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プロピッカーが選ぶ今週の3冊

民主主義の本当の意味とは。堀潤が選ぶ日本政治を再考する3冊

2016/2/10
時代を切り取る新刊本をさまざまな角度から紹介する「Book Picks」。水曜は「Pro Picker’s Choice」と題して、プロピッカーがピックアップした書籍を紹介する。今回は、ジャーナリストで「8bitNews」を主宰する堀潤氏が、報道写真・民主主義・日米同盟をテーマに、私たちが今だからこそ学ぶべき3冊を取り上げる。民主主義の本当の意味とは何なのか。報道写真の役割とは。日米同盟に隠された真実とは。これらの問いが平易な言葉で解説される。

 【BookPicks】堀潤.001

日本に「報道写真」という概念が誕生したのがいつ頃のことか、皆さんはご存じだろうか。それは、今からおよそ80年前、1933年にさかのぼる。

時は第2次世界大戦開戦の前夜。ドイツではアドルフ・ヒトラーが首相に選出されナチス政権が誕生。国際連盟は、満州を占領した大日本帝国に対する満州撤退勧告案を決議。

これに抗議した松岡洋右日本代表が連盟への決別を述べ退場、日本は国連を脱退した。

この年、ドイツのグラフ誌で活躍していた日本人写真家・名取洋之助は、ヒトラーの外国人ジャーナリスト規制によって、拠点を日本に移すべく模索していた。

日本では前年に、写真家の木村伊兵衛や美術評論家の伊奈信男らが参加する写真同人誌「光画」が創刊されており、「芸術写真からの絶縁」が主張され、より社会性を帯びた新たな写真活動が提唱され始めた頃だった。

「光画」を見た名取は伊奈に「独逸で自分が携はつてゐる仕事のレポルタアゲ・フォト(Reportage-Foto)といふ言葉を示して、日本語に訳したらどんなものになるかと相談」し、「報道写真」という訳語が生まれた。

名取や木村らは日本で初めてとなる報道写真を標榜する制作集団「日本工房」を設立、日本における報道写真家たちの活躍の起点となる。

しかし、時代は大戦前の混迷の時代。「報道写真」は日本の対外宣伝戦略の渦に飲み込まれ、写真家たちは国益のために動員されていく。

しかし彼らのうちの一部は、強要されるのではなく、写真家としての使命を胸に、変化する日本の姿を自発的に世界に発信し始めるのだ。

「僕たちは云はばカメラを持つた憂国の志士として起つのである。その報道写真家としての技能を国家へ奉仕せしめんとするのである」(1940年、土門拳)

1930年代初頭、日本は外貨獲得のための外国人誘致と日本理解推進を主要政策として掲げた。

「幻」といわれた1940年の東京オリンピックの成功に向け、海外向けのグラフ誌が国の支援を受け活動を活発化させていく。国威発揚のためにも外国人客の誘致が重要視された。

名取らが創刊した「NIPPON」をはじめとした対外宣伝向けグラフ誌が国の支援を受け、工業面、文化面などで近代化に成功した日本の姿を、「報道写真」として鮮やかで斬新な構図で切り取り、世界に発信し続けた。

本書は日本の対外宣伝戦略や国内向けプロパガンダに利用されていった「報道写真」の歴史を、当時の膨大な写真資料とともに丁寧に紹介。各年代ごとにその変質をひもといていく。

大東亜共栄圏の名のもと、統治下に置いた東南アジア各国向けのプロパガンダグラフ誌の様子など、われわれがこれまであまり目にすることがなかった貴重な資料が掲載されている点にも注目だ。

一方で、ポツダム宣言受託後、連合軍の占領下で「報道写真」がどのような役割を背負うことになるのか、「原爆投下」や「天皇」の描写を軸に検証も行っている。

日本の「報道写真」はどのような業を背負っているのか。当時の言葉が胸に深く突き刺さる。

「映画を宣伝戦の機関銃とするならば、写真は短刀よく人の心に直入する銃剣でもあり、何十何萬と印刷されて散布される毒瓦斯(どくがす)でもある」(1938年、内閣情報部)
 【BookPicks】堀潤.002

「今の世の中には、民主主義ということばがはんらんしている。民主主義ということばならばだれもが知っている。しかし、民主主義のほんとうの意味を知っている人がどれだけあるだろうか。その点になると、はなはだ心もとないといわなければならない」

これは、日本敗戦から3年、1948年から1953年まで使われていた中学・高校の社会科の教科書「民主主義」の一節、はしがきの冒頭部分の引用だ。

戦後、日本国憲法の制定によって、この国に国民を主権とする民主主義が始まりおよそ70年がたった。現代、どれだけの人がこの問いに真っすぐに答えることができるだろうか。

本書は、法哲学者の尾高朝雄が中心となり編さんされた、当時の文部省による教科書「民主主義」から、編者で社会学者の西田亮介が特に重要と思える章を抜粋し、新たに注釈や解説などを加え復刻版としてまとめたものだ。

なぜ、今「民主主義」の在り方を知らなくてはならないのか。

西田は昨年の公職選挙法の改正によって、選挙権年齢が満20歳以上から18歳以上に引き下げられた点に触れながら、一方で「年長世代の人たちも、民主主義について学び、考え、議論する機会は限られていたはずだ」と述べ、近い将来の改憲議論への備えが必要だと説く。

この民主主義社会において、主権者である全国民が責任ある選択を自ら行える胆力を養うべきだと私も考えている。

「日本で最も多くの人々が、最も真剣に民主主義に向き合わざるを得なかった時期に」編さんされたこの教科書は、現代を生きるわれわれが無意識下に享受する民主主義の根幹の精神を、改めて知る手がかりとなる。

「民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、間違いである」という一節から、すべての人間が個人として有する尊厳や幸福を追求する権利について解説が始まる。

全体主義との明確な違い、先行する欧米の歴史、議会制民主主義の意義、そして憲法に明記された「公共の福祉」の観点から、有権者である国民の「目覚め」の必要性を訴えている。

そして、民主主義システムの未完部分にまなざしを向け、参加者たちへ「不断の努力」を投げかける強いメッセージが含まれている。

敗戦の記憶が新しい中、連合国軍総司令部(GHQ)統制下で編さんされたこの教科書では、先の大戦の反省から新聞や放送などメディアを通じて発信される情報に対して、懐疑的かつ客観的に向き合う警戒心を持つことの必要性を指摘。

また全体主義の台頭の影に経済的不均衡があることを挙げ、「経済的民主主義」こそが日本に平和と安定をもたらし、国際社会の経済発展のけん引役となることが、戦争を放棄する日本の国際貢献的役割であると説いている。

本書が明示する民主主義国家のありさまは、戦後70年が経過する中で私たちが熟考することなくやり過ごしてきた、普遍的かつ根源的な問いかけを私たちの胸の内に想起させてくれる。

本書の特徴は、編者である西田が各章ごとに「なぜ、そうであるのか?」と設問形式で読者への疑問を投げかけている点だ。これによって議論が促されている。

民主主義は政治の仕組みの話だけではない、それぞれの家庭や日常生活にあるものだ。民主主義の基本精神を共有し合うきっかけとしたい。
 【BookPicks】堀潤.003

戦前の全体主義によって疲弊し、多くの犠牲を国内外にもたらした日本。

敗戦を決定づけたアメリカによる2つの原子爆弾投下は、人道上決して許されるべきものではないが、戦後、そのアメリカの核の傘下に入ることで日本は国権の発動たる戦争を放棄し「平和国家」として経済発展にまい進することができた。

旧新日米安保やガイドラインといった強固な日米同盟が、東アジアの安定には必要不可欠な条件であったのは揺るぎのない事実だ。

共産化の波や米ソ冷戦といった薄氷を踏むような時代変革の中、朝鮮戦争やベトナム戦争、インドシナ紛争など、さまざまな悲劇を生みながらも、この70年で中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、日本がともに経済発展を遂げたことを考えると、その意義は大きかったように思う。

しかし、冷戦終結後、中東の混乱や、過激主義の台頭によるテロの世紀に突入し、アメリカの米軍再編問題や日本の集団的自衛権行使問題が浮上した。

まさに今、日米同盟が内在する意義や具体的な役割に大きな変化の時が訪れた。本来あるべき外交や防衛問題への感度の高さがわれわれ国民にも求められる時代になったのだ。

一方で、主権者であるわれわれ日本国民には、日米間でどのような政治的な交渉が繰り広げられてきたのか、正確な情報は伝わっていない。

開示されていない密約や外交機密文書は依然として存在する。

本書では、共同通信ワシントン支局長などを務めたジャーナリスト・春名幹男が、精緻な取材によってこれまで明らかにされてこなかった機密文書を掘り起こし、核心を知る日米両国の関係者への長年にわたる聞き取りをもとに、日米が交わした高度な政治交渉の舞台裏が描かれる。

特に、春名が米国で発見した機密文書から読み取れる「米国が日本を守るという日米同盟の建前は幻想にすぎない」という指摘は、読む者に驚きをあたえ、安全保障の議論に新たな視座を提示することに成功している。

春名が2007年に米国公文書館で発見した、当時のアレクシス・ジョンソン国務次官がニクソン大統領に提出したメモ(1971年12月29日付)には「在日米軍は日本本土を防衛するために日本に駐留しているわけではなく(それは日本自身の責任である)、韓国、台湾、および東南アジアの戦略的防衛のために駐留している。(中略)在日および在沖縄米軍基地はほとんどすべてが米軍の兵たんの目的のためにあり、戦略的な広い意味においてのみ日本防衛に努める」と書かれている。

そして、そうした見解が日本側には公式に通知されていない事実が明らかになっている。

昨年5月14日の臨時閣議で「日本が攻撃を受ければ、米軍は日本を防衛するために力を尽くしてくれます」「その任務にあたる米軍が攻撃を受けても、私たちは日本自身への攻撃がなかれば何もできない。(中略)これがこれまでの日本の立場でありました。本当にこれでよいのでしょうか」と述べるなど、日米同盟の意義や役割について言及する安倍総理の見解には、根本的な誤解があると指摘する。

同時に、沖縄の本土返還時に尖閣諸島の領有権を主張する台湾との関係によって、米国が領土問題には不干渉の立場をとる経緯や、沖縄本土返還交渉における当時の佐藤栄作首相とニクソン大統領との間で交わされた秘密交渉の舞台裏など、現在に連なる領土問題、基地問題の根源的な事実を機密文書の読み解きや関係者への取材で明らかにしている。

「誤った現状認識の上に、確かな安全保障を築くことはできない」。これが春名のメッセージだ。

私たちが主権者の一人として、この国の外交・防衛に主体的な関わりを持つためには、その土台となる事実関係は必ず押さえておかなくてはならない。

本書はその一助になるに違いない。