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Jリーグ出井宏明×SAP馬場渉

スポーツをデータで盛り上げるには、今までとは違うノリが必要

2016/2/13
2015年12月19日、日本スポーツアナリスト協会が主催する「SAJ2015-スポーツアナリティクスジャパン2015-」が開催された。同イベントのJリーグセッションでは、昨シーズン明治安田生命J1リーグ全試合に導入されたトラッキングシステムについて有識者たちが意見を述べた。そのJリーグセッションに登壇した出井宏明氏(Jリーグ事業・マーケティング統括本部)とSAP馬場渉氏の対談が実現。両氏がデータの利用法について議論する。
出井宏明(でい・ひろあき) 50歳。横浜国立大学卒。リクルートを経て、2013年7月に公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)へ。事業・マーケティング統括本部長を務めている

出井宏明(でい・ひろあき)
50歳。横浜国立大学卒。リクルートを経て、2013年7月に公益社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)へ。事業・マーケティング統括本部長を務めている

まずは観戦の指標づくりが不可欠

出井:昨年からJ リーグではトラッキングシステムを用いて、走行距離やスプリント数を計測できるようになりました。馬場さんはこのテクノロジーをどう使ったらいいと思いますか?

馬場:走行距離うんぬんの前に、まずは「そもそも日本サッカー界はデータを利用できているか」を考えるべきだと思います。

たとえば「シュート本数」って前からあるデータですが、まだ日本サッカー界ではそれすらも有効活用されていない部分がある。

シュートを6〜7本を打たないと1点入らないんですというデータを言ってあげるだけで、観戦するときの指標になる。

出井:なるほど。さらにヨーロッパのトップリーグの平均値とJリーグの平均値を示せれば、さらに面白いかもしれませんね。トラッキングデータに限らず、今は物差しを伝えることが大事でしょうか。

馬場 渉(ばば・わたる) 38歳。SAPのChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝によって同社の高いIT技術に注目が集まり、馬場に日本の各スポーツ界から問い合わせが殺到。サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。昨秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。現在ニューヨークを拠点にしている

馬場 渉(ばば・わたる)
38歳。SAPのChief Innovation Officer。ドイツ代表のブラジルW杯優勝をきっかけに、サッカーにとどまらず、バレーボール、野球、ブラインドサッカーなど、多くのチームの強化に携わるようになった。昨秋、SAP本社から声がかかり、10月1日付でアメリカへ。現在ニューヨークを拠点にしている

反対意見も盛り上がりの一つ

馬場:データをコミュニケーションツールの一つにするということですよね。コミュニケーションをどうやって誘発、促すか。

ガチガチに正確ではなくても、「おっ」と目を引くことが大事で、「それ違うだろう」というツッコミを含めてのエンターテインメントですよね。

解説者が何らかの与えた視点に対して、ネット上に反対意見が出たらそれも盛り上がりの一つだと思います。

ネットの世界では「解説者のほうが詳しい」なんていう錯覚は捨てたほうがよくて、とにかく視点を与える。コミュニケーションが促される何かがあるとブレークする。

出井:野球だったら3回打席に立って1本打ったらすごい! という基準が共有されていますもんね。つまりはデータの意味付け。点が入るか入らないかをひもといていくと、まずはシュートしたかどうか、打たないことには入らないから。

さらにさかのぼれば、シュートレンジにどれくらいのパスが入ったかどうか。そうやってひもといていけば、象徴的な数字が見えてくるでしょう。

馬場:得点やシュートの先行指標を見つけるということですよね。おそらくそれは「ラスト3分の1のゾーンに一定以上のスピードで入りました」「縦パスが入りました」ということに関係していると思う。

みんなで先行指標がわかっていれば、シュートが来るぞ、来るぞ、入った! と盛り上がれる。

出井氏は『SAJ2015-スポーツアナリティクスジャパン2015- 』に登壇。Jリーグのトラッキングデータ活用を紹介した

出井氏は「SAJ2015-スポーツアナリティクスジャパン2015-」に登壇。Jリーグのトラッキングデータ活用を紹介した

Jリーグは解説者を育てるべき

馬場:今アメリカに住んでいてすごく感じるのは、アメリカはデータやテクノロジーをとにかく「ファンサービス」にうまく使っているということです。

ヨーロッパのサッカー界も「パフォーマンス向上」にデータを利用していますが、「ファンサービス」におけるデータ利用についてはまだまだだなと。

データにはパフォーマンスとエンタメ、2つの使い方がある。後者をやろうと思ったら、前者とは違うノリが必要な気がするんですよね。

出井:アメリカのスポーツ界におけるデータ利用はエンターテインメントに寄っている?

馬場:はい、そもそもアメリカでは、スポーツの位置付けがエンターテインメントじゃないですか。ファンエンゲージメントや会場運営を含めて、他国のリーグにとってはいろいろなヒントがあると思います。

たとえば解説者。アメリカのNBAの解説者って、データを使ってすごく面白く表現する。

日本でもWOWOWのバスケットボールの解説者に佐々木クリスさんという方がいるのですが、彼は数字を使って表現するのがめちゃくちゃうまい。サッカーでもクリスさんレベルの解説者がいたら、もっとJリーグ中継が面白くなると思います。

Jリーグは立命館などと提携して経営者育成の講座を開いていますよね。あれの解説者版を開いたらどうでしょうか?

せっかくトラッキングデータを使えるのに、それによってチームのスタイルを表現できる人は限られているのではないでしょうか。

出井:実際にそうですよね。話が少しそれますが、サッカーのスタイルは、中継におけるカメラの画づくりにも関係してきます。

パスサッカーならば、引いた画のほうが展開がよくわかる。でもボディコンタクトの激しさを見せるのなら、寄りの画のほうがいい。Jリーグのサッカーの本質、およびそのチームの魅力を一番効果的に使える映像づくりとは何かと……、Jリーグの中でもよく話に上がります。

データについては、誰を対象にするかという問題もある。たまに日本代表の試合を見るだけという初心者の方と、毎週Jリーグを見ている人に対しては、説明の仕方も変わってくる。トラッキングデータは昨年始めたばかりで、まだ試行錯誤の段階です。

「とにかくデータをシンプルに伝えるのが大事」ということで意見が一致

「とにかくデータをシンプルに伝えるのが大事」ということで意見が一致

Jリーグの体質にも変化の兆し

──創立から20年以上経ち、Jリーグは官僚的になっているという批判があります。いろいろな試みについて、慎重になりすぎている部分はありませんか。

出井:そんなことはないと思いますが、村井(満)チェアマンが来てから、チャレンジしようとの意識づけがさらに強くなったように感じます。

「チャレンジしないのは悪」という共通意識、チェアマンは「チャレンジして失敗を重ねて学習するやつのほうがいい。もちろん成功したら二重丸」という言い方をしているので。

情報発信などについてもSNSなど、面白いと思ったらまずはチャレンジしてみる。評判がイマイチなら、それはやめて失敗から学んだことを生かして新たなチャレンジをすればよいという姿勢で、いろいろなトライが始まっています。

馬場:そのノリがいいですよね。日本人はいい意味で節操なく、世界中のいいものを取り入れるのが得意じゃないですか。

データ利用について、「ヨーロッパではどう使うんですか」ってなりがちですが、アメリカから学んで組み合わせればいい。

村井チェアマンがトラッキングデータを導入するとき、「ファンエンゲージメントに使いたい」と言ったとき、素晴らしいと思いました。

ハイブリットで使えば、ヨーロッパでもない、アメリカでもない、新しいデータの利用法が生まれるはずです。

(構成:木崎伸也、写真提供:日本スポーツアナリスト協会 二宮 渉)