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YKK吉田忠裕会長インタビュー 中編

YKK吉田会長が語る、黒部のまちづくりを民間企業が行う意味

2016/2/9
窓やサッシ、雨戸など数多くの住宅商品等を手がけるYKKグループは、本社機能の一部を富山県黒部市への移転した。この背景にはどのようなビジョンがあるのか、同グループ会長の吉田忠裕氏に話を聞いた。中編では、現地でのエネルギー効率化に貢献すべく同グループが行っている取り組みについて語られる。
前編:YKKの黒部移転。吉田会長が語る“東京に本社がなくていい”理由

各地区のエネルギー消費量を公開

──パッシブタウン黒部モデルが興味深いのは、パッシブ(自然の恵みを享受する)のコンセプトに基づいた設計です。

吉田:設計者は各街区で、風をいかに効果的に取り込むか、地下水を有効利用するかという課題に取り組んでもらいます。2016年2月に完成する「第1期街区」は小玉祐一郎先生、「第2期街区」は槇文彦(まきふみひこ)先生にお願いしました。

──槇文彦さんといえば、新国立競技場のデザインにいち早く異を唱えていた建築界の大御所ですね。

昔からの付き合いもあり、槇先生に声を掛けないわけにはいかなかったのです。恐れ多くも、ハイエネルギーの権化ともいわれている槇先生にパッシブタウンの概要を説明しました。

「ぜひ設計をお願いしたいのですが、いかがでしょうか」と、ダメ元で依頼をしたところ、槇先生は「いや、ぜひやりたい。これから10年、15年先を考えると、エネルギー問題は日本以上に海外でも大きな問題となる。いずれ私も海外から声が掛かるかもしれないから、いまのうちに勉強したい」と承諾してくれました。

ところが、槇先生の事務所には、エネルギー効率に基づいた設計をできる設計者がいませんでした。そこで、東京大学大学院の前真之(まえまさゆき)准教授にアドバイザーとして加わっていただけないかお願いしました。

前先生は、エコハウスを中心とした全国の住宅の調査・研究に取り組んでおられ、コンピュータを駆使して自然エネルギーの効率を分析するなど建築環境の専門家です。

前先生も「光栄だ」と、槇先生をサポートすることに快く応じてくれました。現在、「ここはこう変えるとこれだけエネルギーの消費が減る」など詳細なデータに基づいた前先生の直言を受けながら、槇先生は設計に取り組まれています。

このように、槇文彦先生をはじめとする8人の設計者に、8街区それぞれの建築設計を担当してもらいます。なかには海外の先生にお願いする街区もあるかもしれません。

実際に住居が完成し、住民が住み始めることになれば、各街区のエネルギー消費量が明確になります。

最終的には、全街区のデータを公表します。先生たちには酷な話ですが、敢えてデータを公表するのは、「どういった材料と設計を行なえば、エネルギー消費が少ない建物ができるか」今後の建設モデルの参考にするためでもあるんです。

YKKが黒部市内で建設中の次世代型集合住宅「パッシブタウン黒部モデル」

YKKが黒部市内で建設中の次世代型集合住宅「パッシブタウン黒部モデル」

「失敗しても成功せよ」

──エネルギー削減にも競争原理を働かせようとする試みは、自治体ではとうてい真似できません。

わが社の話でいえば、創業社長・吉田忠雄(忠裕氏の父)は組織内競争を生み出す名人でした。競争こそが動機付けとなり、社員一人ひとりが挑戦する気持ちをもつことで、勝ち負けが生まれる。

もちろん勝負に負けた社員をクビにするわけではなく、負けて悔しい思いをしたら、次の挑戦をすればいいのです。新しいことを成功するためには、失敗は付きものです。

ただし、失敗から学び、最後に必ず成功に結び付けなくてはいけません。「失敗しても成功せよ」という吉田忠雄が遺した言葉には、社員のチャレンジを促進する願いが込められています。

社員寮に食堂は設けない

──2015年3月の北陸新幹線開業に伴う新駅・黒部宇奈月温泉駅の影響もあり、あいの風とやま鉄道(北陸新幹線開業時にJR北陸線より運営を移管)の黒部駅前はますます寂(さび)れています。

せっかく新幹線が開通しても、東京から来る人は黒部駅に降りない。何も手を打たなかったら、今後一段と廃(すた)れてしまいます。

そこで目を付けたのが、YKK社員の単身寮です。YKKの寮は5カ所に分散していたのですが、老朽化した2棟をまず潰しました。

代わりに、新しく建てる案もあったのですが、「ちょっと待て。いまは建て替えないほうがいい。新しい寮は、黒部駅前に集中させよう」と指示を出し、黒部駅前にある約1万平方メートルの敷地に、5カ所に分散して建設することにしました。社員4人ずつが入居するタウンハウス25棟で、合計100人が住める単身寮です(2017年3月完成予定)。

首都圏での生活に慣れた社員には、屋敷のような富山の部屋は広すぎるので、一人暮らしに適切な大きさに再設計しました。

寮環境の整備だけでなく、最終的には、社員寮と街の共存をめざし、黒部の「まちづくり」にも貢献していきたい。だから、寮内に食堂は設けません。

寮に暮らす社員は町に積極的に出て、飲食店や小売店を利用すればいいと思ったからです。それで駅前が多くの人で賑わい、お店で消費すれば、新しく店をオープンする動きも活発になるはずです。

もちろん、一般の方も利用できる小売店や集会場などが入った施設「センターパビリオン」も寮に併設します。これから黒部駅前の風景がどんどん変わってくるので楽しみにしていてください。

(聞き手・構成:ジャーナリスト 出町譲、バナー写真:吉田和本)

*続きは明日掲載します。