだということになります。まことにご立派であり、回答者がそのコツをお聞きしたいくらいのものです。相談者と奥様の健康に関して普通の同世代人よりもリスクが大きいという要素はあっても、相談者の家計は財務的に相当に余裕があるのだと考えて良いでしょう。

国内株式への投資は円安シフト

さて、具体的な運用方法を考えてみましょう。

ご相談の文章から推察するに、相談者は、あまり大きなリスクを取りたいとは考えておられないように感じます。加えて、将来の最も大きな心配として、将来の日本円の価値に対して懐疑的であられる、ということでしょう。

回答者が昨年書いた個人の資産運用の入門書では、いずれも、「リスク資産」として「国内株式」と「外国株式」のインデックス・ファンドに5:5ないしは、6:4で投資し、「無リスク資産」(リスクを取らずに持っていたいお金)は個人向け国債の変動金利・10年満期型か銀行の普通預金(一人一行1000万円まで)で持つことを推奨しています。「リスク資産」の適当な額さえ調節すれば、誰にでも適用できる方法であるところがミソです。

この配分は、年金基金や大手運用機関などの機関投資家が使っている当面のコンセンサス的な期待リターンとリスクの数字を前提に計算したものですが、リスク資産として、「国内株式」がいささか多いと思われる方が多いかもしれません。

これは、将来の生活費が日本円建てで、為替のヘッジは個人には面倒だということになると、このくらい日本株を持っていてもいいとの判断から来ています。当面のマーケットでは、円安(円高)が株高(株安)へという連関が強いので、国内株式への投資は相当の「円安シフト」です。

海外市場に上場している「VT」がおすすめ」

具体的には、次のような運用でいかがでしょうか。

まず、リスクの大きさですが、長期的にインフレに負けずに資産を成長させることを目指したポートフォリオとして、いかにも現政権の方針に迎合してリスク資産を増やした現在の公的年金の資産配分(基本ポートフォリオとして国内株25%、外国株25%、外国債券15%、国内債券35%)ではなくて、この前の基本ポートフォリオであった、もっとローリスクな基本ポートフォリオ(国内株式12%、外国株式11%、外国債券11%、国内債券66%)に近いポートフォリオくらいの方が力みや過剰なスリルがなくて、相談者にはいいのではないかと思います。

ちなみに、後者のポートフォリオも、策定当時は、長期的に公的年金の運用目標を満たすだろうとして作られたものでした(「有識者」というのは、随分柔軟に考えを変える生き物です)。

リスク資産での運用は、現在お持ちの6000万円の3分の1の2000万円程度として、残りは信用リスク面で万全でかつ将来の国債利回り上昇リスクに強い「個人向け国債・変動金利10年満期型」に置いておくといいと思います。

後者は、国による元本保証で銀行預金よりも安全で、かつ将来の長期金利上昇に強いことに加えて、最低金利が0.05%に設定されています。10年国債までマイナス金利になろうかという現状にあって、さんぜんと輝く有利な運用手段です。

リスク資産への投資としては、お持ちの金額の3分の1である2000万円を「バンガード・トータル・ワールド・ストックETF」(ティッカーコード「VT」)で持たれるといいのではないでしょうか。これは、海外市場に上場されているETF(上場型投資信託)ですが、日本株や新興国株式、小型株も含めて、世界の株式に幅広く投資しているインデックス・ファンドです。

日本株への投資比率は1割弱なので、先の国内株式と外国株式を4:6といった比率よりも国内株式が少なくなりますが、相談者が特に気にしておられるリスクが日本の通貨価値であることを考えると、この程度の比率で外国株式に投資してもいいように思います。日本株だけが特に上がる局面で少し残念かもしれませんが、相談者のご心配を考えると、こんな感じをおすすめします。

日本で暮らす前提であれば、円安への備えとして、この程度のリスク資産投資で十分ではないでしょうか。

ちなみに、VTは米国民にとってもこれ一本でリスク資産運用が済む優れたファンドですが、他の大型ETFに比べると、あまり大きな資産残高にはなっていません(十分な規模はあるので、心配は無用ですが)。関係者に理由を聞いてみたところ、「米国ではファイナンシャル・アドバイザー(FA)経由の投信販売が多く、FAはVTを顧客に薦めると、自分のアドバイスの仕事が無くなってしまうから」という事情だそうです。「なるほど」と思わせる話です。

現在お持ちの6000万円は、VTに2000万円投資し、個人向け国債・変動金利10年型を4000万円持つといいように思います。

回答者の個人的な希望としては、相談者が今後も大いに稼いで、資産を増やされたときには、趣味として個別の株式でも運用してくれるならうれしいと思いますが(回答者は「株屋」の社員なので)、基本的な運用の部分としては、当面(数年間ぐらい)これでいいのではないでしょうか。

政府・日銀が目指すマイルドなインフレが実現して、長期金利が2%を超えるようになったら、少々見直してもいいかと思います。

「将来のリスクに備えて…」は怪しい

具体的なアドバイスを述べましたが、「将来の通貨価値」に関するご質問をはぐらかしたようにも思えるので、少々補足します。

大前提として、どこの国でも、国も政府も通貨の価値も、長期的に信用などできるものではないと思っていますし、金のような現物にあっても、人がそれを支払い手段として受け入れるかどうか、つまるところ人気に依存します(ビットコイン的なものの方が信用できるようになるかもしれません)。

一方、日本では、頻繁に財政赤字の大きさが強調される一方で、ニュースでは「安全通貨として日本円が買われた」というコメントが日常的に流れていることに、違和感を覚える方が多いかもしれません。

現在の日本は、何と言っても対外純資産が大きく、政府を媒介とする貸し借りが主に国内で完結しており、成長性や収益性はともかく、通貨の価値は当面相対的に安定していると考えるのが妥当だと思われます。

今後、長期的には、社会の高齢化と共に経常収支の赤字が定着して、対外純資産が縮小に向かうことが考えられますし、政府を通じた貸し借りが巨大化して債権者(国債の保有者)と債務者(納税者)の損得調整が難しくなる事態が生じ、これを解消する手段として最も低コストなものが調整インフレになる可能性はあり得るでしょう。

しかし、経常収支は化石燃料の価格などで変化のペースが大きく変わりますし、「過剰なインフレになる」と今から決めつけることができる根拠もありません。

話が元に戻りますが、「将来の極端なインフレ」は、個人にとって「今」心配し、行動することが適切なテーマではありません。「将来のインフレ・リスクに備えて○○で運用しましょう」というのは、怪しい投資案件の定番のセールス・トークですが、「将来まで含めた安心を、今買うことができる」などと安易に思い込まないことが大切です。その時々の金融・経済環境に適応すればいいのだ、と発想を切り替えておかれるのがいいと思います。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。