要約で読む『天才たちの日課』
村上春樹、ゴッホ、カント。天才の仕事を支えた日課とは
2016/2/15
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。毎週月曜日は「10分で読めるビジネス書要約」と題して、今、読むべきビジネス書の要約を紹介する。今回は、ゴッホやピカソ、サルトル、カントなどの偉人たちが毎日こなしていた「日課」について書かれた教養書を紹介する。超人的な彼らの仕事は、いかなる生活習慣から生み出されてきたのか? どのエピソードも雑談の小ネタとして十分使えそうな、面白い話ばかりだ。
ほとんど狂気の仕事ぶり
フィンセント・ファン・ゴッホ【画家】
「ひまわり」「星月夜」などで知られる、オランダ出身の画家、ゴッホ。彼はとりつかれたように仕事をするタイプだった。
創造的なインスピレーションに突き動かされて休むことなく絵を描き、時には食事も忘れてしまうほどだったという。
生涯にわたってゴッホを支えた弟テオへの手紙の中で、ゴッホは、午前7時から午後6時まで仕事をして、その間、動いたのは1歩か2歩の距離に置いてある食べ物を取るためだけだったと記している。
また、手紙にはこうも書いてあったという。「毎日は、仕事、仕事で過ぎていく。夜にはへとへとになってカフェへ行き、そのあとはさっさと寝る! 人生はそんなものだ」
オノレ・ド・バルザック【作家】
バルザックは自分を追い込むように、過酷なスケジュールで仕事をした。
午後6時に軽い夕食を取って眠り、午前1時に起きて机につく。そこから7時間ひたすら書きまくる。
午前8時になると、1時間半の仮眠を取り、さらに9時半から午後4時まで仕事。
午後4時からは、散歩、風呂、客対応。そして午後6時からはもう一度同じことの繰り返しだ。
仕事の間、バルザックはブラックコーヒーを飲みまくる。1日に50杯のコーヒーを飲んだともいわれているそうだ。
ジャン=ポール・サルトル【哲学者】
サルトルは、仕事は、「午前中に3時間、夕方に3時間、それが私の唯一の決まりだ」というふうに言っていたが、怠けていたわけではない。
仕事のほかには活発な社交をこなし、豪華な食事と大量の酒、タバコとドラッグを摂取した。
標準的な1日の過ごし方は、アパートで正午まで働き、会合に1時間ほど出かけた後、パートナーのシモーヌ・ド・ボーヴォワールと、共通の知人とともにランチ。
ランチで赤ワイン1本を飲み干したという。午後はボーヴォワールと仕事をする。寝つきが悪かったサルトルは、睡眠薬を飲んで2、3時間眠った。
過労と睡眠不足、ワインとタバコの過剰摂取でぼろぼろのサルトルは、そのうえ、仕事のペースを維持するために当時まだ合法だったコリドランというドラッグに頼った。
朝と正午に1、2錠ずつという規定の服用量を大幅に超えて、サルトルは1日20錠も飲んだ。1錠ごとに、『弁証法的理性批判』を1ページか2ページ書けたのだという。それほどまでに、自らの哲学体系をかたちにしたかったのだ。
規則正しく健康に
イマヌエル・カント【哲学者】
めちゃくちゃなやり方で仕事の成果を追い求める者もいれば、その逆もまたいる。カントの人生、特に40歳を過ぎてからの人生は、規則正しさそのものだった。
カントは骨格に先天的な欠陥があって虚弱だったため、長生きできるように、また健康のことを気に病みすぎないように、生活にある種の画一性を必要としたのだ。
朝は午前5時に起き、執筆をして、大学で11時まで講義をする。昼食を食べた後は、散歩に出かける。
ハインリヒ・ハイネによると、「近所の人々は、カントが灰色のコートを着てスペイン製ステッキをもって玄関から出てくると、ちょうど3時半だとわかった」というくらい、すべての行動の時間はきっちりと決まっていた。
生まれ故郷の町からめったに外へ出ず、生涯独身を貫き、地元の大学で同じ教科を40年以上教えたという。
村上春樹【作家】
長編小説を書いているときの村上は、日課を規則正しくこなす。そのことが創作の役に立っているのだという。
午前4時に起きて5、6時間仕事をし、午後はランニングか水泳、もしくは両方をする。雑用をこなし、本を読み音楽を聴き、午後9時に寝る。
そしてこの日課を毎日繰り返す。繰り返すことで、「一種の催眠状態というか、自分に催眠術をかけて、より深い精神状態にもっていく」と「パリス・レビュー」で語っている。
デビューまではタバコを1日60本も吸い、不摂生をしていた村上だが、生活習慣を変えるため一念発起し、妻とともに田舎へ引っ越し、健康的な食事をすることにした。毎日のランニングは25年以上続いているという。
この習慣の欠点は、人付き合いが悪くなることだ。
しかし、村上は人生において大事な関係は読者との関係だと考えている。作品を良くすることが、「作家としての僕の義務であり、もっとも優先すべき課題だろう」と村上は語る。
チャールズ・シュルツ【漫画家】
アメリカの漫画家シュルツは、人気キャラクター、スヌーピーの登場する『ピーナッツ』の連載で知られている。
彼は、50年近くの間、1万7897話に及ぶ新聞連載をアシスタントなしで書き上げた。
これを実現させるため、シュルツもやはり規則正しく働いた。1日7時間、週に5日間が、『ピーナッツ』のために捧げられた時間だった。
平日は早起きし、子どもたちに朝食を食べさせ、学校まで送っていく。その後自宅横のアトリエで仕事に取りかかる。昼食はたいていハムサンドとコップ1杯の牛乳で済ませ、子どもたちの帰ってくる午後4時ごろまで創作を続けた。
こうした仕事のスタイルはシュルツの性分に合っており、生涯抱えていた不安症も和らげられた。
散歩の効能
セーレン・キルケゴール【哲学者】
散歩は思考にリズムを与えるのか、散歩を日課にしていた天才たちの数は少なくない。
デンマークの哲学者、キルケゴールの1日は、執筆と散歩で構成されていた。午前中に執筆し、午後はコペンハーゲンを長々と散歩した。
散歩から戻ると、また夜まで執筆をする。散歩中に素晴らしいアイデアが降りてくるらしく、帰宅して帽子も脱がずに、机の前に立ったまま書き出すこともあったという。
また、彼の独特のコーヒーの飲み方は特筆に値する。
伝記作家のヨアキム・ガーフによると、まずキルケゴールはうれしそうに砂糖の袋を傾け、コーヒーカップの中に縁より高い砂糖の山をつくる。そこへとびきり濃いコーヒーを注ぎ入れ、白い山をゆっくり溶かしてから一気に飲んだそうだ。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン【作曲家】
ベートーヴェンの朝は、コーヒーから始まった。1杯のコーヒーにつき、豆は必ず60粒でなければならなかった。
きっちり正確を期すために、豆を1粒ずつ数えることもよくあったという。
それから机で午後2時か3時まで仕事をし、昼食後、日中の残りの時間のほとんどを散歩に費やした。ポケットにはいつも、鉛筆を1本と、五線紙を2、3枚入れていて、曲が思い浮かぶと書きつけた。
散歩は作曲に役立ったらしく、おそらくそのせいで、ベートーヴェンは暖かい時期により多くの曲をつくった。
日暮れには居酒屋へ寄ったり、友人と過ごしたりして、夜は音楽の仕事はあまりしなかった。そして、遅くとも午後10時にはベッドに入った。
エリック・サティ【作曲家】
サティはパリのモンマルトル地区に住んでいたのだが、1898年には郊外の町アルクイユに引っ越した。それなのにほとんど毎朝、パリの元の家までの10キロ近い道のりを散歩したのだという。
服装は独特で、栗色のビロード地のスーツと山高帽を毎日着ていた(同じものを1ダースずつあつらえた)。地元の人々は、彼を「ビロードの紳士」と呼ぶようになった。
パリでサティは友人の家に寄ったり、カフェで仕事をしたりした。夜はキャバレーでピアノをはじいて少々のカネを稼ぐか、もしくはカフェ巡りをして酒を飲んだ。
アルクイユ行きの最終列車にはしばしば乗り遅れ、その場合は家までまた10キロの道のりを歩いた。それでも、次の日の朝にはまた10キロ歩いてパリに向かった。
研究者によれば、サティの音楽の「反復の中の変化の可能性」を尊重するところなどは、「毎日同じ景色のなかを延々と歩いて往復したこと」に由来するのではという見解もある。
朝型、はたまた夜型か
アーネスト・ヘミングウェイ【作家】
ヘミングウェイは夜明けの時間をとても大切にしていた。
前の晩に酒を飲んでいたとしても早起きで、午前5時半から6時ごろには起きた。成人してからはずっとそうだったという。
「パリス・レビュー」のインタビューで、ヘミングウェイは早朝の時間について語っている。
執筆中の作品の種類にかかわらず、「毎朝、夜が明けたらできるだけ早く書きはじめるようにしている。だれにも邪魔されないし、最初は涼しかったり寒かったりするが、仕事に取りかかって書いているうちにあたたかくなってくる」。
そして、「まだ元気が残っていて、次がどうなるかわかっているところまで書いてやめる」。正午くらいか、あるいはもっと早くに、切り上げた。
ヘミングウェイは、立って執筆した。本棚の上にタイプライターと書見台を置き、はじめは紙に鉛筆で書き、うまく書けるとタイプライターでの打ち込みに切り替えた。
そして、ヘミングウェイは、書いた語数を毎日、表に記録していたそうだ。「自分をごまかさないためだ」という。「執筆という厳かな義務」とヘミングウェイは言っていた。執筆がうまくいかないときは、気分転換に手紙の返事を書いた。
グレン・グールド【ピアニスト】
グールドは、バッハの演奏で知られる、カナダ人のピアニストだ。彼はエキセントリックな天才という評判を自ら助長している節もあったが、その素の姿は確かにエキセントリックそのものだった。
健康を異常なほど気にして、ばい菌を恐れ、電話の相手がクシャミをしただけで、ぞっとして電話を切ってしまったこともあるという。
また、とても非社交的で、誰かと親しくなりすぎたと思うと急に関係を絶った。
グールドは自ら、夜型生活を送っていると語っている。「日光があまり好きではないからだ。じっさい、明るい色はどんな色でも気分を落ち込ませる」という。
午後遅くに起きて、いくつか電話をかけて、それで目を覚ます。その後、カナダ放送センターで雑用をこなすか、レコーディングがあればセンター内のスタジオで午前1時か2時ごろまで仕事をした。
レコーディングがないときは自宅アパートで本を読んだり音楽を聴いたりするが、ピアノの練習は1日1時間か、それより少ないくらいしかしなかった。
午後11時になると友人たちにまた電話をかけ、24時間営業のレストランで食事をし、午前5時か6時に鎮静剤を飲んで床についた。
ここでは、何人かの人々について、意図的に関連づけて紹介したが、本書ではシンプルにずらりと、天才たちの名前が並ぶ。
ぱっと開いたページを読むのもよし、自分の好きな芸術家のページを読むのもよいだろう。気になった人の仕事そのものを、改めて味わってみようという気持ちにもなるかもしれない。
本書は、仕事に向かう前向きな気持ちと、たくさんの楽しみを与えてくれることだろう。
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