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不確実なお金への期待に意味はない

ストックオプション、どの程度もらえれば転職していいか

2016/2/10
NewsPicksには、さまざまな分野で活躍する有力ピッカーがいます。そんなスターピッカーに「ビジネスや人生の相談をしたい」という要望に応えて、相談コーナーを設けています。人生の悩みにお金の心配や不安はつきもの。長年ファンドマネージャーとして活躍したエコノミストの山崎元氏が、皆さんから寄せられた相談に、ユーモアを交えながらも深刻にお答えします。

【山崎先生への相談】

大企業で働いていますが、ベンチャー企業への転職を検討しております。何社かお誘いがありましたが、どのベンチャーも仕事内容、人材ともに優劣がつけられませんので、仮に上場したときにどの程度の金銭的なリターンを得られるか、という損得勘定で候補を絞り込もうと思います。

そこで、質問ですが、上場前のベンチャー企業にジョインする場合、どの程度のストックオプションでしたら納得できますか。

(大企業勤務、男性、30代)

前提としている状況自体がおかしい

過去に自分が書いたものに加えて、他人が書いた文章を読むと、人生相談の回答というものは、相談者の話を前提条件として受け入れて、(1)考え方を整理する(2)相談者の決断の背中を押す(3)相談者が知りたがっている情報を付け加える、といったパターンで書かれています。相談の内容自体を否定するものは、例外です。

しかし、今回は、相談者が前提としておられる状況自体に、大きな問題があるように思えてなりません。

端的に言って、現在検討しておられるベンチャー企業への転職案件の中から転職先を選んで転職するのはやめたほうがいいと思います。付け加えるなら、相談者が転職について検討する方法にも問題があるのではないでしょうか。

相談者が気づいておられるように、ベンチャー企業への転職はハイリスクです。

転職先企業のビジネスが順調に成長するかどうかは不確実ですし、将来株式を上場できるかどうかもわかりません。

また、転職後の相談者は、社長がわがままで他人に対する要求がきつく、人間的には嫌な感じの人が多いと覚悟しておく必要があります(ベンチャーは「いい人」より「嫌な人」のほうがうまくいく確率が高いようです)。

そのほか、周囲の人とうまくやっていけない可能性もありますし、相談者の能力なり根性なりが転職先の会社に合っていない可能性もあります。

しかも、ベンチャーの場合、何かが「合わない」場合、大企業のように次の人事異動を待って、後日に期するという手が通用しません。

「リスクがあることはわかっている。だから、それをカバーするのに十分なだけのストックオプションの額が知りたいのだよ」というのが、相談者のお考えであり、今回の質問のご趣旨でしょう。

しかし、率直に申し上げます。複数の案件を比較して「仕事内容」にも「人材」にも、優劣がつけられないというのは、相談者が転職先企業のことを十分に理解していないということです。

このような状態で、ベンチャー企業へ転職を決めることは、まったく不用意であり、無謀だと言うしかありません。

推察するに、現在お勤めの大企業に飽きた相談者は、転職を相談したエージェントにあれこれ案件を紹介されて、今まさに商売の種としてディールされようとしている状況なのではないでしょうか。

実際のところ、エージェントは絡んでいないかもしれませんが、状況の大勢は同じです。

知るべきことと、評価のポイント

前述のように、ベンチャー企業への転職には大きなリスクがあります。そうであるにもかかわらず、複数企業のビジネスを比較して、成長性でも、自分にとってのやりがいでも明確な優劣がつかない状況は、必要なことが何もわかっていないに近いと言えます。

学生の就職であれば、就職候補先の仕事の内容も自分にとっての適性もわからなくて仕方がありませんが(わからないのがむしろ普通です)、30代で大企業の正社員を捨てる転職で、仕事の内容に優劣がつかないというのは、ビジネスパーソンとして物足りません。

ベンチャー勤めの激務と不安定性に耐えるには、自分にとっての経済的条件は別にしてでも、「このビジネスを成功させたい!」という仕事自体に対するモチベーションが必要です。それなしに、将来の不確実なお金への期待だけでは「もたない」と考えるべきでしょう。

また、複数の候補先の「人材」に優劣の順位がつかないということは、相談者が先方企業の人々をいまだ十分に理解していない証拠のように思えます。

ベンチャーへの転職を考えるうえでは、(A)会社が上場できてストックオプションで大儲けできるという「アップサイド」のほかに(B)会社が潰れたり、自分がまったく会社に合わなかったりする「ダウンサイド」、そして(C)会社は潰れないけれども上場にも至らず激務の中小企業勤務が延々続く「普通のケース」(会社が続いているわけですから、これは結構立派な状態です)のそれぞれについて考える必要があります。

たとえば、(B)や(C)のケースを想定して、将来「あの会社は上手くいかなかったけれども、あの頃に身に付けたスキルと、経験は自分の人材価値を大いに高めた」あるいは「あの仕事は本当に面白かったし意義深い。今度は、自分が中心になって、もう一度チャレンジしてみよう」と思えるような職場またはビジネスでなければ、ベンチャーへの転職はやめたほうがいいでしょう。

いいスキルや経験が身に付くためには、いい上司や同僚が必要でしょうし、経験を生かして再チャレンジするには、ビジネスそのものの内容に対する理解と愛着が必要でしょう。

(A)のケースだけ考えて期待値を計算するのは、人生設計として甘いと言わざるを得ません。30代の大人が考えることではありません。

「当たりの確率 × 当たった場合の報酬」だけを考えて物事を決めたいのであれば、人生そのものを左右しかねない転職で、ではなく、外れても大過ない金額で気分転換に競馬でもやることをお勧めします。

転職は「お金」で選ぶとうまくいかない

ストックオプションは、入社時の状況(たとえば入社の時期や順番)で大きく変わってきますし(この辺の事情と考え方はピーター・ティール「ゼロ・トゥ・ワン」<関美和訳、NHK出版>が参考になります)、会社が上場に至る確率が計算できないので、期待値を計算できるものでもありません。

そもそも、ビジネス内容の優劣が評価できていない相談者にあっては、考えるだけ時間の無駄です。「会社が大成功したあかつきには、間違いなく自分は億万長者になれるだろう」というリアルな可能性が想像できれば十分でしょう。

ただし、条件が後からなし崩し的に決まるというかたちはよくありません。ボーナスの一部をストックオプションでもらうのは構いませんが、入社時の約束は確定した条件を得るべきです。

私の知人には、ある不動産系ベンチャーの社長に口約束で「あなたには、上場時に最低10%はわが社の株をあげる」と言われて口説かれて入社したものの、いざ本当に上場できることになったとき、社長は10%が惜しくなって「これで、十分いいよね」と涙目で頼まれて、持ち株比率を1%にされた人がいます。

それでも2〜3億円にはなったようですが、社長の口約束などというものは、大体そういうものです。

何はともあれ転職は、一に「会社と自分の仕事内容」、二に「一緒に働く人」で選びましょう。お金は、ある種の必要条件ですが、少なくとも転職を決定する際の決め手ではありません。お金で転職先を選ぼうとするのは愚策です。

今回、回答者は随分偉そうなことを述べたように思うので、最後に自分の失敗談を述べておきます。

回答者は、過去に12回転職を経験していますが、それぞれの転職の自己評価は「7勝4敗1引分」です。そして、4敗のうち3回は、転職の際の評価基準として、いずれも最大ではありませんが、その次くらいに「お金」の要素が絡んだもので、12回の転職中で「お金」のウェイトが最も高かった3回に該当します。

1度目は、どちらも自分の好きな分野の仕事で2社内定を取って「よくわからないから、給料の高いほうへ行くか」と思って決めた転職でしたが、この転職先は「仕事のレベル」と「人」(との相性)に問題があり、わが転職史で最大の失敗でした。次の転職を決めるまでに、少なからずつらい日々を過ごしました。

自分のキャリアの中でボトムに当たる時期です。回答者が行かなかった会社は、後に潰れた銀行ですが、あのときにこちらに行ったほうが自分のスキルと人材価値を高めるうえではるかにプラスだったと確信しています。

2度目は、外資系での転職ですが「同じようなことをするなら、ベースサラリーの高いほうで働くか」と思って決めたものです。

3度目は会社の仕事の進め方に限界を感じ始めたときにヘッドハンターが「コンペンセーション(報酬)のレベルは、それなりのものを設定できます」と持ち込んでくれた転職案件でしたが、この時は検討が不十分でした。2度とも、結果的に無駄な転職をしました。

3度とも、仕事に連続性があったので、人材価値を大きく落とさずに失敗をリカバーできましたが、失敗であったことは潔く認めなければなりません。

結論を繰り返します。転職は、一に「会社と自分の仕事内容」、二に「一緒に働く人」、で選びましょう。

山崎氏に相談をしたい方はこちらまでご連絡ください。

*本連載は毎週水曜日に掲載予定です。