sudo3.001

続・インターネットストラテジー(第1回)

【須藤憲司】スタートアップを経営してみて、気づかされたこと

2016/2/14
大企業を辞め、スタートアップを起業するとはどういうことなのか。毎日、どんな難題に直面し、それをどう乗り越えていくのか。リクルートの最年少執行役員を経て、2013年に米国でKaizen Platformを創業した著者が、日々模索しながら考えた「インターネット企業を経営するためのストラテジー」をつづる
1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

1980年生まれ。早稲田大学商学部を卒業後、リクルートに入社、マーケティング部門などを経て、その後リクルートマーケティングパートナーズの執行役員として活躍。2013年にKaizen Platformを米国で創業。現在はサンフランシスコと東京の2拠点で事業を展開。ウェブサイトの改善を容易に行えるソフトウェアと、約2900人のウェブデザイン専門家(グロースハッカー)から改善案を集められるサービスで構成される「Kaizen Platform」を提供。大手企業170社、40カ国で3000のカスタマーが利用している

具体的問題から抽象的フレームへ

はじめまして。日本と米国に拠点を置き、「Kaizen Platform」というウェブサイトの顧客体験を改善するソリューションを提供するスタートアップを経営しています須藤憲司と申します。

創業してもうすぐ3年で従業員100人くらいのスタートアップの経営をしていると毎日とにかくいろんな問題にぶち当たります。

それも、創業当初は割とシンプルな問題が多いのですが、規模が大きくなると複雑な構造の問題が、しかもいろんな人のスクリーニングを経て、私の前に現れてくるようになります。

常に具体的な問題から抽象的なフレームにレイヤーを上げて、そこから解決策を探り、具体的解決策に落とし込むということを毎日毎日地道に積み上げるのが私の仕事です。

経営は自己学習するプログラム

そう言った意味では、経営というのはインプットとアウトプットの反復と言えるかもしれません。

その反復を繰り返し、結果と徹底的に向き合うことで精度が上がっていく(といいな)と思って日々仕事しています。

そんな中で、副産物として考え方や思考のフレームみたいなものが毎日たくさん生まれてきます。私自身、それが正しいかどうかはわからないですが、その考えを主に社内のブログに書いています。

その中から一般的に通じそうな部分をコンテンツ化してみて、有意義なフィードバックがあるのか。それによって自分の思考は深まるのか──。それをNewsPicksという舞台を通じて、自分自身で実験してみようと考えました。

たとえば、以前、自身のブログには「これからの経営がオープンソースのプロジェクトのようになっていく」と書きました(参照:シリーズBで800万ドルの資金調達を実施しました)。

NewsPicksの面白さ

この「経営のオープンソースプロジェクト」を実験すべく、ブログや「Medium」などのいろんなツールで外に発信をしてきたのですが、その中でも、とくに面白かったのがNewsPicksだったのです。

流入も多いし、ピッカーの皆さんからいただけるコメントがとても面白い。自分で書いた記事なのに、そのコメントでこちらが勉強になってしまう。

自分の思考を整理していくのに書いて、反応を見て、そこからもう一段引き上げるというのは、本当に勉強になるし、何よりも経営に生かせるという感触を得ることができました。

そもそもの目的が自分の思考へのフィードバックサイクルを回したいってことだったので、想像以上に有意義でした。わがままを言うと、「このピッカーの方に、もう少しここらへんをどう考えてるかを聞けたらもっとありがたいんだけどなあ」と思うようになりました。

ということで今回、個人的に「Medium」で書きためていた内容を加筆修正したうえで、NewsPicksで連載させていただくことになりました。全10回に渡って私自身が直面した課題や市場から身をもって学んだテーマについて、皆さんと共有できたらいいなと考えています。

NewsPicksは、1ユーザーとしていつも興味深く使っていますし、政財界をはじめ、さまざまな業界で活躍される素晴らしいリーダーの方々のコメントを拝見し、いつもたくさんの刺激や勇気をもらってきました。

願わくば「須藤さん、それはこういう点でもっと考えると面白いよ」とか「こういう考え方もあるよ」とか「こんな記事や本があるよ」なんてことを皆さんから、アドバイスしてもらえれば幸甚です。

経営してわかった2つのこと

最初に、本連載のタイトルである「続 インターネットストラテジー」について説明しますと、このタイトルは、私の師匠でもある松岡正剛さんらが1995年に出版した『インターネットストラテジー』からインスピレーションを受けたものです。

この本は20年前も前に出版された本ですが、今読んでも、ヒントになる記述がたくさんあります。そんな名著になぞらえるのはおこがましいのですが、自分自身が実際にインターネット企業を経営してみて、「インターネットストラテジー」の続きを勝手に書いてみたいなと感じ始めました。

言うなれば、インターネットストラテジーが、一流の知識人によって記された「インターネットについての思想書」だとすれば、「続 インターネットストラテジー」は、私が現場で「ああでもない、こうでもない」と試行錯誤しながら学んできたことを記した「インターネットについての未完成の経営書」です。

初回となる今回は、私がリクルートの新規事業を7年間、スタートアップを2年間経営する中で気づいたことを紹介したいと思います。

とにかくスタートアップの経営をしていると、常に本質的、根源的な問いから目を背けることができません。「この事業で何を実現するのか、それは本当にしたいことなのか」について考え続ける日々です。

事業の目的の設定について繰り返し考え続ける、Whyを自分に問い続けるという時間は、ひたすら修行というか禅問答のようです。

事業の目的そのものを問い直しながら、そこへ少しでも近づけるように、すべての会議、すべてのイシューで議論し、意思決定を繰り返すのが仕事になります。

それは、常に選択肢や材料が出そろっているわけではない中で、その瞬間に何らかの次のアクションを決定していく必要があります。

スタートアップや新規事業の場合、大企業や既存事業と異なり市場についてほとんどわかっていないケースが大半です。

そこで次のアクションを決めるというのはなかなかタフなわけですが、ただ座っているだけでも死んでしまうので、濃霧の中でもどこが前かを決めて、そちらに足を進める以外ないわけです。

そのことを通じて、少しだけ見えてきたのは、大きく分けると2つでした。

1:意思決定は、常に何らかのトレードオフの関係性がつきまとうこと。

2:成功するか失敗するかは重要ではなく、「前進しているか?」が重要であること。

これは、結構苦戦した問題でした。

成功や失敗がわかる前進が善

1については、もう少しわかりやすく言えば「完璧な意思決定など存在しない」ということです。

常に、何かを意思決定するときには何かの選択肢を捨てることにほかなりません。その決定に伴うメリットがあるわけですが、必ずその裏側にはデメリットや被害を被るステークホルダー(利害関係者)が存在します。

意思決定の裏側にあることに目を向けると、意思決定することへの恐怖がわいてきますが、目を背けるわけにはいきませんし、(2番目の命題にもつながりますが)意思決定をしないわけにもいきません。

つまり、意思決定の裏側にある負の感情や自分の恐怖と向き合い続けることが重要だと気づかされました。

2番目のことをわかりやすく言い換えると、「成功や失敗がわかる前進こそが善である」ということです。事業を経営していくと、当然ながらさまざまな意思決定のシーンに直面します。そしてそれは、情報も不完全な状態で行わなければならないケースがほとんどです。

情報が出そろっていれば、現場の担当者やマネージャーの意思決定が相当の可能性で正しく実施されます。

経営やマネジメントが直面する問題というのは、割り切れない問題や悩ましい課題が確率論から見れば多いわけです。

当然のことですが、優秀なメンバーが出せなかった正解を私が出せるわけでもないですし、そもそも1番目でも書きましたが、絶対的な正解がないケースがほとんどですから、常に成功する意思決定をできるわけではありません。

ただ、成功するにせよ、失敗するにせよ、意思決定をして事業を前進させることこそが善なのだと、大企業の新規事業で7年、スタートアップを2年経営する中で気づくことができました。

それに気づくまでは、どこかモヤモヤを抱えながら、死なないために前に進まないといけないということにどこか罪悪感を感じながら経営してきました。

意思決定しないリスクは大きい

スタートアップや新規事業の場合、初めて経営する人が多いと思います。もし、同じような感情を持っている人は安心してください。皮肉なことに、その状態が健全なんです。

要約すると「そもそも正解なんてないことに対して、何らかの結論を出し、その正否に対して向き合い続けることこそが善だ」ということになります。

当然、経営者なので事業を成功させないとクビですが、それは結果論になりがちです。つまり、結果が出てみないとわからないので、それはヤバいわけです。

正しいプロセス構造を持っていないとチェックできないわけです。意思決定の際の正しいプロセスを自分の中に持たないと困ってしまうわけです。私だけが困るのではなく、組織全員で困るのでメンバーはたまったものではありません。

経営のプロセスはまとめると、「そもそも正解なんてないことに対して、何らかの結論を出し、その正否に対して向き合い続けながら事業をとにかく前進させること」と言えます。これは、教科書からではなく実践の中から得た気づきでした。

間違っていても前進さえしていれば、方向転換は可能です。間違うことを恐れて、前進しなければ事業も前進しません。「事業が前進しない」ということは、そこに携わる人みんなが成長しないということになります。

常に意思決定のシーンでは、意思決定しないリスクやデメリットのほうが圧倒的に多いわけです。

2016年も1月から本当にいろいろなニュースがあり、誰もが不確実性を痛感する出だしだったと思います。これらのことからも、世界は不確実性にあふれているわけです。

未来なんてわからない

「1/fゆらぎ」という言葉があります。

詳しいことは、こちらのリンク先「生命のリズム」を参照してほしいのですが、要するに自然の中には揺らぎという不確実性が存在しているということです。

私たち人間が美しいと感じる音や自然や風などはすべてこの1/fのゆらぎを内包していると言われています。ということは、自然の一員である私たちの社会も1/fゆらぎにさらされているということだと思います。

まれに発生する巨大な台風、1000年に1度起きる確率の巨大地震。これらと同時に、身近に発生するさまざまなトラブルや課題。経営者だけでなく、皆さんの周りでもそれらの直面する問題への意思決定のシーンに次々と直面しているはずです。

1/fゆらぎは「フラクタル」という構造を持っているからです。間尺を大きくしても、小さくしても似たような構図を持っているということです。

つまり、世界レベルで見ても、個人レベルで見ても、同じような構図を持っているということです。では、具体的にどうすればいいのよ? ということに対する答えを私は持ち合わせていません。

どちらかといえば正しいという曖昧さの中で、意思決定をし正しくても間違っていても、その答えが出ることこそが善だと信じて前進するしかないと私は考えています。

最後に私自身が勇気づけられた記事を紹介します。

地図のない冒険へ」という記事で紹介されているクリス・アンダーソンの言葉が、痛快なまでに今を語っていると思います。

2011年の秋に『WIRED』US版の編集長クリス・アンダーソンにインタビューした際の言葉が強く印象に残っています。

彼は、iPad向けのデジタルマガジンのつくりかたについて、「何が正しいやり方なのか、何ひとつわからない」と語っていました。「5年後にアプリってものがあるかどうかすら定かではないし」とも。

「それじゃ困るでしょう」と問い返すと、彼は肩を竦めて、うれしそうにこう答えたのでした。

「Welcome to the Future. 未来へようこそ」

これこそが、今の時代を最も体現している言葉じゃないでしょうか。

未来なんてわからない。だからこそ私たち一人ひとりにできることは、勇気を持って前へ一歩踏み出して、うまくいっても、いかなくても、歩みを止めないことだけだと思うのです。

ぜひ、皆さんからも、フィードバックや感想をコメントでいただけると幸いです。

*2016年2月23日(火)に、渋谷のイベントスペース dots にてJapan Growth Hacker Awards 2016を開催します(詳しくはこちら

*本連載は毎週日曜日に掲載します。